(05/06) 諸々の真実

 屋敷の中に入ると、声をかけられた。「おい、おまえ!」というわけだ。

「旅の者です」と再度言う。

 気がつくと、ぼくは手を剣の柄にかけている。

「いや、俺の方はやるつもりはない」と両手を挙げる騎士。「本当だよ」そう言いながら、腰の剣まで投げて寄越す。不審だったが、危険性はなくなった。どうだろう、すでに詠唱済みの術式を蓄えているのかもしれない。油断はできなかった。

 できれば自分の剣は抜きたくないぼくとしては、ありがたく、彼の剣を使わせてもらうことにした。

 とはいえ、チェックは必要である。

 何か仕掛けられていて、爆殺されないとも限らない。

 一見したところ、普通の剣のようだった。整備はしてあるが、フィラーはない。魔法剣ではない、ということだ。元騎士ということは、それなりに魔法の教育も受けているものという思い込みがあっただけに、ちょっと意外だった。

 魔法も撃てない剣――樋無しノンフィラーがメインに使われていた時代はある。あるいは、魔法の素養がない者、使用する機会を与えられない者にはそういった剣が充てがわれることも多い。アンティーク趣味、という線もある。

 エニウェイ。

 問題は、これではぼくの方も腕力に頼らざるを得ないということだった。

「いつかこういう日が来ると思ってたんだよ」と彼は言う。

 声の調子からすると、ぼくよりはだいぶ年上だったので、こうなる。

「どういうことですか」

「偽領主をとっちめに来たんだろう?」

「”偽”なんですか?」

「……そこからなのか」と彼はため息をつく。「いや、案外そういうものなのかもしれんな……」

 ぼくはさっぱりわからない。

「さっきのお嬢ちゃんは、気づいていた風だったが」

「ジェレンが?」そうだ、ぼくはその浄解士を追ってきたのだった。「その浄解士はどこにいるんですか」

 彼は指を差す。

 地下に続く階段がある。

「ワインセラー」と彼は言った。


 その元騎士の話を信じるならば、ジェレンはワインセラーにいるとのことだ。地下倉庫。そういう怪しいところに、着いていくにも順序がある。元・騎士が先。その後にぼく。これで後ろから襲われる心配はなくなる。

 松明があるとはいえ、暗い階段を降りていくのは心地よいものではない。経験はあるけど。しかも、本当に彼の言う通り、ワインセラーなるものがあるかもわからないのだ。一周するごとに不安になってくる。

「言っておくが」と彼は言う。「俺は人間だ」

「……あなた以外は違うみたいな言い方ですね」

「そう言ったつもりだが。……そこからなのか」

ぼくにしても、今晩決行するつもりもなかったのだ。そこから、も何もない。

 ジェレンが唐突に元騎士を殴りつけてしまい、連れ去られたので、踏み込まざるを得なかっただけで。

 そもそも、なんでジェレンは騎士なんてものを殴ってしまったんだ?

 

 灯りがぼくの目線の高さになる。

 階段が終わり、灯りが広がった。

 確かにワインセラーのようであり、すでにいくつか灯りが灯っていた。

 ベッドが一つ置いてあり、そこに縛り付けられた男性――髪も髭も伸び放題で、ほとんど老人と言っても良い――が眠っている。ごく長い間隔で胸が上下するのを見るのに、死んではいない。鎖はベッドの足と繋がっていて、部屋の隅までは歩き回れそうだが、それまでだった。

 ベッドの横には椅子が一つ。

 そこにジェレン・ミジェルナが腰を下ろしていた。

「遅いですよ、イェル」

「おまえが早すぎるんだよ」主に手の速度が。

「確かにこの娘は早かったな」と元騎士は言う。「俺が言う前に、もうここを目指していた」

「第七感みたいなものです」

 潜在的に助けを求める声が聞こえたと申す少女。

「そんな、オカルティックな」

 人間の感覚は、五色あるという。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、それから魔力感知能力が加わって、第六感を構成する。第七感は、それ以上のものだ。いくらミグラ機関の次席だとはいえ、そういうオカルティックなものが研ぎ澄まされるようになるものだろうか。

 ともあれ、「そのおじいさんは?」

「ここの領主です――本物の」

「本物の」と鸚鵡返しにしてしまう。「ちゃんと筋道立てて説明してくれないか?」


 ジェレンと元騎士のおじさんの話を総合すると、こうなる。

 数年前、行商人を装って一人の男が現れた。そいつによって、領主はこの地下倉庫にされてしまったとのこと。代わりに、領主の頭髪やらを利用し、領主に化けた。確かにそういう魔法はある。しかるのち、彼は十二人の騎士を呼び寄せたとのこと。当然、犯人の仲間だ。

 異変を感じたのが、ぼくらのそばにいるこのおじさん。なんでも領主とは旧知の仲らしく、偶然訪れたところ、事態に気づいた。十二人の内の一人を討伐し、そこになり変わったという。すごい話だ。

 外に救援は求めなかったのか?

「俺がいなくなった内に、何かあっては悔やんでも悔やみきれないからな……」

 せめて近くにいたいとは、彼の友情だった。

 一人増えた分の食糧は、ここの領主の分だった。領主を殺してしまうと、変装の魔法が使えなくなってしまうから、生かしておく必要があったのだろう。

「あれ、じゃあおまえが殴ったのって」

「あれも魔物ですよ。人間型に化けた奴ですね」

 それで”不信心者”とか叫んでたのか、と納得する。

「そういう魔的な奴に”今夜のお相手は”とか言われたら、そりゃ殴りますよね?」

 吸血鬼の耳は正しかったらしい。

 同意を求めてくるが、どう答えたものかわからなかった。魔物とはいえ、別に彼らが悪いことをしているところを目撃したわけでもない。ただし、まあ浄解士の立場になれば、むべなるかなとは思った。

「俺としては」とおじさんは言う。「あんたらが、偽の領主を倒してくれるなら、本物の方を解放できるんだが」

 それだけの力がおまえらにあるのか、と問われているようだった。

 彼の言うこともわかる。魔物の騎士に囲まれている状況では、目の前に横たわっている老人――本物の領主を解放することはできない。彼らとしては、この老人に生きていてもらわなければならないから、命までは取らないだろう。しかし、裏切りの騎士はどうなるか。そこは不確定要素だった。もしも、彼らが連れ添って、ここを逃げることができたとして、どこにという話である。領民はどうなるのか。

 なんのために、人間のふりをした魔物の中に、彼が息を潜めていたのか、という話。

 依頼として受けてしまったことを思い出した。

 それにこちらには、あの伝説の吸血鬼がいるのだ。とは口には出さなかった。

「任せてください」とだけ言う。

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