群雄相剋

76話 果たし状

 老師アグニによる絶対絶命修練が終了し、キッド達は山を降りていた。キッドは大きく深呼吸した後呟く。


「すぅ〜はぁ〜。なんだか息がすごく楽になった気がする」

「空気の薄い高地で訓練をしたおかげだ。お前達はこれまでより高いパフォーマンスを成っているだろう」

「十日間も時間をかけて何も変わって無い方が困るわい。『支配ドミネーター』に毒を打ち込まれてから15日経った。期限はもう半分しかないぞ」


 ネロがキッドの首に牙を突き立てて、血を吸いながら言う。


「……の割には落ち着いてんな。キッドもネロも」

「修行のおかげだと思う。死が怖くないわけじゃない。でも生き残るためにはビビっている訳にもいかない。それを学んだんだ」

「あの修行は本当ヤバかったよな、老師は本気で殺しにくるし、というか俺実際しんだし。……仮死だけど」

「あれはネロが協力してたんだよね。どういう気持ちで『……死とは、こんなにも呆気ないものだったか?』とか言ってたの?」

「ワシの予想では、ぎゃああああああああ!!!っと叫んで転がりながら仮死に至ると思っとったんじゃ」

「どんな死に方だよ!?わざとらしすぎて逆に疑われるわ!」


 そうフェイ達が言い合っていると、眼下に阿愚尼道場が見えてきた。


「おっようやく着いたみたいだな。まずは酒だ!修行中は飲めなかったからな、パーッといこうぜ!」


 フェイが走り出そうとした時、少し先行して歩いていたヒュームが片腕を伸ばして止める。


「な、なんだよ?」

「誰かいる」


 ヒュームの言葉で全員に緊張が走った。


「こ、ここからでは誰も見えないよ」

「気配からしておそらく道場の中だ」

「敵か?」

「それはわからない」

「今のところ殺意は感じられないけど……」

「ええい!行けばわかる!」


 フェイは勇んで道場の扉を開ける。扉の先にはいたのはキッドの見知った顔であった。赤い道着を見にまとい、黒い髪を後ろでまとめている。前見た時と違うのは、竜の描かれた金の刺繍に大きな花も描かれていたことだ。


「貴方は──ヤンさん!」


 蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、ヤンは座禅を組んでキッド達を待ち構えていた。そしてキッド達の顔を見ると静かに立ち上がる。


「半月ぶりかな?キッドくん、ネロ様も。そしてそこにいるのは我が師アグニに……弟弟子のフェイじゃないか」

「ヤンさんもアグニから修練を!?そして弟弟子って、フェイさんもヤンさんを知ってたの?」

「……ああ、俺が昔修行を受けてた時、時々現れて指導してくれてな」

「此奴は天才よ。これまでに最も短い期間で免許皆伝にまで至ったのだから」

「へえ、じゃあ初めましてなのは僕だけかな?」


 ヒュームが前に出てヤンと顔を見合わせる。


「お初にお目にかかる。僕はキッド君の兄のヒュームさ」


 ヤンはヒュームを訝しげに見つめて言う。


「──本当にか?」

「……何が言いたいのかな?」

「そのローブは『闇血』のものだろう」

「ああ、これ?奪ったんだよ。昼間でも活動できて非常に便利でね」

「……」


 瞬間、ヤンの両手がヒュームの腕を掴もうとする。ヒュームは後ろに飛んでその攻撃を避けた。


「……お前、この技じゃあないだろう」

「何を言っているのやら、トロ過ぎて初見でも躱せるよそんな技」


 二人の動きを側で見ていたフェイは、驚愕の表情を浮かべていた。


(なんだ今の!?予備動作がほとんどない上に動きが速すぎる!なのにヒュームの奴はそれを避けやがった!初見じゃないってのは本当なのか……?)


 一触即発の空気が流れる。その時、銅鑼の音が盛大に響いた。銅鑼を叩いたのは老師アグニであった。


「お前たち、道場で私闘は禁止だ。これ以上続けるのならワレが相手をするぞ?」


 老師アグニの体から熱波が立ち込める。ヤンは肩をすくめて笑った。


「ちょっとからかっただけです老師、ここに来たのは蛇皇五華将としてじゃありませんしね」

「ほーん、ワシらを捕まえにきたわけじゃないと?キッド、どうじゃ?」

「ヤンさんから殺気は感じ取れません。少なくともここで戦うつもりはないみたいです」

「じゃあ何をしに来たんだよ。古巣に顔出しにでもきたのか?」

「実はフェイ、君に会いにきたんだ」

「えっ、俺ぇ?」

「君の部下たち……酒呑盗賊団は今、我々に捕まっている」

「なんだって!?なあおい!あいつらは今どうなってるんだ!?」


 フェイはヤンの肩に掴みかかり頭を揺らす。


「心配しなくてもいい、実は今君たちは英雄のように扱われているんだ」

「英雄?俺たちが?」

「西城の太守、珍の悪事を暴いただろ?それで人々の人気を集めてね。心配しなくても私たちが彼らをこちらの都合で裁いたりはできないさ」

「じゃあ……」

「しかし」


 フェイが安堵の表情を浮かべる間もなく、ヤンが言葉を発する。


「彼らは今、万災マンサ鉱山に勾留されていてね」

「万災鉱山じゃと!?」

「な、なんだよその万災鉱山って」

「蛇皇五華将の一人、マンサが運営する罪人への懲役刑で使われている鉱山じゃ。安全性を度外視しているからか、崩落などの事故による死者の数は通常の鉱山の比ではない」

「そんなところにあいつらを勾留したってことは……」

「表立って処刑などができない以上、事故に見せかけて始末するしかない。そして人々に対してはこのように発表されるじゃろうな。『酒呑の義賊たち!万災鉱山に特殊勾留中、身を犠牲にして崩落を防いだ!罪人相手でも命を助けるその献身に全大華が涙……!』、とかのう」

「ふざっけんな!あいつらの命を都合のいい美談にされてたまるか!今すぐ助けに行くぞ!」

「待った」


 意気込むフェイを止めたのはヒュームであった。


「その情報を、なんでわざわざ僕たちにつたえたんだ?ヤン。いったい君になんの徳がある?」

「蛇皇五華将も一枚岩じゃない。彼らを死なせたくないと思っている者もいる。私とかネ」

「……これは罠だね。フェイや僕たちを誘い出す罠だ。第一、本当に万災鉱山にフェイの部下達が捕らわれているかもわかったもんじゃない」

「まあ助けに向かうかどうかは君たち次第だ。ただ私の気持ちが本物であると示すものとして、万災鉱山の内部地図をわたしておくよ」


 そう言ってヤンはネロに地図を手渡した。


「ふーむ、どうやら本物っぽいのう」

「っぽいってなんだよ。皇帝だったのに把握できてないのか?」

「『支配ドミネーター』が目覚めた時、やつはワシの記憶にロックを掛けたのじゃ。そのせいでワシは目の前のヤンですら、名前と肩書きしかわからん始末」

「それは寂しいですねネロ様。これまでの思い出を忘れておられるとは」

「むう……あ、少し思い出してきたぞ。変な語尾はどうしたヤン。アルって言え」

「なんでそんな変なところだけ思い出す!?」

「ヤンさんヤンさん、彼女できたこと無い?ある?まさか蛇皇五華将の一人が、過去に恋人がいなかったなんてあろうはずがないけどさ」

「……………………アル」

「やったぁ!」

「でかしたぞキッド!」

「何遊んでるんだお前ら!?」


 ヤンは軽く咳払いをするとキッド達に背を向ける。


「私が伝えたいことは以上です。それでは」


 そして木々の中を駆け去っていった。


「どうする?追って老師アグニの私闘禁止範囲をでてから捕まえようか?」

「いや、いい。逃げに徹せられては徒労に終わるだけじゃろう」

「うん、それより万災鉱山に助けに向かうの?兄さんは罠だと考えてたけど……」


 フェイはしばらく考え込んでから、おもむろに口を開いた。


「部下達を助けには……行かない」

「え!?」

「だが」


 フェイは闘志のこもった眼差しになる。


「これは果たし状だ。臆さず万災鉱山に来れるか?って挑発してるんだ。ここまでコケにされて黙っちゃいられねぇ!部下を助け出しにいくんじゃなく、万災鉱山をぶっ潰しに向かう!罠にかかりにいくんじゃなく、罠ごとぶち壊しに向かう!お前たち!協力してくれるか!」

「……まあ『支配ドミネーター』と戦う上で蛇皇五華将との対決は避けられんじゃろう。罠にかけるつもりだとしても、ヤンがワシらに協力してるポーズをとっているうちにマンサを叩くのが吉じゃな」

「よし!フェイさんのためにも、酒呑盗賊団のみんなを早く助けにいこう!」

「だ、だから助けにいくんじゃねーって!勘違いするなよな!」


 3人のやりとりを見てヒュームはやれやれといった感じで肩をすくめる。


「キッドも行くなら、僕も行くしかないかな」


 そしてキッド達は阿愚尼道場から旅立っていく。途中、キッドが振り返り老師アグニに深々と頭を下げた。


「ご指導いただき、ありがとうございました!」


 フェイとヒュームも軽く会釈を行う。ネロは小さく手を振った。そして4人は今度こそ外へ駆け出していった。キッド達が見えなくなってから老師アグニはポツリと呟く。


「さてさて、あいつらとマンサ、ワシの育てたどちらが勝つのか。弟子の中で最も早く免許皆伝したのはヤンだが、弟子の中でのはマンサだからなあ」


 *


 万災鉱山、そこでは昼夜問わず罪人達が労働を強いられ、命を脅かされていた。鉱山の中に連れてこられた酒呑盗賊団は辺りの光景を見て絶句する。


「なんだよここ……洞窟は今にも崩落しそうだし、道具もロクなのが揃ってねえぞ!?」

「あの罪人、岩を手で掘らされてるぞ!?」

「な、なああそこに転がってるのって白骨死体じゃねえか?」


 フェイの部下達が戦々恐々としていると、突如として大きな笑い声が鉱山の中を響き渡った。


「HAHAHAHAHA!そう身構えるなよ、酒呑盗賊団の諸君!」


 部下達が声のする方向に目を向けると、そこには黒い肌をした筋骨隆々の大男が立っていた。


「君たちは大切なお客様で人々のヒーロー。心配しなくてもこんなことはさせねえ……よ!」


 男は鉱山の壁面を殴りつける。するとあちこちにヒビが入り壁が崩れていった。崩れる岩で何人かの罪人が生き埋めになった。


「道具なんて必要ないのさ、罪人の仕事は崩れた岩の中から鉱石を掻き出すことなんだから……おいそこのお前!」


 マンサの大声に、腰を低くしながら作業を行っていた罪人が体を震わせる。男はビクビクしながら振り返った。


「ごほっ、ごほっ。な、なんでしょうマンサ様」

「さっきから働いているふりをしているな?俺の目は誤魔化せんぞ」

「か、勘弁してくださいよぉ。ごほっ、最近息が苦しくて、働くのが辛くって」

「そうかい、じゃあ楽にしてやろう」


 そういうと、マンサは男の首を掴んで体を持ち上げる。


「ま、待ってくださいよぉ!俺は他の奴らと違って人を殺してないんですよぉ!?殺した数で言えば、もっと先に処分するやつが」

「知らねえよ」


 マンサは持つ手に力を込め、男の頭と胴を二つに分けた。


「一人だろうが百人だろうが、テメェの都合で人を殺せば大悪人なんだよ」


 マンサは手についた血を振り払うと、笑顔を作って酒呑盗賊団へ振り向いた。


「さあ義賊の皆さん。下のVIPルームに案内するぜ」


 懲役刑のための場所とは名ばかり。万災鉱山、ここは彼の処刑場である。

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