第155話

ゴブリンとホブゴブリンの亡骸を、剥ぎ取りを含めた処理を適切にして、俺は再び脚を進めたが、その日の内にたどり着く事は、空を飛んでいかない限りは不可能だ。のんびりと獣王国へ向かいながら、適当な場所でテントと結界を展開し、夕日や夜空に輝く星を眺めたりと、精霊様方と飲み食いしながら、獣王国へ歩みを進めていた。


途中の村や町での出会いもあれば、ナイトホブゴブリンたちと同じ様に、一人旅の俺を積極的に襲ってくる、魔物や魔獣が多くいた。俺や精霊様方のお腹に収まる事もあれば、立ち寄った村や町で、お世話になった人たちに譲る事もあった。


そんな人々も、お返しとばかりに、村や町での特産品を、物々交換で譲ってくれたのは、本当にありがたかった。同じ作物や果物でも、その土地事に甘みや食感、風味なんかも変わる。精霊様方も、あそこのは甘いだの、あそこのはしっとりして美味しいだの、昼も夜も白熱した議論を交わしていた。


俺も、貰った作物や果物での、料理やデザート作りを研究した。各町や各村事の作物・果物に合う、調理法や調味料を探し出すのは骨が折れた。だが、それぞれがそれぞれ噛み合った時の、旨味などを引き出せた料理やデザートは、本当に格別な経験になった。


「ここからコンヤまで、もう少しだそうですから、精霊様方も気を付けてくださいよ」

『分かっている。十分に気を付ける』(緑の精霊)


久々の、完全に俺一人の状態なので、精霊様方も、のんびりと実体化して過ごしていた。少し前に立ち寄った村で聞いた所、獣王国へ入り口である、キトラという都市まで、あと少しだと教えて貰えた。なので、精霊様方も、非実体化をしてもらわなくてはならない。


メルジーナ国が、珍しい環境なのであって、今の世の中では、精霊の存在を信じていない者もいるからな。村や町を訪れたり、滞在した時も、精霊様方には姿を隠して貰っていた。まあ、獣人の方々は、そこまでの否定はしないが、若い世代は精霊よりも、神獣・聖獣・幻獣などを、深く信仰しているのが現状だ。


まあ、信仰されなくなった程度で、この星から、精霊が消える事はないがな。精霊という存在が、この星から消える時は、星という一つの生き物が、死んでしまった時だけだ。そうなったら、この星に生きる生物も、無事ではすまないがな。


俺は、シュターデル獣王国の周囲を囲む、山脈の山々を観察する。この獣人が主体の国が、長い年月の間に滅ぼされなかったのは、天然の要塞である、山脈の存在が大きい。テミロス聖国のような、人至上主義の連中たちが、攻めたくても攻められないような場所なのだ。


〈他国が攻めるとしたら、俺が歩いてきた、帝国を経由したハリアンからの道が、一番安全だ。他に安全な道はなく、最低でも山を一つ越えなくてはならない。その時点で、割に合わないのは、テミロス聖国のバカな首脳陣でも理解は出来たのか。まあ、納得はしてなさそうだがな〉


そんな風に考えていると、俺の感知の網に、結構な数の魔力反応が引っかかる。魔力の動き的に、何かを囲う様に、逃さない様にしている様だ。少しばかり気になったので、その魔力反応のある場所に向かう事にした。


魔力反応のある場所は、キトラに向かう道から、結構離れた位置の、森の中の様だ。そこに向かう途中で、倒れた馬車に倒れた馬たちを見つけた。馬車の方は完全に全壊状態だったが、馬たちの方は、まだ息があるものがいたので、回復魔術で癒しておいた。人目がなかったので、脚の骨折など、通常では安楽死させるレベルの怪我も治癒しておいた。


馬たちは、怪我を癒してくれた俺に、鼻筋を擦り付けて、感謝や親愛を示してくれる。その馬たちは賢い様で、一通り俺に感謝を示すと、森を抜けて、キトラの方向に向かって駆けていく。


こうしている間にも、囲まれている方の魔力反応の幾つかが、小さくなっていく。まだ反応が僅かにある事から、風前の灯ではあるが、生きてはいるようだ。これら動きから、魔物や魔獣に、囲まれている者が複数人いる様だ。


〈これは………もしかして、厄介事に首を突っ込んじまったか?〉


馬車が高級そうだったことから、嫌な予感がしていた。その予感は大当たり。現場にたどり着くと、全身を黒ずくめで隠した、ザ・暗殺者といった連中と、明らかに階級の高い、上位の貴族ですといった雰囲気を、全身から発する少女。その高貴な少女を、守ろうとしている護衛の者たち。これはどう考えても、陰謀や権力に関する、キナ臭いものしか感じられない光景だ。


木の上で観察していた俺の背後に、暗殺者の一人が忍び寄ってきている。暗殺者の手に持つ、恐らく様々な毒が染み込ませている、剣身を黒く染めたナイフで、首を掻き切ろうとしてくる。


俺は、気付いていない振りをして、近づいてくる暗殺者との距離を図る。そして、もっとも近づいてきた時に、静かに、そして迅速にナイフを持つ手首の関節を外す。そのままナイフを奪い、驚き逃げようとする暗殺者を、魔糸で縛りつけて固定し、サッと喉を掻き切ってから、脳天にナイフを突き立てる。


「…………ネズミがいる様だ」(暗殺者)


この集団の、長と思われる暗殺者が、ポツリと言葉を発する。それを聞いて、半数の暗殺者が、周囲の警戒を始める。俺が、暗殺者を殺したと同時に察知した事から、あの長には、物理的・魔術的な何かで、仲間の生死を判別する事が出来るのだろう。


関わってしまったものは仕方がない。貴族であろう少女の容態も心配だし、護衛の状態も悪い。事後承諾で悪いが、少し手助けしよう。何かあれば、さっさとコンヤまで行って、手紙を渡して帰るとしよう。俺は堂々と姿を現すことにした。


「エルフ?……冒険者か。……殺せ」(暗殺者の長)


暗殺者の長の指示に従って、部下の暗殺者が一斉に、音もなく動き始める。


「逃げなさい!!一人では、死ぬだけよ!!」(貴族?の少女)


貴族であろう少女が、俺に向かって叫ぶ。だが、暗殺者たちも俺も、気にせずに戦闘に入る。先程殺したと暗殺者と同じ様に、様々な毒を染み込ませた、漆黒のナイフを構えて仕掛けてくる。


俺も、左手を鍔に添えて、ゆったりと自然体で構えて迎え撃つ。暗殺者の長は、少女の暗殺よりも、目撃者である俺の抹消を優先させた様だ。俺を生きて返せば、冒険者ギルドを通じて、今回の件が表沙汰になってしまうからな。


身体強化に、闇属性の魔術である、情報遮断系統魔術を重ねて展開し、自身を認識させづらくさせている。見て分かる身体性能の高さに、扱いの難しい、闇属性の魔術を扱う事の出来る魔術師としての腕前。これだけの事だけでも、暗殺者としても、一人の戦士としても、十分に有能だと言えるだろう。


ここにたどり着くまでに戦ってきた、ホブゴブリンの小さい群れに、オークやオーガの群れ。トロールなどの巨人や、魔獣の群れ。様々な相手と道中で戦ってきたが、この暗殺者たちが、その中でも一番強く厄介だ。


認識阻害だけではなく、距離感を狂わせたり、幻影を見せてきたりとしてくる。さらには、闇属性以外の魔術も使える様で、各属性の魔術も使ってくる。


俺は、打刀での抜刀術で暗殺者の腕や脚、首を斬り落としていく。さらに、最初に殺した暗殺者と同じ様に、魔糸で拘束して絞め殺したり、ナイフを奪って刺し殺したり、魔術を乗っ取って燃やしたり、氷や土のランスによって貫いていく。


「………撤退」(暗殺者の長)


半数以上の暗殺者が殺された事で、暗殺者の長は、即時撤退の判断を下した様だ。暗殺者たちは、自らの仲間の亡骸をその場に残して、バラバラに散っていく。亡骸を残していく事に、違和感を覚えた瞬間に、暗殺者たちの亡骸の魔力が、急速に高まっていく。


〈人間爆弾か!!〉


俺は、貴族らしき少女とその護衛たちを背にして、魔力を急速に練り上げていく。暗殺者たちの亡骸の魔力の高まりが、臨界点に達する。亡骸たちが同時に爆発し、証拠を消すと共に、俺たちを道連れにしようと、熱が襲いかかってくる。


「キャー!!」(貴族?の少女)

「姫様!!」(護衛騎士)


後ろで、貴族らしき少女の悲鳴と共に、不穏な言葉が聞こえた気がするが、気にしない気にしない。俺が高密度の魔力によって展開した、積層魔力障壁によって、爆発の熱が襲いかかることなく、全員が無傷のままで、熱が収まっていく。


だが、俺たちが無事であっても、周りの木々はそうはいかない。爆発の熱によって、火が着き、炎が燃え広がっていこうとしている。俺は、積層魔力障壁を維持したまま、水属性の魔力や魔術で、森林火災をくい止めるために、即時消化していく。


少女とその護衛たちは、俺の消化の様子を、呆然と様子で見ながら、自分たちが助かった事に認識が追い付き、安堵の息を吐きながら、脱力していた。

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