92話 北安激震(前編)
大華帝国北部の要所、要塞都市北安。
ここには、戦禍を恐れて来たものや、北方騎馬民族に村を焼かれてきたもの。様々な事情を抱えた避難民が流れ込んで来ていた。
そして、北安の中央にそびえる役所の執務室で、一人の小太りの男が喚き散らしていた。
「ええい!いったい何人の避難民が押し寄せてきているのだ〜〜〜〜!!!!」
唾を飛ばしながらそう叫んでいるのは、西城の元太守、珍である。西城における腐敗政治の罪を問われて、メイシンに北安へ更迭されていたのだ。
「避難民は後からもっともっとやって来ますよ。今やって来ている数の数倍は下らないでしょうね」
そう冷淡に話すのは、北部の軍を束ねる劉将軍である。
「で、ではこれ以上増えないように門を閉め……」
「ご冗談を、民を守るのが我々兵士の役目です」
焦燥に駆られている珍とはうってかわって、劉将軍は涼しげな表情を浮かべていた。何故なら、劉将軍は珍の首を手に北方騎馬民族に降伏すれば民と兵士たちの安全を保障されるからである。
このような行いは北安では常態化していた。そう、北安に送られる太守は死ぬことが仕事なのである。そして、劉将軍がそれをすぐに行わないのは、いつもいつも北方騎馬民族に降伏してはいられないという意地と、珍に僅かばかりの期待があるからである。
(つまり、わしがこの事態を解決できる策を打ち立てられなければ……死ぬ!)
珍は冷や汗をだらだらと流しながら、必死に思考を巡らせる。
(兵士達に出撃を命じさせるか……?いや、騎馬民族との実力の差はやつらが一番よく知っている。そんなことを命じたらこの将軍はすぐにでもわしの首を片手に降伏するだろう)
珍は意を決して命令を発する。
「籠城だ!援軍が来るまで徹底的に籠城をするぞ!」
劉将軍は悪くない、と言った顔をする。北安の強固な守りなら北方騎馬民族の攻撃を凌ぐことができるだろう。
「しかし、それには食料供給の問題がありますね。今後もっと避難民は増えていくと思いますが、その辺はどうするつもりで?」
「今後食事は配給制にする!備蓄の穀物も全部吐き出す!商人からも食料を買い上げろ!奴らも値段を釣り上げるだろうが、金に糸目はつけるな!それでも売り渋るやつは脅してでも買え!それで援軍が来るまでの食料は持つはずだ!」
(形だけでもわしに従おうとする軍人とは違って、民衆は不満があればすぐにわしを吊ろうとするだろうからな……暴動が起きぬようにせねば……)
珍の内心をよそに、劉将軍は珍の指示に関心していた。
「そこまで民衆のことを考えておられるとは……ここに飛ばされて来たから、どんな人間の屑かと思っていましたが、なかなかなお手前で」
「は、ははは。心を改めたのよ」
かくして、珍はギリギリのところで一命を取り留めることに成功した。
*
北安の街中に、二人の男女が佇んでいた。
「居場所を追われた人々は、あんなにも不安な顔をするのですね……」
「だからと言って、北安の軍隊に加勢しようとは思っていないよね?私たちが自分の感情だけで人々の諍いに介入するのは非『栄光』的だよ」
エリーゼと、『凍血』の真祖アイズが、人々を眼下に捉えながら話している。二人は『闇血』の気配を追ってここまでやって来ていた。
「わかっていますよ。……でも、傷を負った人々に薬を授けるくらいなら許されるはずですよね?」
「もちろんさ。医療活動に国境はない。むしろ栄光的ともいえるだろう。夜の間だけの病院だから、野戦病院ならぬ夜専病院といったところだね!」
「は?」
「ごほんごほん」
「……へんなこと言ってないで、あなたも手伝ってください。コールドスリープで状態の悪化を防げるでしょう?」
そう言って二人は広場に設置された医療キャンプに向かって行く。
「……なんでしょう。体にまとわりつくようなこの嫌な感覚は……」
その背筋に、寒気を覚えながら。
*
エリーゼとアイズは、しばらく医療キャンプで負傷者の治療に当たっていた。その時、怪我人の中から奇妙な証言を聞いていた。
「北安に逃げる途中、奇妙な格好をしたやつがいたんだ。北方騎馬民族の仲間なんだろうが、遠くから俺たちを見てニヤニヤしてやがってよぉ。不可解なやつだったぜ」
「……その奇妙な格好というのはどんなでしたか?」
「黒いローブを被ってよ。足は鉄みたいに光沢を帯びてたんだ」
「……アイズさん」
「それは間違いなく『闇血』だろうね」
「あの、その情報についてもっと詳しく教えてもらえませんか?」
「それなら、俺の他にも見た奴がいるぜ。そいつにも聞いてみたらどうだ?さっき厠に行ったから戻ってきたときによ」
「ありがとうございます」
エリーゼが言った、その時である。
厠の方から大きな爆発音が響いてきたのだ。アイズはすぐさま厠へ向かう。そしてつくなり、爆発の現場をみて驚きの声を漏らす。
「これは……!」
厠の中では、男の体が破裂して無惨な肉片と化していた。奇妙なのはあちらこちらに鉄の破片が突き刺さっていることである。
「な、なんだぁ……ひいいいい!!!!!」
アイズを追ってきた男が、後ろから覗き込んで腰を抜かす。
「うわあああああ!!!!!」
そして、恐怖に駆られ四つ足でそこから逃げ出してしまった。近くを歩いていた、兵士の集団の足元に縋り付く。
「な、なんだ貴様」
「ひ、ひひひひ、人が死んで」
その時である。逃げ出した男の体が急に膨らみ始めると、爆発四散して辺りに鉄の破片を撒き散らした。兵士達も爆発に巻き込まれ、近くにいたものは即死し、遠くにいたものも破片が突き刺さって痛みに喘いでいる。
「これは……!」
「──『闇血』の攻撃だ!」
耳を澄ませると、爆発はあちこちで発生していることがわかる。人々が恐怖に慄いていると、突如声が響いてきた。
「北安の皆様〜。こん泡〜」
声はあちらこちらから響いてきていた。声のする方を向くと、口が浮き出たシャボン玉が振動で声を出しながら中に浮かんでいた。
「あれー?この声の主は誰かな?誰なのかなかな?俺っちはぁ、泡沫のヴラドでえええええっす!今みんな、突然の爆発に混乱してるよね?それはね?それは?何かと言うと〜。俺っちが細工を施して人間爆弾にした人たちなんでーーーーーーす!ぱちぱちぱちー!」
突然の声に、人々の混乱はさらに増す。
「でも大丈夫大丈夫。人間爆弾にした人なんてほんとちょっとだから。その割合は〜約300人に一人!ワオ!おみくじで大凶引くよりひっくいねー!」
「な、なんてことを……いまこの北安に何人が避難していると……」
「ここで泡沫からのワンポイントアドバイス!人間爆弾は爆発する前に殺せば爆発を阻止できるぞ!以上!それでは諸君、君は生き延びることができるか?」
そう言って、口の浮き出たシャボンは消失する。恐慌が起こったのはその直後だった。
「うわああああああ!!!!くるなくるな来るな!人間爆弾どもおおおおお!!!」
一人の市民が、刀を振り回して人々を自分から遠ざける。人々が刀を恐れてその男から離れると、男の体は急に膨張し始めた。
「あれ……人間爆弾って……俺?」
そして、体が爆発して鉄の破片が撒き散らされる。幸運にも、人々が離れていたお陰で怪我人は0だった。
「どうやら自分が人間爆弾であるという自覚は持たないみたいだね」
そして、北安では別の問題も発生していた。
「おい!避難者ども!こっちにちかづくんじゃねぇ!」
「な、なんでだよ!」
「なんでって……人間爆弾になっているのは、お前達だけだからだよ!ここから避難してくる途中で、北方騎馬民族に罠をしかけられたんだろ!」
「お、俺は違う!断じて爆弾になんかされてない!」
「ならそれを証明してみろ!」
「そんな!」
人々は爆発に巻き込まれまいと、互いに武器を向け合う。
「爆弾が仕掛けられてあるのは避難民だけというのは、事実なのでしょうか」
「さあね……今のところこの爆弾についてはわからないことだらけだ。見分け方はあるのか、爆発する条件は、敵はどこにいるのか」
周囲の様子を見て、アイズは『闇血』の目的に気づく。そして冷や汗を流し始めた。
「不味い……実に不味いぞ……」
「まさか……『闇血』が狙っているのは……!」
「人々の分断……疑心暗鬼を生むことによるさらなる混沌だ!」
*
北安の路地裏で、一人の男が静かに目を覚ました。男は響いてきた声を聞き、目を覚まして勢いよく体を起こす。
「ここに来ていやがったか……あのクソ野郎があああああああああ!!!!!!」
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