74話 鉄は熱いうちに討て

「『鉄血』と『炎血』の真祖が……ケンカ!?」

「あわわわ、わわ。巻き込まれないように早く離れなきゃ」


 広い草原の中央で、『鉄血』の真祖フリーダと『炎血』の真祖アグニは互いに睨み合っていた。そしてその臨戦体制のフリーダとアグニを見て、フレイとギフトの二人は慌ただしく逃げ去っていく。


「さてフリーダ、早速始めようか。喧嘩を」

「待て、いまあの二人が避難している。巻き込むわけにはいかない」

「ふむ、確かにな。あと十秒後くらいか、待つとしよう」

「いや、待つ必要はない」

「ん?」


 突如、アグニの顔面が右ストレートで殴られる。アグニの体は弾丸のような速さで吹き飛ばされる。


「私たちのほうが彼らから離れればいいだけのことだ」


 そしてフリーダは吹き飛ばされるアグニに追いつき、二撃目を喰らわせて地面に叩きつけた。


「た、たひかに……流石はフリーダ、頭が冴えている……」


 アグニは外れた顎を手で戻しながら、宙返りしてフリーダの追撃から逃れる。そして心底嬉しそうな顔をフリーダに向けた。


「では……もう暴れて、いいのだな!?」


 そしてアグニを中心に赤い空間が広がっていく。


「『炎血領域フレイム・エリア』──展開!」


 空間は瞬く間にフリーダを飲み込み。纏う鎧を赤熱化させる。草原に生えていた草は瞬く間に炭と化し、地面は融けてガラス化し始めた。


(さてどうくるフリーダよ!空間から逃れようと背を向けたならば、すかさず攻撃を──)


 そう考えていたアグニは目の前の光景に目を疑った。フリーダは逃げることなくアグニに向かって突撃してきたのだ。


「正気か!?この空間内の温度はすでに1000度を超えているぞ!?」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、というやつだ」


 フリーダの蛇腹剣がアグニの腕に絡みつき食い込む。アグニは剣を融解させてそれから逃れた。

 あまりにも非現実的な光景に遠くから戦いを見ていたギフトが疑問を呈する。


「どうして?どうしてフリーダさんはあの高温の領域で生きていられるの?」

「おそらくは……アレだ!アレ!」

「どれ?」

「ええと、あの鎧から発せられている金属粉だ!」


 ギフトが目を凝らすと、フリーダの鎧から鉄の蒸気が沸き立っているのが見えた。


「蒸発する鉄は熱を奪っていく。そして鉄を絶え間なく生成し続けることで熱を鉄に移し、体に熱が伝わらないようにしているんだ」

「き、気化熱による冷却を鉄で行ってるってこと!?」


 対面するアグニもフリーダが無事な理由を感づいたのか、ふむふむと感心しながらいう。


「なるほど。汗のようなものか」

「合っているがなんか嫌だなその例え」

「しかし、突然の『炎血領域フレイム・エリア』にも動じることなく冷静に対応するか。まさに心頭滅却。ではワレは、灼熱の闘志でお前の鎧を融かしきるとしよう!」


 アグニが拳に火炎を纏わせてフリーダに突撃する。しかしその途中、地面から鉄の槍がいくつも突き出しアグニの胴体を貫いた。それによりアグニの動きは止まるが、彼の剛腕は止まることはなく、アグニ自身の腕力によりアグニの拳がちぎれ飛び、フリーダの鎧を抉り取る。


「むう……」


 フリーダが鎧の融けた部分を直している間に、アグニも槍を融かして脱出する。


「さてフリーダよ。この戦い、タイムリミットがあることに気づいているか?」

「……1538℃」


 フリーダが答えたのは鉄の融点である。


「そう、この『炎血領域フレイム・エリア』内は今も温度が上がり続けている。鉄が融ける温度になれば、その鎧も保っていられまい。今は1200℃ちょっと、このままいけば1分で100℃上昇する。つまり……ええと」

「残り3分ほどで決着がつく」

「流石はフリーダ、計算が早い」

「私が早いんじゃなくて、お前が常軌を逸したバカなだけだ」


 アグニは暴言を吐かれても、フフフと笑い受け流す。


「そのバカに、今からお前はケンカで負けるのだ!」


 アグニは頭上で火球を作り出しそれを大地にぶつける。吹き荒れる猛火をフリーダは鉄の盾で防いだ。


「はああああああああああああ!!!!!!」


 その直後、アグニの拳が鉄の盾を突き破る。衝撃を受けてフリーダの体は後方へ飛んだ。アグニは背中から炎をバーナーのように出して加速すると、フリーダに追いつき、炎の竜巻をフリーダにくらわせた。


 フリーダの鎧は融け、地面に垂れ下がりフリーダの動きを阻害する。フリーダは膝をつき、アグニを見上げる形となった。


「……周りからよく言われていたよ。『闘争』を求める『炎血』の真祖でありながら、最強の称号をフリーダに奪われて恥ずかしくないのか、と」

「なんだアグニ、最強こんなものが欲しかったのか?」

「いや別に。恥などとは全く思っていなかったよ。むしろ挑戦者でいられる立場が快かった。お前という目標に向けてどこまでも努力ができたし、お前という高みがあったから自分の限界に挑戦ができた。……だが、その日々も今日で終わりかと思うと少し寂しくてな」

「限界に挑戦か、私も限界に挑戦したことがあったよ。どこまで遠くに、どれほど大きな鉄を生み出せるのか、と」

「それは興味深い。どれほど遠くまでいけたのだ?」

「地平線の向こうまで行ってしまい、測れなかったよ」

「それは……悲しいな。力が強すぎるあまり、己の限界すらわからないとは」


 フリーダはふっ、と笑うとアグニに尋ねる。


「アグニ、その景色からは何がみえる?」

「……何も。最強とは、思ったより味気ないものなのだな」

「はっ、バカめ。それはお前が何も見ようとしていないからだ」

「ふん、ではそのバカに負けたお前にはどんな光景が映っているというのだ?」

「私か?私にはしか見えないな」


 その時、アグニは気づいた。フリーダは自分を見上げていたのではない。空をみていたのだと。


「お、おい!アレはなんだ!?」


 最初に気づいたのはフレイだった。空を見上げて指を刺す。その先には一つの光点があった。


「横方向では測れなかったからな、発想を変えてみたんだ。横ではなく上へと、高く、もっと高くへと」

「フリーダ、貴様何を……?」


 その時、虚空から現れた縛られぬ鎖フリーダムチェインがアグニの両腕両足を縛る。


「なんだ?時間稼ぎのつもりか?無駄に時間をかせいでも1538℃のタイムリミットが近づくだけだ」

「やれやれ、鈍いな。まだ解ってないのはお前だけだぞ」


 アグニが疑問に思って辺りを見渡すと、フレイとギフトの二人がさらに遠くへと走って逃げていた。


「逃げろおおおおおおおお!!!!!」

「離れてえええええええええええ!!!!」


 よくわからないが、何か危険を察知したアグニはそこから離れようとする。しかし、縛られぬ鎖フリーダムチェインは熱にも融けず、肉に食い込み振り解くこともできない。


「無駄だ。その鎖には私の残りの力を全て使っている」

「だが、それではワレを倒す力もないはずだ!」

「いいや、お前を倒す力は。そして事前に謝っておこう。この戦い、お前に勝ちは万に一つもなかった。お前を起こす前から、私は戦いを始めていたんだよ」


 アグニの耳に空を切る轟音が響いてくる。フリーダが何をするつもりなのか、ようやく気づいたアグニはゆっくりと天を仰いだ。


「……解っていたのだな。タイムリミットより早くこの攻撃が届くと」

「ああ、高度を決めればいつは計算できる」

「……流石だ。ワレでは敵わないわけだ。フリーダ、やはりお前こそ最強の吸血鬼よ」


 フリーダは羽を広げると、鎧を切り離しながら『炎血領域フレイム・エリア』から抜け出し、さらに高く飛んだ。そして静かに呟く。


「──『隕鉄招来』」


 そして超高高度から飛来した巨大な鉄塊が、大地へ直撃した。


 *


 初めは小さな興味だった。いったい自分はどこまで遠くに鉄を生み出せるのかと。水平方向に生み出した場合は、遠くに行きすぎてうまく計測が出来なかった。そこでフリーダは空高くに生み出そうと思い至った。生み出して落ちてくるまでの時間を測れば距離も測れる。そしてフリーダは自分の限界と、上に生み出す場合は位置エネルギーがかかるので水平方向の場合より疲れることを知った。

 そして興味ついでに、自分の治めていた地を奪おうとしていた敵国を一夜にして滅ぼしたのだった。


「アグニの体が見当たらんな」


 鉄でできた瓶を持ちながら、フリーダは焦土と化した平原を悠々と歩いていた。はるか遠くのフレイとギフトは、目の前の光景を見て口を開け放心していた。


「……まさかアレで本当に死んだんじゃないだろうな」


 その時、平原のあちこちで炎が燃え盛った。炎は中に浮かび上がると一箇所に集まり始め、そして巨大な鳥の姿を形作る。しばらくして炎は霧散し、鳥の中からアグニの体躯が投げ落とされた。


「お前、どうやったら死ぬんだ?」

「それはワレも気になっている」


 アグニは身を起こすとパンパンと土を払う。


「で、フリーダ。ワレに何のようだ?まさか本当にケンカをしに来ただけではないだろう」

「察しがいいな。実はな、お前の血をもらいにきたのだ」

「血?」

「今私は大華帝国へ向かうための蒸気機関車を作っていてな。その燃料として、『炎血』、それも真祖であるお前の血は最高なんだ」

「大華帝国!?あのネロが治める国か!」

「聞いて驚け、今支配しているのはネロじゃない。ネロの中に存在した『支配ドミネーター』だ」

「なんと!それはそれは戦いたいものだ……」


 アグニは拳を握りしめ、血を瓶に流しながら舌なめずりをする。大華帝国へ向かう気満々だった。


(コイツは劇物みたいなものだが、キッドを助けるためにきっと役に立つはずだ)

「なあいいだろ!ワレもその旅路についていくぞ!」

「ああ、別に構わん──」


 その時、平野に突然落雷が降り注いだ。この日、雷雲は一つも出ていない。驚いた二人が振り返ると、落雷の後に一人の老人が立っていた。


「困るのう、困るのう、アグニ。貴様まで大華帝国に向かっては、一つの地域に真祖が4人も集結することになるじゃろうが」


 白い髭を蓄えた『雷血』の真祖、デウスが静かに二人を睨んでいた。

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