91話 露見

 西城の外、賊の野営地では賊たちが焚き火を囲みながら、酒を飲んでくつろいでいた。


「……ということは、西城が陥落するのは時間の問題だってのか」

「ああ、太守は不在で指揮するものも居ねえし、中央の主要な軍も北方騎馬民族の対処にあたってこっちに手が回らねえ。あとはちょっと脅しをかけてやれば、ビビって門を開くって寸法よ」

「ひゃひゃひゃ!そうなりゃ略奪し放題だな!今から楽しみだぜ!」


 完全に油断し切った賊たち。そこに、蹄鉄の音が響いてくる。


「な、なんだよこの音……」

「だんだん大きくなって来てる……がっ!」


 賊の一人が音のする方へ振り返った瞬間、その体が宙に舞う。高速で突っ込んできた鉄の兵士が、その顔面に棍棒を叩きつけたのだ。


「おっ、当たった」


 西城の街の中で、エルマがそう呟く。

 フリーダとエルマは、街の中にいながら外の賊達の位置を完璧に把握していた。彼らの持つ鉄の武器を探知し、遠隔で騎兵を操っているのだ。

 刃の通じない鉄の兵士たちが、無慈悲にも賊たちへと襲いかかる。


「う、うわあああああああああ!!!!」

「な、なんで酒呑盗賊団がここに!」

「いや!よく見るとコイツら人間じゃねえ!何者なんだコイツらは!」


 賊達にとって、鉄騎兵たちの正体はさしたる問題ではなかった。何故なら相手がなんであれ、自分たちの敵わない相手であることに違いはないからである。

 賊たちの中には、鉄の武器をすてて一目散に逃げるものもいた。そして、彼らはあることに気づく。武器を捨てた自分達を鉄騎兵達は襲ってこないことに。


「お優しいこったな酒呑盗賊団!武器を持たないやつには攻撃しないなんてよ!」


 最も、その認識は少しズレていたが。

 意気揚々と逃げる賊達。そこで、彼らは信じられないものをみる。


「酒呑盗賊団だけにいい格好をさせるな!」

「俺たちの力で西城を守るんだ!」


 怯えて西城に篭っていたはずの兵士たちが、門から飛び出て来たのだ。武器を捨てていた賊達は、なす術なく捕らえられていく。

 門から出て行った兵士たちをみて、フリーダは微笑を浮かべる。


「解決したようね」

「では鉄の酒呑盗賊団にはお帰りねがいますか!偽物とバレたら話がややこしくなりそうですからね〜」


 フリーダとエルマは騎兵を操作し、酒呑盗賊団を兵士達の目が届かないところまで走らせていく。去っていく騎兵の背を、やってきた兵士達が見つめていた。


「酒呑盗賊団……まさか西城だけでなく他の街も助けに……!?」

「ありがとうよ!俺たちに勇気をくれて!お前達こそが真の英雄だ!」


 再び若干の認識のズレを起こしながら、西城における反乱は鎮圧されたのだった。


 *


「はっはっは!皆様!叛徒共は見事に鎮圧いたしました!西城の兵士の屈強さを示すことが出来ましたね!はっはっは!」


 兵士長は、フリーダ達にむけて自慢気にそう言った。事の裏側を知るフリーダとエルマは、兵士長に苦笑を浮かべて返す。


「さあさあ、万華京までの旅路、我々が守護致しましょう!」

「それはありがたいです。しかし……ついて来れますかね?」

「へ?」


 直後、開いた門に向けて蒸気機関車が煙を立てて動き出す。フリーダとエルマはそれに飛び乗ると、唖然とする兵士達に向けて手を振った。


「それでは皆さまごきげんよう」


 そして機関車はどんどん加速し、兵士達を引き離していくのだった。


 飛び乗ったフリーダ達は客車へと入る。するとそこに、鉱石ラジオを持ったアンナが駆け寄ってくる。

 

「フリーダさん!いいところに実は今丁度ヴォルトさんから連絡が入って……」


 鉱石ラジオから、ヴォルトの声が響いてくる。


『詳細は後で説明するから、今はとにかく僕の指示に従って欲しい』


 息急き切ったヴォルトの声を、フリーダ達は真剣に聞き入る。


『北へ向かってくれ!支配ドミネーターはそこは向かった!』


 それを聞き、フリーダはすぐさま機関車を操作する。


「進路変更!万華京から、北へ!」


 *


 蒸気機関車に乗り込んでいた一般の客達は、西城についた時点で降りていた。そして今は、安全になった西城の街の中で観光を楽しんでいる。

 その降りた者の中に、浮かれることなく、ギラついた目をした男が一人いた。


「……なんだこれは、ここに東サガルマータ会社の支部があるのでは無かったか」


 焼け落ちた廃墟の前でそう言ったのは、東サガルマータ会社のエージェント、フォークである。東サガルマータ会社西城支部は、十字騎士クルセイダーの襲撃で破壊されてしまっていたのだ。

 深いため息を吐きながらも、フォークは廃材をかき分けて敷地へ入っていく。


「なんでこうなっているかはわからんが、はまだ生きている筈だ。……ここのエージェントが有能なやつならな」


 フォークは地下への扉を見つけると、それを開けて躊躇いなく地下へ降りていく。そして、地下の色の違う壁に、立てかけてあったハンマーを叩きつける。すると壊れた壁の中から、傷一つない通信機が現れる。そして受話器を取って連絡をし始めた。


「キャリコ総督ですか?エージェントのフォークで……」

『BAAAAAAAAAAAD!!!!!!』


 突如、受話器の向こうから大きな声が聞こえ始めた。


『フォークくん!アポイントメントした時間からベリーベリーオーバーしているじゃないか!大華帝国でのタスクは君にオールでアウトソーシングしているんだよ?』

「申し訳ございません。現地での反乱に巻き込まれてしまったもので」

『困るなぁ。ビジネスで大切なことはわかるかい?ASAP可及的速やかにだよ!タイム!イズ!マネー!時間の遅れは大きな損害を生むのさ!アグリー?』

「……はぁ」

『だがこのキャリコは過ぎたことを責めない男……このことについては不問としてあげよう。で、今後のタスクは何をするつもりだい?ヴァーニア王国での失態を取り返すためには、相応のベネフィットをあげなきゃいけないよ』

「そのことなんですが、東サガルマータ会社の西城支部が何故か廃墟と化していましてね。再建のために資金と人員の派遣をお願いしたいのですが」

『……まさか追加融資をウィッシュしているのかい?そんな都合のいいコンセンサスを取り付けられるとでも?』

「私のせいではないですよ。廃墟になったのは前任者のせいでしょう?」

『……全く。ええと、西城支部のレスポンシブルパーソンは……』


 受話器の向こうからパラパラと紙をめくる音が聞こえてくる。すると、しばらく無音の通話が続き、キャリコは咳払いをして話し始める。


『ええと、突然だがフォークくん、君には別のイシューについての任務をアサインする』

「本当に突然ですね」

『任務は大華帝国での諜報活動。特に重視すべきは……不滅の四行詩集ルバイヤートの捜索だ』


 その単語を聞いて、フォークは表情をいっそう硬くする。


「……ということは、手段は問わない。ということですか」

『もちろんだとも、パーフェクトな働きを期待しているよ。フォークくん』


 電話が切れ、フォークは通信機を再び壁に埋め直す。


「はぁ、急なリスケにも困ったものだ。……おっと口癖が移ってしまった」


 *


 万華京、ドミネーターが北へ飛び立った後、キッド達は再び地下へ潜った。騒動を聞きつけてやってくる兵士達から逃れるためである。


「地下で転がってた十字騎士は全員地上に放り出して置いた。目覚めたら、やってきた大華の兵士たちを上手いこと撹乱してくれるだろう」


 地下の一室でヒュームはそう言う。そして近くの部屋から通信をし終えたヴォルトが扉を開けて入ってくる。


「フリーダさんへの連絡は済んだよ。今後の作戦についても伝えておいた。キッド君、まだ回線は繋いであるから、言いたいことがあるなら行って来たらどうだい?こちら側からの一方通行だけどね」

「本当!?じゃあ行ってくる!」


 意気揚々と席を立つキッドを、ヒュームが呼び止める。


「キッド君、くれぐれの僕のことは内密に……」

「うん、内緒にしておく」


 キッドが部屋に向かい扉が閉じると、ネロがヒュームを問い詰めた。


「なんじゃヒューム、自分の存在を知られなくないのか」

「前にもそんなことを言っていたね。何か理由があるのかい」

「……別に。大したことじゃないさ、今更顔を出したらエルマ姉さんに鯖折りされてしまうってだけで」

「ほーん。てっきり、自分が『闇血』になったことを知られたくないからかと思っておったわ」


 ネロの言葉の後、空気が凍りついた。ヒュームは硬直したように動かなくなり、顔をこわばらせる。


「……捕らえているユキノから聞いたのかな」

「いや、流石に最近お主が怪しすぎたからのう。アグニの修練場で採取したお主の血を調べさせてもらった」

「……それで、僕をどうするつもりかな?『闇血』は全ての吸血鬼、人類の敵だ。僕を生かしておく理由はないよね?」

「……今一度確認する。ヒューム、お主の目的は『支配ドミネーター』を倒し、キッドにかけられた毒を解毒する。そうじゃな?」

「……ああ」

「その目的が同じである限りは、ワシらは仲間じゃ。キッドにもお主が『闇血』であることは伏せておく。お主がどんな絶望を抱えて『闇血』に堕ちたのかも聞かぬ」

「……助かるよ」


 重暗い空気が漂う中、口を開いたのはフェイであった。


「ちょっと話してる内容がよく分かんなかったけどよ、ようはこれからもヒュームは俺たちと共に戦うってことだろ?誰にだって秘密や後ろめたいことはあるさ。それにこれまでずっと一緒に戦って来てわかる。ヒュームは悪人じゃねえ」

「……うーん、フェイに信じられても他の人への説得力を高められないっていうか。逆に不信感が悪化しそうっていうか」

「おおい!?俺お前を庇ったんだが!?」

「僕も別に構わないさ。『闇血』になったことによる体質の変化とか研究してみたいしね」

「ほら、みんなこう言ってるぜ」


 フェイ達の言葉に、ヒュームは穏やかな顔を浮かべる。


「そうだね。それにまだまだみんなには僕の力が必要そうだし」

「うわこいつむかつくぅ〜」

「確かに、ヒュームには『鉄血』の造形能力で作ってもらいたいものがあるしね」

「なんだい?」


 すると、ヴォルトは一枚の設計図を取り出した。


「僕らが北へ素早く移動するための道具……自転車だ」

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