第98話

「んぐ………やはり、…んぐ……美味い‼」(勝気な女性)

「もぐ……そうですね、………もぐ………美味しいです」(物静かな女性)

「…………ぱく、………素晴らしい‼」(ラディス)

「あの三人とも喋るのか食べるのか、どっちかにしてくださいよ。お行儀が悪いですよ」

『…………………』

〈やっぱり食べる方を優先させるんですね〉


その後も、ただひたすらに食べ続けている三人を待ち続けること三十分ほど経つと、満足したのか一旦食べる手を止めて、口元に油揚げの食べかすを勝気な女性が付けたまま俺に視線を向ける。俺はとりあえず、勝気な女性に向けて自分の口元を指差す事で食べかすがついていることを教える。勝気な女性はそれに気づいて羞恥のためなのか頬を赤くして食べかすを手で拭う


「…カイルを呼んだのは他でもない、今代の契約者にして調停者たる者として少しばかり話したいと思ったからだ」(勝気な女性)

「見ての通りに私たちは基本的にこの里から出ることはありません。だからといって、外の世界を知る術はいくらでも持ってますから。カイル、貴方があの方々と契約する前から貴方の存在は皆注目していますよ」(物静かな女性)

「そうですな。数百年前に他の調停者の方々や超上位存在の方々が大分騒がしかったのを覚えておりますな。そうですか、皆さんの興味の対象はカイルさんでしたか」(ラディス)


ラディスさんは当時の事を思い出しているのか、うんうんと頷きながらも納得していた。精霊様方が一瞥で俺を転生者だと見抜いた様に、他の先輩方も同じように異質な存在が生まれた事を感じ取ったようだ。その内の二人が目の前にいる勝気な女性と物静かな女性になるのだろう


心配なのはこの二人の様に、ある程度好意的に見てくれるのならばいいが、最初から敵対的に見てくる相手だと困るということだ。恐らくはそういった相手は戦闘もしくは殺し合いという選択しかなく、話し合いでの平和的な解決方法が望めないからである。さらに言えば、戦闘能力という点においても経験の差も含めて相手側に有利に働く可能性が大きい。つまりは、俺が殺される可能性が高くなるという事だ


「カイル、お前はこの世界に対してどのような感情を持ち合わせている?」(勝気な女性)

「かつてのは善にも悪にもなりました。そのせいで大きくこの星のバランスが崩れることもありましたし、調停者の何名かが命を落としたこともありました。だからこそ、問いたいです」(物静かな女性)


二人は真剣な表情をしているし、もし俺の答えがこの星にとって害となるようなものならば契約者であっても……といったような感情が見える


「俺としてはゆっくりと自分のペースで生きていけるこの世界の事を気に入ってますよ。時間に追われることなく、お金が必要なくても生きていける世界。まあ、その代わりに自然が厳しくて身分制度もある。何よりも、あらゆる意味で力がなければいいように喰われて終わる弱肉強食の厳しい世界です。俺が力を求めるのは身近な人たちを守るためと自分を守るためです」


俺の答えを聞くと三人ともニッコリと笑顔になってくれる。どうやら、俺の答えはこの三人に満足してもらえた様だ。特にラディスさんは自分の孫娘が毎日のように一緒に行動している事から気にするのは当然だよな。すると、精霊様方が実体化する。この場で実体化するという事はラディスさんもその存在をしる者だという事だろう


「満足したか?」(緑の精霊)

「ええ、満足です。非常に温厚だと思いますし、この星のバランスをみだりに乱したりはしないと私は思いました」(物静かな女性)

「問題は………」(勝気な女性)

「何かあったの?」(青の精霊)

「いや、親交のある吸血鬼から聞いたのだがな。危険な思想、力による序列と支配といった考えを持つ吸血鬼が国から逃走したようでな。何でも、国で国宝を盗もうとして失敗して摑まり、牢に収監される時に一瞬の隙をついて……だそうだ」(勝気な女性)

「その時に頂いた情報によると、何でも件の吸血鬼は我々の里の方角に逃走したようで、警告と共に情報を知らせに来てくれました。我々の里にも昔、同じような力による序列と支配を主張する者がおりました。そのものは禁忌に手を出して、超常の力を手にして里で暴れまわりました」(物静かな女性)

「どうやって収拾した?」(黄の精霊)

「尽きる事のないほどの魔力に生命力。私たちとその部分では同等の力を手にしたその者を狐人族の若き才ある者とその友の尽力によって衰弱するほどに弱体化された所を私たち二人の力を混ぜ合わせて封印しました」(物静かな女性)

「封印?お前たちなら完全に滅ぼすことも可能だったろ?それに、最初からお前たちが出張ればよかっただろ?」(赤の精霊)


赤の精霊様の疑問にお二人はチラリとラディスさんを見る。俺もチラリとラディスさんを見ると、この里に来てから温厚なお爺ちゃんといった姿しか見た事がなかったのが、憤怒の感情を必死に押し殺しているような無表情をしていた。よく見れば、握りこんだ拳がその強すぎる力によってギリリと音をたてている。お二人はそんなラディスさんを哀しげに見ている。その様子を見るに、禁忌を犯した者というのはラディスさんに何かしら関係のある者だったのだろう


「我らも当然そうしたかった。だが、禁忌を犯したその者は禁忌の中でももっとも犯してはならない禁忌を犯した。だ」(勝気な女性)

「…………なるほど。それは、確かにお前たちが動けんわけだな」(緑の精霊)

「カイルにも分かりやすく言うとね、今回の場合は狐人族のを文字通りに同じ狐人族の者が喰らった事でその者の因子が歪み、魔物や魔獣と同じ存在に堕ちるのよ。その代わりに、課せられている枷が外れて魂は穢れ、超常の力が手に入るの」(青の精霊)

「堕ちた存在は、共喰いを行った者は二度と元には戻れない。死した魂は冥界に行くことは無く、」(黄の精霊)

「そして、共喰いを起こした者に対して同種族の者は嫌悪と共に根源的な恐怖心を抱くようになる。それこそ、誰も戦えなくなるほどには」(赤の精霊)

「つまり、戦えない狐人族の皆さんをお二人は守る必要があった?」


俺の問いかけにお二人は頷いて肯定を示してくれる。そこに、いつもの様子を取り戻したラディスさんが口を開く


「共喰いを犯した者は、さらに同じ種族の血肉を重ねて喰らっていく事でさらに魂は穢れ因子が歪んでいきますが、力そのものが喰らっていくごとに増していきます。その力が増していくごとに我々は動けなくなっていった。当時の長の親友であったオボロ様とその友であるライノス様のお蔭で今の我々は生きながらえていることが出来ます」(ラディス)

「オボロ?ライノス?」

「どうされました?カイルさん?」(ラディス)

「もしかして、それって木人をライノスさんと協力して生み出したオボロさんですか?」

「どうして、オボロの名を知っている?」(勝気な女性)


勝気な女性は先程とは違い、少し警戒したような様子で俺に問いかけてくる。物静かな女性もラディスさんも同じように警戒している。まあ、確かに里を初めて訪れた俺がオボロさんやライノスさんの事を知っていたら不思議を通り越して警戒もするだろう


「少し庭先を借りても?」

「いいが、何をするつもりだ?」(勝気な女性)

「とりあえず、見てもらった方が早いかと」


俺は定期的に木人であるオボロさんの機能を使って、鍛錬している。その為に、オボロさんの魂の宿る木人は外出する際には常に俺が持ち歩いている。当然、ユリアさんの許可を得てだ。そして、俺はテントを展開して奥から木人を取り出して庭先に寝かせる


「それは、我が里の木人?…………ユリアか。あのじゃじゃ馬娘め」(勝気な女性)

「申し訳ございません。あとで、きつく叱っておきますので」(ラディス)

「あまり、頭ごなしに叱ってはいけませんよ」(物静かな女性)

「分かっております」(ラディス)

「それで?それが何なのだ?」(勝気な女性)

「まあ見ててください。………オボロさん、起きてください」


俺の問いかけに三人に動揺が走る。まあ、当時の里の英雄ともいえるような人物の名を木人に語り掛けているのだから頭がおかしいと思われても仕方ないだろうな。しかし、あの時と同じように木人に宿る魔力が変質していく。そして、完全に魔力が変質しきると木人がスッとまるで生きている人の様に滑らかに動いて起き上がる


『…ふぁ~、なんの用だ?カイル。……………あれ、ここは?もしかして…………、ああ久しい顔だ。ラディスに玉藻に葛の葉か。三人とも元気だったか?』(オボロ)


オボロさんの問いかけに三人は驚きのあまりに答えられない。まあ、とっくの昔に死んだ者が親し気に話しかけてきたらそうなるだろうな。オボロさんはそんな三人の呆気にとられた表情を見て笑っている

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