第157話

王女様襲撃事件から三日後、俺はようやくシュターデル獣王国の首都、王都コンヤにたどり着いた。王女様たちは、襲撃の翌日には、コンヤに向けて帰っていった。コンヤから、大規模な軍の戦士が送られ、重々しく厳重な様子で、王女様は馬車に乗っていった。その際に、何故か、狼人族の戦士も附いていった様だ。


俺はあの後すぐに、キトラの冒険者ギルドに向かった。受け付けさんや、地元の冒険者である人たちに、色々と情報を収集して、旅の食糧などを追加で補充してから、すぐにキトラから出立した。


その日の夜遅くに、テントを展開してまったりしていたら、コンヤ方面から物凄い勢いで、軍の戦士たちが馬を走らせて、キトラの方面に走っていった。そうかと思ったら、次の日の昼頃に食事をしていたら、同じ様に馬を走らせてコンヤ方面に走っていった。狼人族の戦士は、王女様をどう説得したのか分からないが、王女様の傍にいたので、正直周りから一人浮いていた。


〈ここまで来るのに、魔物や魔獣、盗賊なんかの襲撃もなかった。国内の治安に関しては、目を光らせているか。だとしたら……〉


王女様襲撃は、恐らく、国内の誰かが仕掛けたものだろう。何かしらの目的の為だったんだろうが、王家の血筋に手を出したという事は、相手も本気なのだろう。それは、俺が介入しなければ、王女様が確実に殺されていた事から、判断出来る。


そして暗殺者たちは、確実に要注意人物として、俺の事を報告しているだろう。キトラからコンヤまでの道のりで、俺を監視している様子はなかった。恐らくは、森での戦闘の経験から、不用意に監視をすると、その監視を狩られて、戦力がさらに減らされると判断したのだろう。


逆に、暗殺者たちと、その雇用主にとって、王都コンヤはホームグラウンドになる。土地勘のない俺を、見られない様に仕留める為のプランは、幾らでもあるだろう。向こうも、王女様襲撃を見られている俺を、野放しにはしないだろうしな。


〈前方に一人に、後方に二人。左右で合計四人か。早速動いているな。ただ、動き的には、監視兼情報収集って所か。俺という存在を、知ろうとしているな〉


シュターデル獣王国の、王都コンヤに入ってから、既に相手は動き出している。冒険者ギルド本部にたどり着くと、暗殺者たちは遠巻きにしているだけで、中には入ってこない。流石に、冒険者ギルドに喧嘩を売る様な真似はしないか。


冒険者ギルドにも、様々な経歴の者がいる。騎士だった者、傭兵だった者、そして、暗殺者だった者もいる。なので、俺を監視している暗殺者たちが、ギルド内に踏み込もうものなら、厳しい目で見られることは間違いない。元であろうが、暗殺者の事は、暗殺者が一番分かっている。どれだけ欺こうが、見抜かれてしまうのだ。


そして、今冒険者ギルドに目をつけられるという事は、自分たちの計画を嗅ぎ付けられ、露呈する可能性も出てくるため、暗殺者たちは入ってはこれない。


「すいません。依頼の完了と、コンヤ冒険者ギルド本部宛の、荷物の受け取りをお願いします」

「はい、分かりました。依頼書とギルドカードの方を、お願いします」(猫人族の受付嬢)

「こちらです」

「…………確認出来ました。まずは、ギルドカードをお返しします。ギルドマスターがお待ちしておりますので、二階に上がって、突き当たりの部屋に向かってください。報酬については、ギルドマスターがお支払いする予定になっております。ギルドマスターにご確認下さい」(猫人族の受付嬢)

「分かりました。説明いただいて、助かりました」

「いえいえ。………次の方、どうぞ~」(猫人族の受付嬢)


俺は、猫人族の受付嬢さんの示してくれた階段から、二階に向かう。ギルド内にいた冒険者の内、好意的もしくは興味がなさそうなのは、七割ほどだ。残りの三割は、他種族や余所者が嫌いな者か、あの受付嬢に惚れてる者だな。それら様々な視線を、背中に受けながら進み、ギルドマスターの執務室の前に立った。


「………鍵は開いてるから、入ってこい」(コンヤギルドマスター)


俺のノックに、渋い声の返事が返ってきた。入ってこいと言われているが、本当に入っていいのか迷ったが、まあいいのだろうと、俺は扉を開く。


執務室の椅子に座って、事務作業をしているのは、灰色灰目のさい人族で、厳つい顔の男性だった。ソフトモヒカンの様な髪型に、ピコンと頭から生えている犀の耳。犀の因子をその身に受け継いでいるので、ガッシリとした筋肉質な体格をしている。魔力量も豊富で、事務作業をしているだけなのに、溢れでる覇気は、流石本部のギルマスだと肌で感じる。


ギルマスは、見慣れない俺が執務室に入ると、手を止めて俺を見る。俺は会釈をして、その場で挨拶をする。


「俺は、ウルカーシュ帝国のギルド本部からの手紙を、依頼でこちらの本部に届けに来ました、冒険者のカイルといいます」

「ああ、待っていたぞ。早速ですまないが、手紙の方を渡してくれ。ああ、それと、報酬に関しては聞いているか?」(コンヤギルドマスター)

「はい、聞いています。受付嬢の方から、ギルドマスターから受け取ってほしいと」

「適当に座ってくれ。……それで、こいつが報酬だ。受け取ってくれ」(コンヤギルドマスター)


机の上に、ドスッという重い音を響かせて、報酬の入った袋が置かれる。俺はその袋を、ポーチの中に仕舞い、ギルマスが手紙を読み終わるのを待つ。手紙の内容は、俺も知らない。ただ、大陸内の冒険者ギルドで、情報共有しておくべき事が、書かれているのだろう。


その証拠に、ギルマスの表情が何度か、嫌悪感の滲み出ているものに変わっていた。ギルマスともなると、様々な相手との交流がある。王族や、手強い商人などを相手にしていれば、そう簡単には、表情を読ませない様になっていく。そんなギルマスが表情を変えるという事は、それだけの事が、この大陸で起きているのか。


内容が気にはなりつつも、黙って待っておく。大陸全土のギルド本部に、情報が伝達されるという事は、何時か、何かしらの行動をギルドが起こすだろう。そうなれば、自然と手紙の内容も分かるだろう。


ギルマスは、手紙を畳んで、丁寧に魔力で保護した後に、机の中に仕舞う。両目を指でほぐしながら、ため息を一つ吐く。そして俺を見て、真剣な顔になって口を開く。


「手紙の内容については了承した。私の方からも書面で返事を返すので、四・五日ほど時間をくれ。緊急性の高い書類や、処理が残っているんでな。その間は依頼を受けるなり、休息と思って観光をしてもらってもいい。頼めるか?」(コンヤギルドマスター)

「手紙の内容については、存じ上げないのですが、緊急性はありませんか?もしそうならば、帝国の方にすぐに戻って、了承したという事だけでも、伝えてきますが?」

「いや、緊急性はそこまで程度だと、思ってもらえればいい。大陸全土に関わる内容だが、直ぐに動けるものでもない。なので、ゆっくりと待ってくれればいい」(コンヤギルドマスター)

「そういう事でしたら、依頼をお受けします」

「そうか、助かるよ。……ちょっと、待っててくれ」(コンヤギルドマスター)


ギルマスが、紙を取り出して、スラスラと何かを書き込んでいく。そして、書き終わると、その紙を俺に渡してくれる。渡された紙を見ると、オススメの料理屋や、宿屋の名前が書かれている。さらには、簡単な地図も書いてくれている。滞在する俺の為に、気を遣ってくれたのだろう。


「俺の馴染みの店や、オススメの宿屋の名前を書いておいた。滞在する間に、寄ってみてくれ」(コンヤギルドマスター)

「ありがとうございます」

「ではすまんが、よろしく頼むぞ」(コンヤギルドマスター)

「はい、分かっています。では、失礼します」


俺は会釈をして、ギルマスの執務室から出る。階段を降りて、先程対応してくれた受付嬢さんに、会釈をしてギルドを出る。さあ、美味しい食事を食べに行こうかなと、料理屋やに向けて歩きだそうとした瞬間、誰かに腕を捕まれた。俺の背筋に嫌な汗が流れていく。


「お久しぶりですね、カイルさん」


俺が、腕を捕まれた方向を振り返ると、ニッコリと笑顔を浮かべた、変装しているシュリ第二王女と、同じく変装し、困った顔をして王女様を見ている、エルバさんが立っていた。

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