89話 孵卵

 万華京の王宮の地下には、真っ暗な地下空間がある。そしてそこには血がふんだんに貯められたプールがあり、中央には巨大な卵が鎮座していた。

 キッド達の放射線武器による攻撃で、重傷を負って卵へと戻った『支配ドミネーター』が体を再構築しているのだ。

 プールのそばでは、老若男女の人々が手のひらに傷をつけ血を流していた。そしてそのいずれも、髪が白く目が赤い。蛇影院が大華中から集めた忌血達である。


「皇帝よ……お目覚めください……北方騎馬民族がこの大華に攻め込んできております……どうかそのお力をもって、ヤツらを追い出してください……」


 一人の忌血の老人がそう懇願する。すると、卵は血を瞬く間に吸い始め、プールの中に満ちていた血はあっという間に空になってしまった。そして卵が大きく膨らみ、殻にヒビが入り始める。そして殻の中から、完全復活を遂げたドミネーターが現れた。


「おおおお……!お目覚めになられたのですね!皇帝陛下!」


 人々は歓喜の声を上げる。しかし、当のドミネーターは人々に目もくれず、虚空に向かって声を出した。


「現状報告を」


 すると、冷気が凝縮してドミネーターの目の前にユキノのダミーが現れる。その全身にはヒビが入っており、今にも砕け散りそうだ。


「報告……しますわ。北方騎馬民族が断絶の巨壁を突破して侵入……それに呼応して各地で反乱の動きが見られます。そして……ネロ様が五血の……武器を……」


 そう告げて、ユキノの体が砕けて霧散した。


「五血か……厄介なものを手にいれられたものだな」


 *


 閃光が収まった後、吸血鬼達は物陰から姿を表す。光の中心地だった場所に目をやると、そこにはユキノが倒れていた。


「生きておったか……!」


 まだ息をしているユキノを見て、ネロは感嘆と安堵の入り混じった声を出す。ユキノは大量のダミーで光を防ぎ、完全消滅を免れていたのだ。ただ腕や足、羽といった体の末端は光を浴びて消失してしまっている。


「再生する力は残ってないようだね。捕らえるには都合がいいか」

「今のうちに始末しておくべきじゃないか?」

「いや、聞きたいことがある。それに人質にもなるしね」


 ヒュームは不満気だったが、しぶしぶと言った様子でヴォルトの提案を受け入れた。

 その時、遠巻きに様子を眺めていたキッドは、背筋が凍るような感覚を覚える。強い殺意を持ったものが高速でこちらへ向かってきていたのだ。


「みんな!構えて!」


 その言葉と共に、キッドはユキノの前へと躍り出る。そして殺意の持ち主に対して、力強い一撃を繰り出した。

 辺りに甲高い金属音が響き渡る。


「邪魔、しないでくれるぅ?」


 高速で接近していた殺意の持ち主は色欲ルクスリアであった。倒れたユキノにとどめを刺そうとやってきていたのである。


「なんなんですか!貴方達は!」

「私たちは七つの大罪セプテム、吸血鬼を殺すもの。そっちの吸血鬼どもも動かないでね。今から殺すから」

「急に現れていきなり何を……」


 キッドとルクスリアは刀と教鞭で互いに鍔迫り合う。キッドに助太刀しようと、ウルフがやって来たその時、ウルフは物陰から『黄金の弾丸ゴールデンバレット』とスリングショットを持ってこちらを狙う傲慢スペルビアの姿を目にした。


「気をつけろ!『黄金の弾丸』だ!俺たちを狙っていやがる!」


 ウルフの言葉で、再び吸血鬼達は遮蔽物に隠れる。戦いの場に立っているのは人間であるルクスリア、キッド、そしてエージェント・スミスだけになった。


「これで吸血鬼共は出て来れなくなったわね」

「それでも2対1ですよ?」

「その程度ハンデにもならないわ」


 ルクスリアの言葉が示す通り、ルクスリアは2対1であってもキッドとスミスを押し込んでいく。


「スミスさん!ここは勝つことではなく、耐えることを考えましょう!」

「……!ええ、そうですね。ユキノさんを守ることを最優先としましょう」

「時間稼ぎのつもりかしら?でもだからってなにが変わるというのかしら。スペルビアが睨んでいる以上、吸血鬼には頼れないわよ!」

「──なら、それをさせなければいいんだな?」


 声はスペルビアの方から聞こえてきた。ルクスリアがスペルビアの方を見ると、スペルビアの首元に剣が突きつけられているのが見えた。フェイがスペルビアの背後から近づいていたのだ。


「スリングショットを下しな」

「……刃をそれ以上近づけたら、弾丸を辺り一面に撒き散らしますよ。必ず一人はお仲間の吸血鬼が消えるでしょうね」

「そうしたら俺は確実にお前の息の根を止める。お互い損はしたくないだろ?」


 スペルビアはため息を吐いた後、ルクスリアに向かっていう。


「ここは引きましょう。1番の狙いは皇帝ですから」

「ちぇっ、しょーがないわね」


 そう言い、ルクスリアは踵を返して去っていこうとする。それをフェイは呼び止めた。


「おい!お前が言ってた、俺が王族だっていうふざけた説はなんだったんだよ!答えろ」

「あっそれはねぇ〜。えーと、たしか……スペルビア!パス!」


 ルクスリアに説明をぶん投げられたスペルビアは、頭をボリボリと掻いてから言う。


「貴方のもつ金印を政治や歴史に詳しいものに見せてみなさい。それで全てがわかるでしょう。それでは」


 そう言って、ルクスリアとスペルビアは彼方へと去っていった。残されたフェイは困ったようにネロに話しかける。


「ネロってさぁ……歴史とか政治に詳しい?」

「誰に物を聞いてあるんじゃお主は……どれ、見せてみよ」


 七つの大罪が立ち去ったのを確認したネロが遮蔽物から出てきて、フェイの待つ金印を受け取った。そしてそれを一目見て、目を丸くする。


「……フェイ、まさかお前じゃったとはのう……」

「なんだよ?もったいぶらずに早く教えてくれよ」

「これは玉璽と言ってな。王家に受け継がれていくものなのじゃ。つまりお前、王族の子孫、それも直系」

「……はあああああああああ!!!!????」


 フェイは驚愕の声を上げ、アタフタと混乱し始める。


「いやー、あの時行方不明になっていた皇子の子孫がお前じゃったとはのう」

「まてよ!まだわかんねえだろ!玉璽持ってただけで王だなんてありえねぇ!そうだ!その皇子から俺の祖父に色々あって流れ着いたのかもしれねえだろ!?」

「……玉璽の中にはな、血が入っておる」

「血?」

「即位の時に皇帝が自らの血を入れるのよ。その血とお前の血の成分を調べて比較すれば、お前と皇帝よ血が繋がってるかどうかわかるのじゃよ」

「なるほど、遺伝子検査か」


 ヴォルトが興味深そうに玉璽を見つめる。


「まさか……それをやるのか?」

「覚悟をきめろ」


 ネロは玉璽の中の血と、フェイの血をそれぞれ舐めて検査をする。


「……遺伝子の一致率が、赤の他人と比べたら格段に高い。間違いない、お主は王族じゃ。最後の皇帝、光輝帝のひ孫にあたるかの」

「お、おお、王族。俺が……王族」


 フェイは混乱し切った様子で、何度も同じ言葉を繰り返し呟く。そんなフェイを尻目にネロはウキウキで話しだした。


「よかったなキッドよ。これでお主は助かったぞ」

「えっ?どういうこと?」

「忘れたのか?ドミネーターが皇帝の地位におるのは、当の皇帝が不在であるからじゃ。王族の血をひくフェイが出てきた以上、皇帝の地位をやつは引き渡さねばならん」

「そ、そう上手くいくかなぁ?」

「上手くいく。なぜならこれはそういう支配ルールであるからじゃ。それを破ればやつはやつではいられんよ。皇帝となったフェイが、ドミネーターにキッドに打ち込んだ毒を解毒してくれと頼めば、やつも応えんわけにはいくまいて」

「すごい!ドミネーターと戦う必要がなくなるんだね!……でも、それってネロはどうなるの?」

「……お主が気にすることではない。それはワシとヤツの間の問題じゃ」

「ネロ……」


 何か言おうとするキッドを、ヒュームが遮る。


「それでキッドくんは助かるんだね。ならそれでいこう。ちょうど今そこに伝言役もいるしね」


 ヒュームの言葉で、地面に寝転がるユキノに注目が集まった。


「話は聞いておったじゃろ、ユキノよ。お主のツテでドミネーターに伝えるのじゃ」


 しかし、当のユキノは真っ直ぐに空を見つめていた。


「どうした?」

「あの……皆様上を……」


 ユキノに言われて、全員が空を見上げる。するとそこには、大蛇の体から羽をはばたかせて北へむかうドミネーターの姿があった。ドミネーターは一度キッド達を一瞥すると、再び前を向いて高速で飛び去っていった。

 蛇に睨まれたカエルのようになっていたキッド達は、しばらくしてから安堵のため息を吐いて話始めた。


「び、ビビった……ここで戦いが始まるかと思った……でもなんで、ドミネーターは僕らに気付きながら無視して北へ向かっていったんだろ」

「……ユキノ、『黄金の弾丸』のことを、ドミネーターに伝えたか?」

「あ、はい」


 それを聞いたネロは、冷や汗をダラダラと流し始める。


「……逃げ切る気じゃ」

「え?」

「ワシらのタイムリミットの30日までの、後約10日間!やつは逃げ続ける気じゃ!『黄金の弾丸』にやられるのを恐れて、逃げ続ける気じゃ!こうなってはもうどうしようもない!皇帝の譲位も、フェイとヤツを直接合わせて話さねば効果がない!ぐおおおおおおおどん詰まりじゃあああああああ!!!」


 ネロは頭を抱えて項垂れる。すると、そこにヴォルトがマキナを片手に持ちながら近づいてきた。


「よくわからないけど、ドミネーターが逃げられないようにすればいいんだね?」

「それが出来れば苦労はせんわい……それとも、何か秘策があるのか?」

「ああ、実は広域電磁波レーダーがとある反応を感知してね……」


 そして、ヴォルトはキッドの方を向いて笑みを浮かべながら言う。


「たどり着いたよ、フリーダさんがこの大華に」


 それを聞いて、キッドの顔がパアアアっと明るくなる。


「ほんと!?」

「そのマキナ……通信機に似ておるがまさか……」


 ヴォルトは黙ってうなづくと、マキナを片手にこう言った。


「ここから先は、フリーダさんの力を借りる!真祖の力と『黄金の弾丸』で……ドミネーターを追い詰めるんだ!」

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