第2話 グッチ・ギルティ・オー
「ごめーん、待った?」
盛大な遅刻。今日は40分。やっちゃった。
「大丈夫だよ、化粧品欲しかったし、ちょうどよかった。」
彼女は丸顔をさらに丸くしながら笑って、早速足を踏み出す。この子は本当に怒らない。ふと彼女の手を見ると黒字に金色でブランドのイニシャルが入った袋を持っている。またやったな、衝動買い。
「どうする?昼から飲んじゃう?」
私の女の子らしからぬ提案にも彼女は笑って答える。
「いいね〜ちょうど飲みたかったんだ、話したいこと沢山あるよ。」
なんて。お酒弱いくせに。
新宿駅から歌舞伎町方面に向かって5分ほど歩いたところに、ランチから飲めるチェーン店がある。渋谷でランチをするときも大体ここ。味はまあまあだけど、カフェっぽい内装でお酒も飲めて、何よりインスタ映えするから好き。
「私はね〜ハイボールと唐揚げ定食にするっ。」
メニューを見るなり即決し、タバコに火をつける彼女をよそに、私はタコライスとマグロアボカド丼で迷う。
「紫はいつも早いね〜。」
「だってこんなにメニューがあったらよく見た方が迷っちゃうもん。ゆっくり選んでいいよ。」
この性格は彼女の性生活にもよく反映されているな、なんて思いながら、私は結局タコライスを選択し、ビールをオーダーした。
「お疲れ〜〜っ。」
乾杯の挨拶はいつもなんとなくこれ。てかそれ以外にあるか?
「で、最近どうなの?」
私も今日一本目のタバコを口にくわえながら聞く。
「ん?駿さんのこと?それとも別?」
「別もあるんかい!まあ、まずは駿さんのことでいいよ。」
駿さんというのは、私がこの子に会わせてしまった大学の先輩だ。
「へへへ〜先週の土曜に会ったよん。ご飯食べて、カラオケ行って、いつも通り泊まった。」
照れたようにそしていたずらに笑う彼女を見て、私は手を叩いて笑う。
「本当に好きだねぇ。」
私がそう言うと彼女は、
「うん、体がね。」
と付け加えた。
少し前まではツイッターの裏垢が荒れるくらい本気になって悩んでいたのに、別人かよ。
なんて思っていると、
「本気になると辛くなるからさあ。他でバランスとって、のめり込まないようにしてるの。」
と、さらに付け加えた。
「最近恋愛が難しいよ。なんか変に気を遣っちゃうっていうか。学生の頃は、会いたいなんて言わなくても会えたし、会いたいとか、好きとか、もっと簡単に言えた気がする。」
目を伏せながらそんな風に言う彼女は酷く寂しそうに見えた。案の定、彼女は2本目のタバコに火をつける。
「くさっ。」
ジッポを閉じて急に彼女がそう言ったので、どうしたのかと聞くと、
「ゆきたんがジッポのオイルに香水入れると良いって言ってたからやってみたら入れすぎちゃってくさいの(笑)」
笑いながらそう言うから私も吹き出してしまう。 「ワンプッシュって言ったやん。」
彼女はこんなふうに少しぬけている。そこがいいんだろうな、男は。
頼んでいた料理が来たのでとりあえず写メを撮って、インスタのストーリーに彼女のユーザー名と共に載せた。私のビールはもう残り少なかったが、彼女のグラスは汗をかき、中身が全然減っていなかったので、とりあえず二杯目を注文するのはやめておいた。
「で、他っていうのは?」
付け合わせのサラダに箸をつけながらそう聞くと、
「実はさあ、こないだお客さんでめっちゃタイプの26歳が来てさあ、やっちゃったよねえ。」
なんて、また新規開拓の話が飛び出してきた。 「え。新しいお店の方だよね?」
「そう。絶対今の店のお客さんとはやらないって決めてたのになあ。顔がどタイプすぎてまじでいい体だったの。それに匂いが何ともな〜、絶対相性良いと思っちゃったわけ。」
本当に夜の仕事をしてからこの子は変わった。前までは前戯の仕方も知らないどころか、下ネタなんて絶対NGだったから、良いといえば良い変化なんだけど。
「それで、どうだったん?」
「もうね〜最高だったよ〜。だって顔が死ぬほどかっこいいんだもん!非の打ち所がない!全部好き!絶対モテるタイプだと思うんだけど、話すことが真面目なの。家も女の影ぜんっぜんなくて。留学してたから英語も話せるの、本当かっこいい。」
一つ質問すると十の答えが返ってくるのが彼女だ。素直に飾らないで話すし、お店でもこうなら相当人気があるんだろうな、なんて思ってしまう。
「またやりたい、うん。って、私の話ばっかりじゃん!ゆきたんは最近どうなの?例の会社の先輩と付き合った?」
甘い夜を思い出してニヤついていたと思ったら急に真剣な顔で身を乗り出してきた彼女に少しびっくりしながら、残りのビールを飲み干して答える。 「だからそもそもタイプじゃないし、これからも付き合う予定はないよ。」
「え〜もったいない!好きなんじゃないの?お互いに。」
好きとか嫌いとかじゃないんだよね、恋愛って感じじゃないの。
「人としては好きだけど、もうすぐ転勤しちゃうし。なんて言うか、暇な時にすぐ飲めてエッチも出来る、それだけ。」
私がそう言うと彼女は眉間にシワをよせて、 「なんじゃそりゃ。」
と首をかしげる。私だってよく分からないんだから説明なんてできないよ。
「セフレとは違うの?あっでもセフレとは毎日連絡とらないし、こっちが寂しいときもすぐ会えないし。うーん、セフレ以上恋人未満って感じ?」 「そんな感じだね。」
「ふーん。難しい!」
おどけたようにそう言って、彼女は私に二杯目を促してきた。さすがキャバ嬢。
私の目の前にハイボールを置いて、店員さんがまた定位置に戻るのを確認してから、彼女は
「あの店員さん、駿さんが好きそうなタイプだね。」
なんて言ってきた。確かに少し派手めで目がぱっちりで細身な感じは先輩が好きそうだ。でもあんたも負けてないけどなと即座に思う。
「紫の方が可愛いよ。私は好き。」
「え〜そうかなあ。ありがとうゆきたん。」
嬉しいレベル3てとこかな。彼女には私の褒め言葉があまり刺さらないようだ。確かに私は彼女に相当甘いしな。
「ゆきたんは優しいからな〜。」
彼女は案の定そんなことを言いながらやっと一杯目のハイボールを飲み干して、同じものをと注文した。
「ありがとう。」
ハイボールを運んできた店員さんに八割の笑顔で対応する彼女を見ながら、私もこんな風にできればいいのに、と思う。私は相当人見知りだし、見た目にもそんなに自信があるわけではないから、彼女のようにフレンドリーな性格は憧れてしまう。
「東京って疲れない?なんか、どこにいても女としてランク付けされてる気がする。もちろんそんなことはないし考えすぎなのも分かってるんだけど。インスタとかツイッターもそうじゃんね。駿さんも私といる時に別の子見て可愛いとか言ったりするんだよ。疲れるわあ。」
「そうなんだ、やっぱあいつ頭がおかしいね。」
同じタイミングでタバコを吸いながらお互いのグラスを見やる。私も先輩と飲む機会が多い分、相手のグラスやテーブルの状況は気になる方だ。
そんな視線をお互いに汲み取って、少し笑った。
「ありがとうございました〜。」
エレベーターに乗り込むと、彼女の首筋からいつもの匂いがした。この子が水商売を始めてすぐの頃からつけ始めた香水。確かその当時のお客様から貰ったものだったかな。彼女の体臭とはこんなに合うのに、ジッポに入れたらおかしくなっちゃう香水。まるで彼女みたいだと思った。
大学に入学したての頃、同じ部活の先輩と早々に付き合っていた彼女はイキイキとして、輝いてた。それが、卒業してから彼女の周りにいる男は安定を求めず彼女を振り回す奴らばかりで、最近の彼女はその影響で曇って見える。まあすぐ遊んじゃう彼女も悪いんだけど。ちゃんとした人を見つければあの頃みたいにキラキラした彼女に戻れるのに。オイルは入れ替えれるけど自分の体は替えが効かないんだよ。
「美味しかったー!」
なんてはしゃいでる彼女の後ろ姿を見ながらまあこの話はまた今度、とふつふつと沸いてくるお説教を胸の奥にしまった。
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