(04/09) 仲間探し

 人間風情、という言い回しを、普通の人間はしない。

 そういう言い方をする者は二種類に分けられる。

 一つは、本当に人間以外の存在。けれども、この人間以外の存在というのは、遭遇する確率がそう高くないので、概して次の可能性が採用される。もう一つのパターン――狂人。自分が人間以上の何者かと思い込んでいる困った連中のことだ。いずれにせよ、迷惑なことには変わりない。

 駅員は明らかに怯えていた。

 自分より背の低い、娘と同年代の少女に、語気強く言い詰められているのだから、無理もない。

 僕は助けることにした。

「やめろ、ティエリコ」

「ああん?」

 柄の悪い女だな。

「あんたか。おい、イェリック。こいつ今何言ったと思う?」

 駅員の襟を掴んだまま、ティエリコは僕を向く。息をするのも苦しそうだったので、僕は彼女の細腕から彼を解放してやった。

「もう列車が出た後なんだろ。次のを待てば良い」

「それが……」

 駅員は何かを言おうとして、そこでやはり咳き込んだ。

「次は一ヶ月後なんだとよ。クソ!」


 落ち着いた駅員に話を聞くと、今の世の中は、鉄道網さえ整備されつつあるとしても、この街に寄るのは月に一度程度だと言う。

 決まって28日の夕方に到着し、三日後にまた次の街へと出発する。

 そしてその三日間は、遠い他の都市の名産などが売りに出されることもあって、駅前広場は大変な賑わいを見せるらしい。ここに来るまで僕らが見たのは、その祭りの名残というわけだ。どうやら世界は少しずつ均質化しつつあるのかもしれない。

 次に同じ列車がこの街を訪れるのが、ひと月後。


「お前は、どうするんだ」

 と僕はティエリコに尋ねた。

 昨晩とはまた別の居酒屋だ。騎士をしていた頃は、昼から酒を飲むことは禁じられていたが、今はそんな規則からも自由だ。僕はジョッキを傾けている。

 ティエリコは頬を膨らませながら、炒った豆を殻ごと食べていた。歯は丈夫らしい。

「どうもこうもねぇよ。ひと月は待てない」

 それは単なる現状認識で、対応策ではなかった。

「そもそもあれは貨物用らしいじゃないか」

「紛れるのも得意なんだろ。あのイカサマ野郎……」

 ティエリコは中空を見ていた。

 僕もちびちびとエールを飲んでいたが、得に何かを考えていたわけでもなかった。

 目的もなく旅に出てから、だんだんこうして何も考えずにぼうっとすることがうまくなってきた。

 ゆっくり飲む分には、エールの減りも少なく、ということは余生の消費も緩やかになる。

 ぼくは少しずつ、地上を浮き上がり、過去のしがらみからも、未来への不安からも、解き放たれた気持ちになる。いや集中すれば、まだ地面が僕を引っ張る力を感じることはできるが、それも普段より弱い力だ。

 あらゆる関係性から離れて、僕はエールを少しずつ喉に流し込む装置となる。

 まるで木にでもなった気分だ。

「仕方ねぇ」

 と言って、ティエリコは空になった豆の皿を机の上に置く。

「なにが」

「追いかけるぞ」

「幸運を」

「何言ってんだ、お前も来るんだよ、イェリック・パスランド」

 そう言ってズカズカ歩き出す彼女は、当然勘定を払わない。

 またしても死に近づいた。


・・・♪・・・


 冒険ギルドといえば聞こえは多少良いが、正体としては、職業斡旋所だ。

 もともとはただの居酒屋だったのだが、当時の主人が玉石混交の冒険譚を聞きたがり、その礼として飲み食いをサービスしてやったことに起源がある。主人は、騎士を目指して挫折した人間だったから、未知なるものに強い憧れがあったのだ。

 冒険譚に対する報酬。

 旅をする人間にとって、自分の辿ってきた道のりがそのまま飯になるというのは、助かることこの上ない。もちろん噂になるし、客はどんどん集まってくる。嘘か真かもわからない、様々な冒険譚が、どんどん舞い込んでくる。

 主人は、その無数にある物語を本にすることに決めた。歴史に名だたる叙事詩や物語のように、自分の収集した冒険譚を残しておきたくなったのだ。

 はじめこそ、この冒険譚集には長いタイトルがついていた。しかしいつのまにか、単にユマニ集と呼ばれるようになった。

 ユマニ集は、はじめ、王家に献上された。しかし王宮にてこれは重宝され、また人気も博した。今では、金さえ払うことができれば――ということは貴族連中の大半は――年に一度発行されるユマニ集を手に入れることができる。

 こうして、ただの酒場だったはずのその店は、ユマニ集の編集センターとして機能するようになった。主人は各地に支店を出すことができるようになり、様々な場所で、同じように冒険譚を収集することができるようになった。

 没後五十年を超えた頃、この組織は、酒場としての機能を残しながらも、少し性格を変えている。冒険者をサポートするのが、今の彼らの主目的だ。旅銀に困る人々に、別の誰かの需要を満たすよう命じ、冒険に赴かせる。そして帰ってきた暁には、その達成報酬と、食事が振舞われる。

 僕も路銀に尽きて、しかし不意に死を諦めたとしたら、ここの世話になるかもしれない。


・・・♪・・・


 ドアを開けると、中は落ち着いた雰囲気だった。昼から呑んだくれている者は確かにいるが、それも仕方ないことなのだろう。冒険とやらをこなしてきたのであれば、少なくともここでは呑んだくれる権利がある。それが彼らの生業なのだ。

 まずいな、と思ったのが、机に伏していた男が胡乱な目で僕らの方を見たことだ。そいつはまだ半分夢の中にいるようだったが、僕の隣を歩いているティエリコを見て目を見開き、ピューイと口笛を吹いた。

「かわいこちゃん、こんな時間からなんて、精が出るねぇ」

 ガタガタと騒がしく立ち上がって、僕らの方に歩いてくる。

「見ればわかると思うけどよぉ、今はほら、客もいねぇわけよ。どう、俺と楽しまない?」

 そしてティエリコの肩を抱き寄せ用と手を伸ばす。

 僕はあまりの酒臭さに離れた。

 ティエリコは、「こ、困りますぅ」などとシナを作った言い方をする。

 これがこの男を燃え上がらせたようだ。

「かんわいいねぇ。え、いくら?」

「や、やめてくださぃ」

 構わず男の手がティエリコの肩に触れた。

 その瞬間。

 男がテーブル二つ分は吹き飛んだ。

「えっ」これは僕の声だ。

 僕の目には、男が何もしないで吹き飛んだように見えたのだ。当然、僕も何もしていない。

 ということは、

「ティエリコ……」

「騎士様ァ、怖かったですぅ」と言いながら、この吸血鬼は僕の背中に隠れてくる。

 そして背中からボソッと呟いた。

「おら剣の柄に手をかけろよ騎士様」冷気を伴った声だった。「あたしがやったってバレたら色々面倒だからな。あんたが居合かなんかでどうにかしたって思わせろ」

 一瞬を置いて悲鳴をあげる男。

 見れば腕がおかしな方向に捻じ曲がっている。

「テメェ、何しやがる!」と立ち上がる男性。

 すまない、私も自分でも何がなんだか――

「私の連れに手を出してもらっては困るな」

 これは僕の声ではなかった。いや声は僕のものだが、僕はそんな言葉を言った覚えがない。

 となると、後ろのこの吸血鬼だ。

 こいつ、人の声まで模倣できるのか。

「おい、待て、あいつの剣――あの輝き――まさか騎士様じゃねぇのか」と別の男。

「だとしたら、どうする?」

 とティエリコは僕の声を使う。

 不思議なことに、ティエリコが僕の声音を使うとき、僕の方は自分の声が出せない状態だった。

「貴殿らも男なら、婦人に対する礼儀は学んできたものと見えるがな」

 おら、剣を鳴らせよ、チャキっとさ。

 言われるままに僕は外套を払いのけ、剣の柄を見せびらかす。

「しかし人間は忘れる生き物だ。望みとあらば、今再び教えてやらんこともない」

 その言葉で、男たちは腕の捻れた仲間を連れて立ち去っていった。

 僕はティエリコの操作から解放された。

「騎士様さすがですぅ」とティエリコは背中から出てきて言う。「怖かったですぅ」とも言うが、目が全然怖がってはいなかった。悪童じみた笑みを浮かべている。

「お前、自分でもどうにかできただろ」と呟かずにはいられなかった。


「騒がせてすまない」と私は受付の女性に言う。この喋り方はティエリコに指示されたものだ。「私は旅の者だが、少し情報が欲しくてね」

「あっ、はい!」

 普段であれば、ここで柔和に微笑むべきだろうが、それはティエリコに禁止されていた。しばらくの一人旅の影響で表情が死んでいる、とは彼女の所見だ。

「あっ、でも、情報提供には、事前に登録をしていただく必要があって……会員になっていただく必要があります」

 会員?

「わぁ、冒険者証ですね? わたし初めてです!」

 誰だお前は。

 僕の心を読んだティエリコが、ぞっとして彼女から距離を取った僕の脇腹を小突く。息が止まるかと思った。

「作りましょう? ね、作りましょう!」

「あ、ああ……では頼めるかな?」

「あっ、はい。ではこちらのシートに記入を……」


 またしても自分を偽ることになってしまった。

 出来上がった冒険者証には、イェル・パグランと書かれている。

 職業、戦士。

 年齢、28。

 他には身長・体重。あと使用可能な技能スキルの欄もある。これは本人の同意なく公開されないことになっているが、ギルド側は閲覧可能だった。

 この辺りに、半公的な職業斡旋所としての機能を垣間見ることができている。国家が傭兵の組織を依頼することもあって、その際にはここに登録された情報が参照されるのだ。

「おいみろよ、わたしの冒険者証をさ」とティエリコが囁いてくる。

 名前、フラン・ティエル。

 職業、魔術師。

 年齢、16。

「ジュウロクぅ!」僕は頓狂な声を出してしまったことを反省する。

「バカ、見た目はどうみても花も羨む16歳だろうが。実年齢書けってか? あんたんとこの王国より歳上だぜ、こっちはよ」

 ということは300は超えていることになる。

「あの、何か間違いなど……」と受付のお姉さんは聞いてくる。

 何もかも間違いです、という言葉は飲み込んだ。

 しかし飲み込みはしたが、そのあと何を言うべきかも思いつかなかった。

 そもそも、僕はこのフラン・ティエルに連れて来られただけで、目的を聞かされていなかったのだ。

「実はわたし達、列車に乗り遅れてしまいまして」

「それは気の毒に……」

「だから、追いかけようと思うんです」

 そうだったのか。

「でも、わたしは魔術師で、このお方は戦士。これだけでは道中、心もとない部分があります」

 待て、それ僕も行くのか? と声をかけようとした瞬間、また鳩尾に肘が収められた。運命的なクリアヒットだった。

「確かに仰る通りです。どれだけの路程になるかは存じあげませんが……」

「ひと月以上はかかると思います」

「列車――というのは、今朝出発した都市間鉄道のことですよね? あれの次の駅は確か、サンテアランですから……ええ、ご認識通り、ひと月はかかります。まだ道は整備されていませんし、魔物の出没情報も……だいたい間に合うかすら……」

「長旅は覚悟しています。ですから、リクルート、しに来ました」とティエリコは言う。


「浄解士の方はいませんか?」

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