第5話 何も知らない加害者

 「それいつの話だ?」

 砂川へ話を聞くための教室へ向かう途中の廊下。

 梅澤は発端の日の昼休みの話にタケは聞き返す。

 乾いた足音は少し速度を緩める。

 「だから、授業中しゃべってた日の昼休み。」

 「そんなの一杯ある。憶えてない。」

 「タケとしゃべるのは俺とだけだぞ。」

 ゆうきはタケの背中越しに言った。

 「ちゃんと憶えているだろう?」

 「……ああ」

 タケは少し肩をすくめた。

 「予め梅澤は釘を打たれてた訳だ。」

 その上で俺らは踊ってわけだ。

 タケはゆうきを見る。こればかりはゆうきも不満げだった。

 「張本人を知ってるのに、どうして外堀から埋める必要があった?」

 ゆうきは梅澤に疑問を呈した。

 「まぁ、いいじゃないか、ゆうき君よ。

 成績優秀、容姿端麗、高嶺の花の梅澤ちゃんが少し采配を間違えただけだ。まぁ、許してやろうじゃないか。」

 「あ~あ、もうわかったよ、タケ君。」

 タケの早口による長文にゆうきは白旗を上げる。

 梅澤は小さく言った。

 「ごめんなさい……」

 梅澤は小さく行った。

 「まぁ、そんな気にすんな。それも今日で終わる。」

 足音は目的の教室の前で止んだ。扉を開けてみれば、涼しい風が通り過ぎる。

 砂川とおぼしき人間は窓辺で校庭を眺めていた。

 3人の足音に気付き、ゆるんでいた眉間に少し皺を寄せた。

 「お前等が、話聞きたい奴らか。」

 「ええ。」

 梅澤がタケ、ゆうきと順に紹介する。

 「頼みを聞いてくれて、ありがとう。時雨さん、砂川くんの彼女さんなんだね。ごめんなさい、把握してなくて。」

 タケとゆうきが動こうとするのを梅澤は制止した。

 「ああ、別に気にすんな。」

 「時雨さんにも改めて、お礼を言っておいて。」

 「ああ。」

 砂川が元居た窓から少し涼しい風が入り込む。

 「お前等の話、聞いてる。時雨から。

 何?俺を探ってるの?」

 砂川はいたって普通の口調だった。

 「まぁ、あなたの周りの人に話を聞いたんだけど……」

 「十分だろ。ハヤトは……多分、お前に再三言われたみたいだし。」

 すっと上がった怒りの籠った指先はタケへと向いていた。

 「お前だろ?あの馬鹿どもを黙らしたのも。」

 砂川は声高に言った。

 「しかし、ハヤトとは誰だろう?」

 タケは興味無さそうに言う。

 「お前が、強く言った奴だよ!」

 「ああ、あのでかい奴か。強くは言ってなかったような……」 

 タケは遠い昔のように呟く。

 「あの後、ハヤトは他の奴に喋ってしまった、って謝りに来たさ。」

 砂川は苦虫を噛んだように顔を歪めた。

 「はあ。」

 タケは微妙な反応を示した。

 「聞かせてよ。なんで、近藤君を苛めてるの?」

 梅澤は単刀直入に切り出す。 

 「は?」

 砂川は曲がった背筋を伸ばし、3人へ詰め寄る。

 「ハヤトから聞いてるだろ?わざわざ、俺に聞かなくとも、知ってるじゃないか?」

 梅澤は後ろを見た。

 タケとゆうきは、それぞれ机に腰を置いている。2人とも暇そうな目をしている。

 「終わったかい?世間話は。」

 タケは溜息交じりに言う。

 「確かに、本人から聞かずとも、そのハヤトくんって奴から聞いたんだから砂川本人には聞く必要はないな。」

 ゆうきは砂川を助長した。

 「じゃ、何で、俺のところに来たんだ。」

 梅澤とゆうきはタケを見やる。

 「まぁ、僕の野暮用だよ。何故、砂川くんは近藤くんを苛めているんだい?」

 満を持して、タケは口を開いた。

 「何故って、聞いてるだろ?ハヤトから。同じこと何回も聞いて楽しいか?」

 「いや、君の場合は事実確認じゃない。君の気持ちについてだ。」

 砂川は沈黙をまとった。

 タケは外から冷徹な眼差しで応える。

 「聞かせてよ。君の気持ち。」

 伸びていた、背筋を再び曲げて、自分の身体を縮め込んだ。力んだ手は努めて広げようとしているようだ。

 「他人の気持ちに、土足に入るなって言われなかったか。」

 「はいはい。またその話ね。

 それよりも、早く本題に入ってくれないか。」

 砂川はより一層手を丸めた。

 「今でも、思い出しだけでイライラするんだ。だから、思い出させないでくれ。」

 次第に手が震え出した。

 ゆうきが梅澤、タケの肩を引き、さらに後ろに下がらせる。

 「ごめん、砂川、ちょっと距離をとるね。」

 「まぁ、続けよう。

 砂川くん。教えて」

 君がどう思ったか。

 砂川は丸まった手を一層強く、固くした。

 タケは砂川の近くに躍り出た。

 「どうして?!」

 「タケ!」

 ゆうき、梅澤の叫び声と共に、砂川はタケの首を絞めた。

 タケは苦しそうな顔一つしなかった。

 「これが答え?」

 タケはか細い声で言う。

 一瞬の刹那から我に帰ったゆうきと梅澤は2人を剥がしにかかった。

 砂川の腕は重く剥がすのに苦労する。

 「やめろ!いきなり襲うなんて!」

 ゆうきは怒号を上げた。

 うろたえた砂川は半歩退く。

 梅澤はタケの手を引っ張り砂川から遠ざけるようとする。しかし、タケの脚は動こうとしない。

 「タケ君。危ない。」

 「そうだよ、タケ。離れろ。」

 後ろを見ながらゆうきは語気強く注意したが、タケはむしろ前へ出る。

 梅澤の手を払いのけ、ゆうきよりも前へ歩を進め、砂川の前へその胸を出した。顔は、不敵に笑っている。

 「それが、君の本性か?」

 「何様だ、お前。俺の何を知って、そんなこと言っているんだ?」

 「現に、僕は見えてることに基づいて言ってるけど?」

 タケは冷たくあしらった。砂川はタケの胸倉を掴んだ。タケは身体が軽く持ち上がる。

 「むかつくな!お前!」

 「だから何?君が暴力的であるというのは変わらないけど?」

 「うるさいな!」

 「君は許せなかったんだろ?近藤君のこと。」

 「だったら、何だよ……!」

 「君は何か勘違いをしてるんじゃないか?」

 「は?」

 「いや、あの男に聞かされているかな、とは少しは期待したけども、やっぱり、聞かされてないみたいだね。」

 「何言ってんだ?お前?」

 「近藤君は元々は陸上部だったんだよ。というか、君よりも将来が有望な人間だったんだ。」

 「……」

 「しかし、あるライバルがね。病気で亡くなったんだ。近藤君とそのライバルとは仲が良くてね。亡くなったショックでトラックに立てなくなったみたいなんだ。」

 「……」

 「まぁ、一種のトラウマかな?懐古が過ぎたんだろうね。お互いを愛かってくらい好きって言ってたし。」

 「……」

 「君も近藤君も同じさ。僕から見ればね。

 だって、ライバルくんが亡くなってから、近藤くんのタイムは下がりに下がった。

 「……、……」

 「有望な人間は、それから表舞台から姿を消したんだよ。」

 「……、……」

 「そこで、彼は陸上をやめた。中2のときさ」

 「……それと、俺はなんの関係があるんだよ。」

 タケは軽く笑って、

 「それから、高1になって、また陸上をやりたいと思たんだ。たまたま僕が陸上部と繋がりがあったから紹介してみたんだ。そしたら、彼は楽しかったみたいで入部したんだ。そしたら、また結果が戻って来た。」

 「……は?どういう綺麗な話だ?それ、俺にして、何になる?俺を苛めたいだけか?」

 「馬鹿野郎。そんなことするか。」

 一息置いて。

 「君のおかげだって。」

 「は?」

 「君のおかげで頑張れたんだって。」

 「……俺を踏み台にしただけだろう。」

 「そうでもないよ?君の練習の姿をどうやら、ライバル君と重ねたらしい。それで、自分もかんかされたらしい。」

 砂川の手が緩み、力なく落ちた。

 「これが、全ての真実さ。」

 「タケ、どういうことだよ。」

 「タケ君、それって……」

 ゆうきと梅澤も砂川と同じくタケの言葉に付いていけなかった。

 「タケくん、どうして、そんなこと知ってるの?」

 晴れた空から太陽の光がタケを浮かび上がらせる。

 「彼とは、中学の仲だ。」

 砂川へと向き直り、

 「良かった。彼の友達に僕がいて。これは彼からの伝言。」

 タケはポケットから小さな紙切れを出す。

 それを砂川へと手渡した。

 砂川は紙切れを開けようとするが、タケはそれを制止させた。 

 「今は開けないでくれ。僕たちが君の目の前から居なくなってから、開けてくれ。

 彼から請け負った役目はこれで終わりだ。」

 そうして、タケは足を動かす。向かっているのは出口だった。

 「行くぞ、2人。もう、これで今回の件は終わりだ。砂川君の気持ちはもう図りきったから。」

 そのまま、タケは出口を抜け、廊下を歩いていき姿を消した。

 「え……」「どういうこと……」

 と2人は困惑しながら、2人はタケの後を追った。

 砂川一人、残された教室に涼しい風が吹き入る。

 

 「どういうことだよ、タケ。」「説明してよ、タケ君。」

 ゆうきと梅澤はタケの行く手を遮る。

 「別に話さなくていいだろ。君たちの目的は完了したんだから。」

 「おい、タケ。それでは腑に落ちない。」

 「そうだよ。タケ君が納得しても、私たちが納得しないと、そんな……」

 一緒にやってきた意味ないよ……

 梅澤は首を折った。

 それを見かねたタケは説明を始める。 

 「まぁ、ほぼ僕の活躍だけどね。作者はとんだめんどくさがりだ。」

 タケは訳のわからないことを言う。

 「まぁ、いいか。近藤くんと僕は元々中学校の仲なのさ。ここまではいい?」

 2人は頷く。

 「彼のライバルと言うものは、実は妹さんなんだ。」

 え……。嘘……。

 「彼と妹さんは競争する程に仲が良かった。男女違えどお互いを高め合っていたらしい。」 

 うん。うん。

 「だけど、妹さんは病気を患い、後、死んだ。」

 ……。……。

 「彼はショックで姿を消した。

 そしてまた、高校で出てきた。」

 梅澤は首を捻る。

 「何が言いたいってことだろ?まぁ、言えば。彼は妹さんと同じ病気に罹ったのさ。

 彼が最近休みがちなのは、キチンと言えば病気のせいさ。あいつはいじめなんかに屈するような人間じゃないさ。」

 「じゃ、なんで、あのときとぼけたのさ。」

 ゆうきが言う。

 「あんなクラス、誰が聞いてるのかもわからないのに、軽々しくしゃべれないさ。もしかしたら、あいつの手助けになるかも、と思って潜んでたのさ。」

 「そんなことが……」

 3人は黙った。

 「君たちと周りに聞き込んでいる間、近藤に会う時があって。そのとき彼の口から、砂川に本当のことを伝えてほしいと頼まれた。」

 「本当のこと?」

 「それが、僕は君のおかげで頑張れたという話さ。あいつは砂川を悪い目で見ていなかった。いや、むしろ好意的な目で見ていたさ。ほんと、いじめられているのに馬鹿な奴さ。」

 一呼吸おいて、

 「あいつはもう、長くない。」

 「え?」

 2人は声を揃える。

 「もう、あいつは死ぬさ。」

 タケは少し憂いげに呟いた。

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