86話 さんすくみ

 傲慢スペルビアの合図と共に、十字騎士クルセイダー達は建物に雪崩れ込む。窓や扉などの逃げ場を塞ぐように侵入し、室内を見渡していた。だがどの部屋を漁っても、騎士達は人影を見つけれない。


「スペルビア様!怪しいものは何も見当たりません!」

「どの部屋ももぬけの殻です!」

「あんらぁ?スペルビアちゃん予想を外しちゃったぁ?」


 そう色欲ルクスリアに煽られるも、スペルビアは黙って部屋の片隅に歩いて行く。


「ふむ、ここですかな」


 そして、思い切り床板を踏み壊した。そこには、地下に続く階段があった。


「おお!流石はスペルビア様!」

「地下だ!地下を探すぞ!」


 騎士達は次々と地下を降りていく。その後ろ姿を見ながら、ルクスリアはスペルビアに話しかけた。


「よく知らないけど、この先に向かえば皇帝を倒すための手段を手に入れられてハッピーハッピーってわけ?」

「ああ、その際現れる敵は全て排除する」

「敵かぁ。スペルビアちゃんはその敵がどんな相手なのか知ってるのかしら?」

「いや私たちは知らない。……だが、ローラン君はその敵を知っているだろうね」

「ほーん。……ところでローランちゃんは?」

「真っ先に地下に突撃していったよ」


 *


 地下、迷路のように入り組んだ空間の、とある一室でキッドとスミスは作業を続けていた。弾丸状に鋳造された黄金に、五つの血を詰め込んでいる。


「ふぅー。神経を削るなぁ、これ」

「五つの血を最適な配合で詰めなければいけませんからね」

「でもこの『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』があれば、『支配ドミネーター』に対して強力な切り札になる。頑張らないと」


 その時、部屋の扉がコンコンとノックされ、扉越しにヴォルトの声が響いた。


「電磁波レーダーが侵入者を探知した。金属鎧で武装した者たちだ。大華帝国の兵士か、フェイが見たっていう十字騎士かは知らないけど、いつでも逃げられるようにしていてくれ」

「うん分かった。ヴォルトさん達も気をつけて。スミスさん、作業は中断していつでも逃げられるように……」

「いえ、作業は続けましょう」

「え?」

「突貫で作り上げた『黄金の弾丸』、おそらく上手く働かない不良品も混じっているはずです。なるべく数を増やして成功品を作っておかなくては」

「そうだけど……」

「それに信じていますから、通路を守るフェイさん、ヒュームさん、酒呑盗賊団のみなさん、そして私の相棒、ウルフが敵の侵入を防いでくれると」

「……うん、そうだね。今はみんなを信じて、『黄金の弾丸』の増産に集中しよう」


 *


 その頃、地下に侵入したローランと十字騎士達は、闇に包まれた通路をゆっくりと進んでいた。手に持つ松明で道を照らし、部屋などがないかつぶさに観察する。


「……妙ですね」


 ローランはそう呟いた。


「それはどういうことです?」


 部下の問いに対し、ローランは通路の壁を叩きながら説明する。


「分かりませんか?入って来た時、地下の壁は土壁でした。しかし、今のこの通路は鉄の壁で出来ていて……まさか!」


 ローランは剣を振るい、鉄の壁に剣を突き立てた。すると鉄の壁は紙を破るかのように容易に引き裂かれた。


「戦闘用意!私たちはすでに罠にかけられています!」


 ローランの言葉と共に、鉄の壁は崩壊した。ローランが細い通路だと思っていた場所は、実は広い空間であった。そして壁の先では男達が武器を構えて十字騎士を囲んでいた。


「バレちまったか!ならしょうがねえ!やっちまえお前らぁ!」

「了解しましたぜ!お頭ぁ!」


 部屋の中に声が響き渡り、騎士達の四方八方から酒呑盗賊団が襲いかかる。多くの騎士達は奇襲に対応できず、武器を叩き落とされた地面に倒される。

 容易く勝利できる。そう思われた瞬間、一閃とともに何人もの盗賊団員が吹き飛んだ。


聖騎士パラディンを舐めるなよ!貴様ら!」


 ローランは剣を構えて、フェイに突撃していく。振り下された剣を、フェイは青龍刀で防ぐ。


「お前のせいだ……お前のせいで私は……」


 剣をぶつけながら、ローランはぶつぶつとそう呟く。


「お、俺が何をしたってんだよ」

「お前が私にアレを飲ませなければ、私は罪の味を知らなくてすんだのにいいいいいいい!!!!」

「だから、アレってなんだよ!」

「隙ありいいいいい!!!!」


 目にも止まらぬ速さで、ローランはフェイの懐から酒の入った瓢箪を奪い取る。そして蓋をあけゴクゴクと飲み干してしまった。空になった瓢箪が地面に落ち、甲高い音を響かさる。そしてフェイの目の前には、真っ赤な顔で目をトロンとさせたローランがおぼつかない足取りで立っていた。


「ひ、ひひ。酒、おいしい」

「あ、あー。俺が前に酒を飲ませたせいでハマっちまったのね。だが良い飲みっぷりじゃねえか!さあ!戦いを再開し──」


 そう言った瞬間、フェイのもつ青龍刀が真っ二つに折れていた。ローランの目にも止まらぬ一撃で、根本から叩っ斬られていたのだ。


「なっ!」


 咄嗟に後ろに下がるも、フェイは一撃をくらうことを覚悟する。しかし、次の攻撃は起こらなかった。


「あっひっひー!敵はぜーんぶ私が倒してやるー!」


 ローランはあらぬ方向に走り出し、敵味方の区別なく、その場に立っているものを襲いはじめたのだ。


「お、おまちくださいローラン様!私は味方──ぎゃあ!」

「う、うおおおお!!こいつ手がつけられねぇ!」


 ローランが大暴れし、騎士も盗賊も地面に倒れていく。


「酒でいろいろと吹っ切れてやがんな。目標が定まらなくなったかわり、剣を叩っ切れるほど力が上がってやがる。まさに抜き身の刃だぜ」

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 大型を上げ、ローランは剣を振り回しながら部屋中を走り回る。


「まずいあちこち走り回ったらキッドのいる部屋までたどり着くかもしんねえぞ。こいつはここでなんとかしねえと……」


 フェイは息を吸い込み、ローランに向かって大声で叫んだ。


「おい!こっちにとびきり美味い酒があるぞ!」


 フェイがそう言うと、ローランの体がピクッと止まり、フェイの下へ向かって走り出した。


「おさけえええええええ!!!!」


 走ってくるローランに、フェイは徒手空拳で立ち向かう。


「かかって来な!酔っ払いの相手はお手の物だぜ!」


 *


 通路の別方面では、ウルフがヤンキー座りをしながら前方に睨みを効かせていた。しかし、その目からはやる気が感じられない。


「……こっちの方を見てて意味あんのかねぇ。通路方を来るのは同業者くらいのもんだろ」


 その時だった。ウルフの頬を冷たい風が通り抜けたのだ。足音より、匂いより、姿より先に、ウルフはその温度でその到来を知る。


「きたか……ユキノさんよ……!」


 そして足音と共に、その人物は姿を表した。


「ふふ……言いましたわよね?今度会ったら必ず逮捕します。と」


 蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、ユキノがウルフを捕らえにあらわれた。


 *


 そして、ユキノと対面していたのはウルフだけではなかった。


「そこ、通してもらえるかしら?」

「……断るといったら?」

「公務執行妨害で逮捕しますわよ。というかあなた、万華京の東地区で機密情報を大声で漏らしていたお方ではなくて?人相書きと比べても……ほらピッタリ!」


 また別の通路を守っていたヒュームの前に、紙を広げて絵とヒュームを比べるユキノの姿があった。


「僕は真実を人々に伝えただけさ」

「ですがその真実は、悪意を持って、何かに利用するために用いられた。そうでしょう?どこから情報を得たのか、何の目的であんな真似をしたのか、全て話してもらいますわよ」

「イヤと言ったら?」

「あなたの体が、カキ氷になりますわ。下半身からゆっくりとね」

「そいつは恐ろしい!」


 そしてここでも、ユキノとの戦いが始まった。


 *


 建物の外では、スペルビアとルクスリアの二人が地下への入り口の前に立っていた。ルクスリアは退屈そうにスペルビアに向かって話しかける。


「ねえ、私も早く地下へ向かって暴れたいんだけどぉ」

「そう急くな。すぐに暴れられる機会が訪れる」


 その時、二人の背後から声がかけられる。


「もし、そこの御二方。怪しげな乗り物に乗った男と、忌血の少年の二人組を見ませんでしたか?」


 二人が振り向くと、ヴォルトらの行方を追っていたユキノが立っていた。振り向いた二人の服についた十字のマークを見て、ユキノが声を漏らす。


「十字騎士……」


 そして、ユキノを見てルクスリアは意気揚々を鞭を地面に叩きつける。


「なるほど、確かにたのしめそうね」

「コイツはダミーだがな。だが肩ならしにはなるだろう」


 にじり寄ってくるルクスリアに対し、ユキノも敵意を露わにして冷気を生み出す。


「十字騎士、皇帝の命を狙う不届な者達」


 そして冷気は二つのユキノを形作り、合計三人のユキノがルクスリアに武器を向けた。


「ここで、その命を絶たせてもらいますわ!」


 かくして、キッド、十字騎士、蛇皇五華将、それぞれの思惑が入り混じった戦いが始まった。

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