84話 戦士達の集結

 吸血鬼達に襲われていたキッドを助けたのは、『雷血』の吸血鬼、ヴォルトであった。二輪のマキナに乗り、キッドを脇に抱えながら吸血鬼達をじっと睨んでいる。


「ヴォルトさん!どうしてここに!?」

「キッド君を助けにきたのさ。電磁波レーダーで君の位置を探っていたら、この路地裏にたどり着いてね」


 その時、四人の吸血鬼達が一斉に襲いかかってきた。牙を剥き出しにし、ヴォルトへの怒りをあらわにしている。


「私たちの獲物を横取りしてんじゃないわよ!」


 しかし、ヴォルトは依然、人差し指と中指を伸ばして吸血鬼達を睨んだままだ。


「ヴォルトさん!来るよ!」

「いや、もう勝負はついている。さっきバイクでぶつかったとき


 吸血鬼達の体に、長い金属の針が刺さっていた。そしてヴォルトの指から雷撃が放たれ、金属の針を伝って吸血鬼に直撃する。


「うぎゃあああああああああああああ!!!!!」


 吸血鬼達は絶叫と共に気絶し、地に伏せた。


「さて、そろそろ騒ぎを聞きつけた兵士達が集まってくる頃だろう。面倒ごとは嫌だしさっさと行ってしまおうか。さあ乗って」

「あ、はい!」


 ヴォルトはキッドと共に二輪に跨ると、そそくさと路地裏から抜け出していった。




「う……あ……」


 少しして、気絶していた吸血鬼の一人が目を覚ます。


「くそっ……せっかく忌血を見つけて一攫千金のチャンスだったのに……こうなりゃ、組織の奴らを総動員してさがァ!」


 倒れている男の後頭部を、何者かが蹴りつけた。


「随分と興味深い話をしておられますわね。吸血鬼犯罪組織の皆様?」

「ユ、ユキノ……!蛇皇五華将!」

「ほい逮捕」


 そして、男の腕に氷の手錠がかけられる。男は後ろ手に縛られる形となった。


「あなた方、吸血鬼四人がかりで負けたのですの?……なんと恥ずかしい。で、誰にやられたのですか?」

「な、なんでそんな事を言わなきゃ……」


 そう言った男の手元から、体表を伝うように氷がどんどん広がっていく。


「ぎゃああああああああ!!!!!待て!話す話す!マキナに乗った『雷血』の男だ!」

「『雷血』……マキナ……そういえば、メイシンがそんな男が居たと言ってましたわね」


 ユキノは、地面についたタイヤの後をじっくりと見ながら言う。


「追ってみたら、なんだか楽しいことが起こりそうですわね」


 *


 ところ変わって、場面はヒュームへと移り変わる。ヒュームは東側へ向かっていた。


「のんきなものだなぁ……」


 辺りを行き交う人々を見て、ヒュームはそう漏らした。


「断絶の巨壁が壊れ、ティムールが率いる北方騎馬民族が入って来たとの報はもう入ってきているはずだろうに、そこまで腑抜けているのか?」


 その時、ヒュームは街を巡回する兵士達の顔がやけに険しいのに気づく。


「ふうん、なるほど。情報統制しているのか。『支配ドミネーター』らしいやり方だ。まあ確かに、壁が壊れたなんてしれたら混乱は必死だろうしね。というかそれを狙っていたんだが」


 ヒュームは道の真ん中で立ち止まる。


「なら僕は、世のため人のためを皆に知らせるとしようか」


 ヒュームはスゥーと息を吸い込み、そして大声で叫んだ。


「大変だああああああ!!!!!!!断絶の巨壁が破られたあああああ!!!!北方騎馬民族が攻めてくるぞおおおおおお!!!!!」


 ヒュームはそう言いながら、町中を走り回りを撒き散らしていく。しかし、それに対し、人々の目は冷ややかだった。


「なんだあの色目人、おかしな事を言ってやがるぜ」

「壁が壊されるはずなんてないのにねぇ」

「狂人のやることなんてほっとけよ」

(ここまでは想定通り……さて問題は乗ってくるかだが……)


 その時、兵士達が騒ぎを聞きつけ、ヒュームを捕まえにやってきた。そして、ヒュームは兵士たちの顔を見てニヤリと笑った。


「捕まえろーーー!!!その怪しい男を捕まえろーーーー!!!」


 兵士達は必死の形相でヒュームを取り押さえる。それもそのはず、ヒュームの言っていたことは、表に出てはいけない最高機密だったからだ。


「助けてくれーー!!!!国は真実を隠そうとしている!!騎馬兵が攻めてくるんだ!!みんな逃げろおおおおーーーーー!!!」


 普段ならヒュームの言っていたことなど気にも止めなかっただろう。しかし、ヒュームを取り押さえる兵士達の危機迫る形相を見て、人々は不安を覚える。

 あの男の言っていることは真実なのではないか?と。


「おい!その男の言っていることは本当なのか!?」

「ねぇ!北方騎馬民族が攻めてくるの!?」

「なぁ!何か知ってるんだろ!」


 人々はそう言って兵士達に詰め寄る。兵士達はなまじ真実を知っているばかりに、キッパリと否定することができなかった。


「うるさい!この万華京は平和だ!家に帰って大人しくしてろ!」

「この万華京はって……壁が壊れたのは本当なの!?」

「南だ!南の地方に逃げるんだ!」


 恐慌が恐慌を生み、噂は瞬く間に伝播していく。騒ぎに乗じて、ヒュームも兵士を振り切って逃げ出した。


「さあ『支配ドミネーター』、お前はどこまで人々を支配できるかな?」


 *


 予定していた時間になり、手分けをして探していた酒呑盗賊団やキッド達は、集合場所へ集まり始める。


「そうなんだ。お兄ちゃんも見つけられなかったんだね」

「うん、酒呑盗賊団の皆もかな?」

「はい……すいやせんお役に立てず……」

「キッドくんを探す途中で色々道を通ったけど、東サガルマータ会社ってのは見たことなかったかな」

「へえ、そうなんですか……ところで、この人誰なんです?」


 団員の一人がそう発言し、ヴォルトに注目が集まった。


「あれ、自己紹介はまだだったっけ」

「あまりにも自然に会話に入り込んできたんで、元からいたかのように思ってましたよ……」

「じゃあ改めて、僕はヴォルト、吸血鬼の医者さ。大華帝国にはキッドくんを助けにやってきたんだ。君たちのことは、ここにくる途中キッドくんから聞いている。よろしく頼むよ」

「ああ、こちらこそよろしく」


 そう言ってヒュームとヴォルトは握手を交わす。


「そうだ。キッド君発見の報をアンナちゃんに伝えなきゃね。今頃はフリーダさんやエルマくんと共に大華帝国へ来ているころだろうし」

「フリーダ様に……姉さんも……?」


 鉱石ラジオの発信機を取り出したヴォルトの肩に、ヒュームは静かに手を添える。


「姉さんやフリーダ様に、僕がここにいる事は伏せておいてもらえないか?」

「……それは、どうしてだい?」

「……どうしてもだ」


 理由を言わないヒュームを、ヴォルトは訝しげな目で見つめる。


「お兄ちゃん、エルマ姉さんに見つかっちゃったら鯖折りされちゃうんだって」

「鯖折り……?まあ、わかった、君のことは言わないでおくよ」

「ところで、戻ってこなかった方向はどれだい?」

「えっと、まだ戻って来てない人は……ネロさんとフェイさん?」

「二人か……」

「どちらかは東サガルマータ会社にたどり着いたけど、片方は何かトラブルに巻き込まれたってこと?」

「両方トラブルに巻き込まれたってのも考えられるね」

「流石に万華京内に二つも会社はないか」

「よし、チームを二手に分けて探しに……」


 その時、酒呑盗賊団の一人が声を上げる。


「あ!お頭が戻って来やしたぜ!」


 キッド達がその方向を見ると、そこには褌一丁でふらふらと歩くフェイの姿があった。フェイはキッド達の前までやってくると、力尽き前のめりに倒れた。その体には、全身に赤い痕がついていた。


「どうしたんですかフェイさん。そんなすっぽんぽんで、あと全身蚊に食われてますよ」

「いや、キッド君……僕の経験からいうとこれは虫刺されじゃなくて……」

「?」

「それは置いておいて、フェイ、いったい君は何をやってたんだい?まさか女の子の店に遊びに行って見ぐるみ剥がされたとかじゃないだろうね」

「ま、待った待った!違うんだ!下心があって歓楽街の方に行ってたのは認める!だがこうなったのは十字騎士クルセイダーの女のせいなんだよ!」

「十字騎士?彼らも万華京に来ていたのか」

「なんか一人の女に捕まってよ。その後夢の中で天にも登る心地になって……気づいたら裸で道の真ん中に倒れてた」

「……お兄ちゃん、天にも登る心地ってのは」

「はいはい、考えるのはそこまでにしとこう」


 パンパンと手を叩き、ヒュームは横に逸れた話を中断させる。そして、フェイの耳元で言った。


「フェイ、君が大事に持っていたあの金の印鑑は……?」

「……無くなってた。取られてたみてぇだな」

「取り返さなくていいのかい?」

「なあに、今はお前たちの都合が優先、だろ?あいつらが十字騎士ってなら、後々お前達を狙いに現れるだろうし、その時に奪い返してやるさ」

「もうどっかに売り飛ばされてるかもよ」

「……それだと探すのが面倒だなぁ」


 フェイはため息を吐くと、切り替えるように言った。


「で、それで戻って来てないのは?」


 フェイが言うと、キッド達はネロが探しに行った方向を向く。


「ネロが行った方向か……よし、行こうぜ!」


 そしてフェイ達は、万華京の北側に向かって進み始めた。


 *


「東サガルマータ会社、こっちにもねえぞ」


 北側へしばらく進んだ後、フェイはそう言って頭をくしゃくしゃとかく。


「まさか東側にあったとかないよね?東サガルマータ会社だけに」

「まさか、とは言いたいが……おい、ヒュームお前ちゃんと探したのか?」

「……サガシタヨー」


 東側での自分の行動を振り返りながら、ヒュームは顔を晒しつつ答える。


「おいおいヒュームお前……」

「それを言うなら、フェイだって呑気にスッポンポンで倒れてたじゃないか!」

「お、俺のは襲われて仕方なく、だ!」

「本当かな?実の所は襲われて嬉しかったんじゃなの?」

「……」

「まあまあ、どちらにせよネロさんが戻って来なかったってことは、北側で何かあったってことなんだし」

「それにしても、北側はなんか人が少ないな……」


 ヴォルトが疑問を呈すると、背後から声が響いてくる。


「それはですね。戦火から逃れようと人々が南側に避難しようと向かっているからなんですよ」


 声を聞いて振り向くと、そこにはエージェント・スミスが立っていた。あいも変わらず営業スマイルを浮かべている。


「スミス!どこにいたんだよお前〜」


 フェイは嬉しそうにスミスに話しかける。


「隠れていたんですよ。この万華京には、蛇皇五華将の一人、ユキノさんの目がありますからね。ネロさんから皆さんの到着を聞き、万全の注意を払って迎えにきた所存です」

「隠れてた?だから誰に聞いても場所が出て来なかったのか」

「ええ、もとより一般の人々には知名度が低いというのもありますが」


 そしてスミスはフェイ達に背を向け、どこかへと歩き出した。


「それでは案内します。私達の秘密のオフィスへ」

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