第97話

あの食堂での油揚げ騒動から一夜明けて、パッチリと目が覚めて俺は布団から起き上がる。あの後、正気に戻った勝気な女性と物静かな女性は、また時間をとって正式に自分たちの屋敷に招待すると俺に言ってくれた。マレクさんたちとの魔力式冷蔵庫の導入についての話し合いはラディスさんを通り越して勝気な女性と物静かな女性の二人の鶴の一声によって採用された。ラディスさんには二人が直接話す事になったが、俺の方からもラディスさんにも説明をと頼まれたので承諾した


そのまま、食事会が夜遅くまで続き五人は舌鼓をうって笑顔で食べ続けていた。五人は油揚げや油揚げを使った料理たちを仲良く食べた事で、不思議な連帯感というか親密な雰囲気が出来上がっている。油揚げという一つの品物が、なぜそこまで狐人族の人々やその上位の存在である勝気な女性と物静かな女性の琴線に触れたのかは分からないままだった


〈予想としては、この里には油揚げが存在しない。もしくは、この異世界には油揚げの作り方が分かる者がいないかだな〉


だからこその、最初のマリベルさんたちの異常なまで反応に勝気な女性や冷静そうな物静かな女性が興奮して食堂に押し寄せたのも納得できるな。まあ、自分の作った料理を美味しいと言ってもらえるのは嬉しい事だったので俺としては昨日の追加地獄は姉さんたちと比べると相当にマシな部類のものだったな


俺は魔力で空気中の水分をろ過して綺麗にしながらも集めていく。かき集めた水分を水球の形に変えていく。俺はその水球に顔を突っ込む。暫く顔を突っ込んだままでいると、頭の方もスッキリとして寝ぼけた意識の方も段々としっかりしてくる。借りている屋敷なので水滴で濡らさないように水球はしっかりと分解しておく。濡れた髪や顔はすぐに簡単な生活魔術で乾燥させておいたので、水滴が垂れることがない


顔を洗いスッキリとした俺は布団を畳んで部屋を綺麗にしたあとに、部屋を出て居間に向かう。昨日の帰りが遅かったので姉さんたちは就寝済みで俺よりも早く寝ていたはずなのに、今日も今日とて俺が一番最初に起きたようだ。テントを庭先に出して、魔力式システムキッチンを起動して自分の分と姉さんたちの分を作り始める


〈昨日の様子からいって、ユリアさんにも用意してあげるのがいいか。自分の両親が食べたのに、自分が食べたこと無いんじゃな〉


そう思ったので、まだまだ大量にある油揚げの在庫を使って様々な料理を作っては新たに料理専用に創った空間拡張にさらに時間停止の付与を施したバックパックに入れていく。このバックパックは料理用に特化したタイプになり、容量も他の空間拡張されたポーチなどに比べると遥かに多くなっている。そのバックパックにある程度の量を仕舞いこむと、姉さんたちが数分の時間差で目を覚まして次々と居間に集まってくる


「おはよう。朝食は出来てるよ、先に顔洗ってきたら?」

「………ん」(レイア)

「おお、今日も美味そうだな」(モイラ)

「そうね~」(リナ)

「レイア、先に食べてる。早く顔を洗ってこないとレイアの分が少なくなる」(セイン)

「…………」(ユリア)


姉さんと入れ替わりに入ってきたユリアさんが、俺の方を見て機能の物静かな女性のようにスススと俺に近寄ってくる。そして、昨日の繰り返しのようにユリアさんが俺の身体の匂いを嗅いでいる。他の皆はユリアさんの唐突の行動に多少の困惑は見られたが、それよりも早速とばかりに空腹を訴える自らのお腹を優先させたのか朝食に手を付け始める。顔を洗って完全に意識がハッキリとしている姉さんが俺とユリアさんを怪訝な顔で見てきたが、姉さんは次にすでに朝食に手を付けているモイラさんたちを見て少しだけ早足になりながらも食卓につき、勢いよく食べ始める


「この匂いは何?カイル君?」(ユリア)

「ユリアさん、近いですよ。この匂いについては食べている時にでも説明しますよ」

「分かったわ。何なのかしら、この心を揺さぶる感覚は何なのかしら?」(ユリア)


ユリアさんはブツブツ言いながらも空腹に負けるようにフラフラと食卓の方に向かっていく。やはり、油揚げという存在は狐人族の魂にまで刻まれているのかもしれない。あまりにも長引かせるのはユリアさんにも悪いので俺はユリアさんの前に油揚げセットを次々と出していく


「こ、これは⁉まさか⁉」(ユリア)

「そうです、油揚げそのものと油揚げを使った料理です」

「これが⁉食べてもいいの?」(ユリア)

「はい、どうぞ。これらの料理は昨日の夕食時にユリアさんのご両親と食堂のマリベルさん、それにあのお二方もすでに食べてますから」

「お父様とお母様も?それにマリベルさんも?あのお二方が自分から奥の屋敷から出てくるなんて」(ユリア)

「とりあえず、どうぞ。姉さんたちもそんな風に睨まなくても今から出すから」


そう言うと、姉さんたちからの圧力が減っていく。まあ、姉さんたちからしても油揚げを使った料理の数々は出したことはなく、今日のこの食卓で出すのが初めてとなる。全員が興味津々に口に運び、その美味しさに顔と目を輝かせている。ユリアさんに至っては昨日の五人のように感動で一塩ひとしおといった様子を見せている


姉さんたちにも好評だったのは一目瞭然で、当然のように今後のメニューに追加されたのは言うまでもない。そして、次々と追加のおかわりへの要求が始まる。俺はこうなることは予想済みだったのでバックパックの中から追加分を出していく。食べ終わった食器類は合間をみて回収して洗い物を済ませていく。暫くすると全員が一通り満足したのか追加の声が鳴りやんで、まったりと食後の休憩状態になっていく。ユリアさんは食後の休憩をとりながらも、百面相のように次々と表情が変わっている。そして、何かを結論付けたのか俺の方に近づいてくる


「カイル君、とっても美味しかったわ。ありがとう。まさか、油揚げという至高の料理を口にする事が出来るなんて夢のようだわ」(ユリア)

「…………そこまでですか」

「そうよ。これは私たち狐人族の因子に刻まれたものなのよ。今まで見た事もなかったし、食べた事もなかったけど、それの放つ匂いや味だけはこの因子の中に残っているのよ。様々な分野で進んでいる帝国でも色んな料理屋なんかを巡ってみたけど何処にもなかったしね。だから、食べさせてくれてありがとう」(ユリア)

「どういたしまして。美味しかったのなら幸いですよ。まあ、味に関してはあのお二方のお墨付きがありましたから、心配はしてなかったんですが。それでも、ユリアさんのお口にも合って、良かったです」


俺は食器類の水切りまでを済ませて、全てをポーチに仕舞いこんでテントを片付けた。よし、今日も食堂の手伝いに向かうかと意気込んで姉さんたちと共に屋敷を出ようとすると、出てすぐにラディスさんが立っていた


話を聞くと、どうやら昨日の帰りに言っていた魔力式冷蔵庫についての話を聞いた事とそれの説明を受ける事と、お二人が奥の屋敷ににて俺だけを待っているとの事だった。俺としては食堂の手伝いの方を優先させた方が良いのでは?と思ったが、マリベルさんの方から魔力式冷蔵庫のお蔭で調理での負担が減って余裕が出来たという事で大丈夫だと言われたそうな。そういう事ならと俺はラディスさんについていくことにした。説明に必要な物は常に持ち歩いている事は伝えてあるので大丈夫だという事も伝えてある


「カイルさん、あとで私にも油揚げを使った料理を食べさせて頂けるとありがたいのですが………」(ラディス)

「ええ、大丈夫ですよ。ラディスさんだけ仲間外れとか考えてませんので」

「ホッホッホ、そうですか。それは大変助かりますな」(ラディス)


ラディスさんはもの凄い上機嫌で歩き始める。このまま里に出ると服に残った匂いで詰め寄られると考えたので浄化魔術で匂いからなにまで全て綺麗にしておいた。そのお蔭か詰め寄られることなく里の奥にあるというお二人の屋敷まで行ける唯一の入り口まで詰め寄られる事は無かった。まあ、めちゃくちゃ上機嫌であるくラディスさんという別の意味で目立つ存在に皆さんの視線が集まっていた。当のラディスさんは自分が機嫌よく歩いていたこともそれを不思議そうに見られていたことも気づいていなかったのは幸か不幸かなのかは本人次第だが


ラディスさんについて歩くこと数分で目的地にたどり着いた


「よく来たな、カイル。歓迎するぞ」(勝気な女性)

「ようこそ、お越しいただきました。話は屋敷の中でいたしましょう。どうぞ、お入りください」(物静かな女性)


俺はお二人に歓迎されて、立派なお屋敷の中に足を踏み入れた

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