85話 隠し玉

 エージェント・スミスによって、キッド達は秘密のオフィスに案内される。そのオフィスの入り口は入り組んだ路地裏の奥に巧妙に隠されており、一見しただけでは気づくことのできないようになっていた。


「オフィスって……地下にあるんだ」

「吸血鬼の犯罪組織が過去使っていたものです。隠れ蓑にはうってつけでしょう」

「おいおい、皇帝のお膝元なのに、こんなものを作れる犯罪組織があんのかよ」

「むしろお膝元だからだろう。人と金が集まるところには悪人もあつまる」


 キッド達は地下へ降りていく。燭台に照らされた室内には様々な調度品が置いてあり、生活感が感じられた。そして室内の片隅に置いてある椅子に、一人の少女が佇んでいた。


「遅いぞ。お主ら」


 ネロが本を片手に、キッド達に向けてそういった。


 *


「しかしネロ、よく東サガルマータ会社のある場所を見つけたね」

「見つけたのではない、こやつらにワシをのよ」

「見つけさせた?」

「東サガルマータ会社の場所を聞いても誰も知らなかったことから、地下に潜伏しておるであろうことは察しておった。そこでわしは、空気より重く、刺激臭のあるガスを生み出し、歩き散らしてこやつらにわしを見つけさせたのよ」

「突然地下室の中で異臭がして、びっくりしましたよ。で、気になって地上を覗いたらネロさんがいたものですから」

「ネロはフェイさんの次に進む方向を選んでたけど、大まかにどこにあるか予想を立ててたの?」

「うむ、わしは地下通路が北側に多いことを知っていたからのう。無論南に歓楽街があることもな」


 ネロは嘲笑するかのような目で、褌一丁のフェイを見つめながら言った。


「プッ。さてはて、どこのボッタクリ店で身ぐるみ剥がされたのやら」

「ま、まて!これは十字騎士クルセイダーのやつの仕業なんだよ!」

「でも色気出して南に向かったからそうなったんだよね?」

「はい」

「まあまあ、今は無事に再開できたことを喜びましょう。……ところで、大きなマキナを抱えたあなたはどなたですか?」

「そうじゃそうじゃ、なんかしれっとおるが、何者じゃ貴様」

「ああ、僕は……」


 キッドらはスミスとネロにヴォルトのことを説明する。


「なるほど、仲間が増えたのですね。これは心強い」

「再開を祝して宴会でも……と行きたいところだが、生憎時間がない。早速本題に入らせてもらうぞ」


 ネロは椅子からゆっくりと立ち上がると、スミスに向かって尋ねる。


「今ここに、武器となるようなものはどれくらい残っておる?」


 ネロの問いに、スミスは暫く口をつぐむ。そして口を開こうとしたその時、地下室の扉が開いた。


「ゼロだ、ゼロ。ろくなものはなーんにも残っちゃいねえよ」


 現れたのは、エージェント・スミスが雇っていた傭兵マーセナリー、ウルフであった。


「チェックは済みましたか?ウルフ」

「ああ、めぼしいものはほとんど持ってかれてる」

「……スミス、持ってかれているとはどういうことじゃ?」

「そのままの意味です。実は東サガルマータ会社は、大華帝国より活動停止処分を受けていまして」

「ええ!?」

「総督のキャリコ氏より、撤退指示が出ていたのです。それで従業員の皆様は商品とともに国外へ脱出してしまっていて」

「あれ?なんでスミスさんたちは残ってるの?」

「それはもちろん、あなた方との約束を守るためですよ。エージェントは信用が第一ですからね」

「スミスさん……!」

「それに、このままおめおめと帰ったら、失態を咎められてしまいますからね。なんとしてもあなた達に勝ってもらい、東サガルマータ会社の大華帝国での商業活動を復活させてもらわないと」

「かっかっかっ!わしが皇帝に戻れた暁には、お主をわしの御用商人にしてやるわい!」

「ははは」


 スミスは全く期待していないような声色で笑みを漏らした。その時、ウルフがヴォルトに指をさして言う。


「ところでスミス、この金髪の男は誰だよ?」

「……この下り何回目だよ!」


 *


「さて、武器となるようなものは何一つ残ってないって話だったね。本当に何も残ってないのかい?」

「銃、弾薬や、放射線武器といったものもか?」

「お金とかも残ってないの?」

「ええ。全部無いです。今私たちに残されているのは、裏組織との繋がりと、流通ルートくらいですね。もっとも、売れるものが無い今となってはなんの役にも立ちませんが」


 その時、ヒュームが前にでて手のひらから武器を生み出す。


「売れるものがないなら、作ればいい」


 そしてスミスに武器の一本を手渡しながら言った。


「店を開けてくれ、スミス。まずは資金集めだ」


 ヒュームの商売が始まり、丸一日が経過した。オフィスには、地下の裏ルートを通じて多くの人々が武器を買いにやってくる。


「しっかし飛ぶように売れるなぁ」

「なんか皆焦っている感じだったね。今すぐにでも武器防具が欲しいって感じの」


 その理由を知っているのはヒュームだけであった。


(東で、北方騎馬民族が攻めてくるぞと騒いだ甲斐があったな。混乱で治安が悪くなることを恐れて、人々が裏ルートから武器を買い漁ってる。それと関係しているのか、紙幣でなく金塊で買う人が多いな。戦乱の時には重くて無用の長物だからか)


 客入りも穏やかになり、集めた金を囲みながらキッド達は話し合う。


「何買う?何買う?」

「酒と食料と武器防具と……」

「待ってくれ、酒は……いるのかい?」

「いる!」

「いるじゃろ!」


 フェイとネロに気圧され、ヴォルトは口をつぐんだ。


「さ酒と食料を買ってもまだ余るけど、他に何に使うかアイデアがある人はいるかな?」


 ヒュームが尋ねると、キッドがおずおずと手を挙げた。


「えっと、血を買うってのはどうかな……」

「ち、血?」

「あ、ごめん説明が足りなかったや。えっと、ここには今、金と『鉄血』と『毒血』と『凍血』と『雷血』が揃ってるでしょ?あと一つ、『炎血』が揃えば作れるんだよ。『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』っていう強力な武器が」

「なるほど……五血の力を用いた武器か……それなら『支配ドミネーター』にも対抗できるかもしれないな」

「うん、実はさっき、別の吸血鬼に襲われてさ……と言うことは、『炎血』を持つ吸血鬼もこの万華京にいるんじゃないかと思って」

「いい考えだと思うけど、『炎血』をもつ吸血鬼がいるのかが心配だね」

「あと居たとして、すんなりと協力してくれるのか?」

「その時は実力行使で血を取り出しちまおう」

「ぼ、暴力はダメだよ!」


 キッドの話を聞いて、ヒュームは目を閉じて思案する。


「『炎血』の血が必要……か」


 そして意を決して、ヒュームは口を開く。


「キッド、実は「かっかっかー!『炎血』の血ならここにあるぞ!キッドよ!」


 ネロは懐から血の入った瓶を取り出し、見せつける。


「え!?何で持ってるの!?」

「老師アグニの絶対絶命修練を受けていたときよ。何かのやつに立つかと思って、流れ出た血を回収していたのじゃ。これで五つの血が揃ったのう」

「俺らが必死で生き延びようとしている間に……逞しいやっちゃ」


 フェイが呆れたような、頼もしいような声色でそう言った。


「でもこれで、『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』が作れるね」

「で、作り方はわかってるのか?」

「……実は、五つの血が有れば作れるって知ってはいるだけで、詳しい作り方はあんまり」

「おいおい」

「まあその辺は試行錯誤しながら作るしかないね」


 そして、キッド達の『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』作りが始まったのだった。


 *


「よし……いま部屋にいるのは人間だけだな?」


 キッドとフェイ、そしてスミスはテーブルを囲んで立っている。テーブルの上には5種類の血が隣接して入った、五角形の小さなグラスがあった。そして部屋の中に吸血鬼の姿はない。


「準備は完了したぞー!」


 フェイがそう叫ぶと、扉越しにヴォルトの声が響いてくる。


「そしたら、ハンマーで真上からグラスを叩き壊してくれ!」


 そして、フェイは思い切りグラスにハンマーを叩きつけた。その瞬間、眩い光が室内を包みこむ。


「うお!眩し!」

「すごい!地下なのにまるで昼になったようだった!」

「なるほど、まさに太陽の光、吸血鬼特効の隠し玉となるわけですね」


 実験が終わり、吸血鬼達がぞろぞろと部屋に戻ってくる。


「血の配分は今のでいい感じみたいじゃな。ふう、最良のバランスを見つけるのだけでも骨が折れるわい」

「ネロや老師アグニは真祖レベル、ヒュームやヴォルトは上位吸血鬼エルダーヴァンパイアと各々の血の強度が違ってるからなぁ。……悪いな。俺は通常の吸血鬼だからさ」

「そういうことは言うもんじゃない。それに、真祖に近いかどうかが強さと直結するわけでもないしね。ここにいるキッド君なんか、半人半鬼でありながらアグニのダミーを倒したんだからさ」

「い、いやああれはみんなの協力があったからで」


(……配合が難しかったのは、それだけじゃなく僕の血に『炎血』が混じっていたのもあったんだろうな)


 配合の成功に浮かれる皆をよそに、ヒュームは鉄を弾丸状に生み出しながら言う。


「さて、次は金の器に五つの血を挿入しよう。この作業が完了すれば、僕たちは『支配ドミネーター』に対する強力なカードを手にすることができる。さあ!もう一踏ん張りだ!」

「おおー!」


 室内に皆の声が響き渡る。その時、建物の外、地下室の上の屋敷を怪しい人影が取り囲んでいた。


「本当にここなのぉ?傲慢スペルビア。わたしには寂れた廃墟にしか見えないんだけど」

「さっき占いで出ていただろう?色欲ルクスリアくん。占いと聞くと胡散臭く感じるかもしれないが、実のところは統計と推察によってかなりの高精度で当てることができるものなのだよ」

「いやいや、あの占いって地図の上に適当に小石を投げただけじゃない。あと、地図でいうなら目的の建物はこの反対側じゃないの?」

「……むっ。ではこの理論は違ったか」

「……まっ、信じるわよ。理論は出鱈目だけど、あなたは必ず

「スペルビア様!と、ルクスリア……様、準備が完了しました」


 話している二人の元に、聖騎士パラディン、ローランがやってきてそう報告する。ローランはルクスリアに対して嫌そうに様を付けて言っていた。


「ご苦労様です。では、私の号令と共に開始してください」

「はっ!」

「やっぱり私、あの子に嫌われてるのねぇ」

「あなたは破戒の極みのような存在ですからね。吸血鬼を殺せるならどんな性分でも良い、と考えるのは少数派です」

「でも私見ちゃったのよねぇ。店に売ってあるお酒を飲みたそ〜に見てる姿。どこでお酒の味を覚えたのかしら」

「さあ?それよりあなたの準備完了の合図を待っているのですが、まだですか?」

「あら、私待ちだったの。私はいつでも準備完了よ♡」

「そうですか。それでは」


 スペルビアは教鞭でパシィと音を鳴らし、号令を発する。


「突入せよ!この先に、皇帝を殺すことができる手段が存在する!」

「おおおおおおおおおおお!!!!!」


 そして騎士達は、建物に向かって突入し始めた。

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