77話 万災鉱山

 阿愚尼道場より旅立ってから一日、キッド達は万災鉱山が目に入る場所まで近づいていた。


「お昼の間、近くの村で聞き込みしてきたけど、話を聞く限り万災鉱山に酒呑盗賊団の皆が捕まってるってのは間違いないみたい」

「地図の内容もほとんど合ってたな。内部構造も本物かはここからは確認できねえが」

「偽物にしろ本物にしろ、判断基準にはなるはずさ」

「当然ではあるが、入り口には見張りの兵士が駐留しておるのう。さて、まさかとは思うが馬鹿正直に真正面から突っ込むつもりではないじゃろうな?」

「冗談、こちらは内部の地図を持っているんだ。もっとスマートにいこう」

「スマートって?」


 キッドが尋ねると、ヒュームはウインクをして答えた。


「名付けて……モグラ作戦さ!」


 *


「ほれ!さっさと土を掻き出さんか!」

「うるせぇ!お前も手伝えよ!」


 キッド達は地面の中にトンネルを作りながら進んでいた。

 ヒュームは巨大なドリルを作り出し、高速回転させて岩盤を掘削。ヒュームの血で吸血鬼化したキッドは、崩れないようトンネルを補強。フェイは発生した土砂を掻き出すという役目を担っていた。


「はぁ〜?ワシはトンネル内部が酸欠にならないよう、酸素を発生させるという大役をになっているんじゃが?サボってるみたいに言われたら、吐き出す空気に毒が混じってしまうのぉ〜」

「フェイ!ネロの機嫌を損ねないでくれ!」

「ええ!?俺が悪いのかよ!」


 やいのやいのやりつつも、トンネル掘りは順調に進んでいた。


「それにしても、穴を掘る音で僕らがトンネルを作ってるって気づかれないかな」

「それは大丈夫じゃねえか?だって……」


 その時、岩が砕ける轟音が重く響いて来た。


「こんな音が散発的になってるんだ。そうそう気づかれはしないだろ」

「おそらく鉱山の音だろうね。火薬でも使って発破しているのか?」

「いや、恐らくはマンサのやつの仕業じゃろう」

「何か思い出したのかい?」

蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、マンサ。『炎血』の力をつかう筋骨隆々な吸血鬼じゃ。いま思い出せるのはこれくらいじゃな」

「筋肉ムキムキってことは肉弾戦主体の戦士なのか?」

「今のうちに言っておくが、戦おうなんて考えるんじゃないぞ。今回の目的はあくまで、お主の部下どもの救出じゃ」

「え?でも蛇皇五華将は『支配ドミネーター』を倒すのに避けては通れない相手じゃないよ?」

「阿呆、わざわざ敵のフィールドで戦う相手がおるか。この万災鉱山はわざわざ誘い込んでくるほど奴らに有利な場所なんじゃぞ?」

「酒呑盗賊団を助け出し、マンサに僕らを追わせて有利なフィールドに誘い出して叩くという作戦だね」

「追ってこなかったら?」

「その場合でも、万災鉱山以外で戦えるというメリットがあるのさ」


 その時、穴の向こうに空洞が開けた。トンネルが掘り終わったのだ。ヒュームは穴の向こうを見ながら小声で話し出す。


「見たところ鉱山内部に間違いはなさそうだけど、人が誰もいないな。みんな寝ているのかな?」

「警戒しながらすすむぞ」


 キッド達は鉱山内部に入っていく。辺りは静まり返り、異様な不気味さを漂わせていた。その時、ヒュームの袖をキッドがくいくいと引っ張る。ヒュームがキッドを見るとキッドは指差しをしており、そしてその指の示す先には、猿轡をされ牢屋に入れられた酒呑盗賊団がいた。


「……見つけた」


 フェイ達は静かに牢屋の元に駆け寄る。


「扉には鍵がかけられてるよ」

「ここは『鉄血』の力で鍵を複製して」

「いや俺のピッキングで」

「いやワシの毒で溶かして」

「誰でもいいから早くー」


 扉が開いた後、フェイ達は盗賊団の猿轡を外す。すると部下の一人が小声で話し始めた。


「わ、罠です。これは罠なんですお頭、俺たちには構わず早くここから逃げて……」

「馬鹿野郎、そんなことできるかよ。それに罠だってのはもうとっくに分かってたことさ」

「あれだけ鳴り響いていた発破音が、いつのまにか聞こえなくなっていたしね」

「ワシらが来たことはとっくに気づかれておる。トンネルを戻ってさっさと逃げるぞ」


 その時、鉱山の奥から大勢の足跡が聞こえて来た。兵士達が集まって来た音だ、その中に混じって、ドスドスと地響きのような音も聞こえてくる。


「おおっと、そうはさせねえ。ここは万災鉱山、くる者は拒まねえが、去る者は逃がさねえんだよ!」


 突如、横穴の奥から影が飛び出して来た。その影は腕の筋肉をはちきれんばかりに膨らませている。そして着地と同時にその腕を地面に叩きつけた。


 鉱山が、揺れた。


「何今の!地震!?」

「いや……あれは間違いなく、あの男の仕業だ」

「おい!こっちを見てくれ!ト、トンネルが!」


 フェイに言われてキッド達がトンネルの方を向くと、そこには崩落して無惨に変わり果てたトンネルの姿があった。


「嘘だろ!?鉄で補強されてたトンネルだぞ!」

「ぼ、僕のやり方がまずかったのかな……」

「いや、それだけヤツが規格外ということだろう……」

「ネロ!ここから一番近い出口は!?」

「この方向じゃ!」


 ネロが指さした先には、多くの兵士が待ち構えていた。


「正面突破するしかなさそうだな」

「みんな、これを」


 ヒュームは丸腰の酒呑盗賊団のために多種多様な武器を地面から生やす。


「よしお前たち、いくぞ!」


 武器を取り兵士たちの群れに突っ込むキッド達、だがただ一人、ヒュームはキッド達に背を向け動こうとしない。


「兄ちゃん!?なにやってるの!?早く行こう!」

「……僕は今、ここを退くわけにはいかないんだ」


 そういうヒュームの目線の先には、肩をゴキゴキと鳴らすマンサの姿があった。


「まさか……蛇皇五華将を一人で相手するつもり!?」

「少し足止めをしておくだけさ、君たちが逃げ切った後合流するよ」

「……死なないでね」

「もちろん」


 そしてヒュームの背後で鉄の壁がそびえ立ち、キッドらと兵士、ヒュームとマンサに分断した。


「仲間のために自分を犠牲にする献身、素晴らしい。その覚悟に敬意を表し、俺も全力で相手してやろう」

「犠牲?僕は君に勝って悠々と帰還する気満々なんだけど」

「フッフッフ!その意気や良し!」


 マンサは不敵な笑みを浮かべながらヒュームに向かって突っ込んでくる。ヒュームは向かってくるマンサに向かってナイフを何本も飛ばす。しかし、マンサの肉体はナイフを弾き、瞬く間にヒュームと肉薄した。


「くっ!」


 掴み掛かろうとするマンサを、ヒュームは腕を伸ばし手を掴り合わせて止める。


「ひょろっちい体だと思ってたが、なかなかにパワーを秘めてるじゃねえか。こういうのって恋人繋ぎって呼ぶんだったかぁ?」

「気持ち悪いからやめてもらえるかな……?」


 互いに手を握って動かないでいると、マンサの背中が隆起し、人の腕のように変化していく。


「待て、そこにあるのは本来羽のはずだろ……?」

「ああ、もちろん羽さ。だが鍛え方がお前達とは違うんでね」


 マンサの背から伸びる羽、それは両肩から生える腕と寸分違わぬものであった。合計4本のマンサの腕が、ヒュームに向かって襲いかかる。


「おおおお!!!」


 ヒュームはマンサに掴まれた自分の腕を自切し攻撃を避ける。取れた腕は瞬時に鉄の球体に変わると、破裂し破片を飛ばした。だがマンサの肉体には傷一つつかない。


「羽も鍛え方次第でそんなふうにできるんだね。知らなかったよ」

「その代償として俺は飛べない吸血鬼になっちまったがな」

「ええ……だめじゃん」

「なあに、飛べないのなら跳躍べばいいのさ」


 マンサの口から吐息がもれ、不思議な音を奏でる。その直後、マンサの肉体は一瞬にして鉱山の天井にまで飛び上がり、そして天井を蹴ってヒュームに突撃する。


「なっ……」

「ほら、飛べるだろ?」


 そしてマンサの蹴りがヒュームの胴に直撃する。ヒュームは吹き飛ばされ鉄の壁にめり込んだ。ヒュームの口から血が吐きでる。


「な、なんだこのパワーは……」

「なあ知ってるか?『炎血』にとって火ってのは無駄なエネルギーなんだよ」

「……?」


 マンサの突然の語り掛けにヒュームは困惑の色を浮かべる。


「リン曰く、熱ってのはになれなかったエネルギーなんだ。摩擦やら何やらにエネルギーを奪われてな。どういうことかわかるか?俺は思ったんだよ。もし『炎血』の吸血鬼が火や熱を生み出すためのエネルギー全てを、力に変化させることができたらってな」

「……はっ。机上の空論だね。それが簡単にできたら苦労はしない。そのリンという者もエネルギーの変換効率を上げるために日夜頑張ってるんじゃないかな?」

「ああそうだ、お前のいう通りだ。だから。理想を実現するためにな。特にネックだったのは酸素の取り込みだな。これは多すぎても少なすぎてもいけねぇ」

「酸素、だと?……まさか、そのパワーの源は。口から漏れる音色の理由は」

「『完全燃焼呼吸法フルバーニング』。この呼吸法によるエネルギー変換効率は脅威の80%!長い修行の果てに生み出した最先端の戦い方だ!」


 マンサは壁にめり込んだヒュームをさらに殴りつける。何度も、何度も。ヒュームの骨が折れる音が響き、ヒュームは血を流しながら項垂れた。


「ハッハッハ!炎やらを使うのは、もう時代遅れ!これからの『炎血』は純粋なパワーで戦う時代だ!この力なら、真祖アグニにだって届きうる!」


 高笑いするマンサ。そのとき、マンサは自分の体から立ち登る蒸気で目を眩ませる。


「おっといけねぇ。残り20%の弊害が……水分もちゃんととらねえとな」


 蒸気が晴れた後、マンサは目の前の光景に目を疑う。壁にめり込んでいたはずのヒュームがいない。


「どこだ!?あの一瞬でどうやって!」


 その時、マンサの目が高速で動くものを視界の端に捉える。その動くものの先に目をやると、そこにはヒューム立っており、そしてヒュームの背中からは。炎の噴出によって高速の移動を可能にしていたのだ


「なるほど、最先端の『炎血』の戦い方か、参考になるよ」

「何故だ……何故『鉄血』のお前が炎を……まさか貴様!」


 ヒュームの片目が燃え、炎に包まれている。そしてその顔はいつものヒュームの温和な顔と違い、狂気に包まれていた。


「もうあいつらも遠くへ行った頃だろう。この場所にいるのはとお前、二人だけ。今なら全力が出せる」

「『闇血』!そして『炎血』の使い手!国境近くでヤンとリンを襲ったのはお前か!」


 ヒュームはその質問に答えず。自切した腕の先からバーナーのような炎を出して構える。


、参る」

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