(03/06) あたたかな書斎
「我々としてもほとほと困っております」
役所――土地の生産者、領主、教会との間を取り持つ場所だ。
生産物は、その一割が山頂の教会に、もう一割が領主に収められ、残りは他の都市との交易や保管、領土内の人々の生活に充てられていた。それで問題なく運営されていたのだが、
「三年前ほど前でしょうか。領主様がひとが変わったようになりまして……」。
急に元・騎士を常駐させることにしたから、増税せよとのお達しが下った。当然、生産者の負担も大きなものになる。説明はなされなかった。その後、山での狩猟が禁止された。もともと、領主は、法的拘束力を持っているため、領民は従わざるを得ない。
領土の守護はどうしていたのか?
「定期的に、派遣の騎士が来ておりましたから」
派遣の騎士による交流会。
魔法使いが同伴することもあり、簡単な魔術教室が開かれることもある。首都クラスの騎士やら魔法使いやらが、こんな辺鄙な町に来ることもないだろうが、それにしたって刺激にはなるだろう。なにしろ、ぼく自身もそれでキャリアの開けた口だ。
「彼らも肉が要ります。我々だって必要です。農業だけで生きていけるのは、教会の方々だけで……」
教会の方々、というのは山頂に陣取っている教会の人間のことをいうのだろう。
ともかく、狩人たちは、生業を変えざるを得なくなった。
しかし、急にそう言われても農地が開拓されるわけではない。派遣の騎士と〈浄解士〉の定期的な保守があって、領土は守られていたが、それも望めなくなってしまった。となれば、瘴気に満ちている魔の森を切り開いていかなければならないが、そんな術はない。
狩人の中には、冒険心のある者もいる。しかし、魔物を倒せたとして――規模にもよるが、狩猟の延長線上で倒せるものもいるにはいるし、交流会で多少の知見も蓄積されているだろう――その肉を浄解する手立てがないことだ。
「山の上の人たちが常駐してるとかは」
今通ってきた道を見るに、教会らしき場所は他になかった。
「ユナグラ派ですからね」とジェレンは言う。「その名の通り、薄っぺらな組織ですよ。自分たちの麓が瘴気まみれになっていても、我関せずで通すでしょうね」
教会が山の上にあるのは、信仰が人為的な権威(この場合は領主)に優越するためでもある。
「おまけに、初夜権を復活させるとまで仰る始末です」と役所の人間は言う。
「それですよ! 時代遅れェ」と浄解士。
「わたしとしては、肉が食えない方が問題だな」と吸血鬼。
「どちらも、領主様の人が変わったようになってからの話です」
青年の話とあまり異なる部分はなさそうだった。
彼に言われて、実は領主をどうにかして欲しいと言われていると打ち明ける。
「ええ、ですから、その依頼は公式なものとして認めさせていただきます」
ユマニ商会課のひとは言う。
「成功する保証はありませんよ」
いささか驚いて、ぼくは言った。
判断が早すぎやしないか?
「ですが、あなた方は冒険者でしょう?」と彼は言う。「勝手な正義感に駆られて、私たちの知らないことをしでかした――そういうことにしておきます」
このひと、意外と頭の回るひとらしい。
役所での情報照会。
彼らは気前良く、書庫を開放してくれた。
ステンドグラスに彩られた光が道のように差し込んでおり、全体として温かい。そういう空間に初夏が並んでおり、いくつか作業用のテーブルも置いてある。
いつから領主の”ひとが変わったように”なったのか。その際の税徴収について。
合わせて、騎士の到着と、その出自。
陽気の中、手分けして書類を探す。
ぼくの目当ては日報。
だいぶ眠くなりながら、それでも目当ての記事を見つけた。
数年前に領主が一ダースの元・騎士を雇われたとのこと。正確に十二人で、名前の記載もある。奇妙なのは、彼らの所属元が全て異なる点だ。
「どう見る?」
所属元が異なるということは、それだけ指揮系統の維持が難しくなるということでもある。
「金で雇われただけの寄せ集め、という風に見たいけど」
食料の配給記録も残っていた。
異変を感じる。
「どうした?」と吸血鬼。
「いや、なんでもないんだけどさ」とぼくは言う。
「いいから言えよ」
「これ、一人分多いんだよ」とぼくが示したのは、食料の配給表だ。そもそも、領主の屋敷を警護するのに、元・騎士を雇うという時点でおかしな話だったが。
「大喰らいがいるんだろ」
「そう、だよな」
背もたれにより掛かって、ため息をついた。
「この面子で全員を相手にするつもりか」
さすがに一ダースの元・騎士を相手にするのは分が悪いように思われた。
「そうならないように作戦を立てるんだろ」
立てるんだろ、と言われてもだね。
浄解士のミグラスを使えば、かなり詳細な地図を作成することができる。とはいえ、雇われの全員が空の下にいるわけもないから、正確なところはわかりそうもない。同じように、屋敷の構造も謎だ。実際に踏み込んでみなければ、それはわからない。
「一応、領主が狩りを禁止した理由についても記録があるみたいですね」と体に似合わぬ大きなバインダーを持ってくるジェレン。
「リョウシュがシュリョウを……」とわけのわからないことを吸血鬼は言う。
「ひとが変わったようになるまでは」とジェレンは言う。時期としては、津々浦々から元・騎士が集められる前だ。「よく狩猟に出かけていたらしいです。ほら、そっちの購買記録の方にもあるじゃないですか」
奇妙なものがあれば、それもよく購入した。
財を集める代わりに、それを分配もする。
吸血鬼もそういうことをしていたと言う。
「会計係の子に任せきりだったけどな」と彼女。「人間にしては、なかなかかわいい女の子だった」と語る彼女の経歴。
「なんですか、ロマンティックですね」とジェレンは色めき立つ。
「それは長い話なんだよ」と吸血鬼は浄解士に甘い。
奇妙なもの――たとえば、「トリケラ直の頭とか?」
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