君臨する王蛇

90話 暗躍するもの

 大華帝国のとある場所、ある洞窟の奥深くに男がいた。そこでは地面に大華帝国の地図が広がっており、万華京の示された場所には、氷でできた蛇の彫像が置いてある。そして、その氷の像はガタガタと動くと北へ向かって移動し始めた。男は歓喜の笑みを浮かべ、四つん這いになり動く像を横から眺める。


「ははは……ついに……ついに真祖を表舞台に引きずり出しましたよ……!」


 顔を地に擦り付ける男を、その背後から冷めた目で炎毒のヴラドが見つめていた。


「そんなに嬉しかったのか?……


 その男の正体は、ヴァーニア王国の王城でニールとネールに討たれたはずの氷毒であった。ただし、特徴的であった半分が白骨化した顔は、王城にいた氷毒とは左右逆になっている。


「嬉しいに決まっているでしょう!今までずっと、裏からこの地を支配してきた真祖が、自ら表に出て対処するハメになっているのですよ?これほど愉快なことがありますか!?」


 氷毒はスッと立ち上がると、地図の周りをぐるぐる回りながらブツブツとつぶやく。


「私が行ってきた全ては、そう全てはこのために……。貴族共を唆して光輝帝を毒殺させ、皇子を誘拐して、真祖が政治を行わざるを得ない状況を作り出した。私の半身の暗躍も良かった、大華帝国のヴァーニア王国への影響を示して、十字騎士クルセイダーの出征へと繋がった」


 そして氷毒は、急に地図の上に踏み込むと足で蛇の彫像を踏み潰す。


「ははははは!!!今や真祖は敵まみれだ!誰がアイツを殺すのか、楽しみで仕方がない!」

「煩いぞ、氷毒のヴラド。それより、何故急に私を呼びつけたのか教えろ、後お前が生きていた理由もな」

「私が生きていた理由なら単純明快です。私は命を二つに分けたのですよ」

「……ダミーか?」

「少し違います。ダミーには本体がいますよね?私のやり方は分けた二つともが本体となるのですよ」

「分けた二つとも、お前であったということか、だからノーネイムはお前が死んだと勘違いを……」 

「半身を失ったのは痛いですが、そのおかげでノーマークで活動することができました。それで、あなたを読んだ理由なのですが……」


 すると、地図の上の各地に、氷でできた華が作られていく。


「あなたの考えている計画に、ぜひ私の刺激的なアイデアを加えていただきたく」


 氷毒は、悪意のこもった笑みを浮かべて炎毒にそう言った。


 *


「ヒャハハハ!!もっと燃えるがいいや!」


 泡沫のヴラドが、火矢で村の家屋を焼きながら笑う。真夜中の村を、炎の明かりが照らしていた。

 断絶の巨壁から入り込んだ北方騎馬民族の一団は、各地の村で略奪を繰り返しながら大華の奥深くまで侵攻していた。泡沫もその戦列に加わり破壊を行なっている。

 その時、泡沫の目に馬に乗ろうと四苦八苦している親子連れの姿が見えた。


「おっ、逃げ遅れた人間ミッケ!」


 そう言って、泡沫は弓矢を親子に向けて飛ばす。しかし、その矢は途中でティムール・ハーンによって切り捨てられた。ティムールは怒りの形相で泡沫を見つめている。


「ちょっと!ちょっとちょっと!なに邪魔してくれてるわけ?」

「……貴様こそ、我々の作戦を聞いていなかったのか?」

「知らな〜い。なんだっけ?」

「要塞都市北安の攻略のため、民間人は殺さず避難させろと言う作戦だ!」

「それなんの意味があんの?今殺すも後で殺すも同じじゃない?朝三暮四じゃん。それとも好きなものは最後に取っておく的な?」

「……いいか?北安は強固な外壁に覆われた都市で、騎馬が役に立たない。そこで、包囲をし補給を断った上で多くの避難民を逃げ込ませ、兵糧攻めにすると言うのが我々の作戦だ。我々は殺しに来たのではない戦争をしに来たのだ!指示に従わないと言うのなら……今ここで殺すぞ!」

「おー怖。はいはいやめますよ」


 泡沫は、肩をすくめてそっぽを巻く。そしてティムールに見えないように笑みを浮かべる。


(……こっそり抜け出して、北安に人間を殺りに行っちゃおっかな〜。たくさんの人間が集まってるのならやりがいがありそ)


 その頃、上空ではヒュームが北安を眼下に見ながら南を向いていた。


「さて、これだけ国がめちゃくちゃにされたのならそろそろ『支配ドミネーター』が出てくる頃だと思うが……」


 ヒュームは殺意のこもった目で前を見据えながら呟いた。


「来い、ドミネーター。ここがお前の墓場だ」


 *


 西城。太守である珍が居なくなったこの都市は、現在危機に見舞われていた。北方騎馬民族の侵攻に乗じた反乱勢力が、降伏を迫って包囲していたのた。そして、街の中心には蒸気機関車が駐車されていた。


「この街から出られない、と言うのはどういうことですか?」

「言葉の通りです。現在、この西城は反乱勢力によって包囲されていますから」


 穏やかな口調で問いかけるフリーダに、西城を守る兵士長はそう答えた。


「国の特使として派遣されたあなた方にも急ぎの事情があることはわかります。しかし、だからこそ街から出すわけにはいかないのです。要人にもし何かがあれば、大華帝国の威信に関わるので」

「えー?このデカイ蒸気機関車を見てくれよ。これで突撃すれば叛徒なんて逃げ出しちまうって」


 蒸気機関車をバンバンと叩きながら言うエルマに、兵士長は物怖じしながらも反論する。


「そ、そのように国外の人に解決されても威信に関わるのです!いいから事態が収まるまでは街から出ないでいただきますよ!ここなら安全なので!」


 そう言って、兵士長は去っていってしまった。フリーダが困った顔をしていると街の女性が声をかけてくる。


「時期の悪い時に来てしまわれましたね。色目人の皆様方」

「ええ。しかし、叛徒とは何者なのでしょうか?」

「左遷されたことを不満にもつ貴族と、その貴族に金で雇われた賊達のようです。今は太守も不在のため、兵士達もこちらから打って出ることもせず……はぁ、こんな時、酒呑盗賊団の皆様がいたら……」

「酒呑盗賊団?」

「腐敗した太守、珍を追い払ってくれた義賊です!賊たちも、彼らがいる間はなりを潜めていたのですが……」


 それを聞いて、フリーダは何かアイデアを考えつく。


「その彼らは、何か見た目などの特徴はありましたか?」

「特徴といった特徴はありませんでしたが……強いていうなら、いつも腰に酒の入った瓢箪を持っていて、頭のフェイ様は青龍刀を獲物としていましたね」

「なるほどなるほど……」


 うんうんと頷くフリーダを見て、エルマが尋ねた。


「フリーダ様、何かお考えが?」

「ええ、貴方も協力しなさい」


 フリーダはボソボソとエルマの耳元でつぶやく。その後、フリーダとエルマの二人は互いに片手を合わせ、その中から精製された鉄の棒を地面に突き立てた。


「酒呑盗賊団の英雄譚を借りることとしましょう」


 *


 西城の城壁の上で、一人の兵士が双眼鏡を眺めながら周囲を警戒していた。


「くそ……援軍は……援軍はまだなのか……」


 人々からすれば、お前達が武器を取って守れと言いたいところだろう。しかし、珍が居なくなって、代わりのものもまだ赴任しておらず。決定権を持つものがいなかったのだ。

 その時、双眼鏡を覗く兵士の目にとある集団の姿が入った。その者達は、大きな瓢箪を腰にささげ、先頭に立つものはこれまた大きな青龍刀を持っていた。平時であれば違和感を覚えたであろうが、夜であることと、いつ賊達が痺れを切らして攻めてくるかわからず、半ば恐慌状態にあった兵士には、それは本物に見えた。


「酒、酒呑盗賊団だ!酒呑盗賊団が助けに来てくれたぞー!」


 その報は歓喜とともに兵士、そして市民達に受け入れられた。そしてその歓声を聴き、を操るフリーダとエルマは口角を上げる。


「さあ、賊退治の時間だ」

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