第156話

「改めて、お礼申し上げます。私は、シュターデル獣王国第二王女の、シュリ・シュターデルと申します」(シュリ)

「私はシュリ様の護衛騎士の、エルバと申します。姫様の窮地を救っていただき、感謝します」(エルバ)

「冒険者のカイルと言います。お気になさらないでください。こちらが勝手に動いただけですから」


俺の目の前で、目指す先の国の王女と、その護衛の騎士たちが、頭を下げる。王女様は、たれ目の可愛らしい顔立ちをしている。銀よりの白の腰まであるストレートの髪に、赤茶色の瞳をしている。そして、頭には兎の耳がある事から、兎人族の様だ。


護衛のエルバさんは、灰色の髪と目をしている、つり目の凛々しい顔立ちをしている。肩までのショートヘアーの髪に、頭には狼の耳がある事から、狼人族の様だ。他の護衛の騎士たちも、全員が獣人であり、様々な因子を持った者たちだ。そして、全員が女性である。恐らくは、王女様の事を考えての事なのだろう。


王女様も、エルバさんを含めた護衛の騎士たちも、既に回復魔術をかけてある。王女様自身は、護衛の騎士たちに比べて軽傷であったので、優先度は低く、軽く回復魔術をかけて終わった。護衛の騎士たちは、軽傷から重傷まで様々だったので、重傷かつ命の危険のある者から、重点的に傷を癒していった。


王女様やエルバさんも、医療現場というものを分かっている様で、自分の事よりも重傷者をと、大人しく待っていてくれた。そのお蔭で、護衛の騎士たちの治療がスムーズに終わった。後は、人間爆弾によって荒れてしまった所を、出来る限り元の状態に戻すだけだ。


「【再生の息吹リジェネレーション・アニマ】」


青緑の魔術術式を構築・展開し、被害を受けた所や、そこに隣接している所を、自然の回復力を手助けする形で、地面や木々を活性化させていく。


デコボコになっていた地面は、柔らかいものの、綺麗で平坦な地面に戻っていく。途中でへし折れたり、爆発の威力によって爆ぜた事で、上の部分が炭化して、消滅してしまっている木々から、新たな枝や芽が出てきた。


ここで注意しなければいけないのは、過剰な魔力を送って、自然本来の回復力を大きく越えてしまうと、その場所の回復力が、減少し枯渇してしまう。そうなると、その場所には、木々や草花が生えづらくなり、育ちにくくもなる。そうなると緑が減っていき、最終的に、砂漠化してしまう。


それを防ぐために、こういった調整などを行うのも、山や森で暮らすものたちの、役割でもある。


「……流石はエルフですね。森の民と言われる事はあります」(第二王女)


王女様は、ポツリとそう呟く。護衛の騎士さんたちも、俺の行っている事を理解している様で、王女様の言葉に同意を示している。ある程度元の状態に戻せた所で、修復の手を止める。これ以上干渉すると、周りとこの場所のバランスが崩れて、上手く元の状態に戻っていかなくなる。


「お待たせいたしました。それでは、キトラまで、警戒しつつ戻りましょうか」


王女様も、エルバさんたち護衛の騎士さんたちも、異論がない様で、俺の言葉に同意してくれる。俺が殿を務めながら、慎重に、キトラに向けて歩みを進める。王女様を中心に、エルバさんたちも警戒しながら、安全第一で進んでいると、前方から、砂塵さじんが見える。


キトラに詰めている獣王国の軍が、戻ってきた馬たちから、王女様の危険を察知したんだろうな。王族が使う馬だ、何かしらの方法で、判別できる様にしているんだろう。


もしかしたら、獣人としての優れた嗅覚や、知覚能力で、感じ取ったのかもしれん。馬系統の因子を持つ者なら、戻ってきた馬と、意思疎通いしそつうが可能なのかもしれない。


軍の者たちは、既に遠くからこちらを認識しており、少し離れた位置で、乗ってきた馬たちを落ち着かせる。こちらの部隊も、様々な因子を持った者たちが混じっている。今回は、事が事だったために、皆少しだけ殺気だっている。その証拠に、俺はいきなり周囲を囲まれてしまった。プレートアーマーに身を包んだ戦士たちの中で、指揮官らしき狼人族の戦士が、声を荒げて、俺に剣を向ける。


「貴様!!何者だ!!」(狼人族の戦士)

「剣を下げなさい。その方は、我々の恩人です」(第二王女)

「しかし!!」(狼人族の戦士)

「もう一度言います。………剣を下ろしなさい」(第二王女)

「………はっ!!…………顔は覚えたぞ、エルフ」(狼人族の戦士)


王女様やエルバさんが、申し訳なさそうにこちらを見ているので、気にしない様にと、手をヒラヒラ振って、気にしない様に示しておいた。そのやり取りすらも不快に感じたのか、狼人族の戦士は、俺を睨み付けていた。


王女様やエルバさん、他の護衛の騎士たちは、警戒のために殺気だっているのは理解しているとはいえ、少しばかり態度の悪い様子に、白い目を向けている。狼人族の戦士は、そんな視線を、へんに勘違いしてしまったのか、胸を張って部下に指示を出し始めた。


王女様を中心にして、護衛の騎士たちが周りを囲む。その周囲を、軍の戦士たちが囲んでいる。狼人族の戦士は、王女様だけでも、と自分の馬に乗せようとしていたが、エルバさんに止められた事と、王女様自身が断った事で、残念そうにしながらも、仕方なくといった様子で退いていた。


俺は少し離れた場所で、周囲を警戒しながら附いていく。これについても、王女様たちサイドと、軍の戦士たちサイドで一悶着があった。実際に実力を見ている王女様サイドは、俺に傍で護衛してほしい。実力を知らない軍の戦士サイドは、自分たちの力量の自負と、王女様を護衛したという栄誉。それに、俺という余所者を、信用していないというのもあるだろうな。


互いに意見がぶつかったが、最終的には、軍の戦士サイドの意見が通った。俺の冒険者ランクが、Dという中位だった事。俺自身が、王女様に念話を送って辞退した事が重なって、王女様も無理を言う事はなかった。まあ、王女様は念話を繋がれた際に、ご不満顔だったが。


〈特に狼人族の戦士は、キトラに滞在中、絡んでくる可能性が高いな。早々にキトラを出て、コンヤに向かうか〉


王女様とはいえ、流石は、先天的に身体性能の高い獣人だ。森の中を歩いていた時も、キトラに向かう道に戻ってからも、息が切れた様子も、歩き疲れた様子も見せない。獣人の中でも、兎人族は強い足腰や体幹をしているのが、特徴でもあったはずだ。王女様もしっかりと、その特性を受け継いでいる様だ。


エルバさんや、他の護衛の騎士たちも、軍の戦士たちと同じ様に、プレートアーマーを着込んでいても、息を乱さず、余裕な様子で歩き続けている。こういった所からも、王女様の護衛としての、たゆまぬ鍛練の様子がうかがえる。


王女様を中心とした集団と俺が、キトラにたどり着いたのは、丁度昼の一時か二時頃といった時間帯だった。キトラの門の内側では、軍の戦士たちが、大慌てで出撃していったので、何事かと、心配した住民が集まってきていた。


「あれは、シュリ第二王女様!?」(キトラ住民A)

「お付きのエルバ様もいるし、間違いないな」(キトラ住民B)

「でも、何で徒歩なんだ?確か、シュリ第二王女様は、周辺の村や町の視察に、馬車で向かったはずだろ?」(キトラ住民C)

「何か、お考えがあっての事じゃないか?あのお方は、心根の清らかな方だからな」(キトラ住民D)


キトラに住む住民の方々が、ざわついているが、王女様の笑顔と共に手を振った事で、住民の皆さんは、静かになって和んでしまっていた。そのまま王女様たちは、今回の件を王都に伝えるために、キトラ領主の館に向かって、力を借りる様だ。


俺は、門で衛兵さんにギルドカードを見せて、安全に入国し、冒険者ギルドの方に脚を向ける。事前に、王女様には別行動になるであろう事は、念話で伝えてあったので、特に問題もなく分かれることが出来た。


王女様には、お礼をしたいと、最後まで言われた。だがこちらも、たまたま偶然助けただけなので、丁重にお断りしておいた。なんとなくあの王女様は、くせ者の様な気配がする。もしかしたら、王都であるコンヤで、接触してくるかもしれないな。まあ、その時はその時か。


まずは手始めに、キトラの冒険者ギルドに寄って、コンヤまでの道や危険な場所など、様々な情報収集を行うとするか。

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