第121話

「まずはこちらにある様々なアスレチック場で身体の感覚と動かし方を慣らしていきましょうか」

『了解だ』(ライノス)

『おう』(オボロ)


この実験用の異空間は特に力を入れて生み出した空間の内の一つだ。魔術・武具・魔道具などのものを新たに製作した時に使う空間になる。魔王種に進化したオーガとの戦闘の後に、調整が必要になった時に周りの目を気にしない空間などが一つあると便利だと思った事から生み出した空間になる


オボロさんとライノスさんは俺が設計した簡単なものから難しいものや姉さんたちの設計したクリアできるのかこれ?といったアスレチック場で身体を動かしていく。俺は実際の動きと空間ディスプレイで示される身体の情報を同時に処理しながら異常がないかをチェックしていく


〈筋肉や神経、関節などの身体の内部に関しても異常はないようだな。本人たちの様子も変わったところはないようだ〉


本人たちも久々に十全に生身の身体を動かせられることに感動しながら、次々と難易度を上げていく。この特別な自動人形は素の状態での身体機能は上位の魔物や魔獣にも匹敵するレベルになっている。最初の頃の身体を動かし始めた事から比べると圧倒的に動きの滑らかさが違う。ものの数十分で姉さんたちの製作したアスレチックまでを難なくクリアする


「生身の身体を動かすのはやっぱり違うな。なんか、生きてるって感じがしちまうな」(オボロ)

「確かにな。無機質な木人の身体か、見た目的には生前の姿とほぼ変わらない姿のどちらがいいかとなったらな」(ライノス)

「それな。こればっかりはカイルに感謝だな。ここまで生きてた頃と同じだと違和感がなさ過ぎて直ぐに馴染めたな」(オボロ)

「そうだな」(ライノス)


二人の身体は魂レベルの同調によって顔と同様に尻尾や獣耳、ライノスさんの妖精族を示す羽も存在する。それが存在することで、二人は身体に馴染むのが早かったのだろう。ここまでの動きを見ても特に問題はなさそうだったので、次の段階に進んでもらうことにしよう


「じゃあ、次の段階に進みましょうか」

「「了解」」(オボロ・ライノス)


次は魔力を流した身体強化をした状態での身体の調整だ。初心者が生み出すようなゴーレムから錬金術の熟練者が創り出すレベルのゴーレム、対人戦闘用に同じく強度レベルを変えた自動人形を用意してある。これらはどの程度の相手にどのくらいの魔力の濃度・術式の規模によって、どの程度の損傷を与えるのかという実験の為の場所になる。それらの説明を終えて、早速始めてもらう


二人は自動人形の身体になって初めて魔力を練り上げて循環させていく。自然に、滑らかに魔力が魔力回路代わりに機能している疑似神経を通って全身に廻っていく。ここまでの動きも空間ディスプレイで前進の詳細を確認するが安定しているし、賢者の石とのリンクも問題はない。二人の状態を確認し終えた俺は二人に向かって頷く。二人は初めから勢いよく仕掛けることはなく、様子見の状態でゴーレムに拳と蹴りで攻撃を与えていく。予想通りにある程度のレベルのゴーレムは拳や蹴りの一撃で粉砕されていく。壊していくごとに二人はこちらを見るが、大丈夫だと俺は頷いて続けてもらう。ゴーレムのレベルや素材のランクが上がっていくと現状での最低限の魔力での身体強化では一撃で壊せなくなっていくので二人とも相手のレベルに合わせて循環させていく魔力を高めていく。ゴーレムも高レベルのものになると普通に反撃もしてくるし魔力によって全体の強化もしてくる。二人は相手に合わせる形で自然と身体強化使用中の肉体の動きなどを掴んでいく


「魔力の純度と力加減が難しいな。魔力が身体を巡る循環速度も段違いだな。それに、身体強化中は皮膚も硬化されてる」(オボロ)

「ああ、力加減も意識しないと高出力のままに相手に一撃を食らわせてしまうな。まあ、カイルの目論見通りなのか分からないが、ゴーレムの相手をしているうちに絶妙な力加減が分かるようにはなっていたがな」(ライノス)

「だな。この身体の性能を把握出来ていないままに、子供たちの相手をしていたら目も当てられなかったな」(オボロ)

「お二人とも、どうでしたか?どの程度の力でどれだけの威力が出るのかが把握出来ましたか?」

「俺も、ライノスも問題はないぞ」(オボロ)

「そうですか。なら、今度は対人戦闘を想定して自動人形に相手を変更しましょうか。自動人形に関しては最低レベルのものでも最初から反撃できる程度の性能はありますので注意してください」

「分かった」(ライノス)

「おう」(オボロ)


この会話の間の二人の身体の様子を空間ディスプレイで確認し続ける。魔力の使用量やそれに付随する秒単位でどれだけの魔力量が回復していくのか、拳と蹴りでの戦闘を行った身体の状態の把握などを総合的に見ていく。後は個別の部分で、オボロさんなら獣耳と尻尾が身体の動きや動かしたいという思考に対して遅れていないか、ライノスさんに関しても同様に背中の羽にも流れている疑似神経への魔力の流れや思考に対する正確な動きが出来ているのかを確認は出来た。現状で用意した最低レベルのゴーレムから最高レベルのゴーレムまでの実証結果を見比べても結果に差がない事から実際の戦闘でも十分な動きが出来るだろう


自動人形と戦闘を行う二人は今度は拳と蹴りだけではなく、尻尾や羽を使って戦闘方法を変えて戦っている。空間ディスプレイでの情報でも特に異常は見つかっていないので尻尾などにも問題はなさそうである。先程のゴーレム同様に最低ランクのものから最高ランクの自動人形の全てを反撃を貰うことなく無傷で倒しきった


「なあ、カイル。ゴーレムはいいとしても、自動人形はそれなりのコストがかかってるんじゃないのか?」(オボロ)

「そうだな。ゴーレムはある程度の鉱物と核となる魔石があれば製作そのものは簡単だからな。それに対して自動人形は今の俺たちの身体と同じように疑似神経など必要な物が多いだろう?必要経費が段違いだからな」(ライノス)

「俺も結構な年数生きてますからね。素材もそれなりに持ってますよ。だから、気にせずに壊してしまっても大丈夫ですよ」


二人は俺の言葉や表情から本当に壊されることに何も思っていないと信じてくれたのか、手加減することもなく自動人形を壊していく。ゴーレムと同じように数十分で最高レベルまでの全てを二人は破壊し終えた


「ゴーレムと違って人に近い自動人形を相手にするとまた違ってくるな。身体の細かい動きを意識するから、より洗練されていく感じがするな」(オボロ)

「ゴーレム相手の時は大雑把になっていたからな。あの自動人形たちは見た目は完全に人だったからな。私も自然と生前と同じ動きが出ていた。しかも、この動きに違和感がないというのが、また凄いな」(ライノス)

「お二人とも、身体強化中の動きや負荷についての実験・調整は終了です。お疲れ様でした。ディスプレイの方でも確認していましたが、体術と簡単に魔力を循環させるという事に関しては特に問題はなかったです。次は実際に魔術を放ってみる実験・調整に移っていきましょうか」


次に移るのは狐人族の里の周囲から捕獲してきた多種多様な魔獣や魔物を的にした魔術を放つ実験・調整だ。先程行った身体強化の際の循環の様子から魔力の流れの滑らかさなどは既に分かってはいるが、それを魔術にして放つとどれほどの威力になるのかはまだ分かっていはいない。放つ相手にしてもゴーレムや自動人形では壊せることは分かるが、生身の実体を持つ相手にどれほどの威力が出るかを確認しておかなければならない。二人は子供たちに魔術を教える際に実際に相対して魔術を放つことも考えているとあの談笑の際に聞いていたので、この実験・調整が俺にとってはもっとも重要かつ慎重になって確認しなければならない所だ


もし、放った魔術が子供の生命や身体の一部の欠損や障害が残る様な状態になってしまったら、後悔してもしきれない。ここに関してはもの凄く時間をかけて術式を練りに練って安全対策をした。人形遣いが相手の場合には術式に干渉して、相手の自動人形などを奪われることがあるからだ。いくら二人専用にしてあったとしても師匠のような規格外の相手がいないとも限らない。その為、久々に師匠に通信魔術で連絡をして、アドバイスを受けながら術式を組み込んで万全の対策をした。後は、二人が魔力の最適な使用量や力加減をなるべく早く覚えてもらうしかない


「最初はゴブリンから始めましょう。適当な感覚でいいので、まずは適当に魔力を籠めて術式を発動して魔術を放ってください」

「「了解」」(オボロ・ライノス)


最初はゴブリンを一匹ずつ二人の前に開放する。ゴブリンたちは囚われていた際の空腹で目の前にいた二人に向かって棍棒を構えて突撃する。二人はそれぞれ難易度の低い魔術の術式をもの凄い早さで構築・展開・発動を流れるような動作で行う。ゴブリンたちは三歩目を踏み込む前に命を散らしていた。ゴブリンの上半身と棍棒は消し飛び、下半身も少し焼け焦げている。二人とも火属性の魔術を放ったようだ。しかし、二人とも少し困惑している


「これは…………威力が高すぎる」(ライノス)

「術式の構築速度や展開速度、発動までの時間は生前の頃に比べると大分早いな。しかし、威力が想定よりも強すぎる。頭を消し飛ばすつもりが上半身ごと消し飛ばしてしまっているな」(ライノス)

「ライノスもか?俺もそのくらいの範囲を想定して放ったんだがな。それに、下半身も少し焼け焦げている。魔術が収束せずに広範囲に拡散してるな、こりゃ」(オボロ)

「カイル、まずはゴブリンを一体ずつでお願いできるか?これでは危うくて子供たちに軽々しく見本を見せる事も出来んな。事故でも起きたら目も当てられん」(ライノス)

「ええ、こうなることは想定の範囲内だったので、ゴブリンについては大量に捕獲してありますので納得できるまで調整をしてください」


俺は死んだゴブリンの残った死体を魔術で焼却処理した後に、追加のゴブリンを捉えている檻をそれぞれ一体ずつ開放していく。二人は先程とは違い、十分に時間をかけて慎重に構築・展開・発動をする。ゴブリンが即死した結果は違うが魔術の効果が及んだ範囲が少しだけ狭くなっていた。それでも肩より上が消し飛んでいるという結果に二人は今度こそ頭を抱えたくなっているようだ。その後一時間ほどはゴブリン相手に魔術を放ち続けた。その結果ようやく頭の部分だけを消し飛ばすという理想と結果が合致した事で二人は満足したようだ。俺としても空間ディスプレイの状態でも魔力量の確認をしていたので、今の望んだとおりに結果が出たのはこの程度の魔力量ですというを示した


「なるほど、この程度の魔力量でいいのか」(ライノス)

「ということは、俺たちの生前の魔力関係の感覚は一旦忘れた方がいいかもな。最初にある程度を調整し終えたら、それに合わせて感覚を統合してみるのがいいかもな」(オボロ)

「それでは、次の魔物に進みましょう」


次は群れて戦うウルフ系の魔獣だ。今度は各種属性に特化した進化タイプも混ぜてある。ウルフたちは絶妙な連携でオボロさんたちに迫るがオボロさんたちも自身の周囲に術式を幾つも展開し魔術を放つ。今回はそれぞれの属性に対して同じ属性の魔術をぶつけるという方法をとったようだ。ゴブリンの時とは違い、ウルフたちは放たれた魔術によって一発で仕留められていく。ゴブリンたちとの調整で十全に身体の事を把握し終わっているようで、完璧に威力や魔力量の調整が出来ている


その後も、オーク・オーガ・ミノタウロスなどの冒険者でいう所の中位ランクの魔物から故郷の里の周りにいるような上位のランクから最上位ランクに近しいような変異種の魔獣や魔物を段階事にどんどんとこなしていく。上位ランクの魔物たちを相手にしている頃には、ほぼ完璧に身体の事を把握し終わっていた


「じゃあ、最後の調整で同レベルの者同士の戦いとしてライノスさんとオボロさんで模擬戦をお願いします。この模擬戦では各種族の特性や魔術、体術の全てを駆使しての戦闘をお願いします。流石にマジになり過ぎて身体を壊すまでの戦闘はやめてくださいね」

「久々のお前との模擬戦だな。勝たせてもらうぜ」(オボロ)

「ふん、勝つのは私だ」(ライノス)


そこからは白熱した模擬戦となった。接近しての目にも止まらぬ速さで繰り出される拳と蹴りの応酬。眩く視界を染める魔術のぶつかり合い。互いに久々の模擬戦という事で笑みが浮かんでいる。ライノスさんが非実体化と実体化を上手く切り替えて戦えば、オボロさんが九本の尻尾で各種魔術を多重展開して弾幕を放つ。最終的に、二時間ほど模擬戦をぶっ続けでしていた二人はスッキリとした顔で満足して終えた


「俺としても問題は特にないと思います。今日から使用していただいても大丈夫です」

「よっしゃ~‼」(オボロ)

「よし。後は玉藻たちと相談して子供たちの育成について進めていけるな」(ライノス)

「あ、あと最後にその身体からの出る方法なんですけど、同じように服を脱ぐ感覚を頭に思い浮かべれば、その身体から出ることが出来ます」

「………『本当に元に戻ってるな。しかも、木人じゃなくて魂の欠片の状態だな。もう一回…………』………これで元通りか」(オボロ)

「確かにこれは便利だな。色々な場面で活用できそうだ」(ライノス)

「では、これで調整は終了です。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした‼」(オボロ)

「お疲れ」(ライノス)

「それじゃあ、時間もいい時間ですので、お昼にしましょうか」

『賛成』


昼食を食べ終わった後は、見学していた三人も交えての今後の狐人族の未来についての話し合いが始まった。この日、一日はこの話し合いで過ぎていった


俺のやるべき事、やりたい事が終わった。長く滞在したがそろそろ帝国に帰ろうか

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