第2章 初夜権 vs ロマンティック

(01/06) 依頼なるもの

 町についたのは朝も近づいた頃だった。

 空は白い。

 治安組織の人間に説明をし、宿を手配してもらった。

 

 ぼくらが町に到着したとき、自警団の人々が青褪めていたのも頷ける。

 魔の森から怪光線が発射され、文字通り道をつけてしまったのだ。

 いくら魔法がありふれた世界でも、こういう破壊行為は普通じゃない。大地が震えたり、雷が落ちたり、山が火を噴いたりするのとはワケが違う。怪光線だけでも十分なのに、その跡地には十字架が生えている、ときている。超常現象だった。絵面はよろしくない。気味が悪かった。

「信仰の力です」とジェレンは言う。

 それが、余計に悪かった。

 町のひとにとってみれば、自然現象とか魔術事象だった方がまだマシだったろう。人智を超えたことも起こるのだな、と了解してもらえたかもしれない(それだって微妙だ)。自然現象なら避難するとかあったろうし、魔術的な事象なら、術師に抗議するとかあった。

 ところが、真相は人為的なものときた。

 そういう危険人物を町に入れて良いものか、と議論が起こったのも不思議じゃなかった。

 最終的には、”大人しく従っておこう”ということで決着した。

 なにをされるかわからないからだ。


 ミグラス教の次席〈浄解士〉。

 この肩書きタイトルがまずかった。


 十字架をシンボルとしている宗教の総称は、グラス教という。”はじめに、空から十字架が降ってきた”からはじまる大ヒットノベルを聖典とするあれだ。結構歴史がある。崇め奉っている十字架がどういう形をしているかによって、細かな宗派に分かれている。

 紙に描いたものだけを崇めているなら、ユナグラス。

 薄く切った木を交差したものを信じる、ニグラス。

 上下左右どの方向から見ても十字架なら、ミグラス。

 表面的には、三つの宗派の関係はそれなりに良好だ。裏では知らん。

 それぞれに独立した〈浄解士〉養成機関を持つが、信仰を力に変えるという点では共通している。彼らによれば、魔術的次元と異なった別の次元からエネルギーを引き出しているとのことだが、これには異論もあった。

 あった――そう、過去形なのだ。

 魔術的次元は、個々人の背景にあるもの。影のようなものだ。大地に根づいている。

 対して、彼女らミグラスの言う”宗教的次元”は、それを外部化したものともいえる。軌道上に置かれた無数の衛星サテライトから構成されるネットワークによって、魔術的次元に似たものを作り上げてしまったのだ。人工物による魔術的次元の再現――一人の人間が魔法を使い、集まって文化や歴史を作るように、彼女らはそれを技術の力で達成した。

 この点で、彼女らは流行最先端だし、頭ひとつ抜けている。そして、おそらくネジも緩んでいる。倫理観に任されているとジェレンは言うが、そういうイカれた探求者マッドサイエンティストたちの”倫理観”とやらが、どこまで信用できるものかは、疑わしい。

 

・・・♪・・・


 宿で食事を取っていると、見知らぬ青年に話しかけられた。

 なんでも近々結婚式を挙げるらしい。

「彼女の貞操が危機なんです」

「話が見えないが」

「相手は誰だよ」

「領主様です」

 なんでも、この町では最近になって初夜権なるものが復活したとのことだ。

「遅れてるぅ!」とは、やはりジェレンだった。


 初夜権――伝説上のしきたりだ。

 百年前に医者によるチェックとして行われていたこと。それすらも形骸化し、ただ書類に名前を書くだけの儀礼になっていること。実際問題、性別問わず経験の有無で、何かが変わるわけでもない。しきたり自体の存在についても、今になっては伝説ではと思われている。

 事実、彼らが生まれる前までは、そんな権利を行使する領主はいなくなっていたらしい。

 太古の昔であれば、子どもができるかどうかはともかく、第一子が領主の血を引いているかもというのが重要だった。これくらいの町の規模であれば、住民すべて家族的な枠組みに収めることができたからだ。

 三百歳以上の吸血鬼はといえば、「噂では聞いたことあるな」とのこと。彼女はメニューを見て、イラついている。

 青年の話によると、数年前、領主はひとが変わったように、そういった伝説を復活させた。

 一方で、若者たちの恋愛が止められるわけではない。

 そんなわけで、なんとかしてくださいとのことだった。

「見たところ、あなた方は由緒正しい人々とお見受けします」と青年は言う。「頼んでみてください」

 めんどうだった。

 というか、正直なところ、ぼくは早くまともなベッドで眠りたかったのだ。せっかく、次席〈浄解士〉が与えた悪印象のおかげで、良い部屋をあてがってもらえたのだ。

「任せてください。わたしは心優しい〈浄解士〉。迷える者の導き手ですから」

「なあ、ひとついいか? 全然関係ないんだけどよ」と吸血鬼は言った。

「なんでしょうか」

「メニューに肉がないんだけど」

「猟が禁止されているので……」と彼は答える。「それも問題なんです。領主様が突然、山に入ることを禁止しはじめたんです。そのせいです」

「それは許せねぇな」

 昨日あんなに肉を食べたはずなのに、とぼくは思う。過食部位があったとはいえ、魔物の肉と家畜の肉ではまた違うと言われれば、その通りだった。

「言っときますが」とジェレンは言う。「この依頼を受けないなら、わたしはあなた方の旅路には同行しませんからね。他の〈浄解士〉を探してください」

 と息巻くジェレン。

 もう一度魅了をかけるという手もあるのでは、とぼくは思った。

「できれば、その手は使いたくない」とブランは言う。「魅了状態だと判断能力が乏しくなるのは、昨日まででわかっただろ。今後も山を突っ切るつもりなら、こいつの意識は正常に保っておいた方が良い」


 ということで、ぼくらはその領主にお願いをしにいくことになった。

 ブランシェスカは肉のため、ジェレンは倫理観のために。

 そしてぼくは……? 他にやることがないからだ。

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