88話 真夜中、迸る閃光

 ローランを打ちまかしたフェイの前に、七つの大罪セプテムの修道女、色欲ルクスリアが姿を表した。彼女はフェイの姿を見ながら嬉しそうにクスクスと笑う。


「貴方ここにいたのねぇ。ちょうどよかった、もう一度貴方に会いたいと思っていたのよ」

「俺は会いたくなかった……と言いたいとこだが、ちょうど俺もお前に用があったところでな」

「そうなの?じゃあこの場で第二ラウンド始めましょうか♡」

「そっちじゃあねぇ!テメエに奪われた俺の持ち物を返せってんだよ!」

「そう言われて私が素直に返すと思う?」

「いいや?だからコイツと交換でどうだ?」


 そういうと、フェイは気絶して倒れているローランの上体を起こし、ローランの持っていた剣を手に取って、剣の持ち主の首筋に刃を寄せた。


「……人質ってわけ?」

「正義漢気取るつもりはねぇ。こちとら酒呑盗賊団、国家に弓引く大悪党よ。さっさと盗ったものを返して回れ右しな」

「へー、そうなの」


 しかしルクスリアは全く動じることなく、フェイに向かって歩みを進める。


「おい何やってんだ!人質が見えないのかよ!?」

「何勘違いしているのか知らないけど、私たち十字騎士クルセイダーは吸血鬼を殺すためだけに組織されたものであって、仲良し集団じゃないの。貴方のそれ、人質じゃないわ。ただの重りよ」 


 その言葉の後、ルクスリアの持っていた鞭がフェイに向かって襲いかかる。


「コイツがいようがお構いなしかよ!」


 フェイはローランを抱えて横に飛び攻撃を避ける。しかし、足の先に鞭が当たり、青あざを浮かべた。


「その子を置いて逃げとけば良かったのに、悪ぶってたけど、相当なお人好しね貴方」

「……そうだな。何やってんだろうな俺は」


 フェイはローランを床に寝かせながら、痛む足を堪えて立ち上がる。


「だが後悔はねぇ。それに、仲間を犠牲にするようなクソ野郎に負けるつもりはさらさらねえんだよ」

「大きな口を叩くじゃないの、一度私に負けたことをもう忘れたのかしら!」


 ルクスリアは高速で鞭を振り回し、部屋の四方八方から音が響き渡る。鞭の先はもはや目にも止められないほど速くなり、ルクスリアは振り回しながら渾身の一撃を喰らわせる隙を伺う。

 次の瞬間、ルクスリアは目の前の光景に目を疑った。鞭の振り回される中を、フェイが悠然と歩いて向かってきていたからだ。


「鞭が当たるのが怖く無いのかしら?しょうがないわね。肉が弾け飛ぶかもしれないけど、最高速度を喰らわせてあげる!」


 そう言ってルクスリアは手首のスナップを効かせて鞭をフェイに向けて振り下ろす。それに合わせるように、フェイはローランの剣を振るった。


 甲高い音が部屋中に響き渡る。


「……驚いたわ。高速で移動する鞭を、的確に捉えて切り落とすだなんて」

「歓楽街でアンタに襲われた俺と、今の俺の実力は違う。絶体絶命修練を乗り越えた俺は、死に近いほど神経が研ぎ澄まされて集中力が増すんだ」


 壁には、半分ほど切られた鞭が吹き飛んでめり込んでいた。間髪入れず、フェイは距離を詰め剣をルクスリアの喉元に突きつける。


「さぁ、奪ったものを返して回れ右して帰りな」

「……まさか負けるとは思わなかったわ。流石は王族の血を引くものね」

「……は?今お前なんて」

「まあいいわ、計画の方は傲慢スペルビアが言った通りの時間に始まるみたいだし」

「おい!どういうことなんだよ!」


 フェイの怒号をかき消すかのように、地下空間は音を出しながら震え始めた。次第に壁にヒビが入り、ヒビからは巨大なツララが顔を覗かせる。


「さてさて、スペルビアは上手くやってくれるかしら」


 *


「よし!血の詰め込め作業が完了したぞ!」


 地下の一室で、キッドは安堵のため息を吐く。完成した『黄金の弾丸《ゴールデン・バレット》』をテーブルに並べ、道具を置いて振り返る。


「みんなに作業が完了したことを伝えなくちゃ……」


 そう言ってテーブルが目を離したその時だった。地下室の天井、金網でできた通風孔の蓋が勢いよく蹴り飛ばされる。そしてそこから、ホコリにまみれたスペルビアが姿を表したのだ。キッドが反応するまもなく、スペルビアはテーブルに走り寄り、『黄金の弾丸』を片手で掴める分だけ掠め取った。


「か、返せ!」


 キッドがスペルビアを追い、服の裾を掴もうとする。その時、


「3……2……1……」


 キッドはスペルビアがカウントダウンしているのを耳にする。そのカウントダウンが何を指しているのか理解したのは、その直後だった。

 天井や床にヒビが入り、そこからツララが飛び出してきたのだ。キッドとスペルビアの間に氷の壁が生まれ、キッドの手が届かなくなる。


「これは!?まさかあなたの仕業ですか!」

「いいえ?これがことがわかっていたので利用しただけです。では、この対皇帝兵器は頂いていきますね」

「待て……」


 キッドの言葉の後、ヒビ割れはさらに大きくなっていった。部屋の扉が開き、ヴォルトが入ってくる。


「キッド君!テーブルの下に隠れろ!崩れるぞ!」

「ええっ!?」


 キッドは『黄金の弾丸』を抱えて、急いでテーブルの下に潜り込む。直後、天井が崩落して瓦礫が降り注いだ。崩落が止んだ後、キッドはテーブルの下から這い出た。


「な、何があったの?」

「生えた氷が地下にヒビを入れ崩落させたんだ。おそらく、彼女の仕業だろう……」


 上を見ると、崩落したことで夜の空が見えるようになっていた。そしてそこには、何十人ものユキノが羽を広げて飛んでいたのだ。

 ユキノは下を見ながら地下にいた者たちをつぶさに見る。


「十字騎士……酒呑盗賊団……東サガルマータ会社の二人……私が追っていたものと特徴の似たマキナ使いもいますね。そしてネロ様とその仲間……」


 ユキノは複雑そうな表情を浮かべた後、決意をして声を発する。


「めんどくさいので、全員逮捕ですわ」


 *


 空からユキノのダミーが降り立ち、キッドやヴォルトに襲いかかる。ユキノのダミーは一体一体が相当の力を持っており、それが何十人という集団で襲いかかってくる。


「キッドくん!背中合わせに戦おう!挟撃されるのはまずい!」


 背後から狙われないよう、キッドとヴォルトは背中合わせになってユキノの攻撃から身を守る。


「守っているばかりで私に勝てると思って?」


 ヴォルト達を囲むユキノが、一斉にツララを射出しようと構える。キッドが冷や汗を流したその時、一つの影がキッドの元にやって来る。


「そうじゃ!守ってばかりでは勝てぬ!攻めよ!」


 現れた影はネロであった。キッドとヴォルトの体に素早く何かを注射する。その時、一人のユキノと目が合った。


「ネロ様……いくら貴方であっても、『凍血』の前に『毒血』は無力ですわよ」

「そんなことワシが一番よくわかっとるわい。じゃからこうして毒をこやつらに打ち込んだんじゃよろうが」

「え、毒!?」


 キッドが驚いた後、ユキノのツララが四方八方から襲いかかる。しかし、キッドとヴォルトはその攻撃を見切り、体を素早く動かして避け切ったのだった。


「すっ、すごい!頭がハッキリ冴えて、攻撃が見えるよ!」

「……ネロさん。おおよそ察しはついてるけど、何を打ち込んだか聞いてもいいかな?」

「メタンフェタミン」

「覚醒剤じゃねえか!」

「ここでくたばるよりかはマシじゃろ!今はこの場を生き残ることに全力を注げい!」


 ネロによるドーピングを受け、キッドとヴォルトは防御から攻めに転じていった。


 *


 突然地下室が崩落し、フェイは唖然として空を見上げる。その隙を突き、ルクスリアはするりとフェイの横を通り抜けた。


「それじゃあ、私はあの吸血鬼の相手をしに行くから」

「おい待てよ!王族とかいったい……なんのことを言ってやがるんだ!」

「そうね……この戦いの後も貴方が生き残ってたら教えてあげようかしら。ベッドの上でね♡」

「ああっ!?」


 フェイが憤怒の表情を浮かべていると、ルクスリアは金の印鑑をフェイに向かって投げる。


「返すわそれ。ヒントとしては、歴史に詳しい人に見せたらわかるわよ」


 そう言って、ルクスリアはユキノに向かって突っ込んでいった。


「……くそ!なんなんだよ!」


 フェイもローランの剣を握りしめ、ルクスリアの後を追って行った。


 *


 ルクスリアは、ユキノ達の中をかき分けながら、戦いの中心へと向かっていく。そして、瓦礫の中に潜んでいたスペルビアと合流した。


「首尾はどう?」

「上場です」


 そう言ってスペルビアはルクスリアに『黄金の弾丸』を見せる。


「それにしても、なんでいきなりこんなふうに崩落したのかしら」

「地下道の把握が完了したからでしょう。あれは蛇皇五華将、市井の人を巻き込むことはできない」

「なるほど、甘々ね。みんな甘ちゃんだわ」

「これからどうするので?」

「目の前に吸血鬼どもがいるのに見逃すわけにはいかないでしょ。武器、借りてくわよ」


 ルクスリアはスペルビアから教鞭をむしり取ると、再び戦いに戻って行った。


「さあ、いよいよ決着の時ですね」


 *


 戦いは混沌を極めていた。ネロによるドーピングを受けたキッド達は、次々とダミーを打ち倒していくものの、ユキノも倒されるたびにダミーを生み出し、拮抗状態に陥っていた。


「このままでは押し切られますね……」


 肩で息をしながら、エージェント・スミスはそう呟いた。


「『黄金の弾丸』をつかうべきかのう」

「確かにそれなら『凍血』の領域を消失できて、ダミーごと一層できるかも知れない。だけど、相手がこうもバラバラに散らばっていてはねぇ……」


 ネロとヴォルトがそう話していると、突如地面から声が響いてきた。


「あれを一網打尽にすればいいんだね?」


 すると、地面からアンカーが伸びて各ユキノに突き刺さった。それとともに、ボロボロのヒュームが地面から穴を掘って現れる。


「あなた!生きていましたか!しかし!」


 ダミー達は自分に突き刺さったアンカーのワイヤーを氷の刃で切り裂く。


「そう簡単に引っ張られてませんわよ」


 そう言ってユキノは余裕そうな顔を見せる。しかし、ワイヤーを切断したにも関わらずダミー達の体は引っ張られて始めていた。


「なっ、何が!?」


 引っ張られている方向をみると、ヴォルトのマキナが電気を纏って宙に浮かんでいた。


「今、そのマキナは強力な電磁石と化した!体に食い込んだアンカーがお前達を一点に集める!」


 ヒュームの打ち込んだアンカーは、切断されてもなお効力を発揮していた。そして肉団子のように集められたユキノの目に、羽の腱の弓を構えたネロの姿が映る。


「何か作戦があるようですけど……させはしませんわ!」


 そう言ってユキノなネロに向けてツララを飛ばす、ツララが直撃し、ネロの体はバラバラに砕け散る。

 


「……!?」


 それに違和感を覚えたユキノは、壊れるネロを目を凝らしてみた。よくよく見ると、それはネロではなく、ネロが映っていた氷の鏡であった。その側で、地下から這い出て、ボロボロな体のウルフが笑みを浮かべてユキノを見つめていた。


「と言うことは本物はこちらではなく……!」


 ユキノが反対側を見ると、すでに矢がユキノに向けて発射されていた。先端には『黄金の弾丸』が取り付けられている。


「みんな!遮蔽物の裏に隠れて!」


 弾丸はユキノの体に着弾し、ダミー達を包み込むように、眩い光が迸った。

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