87話 敗北と勝利
三人のユキノと
「降着状態に陥っていますね」
そう呟いたのは
「仕方ない。波紋を起こしてやるとしましょうか」
そう言うと、教鞭の先で地面を叩き、泥をユキノの一人に向かって飛ばす。ユキノが咄嗟にそれを避けた瞬間、ルクスリアが避けたユキノに向かって一気に距離を詰めてきた。
「ナイスアシスト♡」
「いいからさっさと決着をつけてください」
ルクスリアは生足を露出させる勢いで、ユキノの顎に向けて蹴りを食らわせる。ユキノはそれを上体を逸らして避けた。
攻撃の隙を突いてもう二人のユキノがルクスリアの背後から襲いかかる。その時、ルクスリアは自分の背後に鞭を振るい、襲いくるユキノに攻撃を喰らわせた。
「ぐあっ!」
鞭の先端が一人のユキノの腕に当たり、鞭はユキノの肉体を、さながら溶かすかのように切り裂いた。ルクスリアは狙いを、腕を失ったユキノに定め、鞭をユキノの頭部に叩き込む。するとそのユキノは雪の結晶と化して霧散した。
鞭の威力を見て、残った二人のユキノは空に飛び、ルクスリアと距離を取る。
「あの鞭の先端……『雷血』と『炎血』と『凍血』、それに『毒血』が込められてますわね。言うなれば『四血の鞭』。あれは防ぐより、避けた方が良さそうですわ」
ユキノはもう片方のユキノにアイコンタクトを送る。呼ばれたもう片方のユキノが近づいて来て、人の形から弓の形へと変化した。
「させはしないわよぉ」
ルクスリアがユキノに向かって鞭を振るおうとした瞬間、スペルビアが叫び声をあげる。
「避けろ!ルクスリア!」
ルクスリアが動きを止めた瞬間、ユキノの矢が放たれ、大量のツララが雨のように降り注いだ。そしてルクスリアがいた場所を瞬く間に凍り付かせてしまった。
冷気が晴れ、ユキノはルクスリアの死体を探す、しかし、ルクスリアの死体は氷の中に見当たらない。
(どこだ……!)
ユキノがあちこちに目を向けると、少し離れて、スペルビアの近くに寝っ転がったルクスリアの姿があった。ルクスリアの持つ鞭の先端を、スペルビアが握っていた。
(鞭をあの男に飛ばし、引っ張らせて攻撃を避けたのか!)
ルクスリアは第二射の用意を始める。しかし、その隙をスペルビアは逃さなかった。
「先程はダミーの力を使ってあの威力の矢を撃てましたが、今回はそうはいきませんよ」
スペルビアは鞭の先端を握ったまま。もう片方の手に教鞭を持って構える。そしてルクスリアに合図を発した。
「今だ!やれ!ルクスリア!」
「あ〜らよっと!」
ルクスリアは背負い投げをするかのように鞭を振り回す。するとスペルビアは宙を舞い、ユキノの喉元目掛けて教鞭を振るった。
「……油断してましたわ。戦闘能力は低い老人だと」
ユキノの首が胴体から切り離される。
「でももうわかりました。次は負けません」
そして、ユキノの体は雪となり消えていった。
「イェーイ!ヒューヒュー!私たちの勝ち〜」
「浮かれるな。倒したのはあくまでやつのダミーです。それに私の予想では、次に戦えば今度は負けてしまうでしょうね」
「ええ〜?じゃあ次会ったら逃げなきゃ行けないってこと?」
「……ここに何の目的で来たのか、もう忘れたんですか?」
「ええっと、たしか皇帝にも通用する武器を手に入れるためで」
「その武器さえ見つけてしまえば、彼女なんか相手になりませんよ」
「そうよ!そうじゃない!早くそれを見つけないと」
「背後から襲われる目は少なくなりました。私たちもローラン達を追って地下へいきましょう」
そして、スペルビアとルクスリアはキッド達の潜む地下へと降りていった。
*
「ハァ……ハァ……」
地下では、ウルフとユキノが『凍血』同士の戦いを繰り広げていた。ウルフはユキノに息をつかせぬ乱撃を繰り出し、何度も攻撃を直撃させていた。地下の狭い空間では、ユキノの得意とするダミーによる挟撃も効果的ではない。ウルフが優勢なのは誰の目にも明らかだった。しかし、現実として追い詰められていたのはウルフの方であった。
「私たちが人間同士なら、勝っていたのは貴方の方」
ウルフから受けた傷を再生させながら、ユキノはウルフに向かってそう言う。
「勝因を分けたのは吸血鬼としての地力、ただの吸血鬼である貴方と、
「はっ!何勝った気でいやがる!」
ウルフはそう強がるものの、顔には疲労の色が濃く見える。無傷で膝をつくウルフと、全身をズタボロにしながら立つユキノ、勝敗は決していた。
「……『栄光』を求める『凍血』の吸血鬼としてこれほど心苦しいことはありませんわ。私が貴方に勝っていたのは、与えられた血の濃さだけですもの。……ですが蛇皇五華将として役割は果たさねばなりません。貴方をここで逮捕させていただきます」
「……何腑抜けたこと言ってんだよ」
その時、ウルフは疲労で限界なはずの膝を気力で起こし、真っ直ぐにユキノを見据える。
「真祖の血に適応出来るのだって、立派な才能じゃねえか。『栄光』をひたすらに求める貪欲な精神を持ってたから、上位吸血鬼になれたんだろ?今もそうだ、戦闘技術で俺を倒せなかったことに、めちゃくちゃ不満気な顔を浮かべてやがる。その向上心は、お前の立派な武器なんじゃねえのかよ」
「……それは」
「それともテメェは、俺に『相手が上位吸血鬼だったから負けた』。なんてダセェ言い訳をさせるつもりか!?誇れよ!上位吸血鬼であることをよぉ!格下でありながら格上を倒して、『栄光』を掴むってのは俺のような底辺だけの特権だ!」
その時、ウルフの体から猛烈な冷気が吹き出し始める。
「まだこんな力が……!」
「言っておくが、俺の勝利条件はお前を倒すことじゃない。お前を通さないことさ」
「何を……!」
次第に冷気が収まり、視界が晴れていく。そしてユキノの目の前にあったのは、通路を塞ぐ巨大な氷塊と、その中で凍っているウルフの姿であった。
ユキノは氷塊を壊そうと思いっきり殴りつける。しかし、ヒビ一つ入ることがない。
「……別の道を探さなくては行けませんわね」
ユキノはウルフに背を向け、元来た道を歩き始める。
「……次は負けませんわよ」
ユキノには、氷塊の中のウルフが、僅かに笑みを浮かべたかのように見えた。
*
「はああああああああああ!!!!!!」
別の場所での、ヒュームのユキノの戦いは熾烈を極めていた。ヒュームは鉄の武器を縦横無尽に振り回し、壁を壊しながらユキノを追い詰める。対するユキノは、壊れたことで広くなった空間を利用し、ダミーを大量に生み出して挟撃を仕掛ける。
「『闇血』!一体、何が目的ですの!何の目的があって、この大華の地で暗躍を続けているんですの!?答えなさい!」
「直球で答えると、『
「何ですって!?そんなことが許されるとでも!?」
「正当防衛さ!先に彼の命を奪おうと攻撃を仕掛けてきたのは『
ヒュームが横薙ぎの一閃を繰り出し、多くのユキノを一度に屠った。その直後、失った頭数を取り戻すために、多くのダミーが生成される。
「貴方はここで殺します!」
「やってみろよ皇帝の犬!」
ユキノは氷の刃を大量に生み出し、ヒュームに向かって射出する。それに対し、ヒュームは鉄の盾を生み出して防御した。鉄の盾にぶつかり、氷は次々と砕け散る。
「氷で鉄を貫けるとでも?」
「鉄は貫けなくても、命は穿てるのですのよ」
その言葉と共に、砕け散っていた氷の粒子がユキノの体を形作り、盾を乗り越えてヒュームの懐に入り込んできた。
「あん?」
「消えなさい」
そして、氷の刃がヒュームの胸を貫いた。剣を振るい、刃を突き刺したユキノを切り捨てるものの、胸から流れ出る血は止まらない。
「チッ……」
「それでくたばるならそのままくたばって欲しいのですけど、どうせまだ隠しているものがあるのでしょう?」
するとヒュームは露骨にイラついた表情を見せ、髪をかき上げる。そして、胸に空いた穴から、炎が吹き出し始めた。
「俺を……あまりイラつかせんじゃねえ!」
吹き出した炎が胸に空いた穴を再生させる。それを見て、ユキノは再び氷の刃を射出した。それに対し、今度は同数の鉄の刃を射出して迎撃する。
「同じ手は食わねぇ。そして『炎血』の力で、二度とダミーを作らせねぇ!」
ヒュームは全身に炎を纏い、ユキノに向かって突っ込んでいく。その時だった。
パチン。
ユキノが指を弾く。それと共に、ヒュームの頭上の壁にヒビが入り始めた。そしてそのヒビからは、霜が飛び出していた。
「これで仕舞いです」
そして壁が決壊し、ヒュームの頭上に大量の土砂が降り注いだのだった。
「鎮火──完了」
*
「ほらほら!美味い酒はこっちだぜ!」
「酒ええええええええ!!!!!」
ローランとフェイの戦いは、打って変わって珍妙なものとなっていた。酔って剣を振り回すローランに対し、スレスレの所でかわしながら、素手のフェイが距離を詰めていく。
(隙は見つけられそうだ……だが決定打がねぇ!俺も酒を飲むか……?)
「お酒ええええええ!!!!」
(いや、それは確実に勝てる手段じゃねえ!この奥で俺の勝利を信じて待ってる奴らがいるんだ!)
フェイは思考する。確実に勝利できる手段を。
「いくぜ!これが酒呑盗賊団流酔っ払い鎮圧術だ!」
フェイはお酒を口に含み、それを──飲まずに吹き出した。そして、その飛沫に松明で火をつける。火炎がローランに向かって襲いかかった。
「うわぁ!な、なんですか!」
熱と光にローランは後ずさる。その隙をフェイは見逃さなかった。
「うおおおおおおお!!!!!」
フェイは燃えるのも厭わず、炎の中に突進する。そして真正面からローランに組みついた。突然の出来事に、酔っていたローランは対応できない。
「しょ、正気なんれふか貴方!」
「正気じゃあお前に勝てねえからなあああああ!!」
そして、腕を使ってローランの頸動脈を抑える。ローランは暫くもがいたものの、次第に意識を失い、ガクンと項垂れてしまった。
「ふー、ったく。酒は飲んでも飲まれるなってことだな」
フェイはそう言い、ゆっくりと立ち上がる。その時、背後からやってくる気配に気がつく。その気配は、フェイが一度感じたことのあるものだった。
「あんらぁ、もしかしてこれって運命ってやつ?」
「て、てめぇ!」
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