第96話

「俺がマリベルさんに提案したいのは、食材等の管理方法についてになります。今日一日、昼食時と夕食時に見させてもらったんですけど、基本的に凍らせる事で腐食を防ぐといった方法をとっていますよね?」

「そうだね。でも、それが最も効率のいい方法だろう?」(マリベル)

「そうですね。でも俺は違う方法で食材を長期的に、味や栄養素を無駄にせずに保存できないかと」

「あるのかい⁉あるのなら、教えておくれ‼」(マリベル)

「マリベルさん、落ち着いて‼」(マレク)

「そうよ。ちゃんと、カイル君が説明してくれるわ。続きをお願い」(セラ)

「はい、続けます。その発想を元に長い年月をかけて生み出したのがです」


俺はそう言って、異空間から魔力式冷蔵庫を取り出す。マリベルさんたち三人は取り出されたものが長方形の四角い物体という事で最初はどんなものか理解できていなかったが、懇切丁寧に魔力式冷蔵庫について説明していくと徐々に顔つきが真面目なものに変わっていく。恐らくはこれが技術の粋を集めた貴重な魔道具だという事が理解できたからだろう


俺はマリベルさんたちの質問に答えながら、魔力式冷蔵庫についての細かい所まで全て説明していく。しかし、細かく説明していくと共に、特にマリベルさんと家族の食卓を担っているセラさんの目がギラギラした得物を狙うかのような視線に変わっていくのが少し怖い。興奮気味だったマレクさんも自分を超える、一種の狂気にまで至るような興奮する姿を見て引きつった笑みを浮かべている


「それで、カイル君はこの主婦の味方のような魔道具を譲ってくれるの?」(セラ)

「はい、設計図もありますので、それもお譲りします。ちなみに、俺たちの里にはこの魔道具がない家庭の方がありません。それくらいに、便利なものとして利用されています」

「い、いいのかい?魔道具の設計図なんて、錬金術師たちから見れば自分の知の財産とも言って過言ではない代物だろう?」(マリベル)

「そうだね。自分の生み出した魔道具は自分の息子や娘と同じだと考えている者もいると聞くしね。……対価は?」(マレク)

「いえ、必要ありません。元々、生活そのものを豊かに、という考えで生み出した魔道具の一つですから。むしろ、使ってもらう事に意味がありますから」

「…………ありがとう、本当に助かるよ。この魔道具があれば、さらに一段階上の料理を作り出す事が出来るよ。今までは保存の関係で難しかった料理にも挑戦できるよ」(マリベル)


マリベルさんが拳を握りしめて、料理人として腕を上げていく事を決意している。しかし、その横で設計図を受け取ったマレクさんの脇腹に肘打ちをドスッと打ち付けるセラさん。悶絶するマレクさんの手元から設計図が零れ落ちる。その設計図をニコニコとした笑顔のままセラさんが自分の懐に仕舞いこんでいるのが対照的な光景だった


マレクさんもセラさんも聞けば忙しくて夕食はまだだと判明したので俺が説得の時に実際に口にしているのか、していないのかではだいぶ変わるからと俺が魔力式冷蔵庫内の食材を使って料理を何品か作って振舞う事にした。その時に俺は、昼食時と夕食時には見ることがなかった日本でいうところの狐ならあれという料理も作ってみた。それをマリベルさんたちの前に出した時に三人の反応が劇的に変わった。三人ともそれらの料理から一切目を離さずにジッと見つめて固まってしまったのだ


「どうしたんです?……ああ、初めて見る料理ばかりでしたね。失礼しました。食べ方は実際に見せた方がいいですかね?」

「………」(マリベル)

「………」(セラ)

「………」(マレク)


俺が実際に出した料理の食べ方を教えてあげようと、調理の手を止めて席に戻ってもマリベルさんたちはまだジッとを使った料理たちに目が釘付けになったままだった。俺としては気軽に油揚げそのものや稲荷寿司、きつねうどんと呼ばれるものなどをマリベルさんたちが好きかなっと思って食べてもらおうと作ったのだが


そのまま、マリベルさんさんたちは料理が冷めても見続けるつもりなのか微動だにしないまま動かない。俺としてもらちが明かないので手を叩いて音で注目を集めてみる。しかし、反応しない。他の料理を視界に入れてみるも、やはり反応がない。もしやと思い、油揚げを使った料理たちを右に動かすと三人の視線も右に動く。逆に左側に動かしてみると、三人の視線も合わせるように左に動いていく。そんな事をしていると、食堂の入り口が勢いよくバンッと開かれる


「やはり‼この匂いは間違いなく油揚げ‼どこだ‼何処にある‼」

「少し落ち着いてください。私たちを呼んでいる油揚げはあそこにあるようですよ。おや?もしかしてそこにいるのはマレクにセラ?それにマリベルに、エルフのお客人?いったい、どういった…………こ、これは⁉」(物静かな女性)

「ま、まさか‼稲荷寿司に、きつねうどんだと⁉マレク、セラ、これは誰が作ったのだ⁉」(勝気な女性)


勝気な女性がマレクさんやセラさんに問いかけるも、三人ともジッと見つめたまま反応しない。それどころか、三人とも口の端から涎が垂れているのが見える。すると、物静かな女性が俺の傍まで近寄っており、顔を近づけてくる。そのまま、クンクンと俺の匂いを嗅いでいる。ゆっくりと、物静かな女性が離れていく。すると、スススとマレクさんたちをまだ揺さぶっている勝気な女性にすり寄っていく


勝気な女性はマレクさんの胸元を両手で掴みかかった状態で、物静かな女性の言葉を耳元で聞いていると、パッとマレクさんの胸元を離して物静かな女性と少し離れた場所に移動してコソコソと二人で話し始めた。俺は今にして、いつの間にか食堂内に結界が展開されているのが分かる。恐らくはこの二人が展開したものだろう。そんな風に考察していると、二人だけの密談が終わったのか、二人とも真剣な顔をして俺に近寄ってくる


「エルフのお客人、これは貴方がお作りに?それとも、契約しているあの方々が用意してくれたものですか?」(物静かな女性)

「………………」(勝気な女性)


物静かな女性が俺に問いかけてくる。勝気な女性の方が口を閉ざしたまま真剣な顔で嘘は許さんとばかりに威圧してきている。俺としてはこの二人の行動にも困惑しながらも質問に答える


「ええっと、この油揚げも稲荷寿司もきつねうどんも、全て俺がついさっき作りました。これを作ってからマレクさんたちの様子がおかしくなってしまったんですが…………」

「これを、貴方が……。なるほど。一口、いただいても?」(物静かな女性)

「…………⁉」(勝気な女性)

「え、ええ。大丈夫ですけど」


俺がそう答えると、いつの間にかマレクさんたちが正気に戻っており、喉をゴクリさせて唾を飲み込んで緊張している。物静かな女性は緊張しながらもゆっくりと稲荷寿司を手にとっているし、勝気な女性の方も私は⁉私は⁉とでもいうかのように自らを指差してアピール?しているので、とりあえず頷いておく。勝気な女性も輝く笑顔で物静かな女性同様に稲荷寿司を手にとる。そして、二人同時に稲荷寿司をパクリと口にする


「…………美味しい。本当に稲荷寿司です。ああ、再び口にする事ができるとは…………」(物静かな女性)

「……………う、美味い‼美味いぞ~‼やはり、稲荷寿司は最高だ‼」(勝気な女性)


物静かな女性は目の端にホロリと涙を流しているし、勝気な女性の方ももの凄く喜んでいる。マレクさんたちはそれを羨ましそうに見ている。俺がマレクさんたちにも器を勧めると、マレクさんたちは手を伸ばしたり引っ込めたりしている。俺は勝気な女性と物静かな女性の方を向くと、二人も頷く


「ゆっくりと、冷めないうちに味わって食べなさい」(物静かな女性)

「そうだぞ。このような素晴らしく美味しい稲荷寿司はそうそう食べることは出来ん。我らに構うことなくいただきなさい」(勝気な女性)


二人がそう言うと、抑えていたものが噴出したかのように勢いよくマリベルさんたちが食べ始めた。すると、三人は物静かな女性の様にハラリと涙を流し始めた。俺は訳が分からなくなり混乱しながらも、凄い勢いで減っていく料理を見て厨房に戻り追加のおかわりを作り始める。勝気な女性も物静かな女性もマレクさんたちの反対側に座り、料理に手を出し始めた。ほぼ全員が涙を流しながら食事をするという異様な光景がそこにはあった。俺は自分で食べ物を摘まみながらひたすらに油揚げそのものや、油揚げを使った料理を次々と作っては持っていくを全員が満足するまで繰り返していた

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