75話 力の均衡

 突如として現れた『雷血』の真祖デウスを見て、フリーダとアグニは動きを止める。フリーダは警戒をしながらデウスに向かって問いを発した。


「三つ尋ねよう。どうやってここへ来た?何故私たちがここにいるとわかった?目的はなんだ?」

「待て待て、一つずつ説明するから」


 デウスは、あたりに転がる隕鉄のかけらに腰を下ろして話し始めた。


「まずどうやってここへ来たかじゃな?ワシは雷に乗ってやって来たのよ」


 デウスの説明にフリーダは怪訝な顔をする。


「おいまて、いくら『雷血』の真祖だからって雷に乗るなんてことは物理的に不可能だろう」

「ああ、だから正確に言うとを雷に乗せたのじゃよ」

「肉体の……情報?」


 アグニがよくわかっていないような顔で首を傾げる。


「肉体の情報を持った電気信号を、雷の中に含めて落とす。そして落雷地点の物質を操作しワシの体を組み上げる。一瞬してワシが現れるというわけじゃ」

「ようはダミーを作ったということだろう?それも高速で遠いところに生み出せる代物ときた」


 ダミーという言葉を聞いて、アグニも得心が行った顔をする。


「お前が一瞬で現れた理由は分かった。で、私たちの居場所を知っていた理由はなんだ?先程の口ぶりだとアイズの居場所まで知っているようだったな」

「その理由についてはワレが知っている。こいつは『さてらいと』とかいうマキナで、我々を常に監視しているのだ」

「……まさか近年空に見るようになった、移動する光源がそれか?」

「お主らの言う通りじゃ、空の遥かかなたを飛ぶ『人工衛星サテライト』で監視しておったのよ」

「おかしいとは思っていたのだ。前に北都をダミーが襲撃した時、ダミーのワレと戦った忌血の少年が『デウス・エクス・マキナ』を持ち出してきたからな。こいつの介入があったとしか思えなかった」

「フォッフォ、あの少年は見事にアレをつかいこなしてくれたよ」

「当然だ。私の息子だからな」


 フリーダは誇らしげに胸をそらしながら言った。


「ワシがお主たちの居場所を知っていた訳も、これで分かってもらえたかの」

「ああ、それでは最後の質問だ。ここにきた目的はなんだ?」


 するとデウスはアグニをじっと睨みつける。


「先程言ったと思うが、このバカの大華帝国行きを阻止するためじゃ」

「なんだ、ワレが大華帝国へ向かうとそんなに困ることになるのか?」

「おう困りまくりじゃ。お前という、誰にでもケンカふっかけて事態をメチャクチャにするマンが、今の大華帝国にフリーダと共に向かったらどうなると思う?『支配ドミネーター』、フリーダ、アイズ、アグニの四人が入り乱れ、大華帝国が滅ぶことになるぞ」

「そんなのは知らん。一国家よりキッドの命の方が大切だ」

「そうだそうだ。貴様の都合などしったことか、それに真祖4人が入り乱れる戦場など、ワレにとっては垂涎ものだ。俄然行きたくなってきたわ」

「もし貴様が私たちの邪魔をするなら、隕鉄をばら撒いて『サテライト』を全て叩き落としてやるぞ」

「やめてくれ、それは一番効果的で心にくる妨害行為じゃ……。それにのうフリーダ、ワシもタダでと言っているわけじゃない。アグニを連れて行くよりも、もっとキッド救出に役立つものを用意しておる」


 そういうとデウスは手からスパークを放ち、空中に立体映像を作り出した。そこには赤色で山野や大河が精密に描かれていた。


「……これは?」

。『サテライト』からのレーザー測量で作った地図じゃな。どこから見ても立体的に見えるのが特徴で、赤色で作っているのは、この色が一番立体感が表れ……」

「そっちじゃない。この地図に描かれている場所だ!」


 するとデウスはニヤリと笑みを浮かべて答えた。


じゃ。世界で最も高精度のな。ワシが提供するのはすなわち、情報よ」

「いいだろう。乗った」


 フリーダの言葉を聞いてアグニが慌てふためく。


「まてフリーダ!ワレという戦力より、そんなちょっと出来が良いだけの地図を優先するのか!?」

「当然だろう」


 そう言うとフリーダはアグニの首筋に、目にも止まらぬ速さで鉄針を突き刺した。それと同時にデウスの指先から電撃が放たれ、アグニはマリオネットのような可笑しな動作で操られてしまう。


「戦いにおいて情報ほど大切なものはない。キッドの救出をするためならなおさらだ」

「か、体が勝手に動いていくぞ!?これは確か、ラジコンとかいった気が……」

「どうやら身に覚えがあるようじゃな。それ!大華帝国とは反対方向へ向かっていけ!」


 アグニはダバダバと、平原の遥か彼方へ走らされていったのであった。アグニが見えなくなった後、フリーダはデウスの方に向き直る。


「しかしまあ、大華帝国を滅ぼさないためとはいえ惜しげもなく情報を開示したな。別に大華帝国がお前の故郷ってわけではないのだろう?なんのためだ?」

「フリーダよ。ワシらは天秤の上の重りなのじゃ」

「……なるほど。どちらかに荷重が偏れば天秤ごと倒れてしまう、と」

「ああ、真祖が一箇所に集まったり、大華帝国が滅びるようなことがあれば、天秤は壊れ世界は混乱するだろう。混沌の世界では、のんきに『真理』を追い求めてなぞおられんわい」

「デウス、そうかお前が求めているのは……」


 デウスは厳かに答えた。


力の均衡パワーバランス


 *


「隠密よりリン様へ定期連絡、私は今……」


 大華帝国の隠密、くのうはあたりを一瞥してから答えた。


「大華帝国へ向かう蒸気機関車に乗っています」


 時間は少し遡る。釈放されて自由の身となったくのうにマリアが話しかけてきたのだ。


「大華帝国へ帰るつもりなら、蒸気機関車に乗せててってやるけどどうだ?」

「……人質のつもりですか?」

「そんなんじゃないって、ていうかあんた捕まってた時、自分に人質の方は無い!みたいなこと言ってたじゃんか、価値があるのかないのかどっちかにしてくれよ」

「うっ、くっ……」

「乗車券、渡しとくからな!」


 と、強引に機関車に乗せられてしまったのだった。

 くのうがあたりを見渡すと、乗っていたのは貴族や大物商人ばかり。特使として向かうフリーダ達の補助として同行するもの、新たな商売のチャンスを掴みに行くもの、観光として行くもの、目的は様々だった。ちなみに乗車券を販売して救出作戦の資金にしようと言い出したのはアンナである。

 くのうが列車の席に座っていると、隣にひとりの男がドカッと座ってきた。くのうは眉をひそめながらも座る位置を少しずらす。くのうは男の顔をみて目を見開く、その男の顔には見覚えがあった。


「おや、貴方は東サガルマータ会社のエージェント、フォークさんではないですか」


 男は鷲鼻で、業突く張りな顔をしていた。男はくのうの顔を見もせず、イラついたように話し出した。


「我々の商売の仕方が悪どいだなどとヴァーニア王国に難癖つけられたんだ。お陰でここでの事業をたたむ羽目になる始末。もはや大華帝国での商売に活路を開くしかないんだよ」

「おや?商売のやり方が悪どいのは事実では?初めにタダ同然で品物を売りつけて同業他社を壊滅させた挙句、品物を独占したのち値段を釣り上げるなんて酷いやり方だと思いますよ」

「……なんのことかな?たまたまたくさん商品が手に入ったから安く売った。その後商品が手に入り辛くなったから値段を上げた。需要と供給に合わせた健全な商売だよ」

「ま、私にはどうでもいいことですけれど。それより、わざわざ高い金を払ってこの機関車の乗車券を手に入れたということは、東サガルマータ会社経由で大華帝国の情報をそれなりに知っているということですよね?教えてくださいませんか?」

「……なぜお前に教えなければならん」

「貴方がヴァンパイアハンター協会から吸血鬼の死体を盗み出した時、私は黙ってあげていたんですよねぇ。今からマリアさんに教えてもいいんですよ?」

「チッ、隠密が……」


 フォークは観念したかのように話し始めた。


「今の大華帝国は火薬庫だ、と聞いた。国内では十字騎士クルセイダーが皇帝の首を付け狙い、北方の騎馬民族が不穏な動きを見せている。それ以外にもさまざまな陰謀が渦巻いていると聞く。武器を売るチャンスなのだよ」


 フォークの話を聞いて、くのうは冷や汗を流す。


「おっと、大華帝国の人間のお前には耳が痛い話だったかな?これから大華帝国はあらゆる勢力が入り乱れる戦場と化すだろう。私は大儲けをするつもりだ。稼がせてもらうよ、民草の命とのトレードオフでね」

「……戦場になる。本当ですかね?」

「……なんだと?」

「この列車には乗っているんですよ。些末な争いなど起こさせないほど、強大な力を持った者がね」



 汽車の機関部、赤い血の入った容器がセットされる。汽笛がなり発車の合図が響いた。


「出発、進行」


 車掌の服をきたフリーダが、暗い機関室の中で静かに手を伸ばす。すると一瞬にして線路が進行方向に生成された。部屋の中にはエルマとバイアスもいた。


「いくぞ!キッドを救出しに、大華帝国へ!」

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