73話 釈放

 マリア達に捕まえられた大華帝国の隠密、くのうはヴァーニア王国の王城の地下に囚われていた。……囚人には似つかわしくないほど、贅沢な暮らしを受けさせられながら。


「えー、本日の夕食はラム肉のステーキ!赤ワインもご一緒にどーぞ」


 くのうの手には手錠が付けられていたが、フォークやナイフを使える程度のゆとりはあった。そして目の前では、ヴァンパイアハンター・マリアも牢屋の中で一緒に食卓に付いており、ラム肉にかぶりついていた。


「相変わらず囚人に与えられているものとは思えないほど豪華な料理ですね。給仕の仕事していた頃はいつもパンとスープだけでしたよ」

「王城の給仕さんなのに?給料そんなに多くないのかね」

「いえ、私が給料の殆どを隠密活動の資金に充てていたからです。お給料は結構いいですよ」

「へー、私も吸血鬼退治の仕事がない時はコネで働かせてもらおうかな」

「…………できるんです?」

「狩りとかボディガードなら得意だぞ」

「それ給仕の仕事じゃないです」


 マリアとくのうが談笑していると、当然くのうが真剣な表情をしてマリアに尋ねる。


「で、拷問はいつ始まるんです?贅沢させるだけさせておいて、突然それを奪い取る。とかいうヤツですか?」

「拷問はしない。私のやり方じゃない。それに目を見ればわかる、アンタはどんなに痛めつけられようが情報を吐かないやつだ。あと吐かれた情報が真実かどうか確かめる手段もないしな」

「大華帝国の内情なら食事のお礼にいろいろ吐いてるでしょう?前皇帝の子孫が行方知れずなことや、北方の騎馬民族の活動が活発化していること。東サガルマータ会社が大華帝国の周辺の国々で不穏な動きをしているなんて、トップシークレットの内容ですよ?」

「ああ、色々聞かせてもらったよ。特に最後の情報なんて大臣に伝えたらすごい顔してたよ」

「東サガルマータ会社が怪しいってのはみんな薄々感じてていたことですが、確証がありませんでしたからね。この国でも東サガルマータ会社の支部があるでしょう?」

「……だが、肝心なことを話しちゃいないな」

「それは?」

「キッド周りのことさ。私たちが今一番知りたがっている情報。それについてはどうなんだ?」


 するとくのうは僅かに微笑をたたえて言う。


「実は本当に知らない。……って言ったらどうします」


 その時、マリアの鼻が何かを捉えた。それはマリア達に気配を気づかせることなく牢屋の中に侵入していたのだ。


「ならば……もう貴様に用はないな」


 立っていたのは『鉄血』の真祖、フリーダであった。くのうに向けて鋭い眼光を飛ばしている。


「フ、フリーダさん!落ち着いて!」

「キッドのことについて何も知らないのだろう?ならばもう、このように牢屋に閉じ込めておくのは無意味ということだ」


 フリーダのプレッシャーに、くのうの鼓動が激しくなる。くのうがキッドのことについて何も知らないというのは事実である。このような時に情報を吐かないようリンから何も聞かないようにしていたからだ。


「はあ……はあ……」


 恐怖でくのうは呼吸が上手く出来なくなる。


「もう一度聞こう。……本当にキッドについての情報を知らないんだな?」


 くのうは何とか息を整えてフリーダに向けて言葉を発する。


「──知りませんね」


 死んでもいい、そう覚悟を決めた顔だった。そして、フリーダは剣を作り出し、くのうに向けて振るった。




「……ん?」


 くのうが間の抜けた声を発する。フリーダが切り裂いたのはくのうの肉体ではなく。くのうを縛っていた手錠の鎖だった。


「あの……これは……」

「言っただろう?用済みだと。聞くことがないなら、これ以上王宮の金でタダ飯を食わせておくわけにはいかないからな」


 すると牢屋の中に背の高い青年と、小太りの中年男性が現れた。中年の男の方はおどおどと状況を飲み込まないでいる。


「どうもくのうさん。私は防衛隊統括のユアンです。で、こちらは治安維持統括」

「お、おいユアン!当然連れてきてなんなんだこれは!今までスパイを捕まえていて、それを突如釈放するなどと……」

「いいから、貴方は私の言うように書類を書いてください」


 二人のやりとりを他所に、フリーダはくのうへ話しかける。


「さあ、お前はもうだ。大華帝国へ帰るなりなんなりするといい」

「……なぜ、なぜ私を助けるのですか?」

「ふむ……何か勘違いしてないか?私たちは大華帝国にキッドを迎えに行くんだ。喧嘩を売りに行くわけじゃない」


 すると、マリアがくのうの目の前に通信機を置く。


「ほら、預かっていたものも返すよ」

「……私に何をさせるつもりですか?」

「全く、疑り深いやつだな。ならそうだな、一つ頼まれてくれ」

「私をダシにしたって、リン様は何も話しませんよ」

「情報を聞きたいんじゃない。逆だ、こちらの現状を向こうに伝えてもらいたい」

「こちらの……?」


 くのうは警戒をしながらも通信機に手をかける。


「こちら、くのうよりリン様へ緊急連絡。応答願います」


 すると、少ししてから返事が返ってきた。


『くのう!生きていたのか!無事だったのか!』

「生きていると言えば生きてます。私のことをユキノ様に伝えてしまいましたか?」

『……いや、伝えてない。お前の身に何かがあったと、ユキノに伝えるのが怖くて。すまなかった』

「いえ、それでいいです。それがいいです。ユキノ様に心労をかけてはいけないので。逆にリン様、貴方に一人背負わせてしまい申し訳ありませんでした」

『それで、今どんな状況だ?』

「ええ、実は今『鉄血』の真祖、フリーダ様が目の前にはいて……」

『はええっ!?』


 通信機の向こう側で椅子から人が転げ落ちる音がした。


『お願いだ鉄血の真祖よ!私が話せる情報ならなんだって話す!だから……』

「あれれー?くのうは『私をダシにしたって、リン様は何も話しませんよ』って言ってたような。大切にされてるねぇ」

「……」


 くのうは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「あー、情報はもういいんだ。ただ私がこれからいうことをに伝えてくれ。……これからキッドを迎えに、ヴァーニア王国の特使として大華帝国へ向かうから歓迎の準備よろしく」


 すると、リンがしばらく押し黙った後話し始めた。


『……やはり、こちらからも情報を出さなくてはいけないようですね』

「どうした?まさかキッドに逃げられて身柄を確保してないとかか?ふっ、あの子ならやりそうなこと……」

『いえ、その予測はあっているのですが伝えたいことはそれじゃありません。……私たちの今の皇帝は、ネロではなく支配ドミネーターなのです』


 それを聞きフリーダは目を見開く。そして足早に牢屋から出て行こうとする。


「おや?どうしたんです?」

「認識を改める。事態は思った以上に深刻なようだ。後のことはやっておいてくれ」

「それは……今出た支配ドミネーターという言葉に関係が?どこへいかれるんです?」

だ。あるヤツを叩き起こしに行く」


 *


 夜、北都にあるヴォルトの診療所。


『現在診療をストップさせております。薬をお求めの方のみお入りください』


 そう書かれた紙が貼られた扉の奥から、騒々しい音が響いていた。


「う、うおおおおおおお!!!!!やめてくれ!!!!もうこれ以上俺を実験台にしないでくれ!」

「な、なんでぇ?この薬を使えば、一定時間とても強くなれるよぉ……。『炎血』でしょ?強くなりたくないの?ふふふ……」

「それ!前に使わされた際めちゃくちゃひどい筋肉痛になったヤツだろ!俺は戦って!勝って!成長して!強くなりたいんであって、そんな邪道なやり方は……」

「えいっ」

「あっ」


 ヴォルト診療所の中で、『炎血』の吸血鬼フレイに『毒血』の吸血鬼ギフトが注射を打ち込んでいた。それを見て人間の少年ボルタはため息をつく。


「はぁ、ヴォルト様がいなくなってから毎日こんな調子だよ。早く帰ってこないかなぁ」


 その時、診療所のドアがコンコンとノックされる。


「またお客様かな?でもマズイ、フレイがいまあんな調子だから……」


 すると、返事も待たずにドアが開かれた。フレイはそれち気づくとぐるぐるの目で扉に突っ込んでくる。


「うおおおおおおお!!!!!お前!俺と戦ってくれええええええ!!!!!!」


 フレイは入ってきた人物に向かって拳を振るう。


「──ぐげっ」


 直後、フレイは勢いよく診療所の床に叩きつけられた。


「あ、貴方は……」

「ひ、ひいいいい!」


 ギフトは現れたその人物を一目見て体を震わせる。


「お前たち、どうやら暇なようだな。ちょっと付き合ってもらうぞ」


 フレイとギフトは、現れたフリーダに連れ去られていった。


 *


「うおおおおおお!!!!!!!」


 北都から離れた平原で、フレイは平原に鎮座した鉄の栓にむけてツルハシを叩きつけていた。ギフトは毒で鉄を腐食させ掘りやすいようにしている。


「あ、あのう……これ、何をやっているんですか?穴掘り?」

「そもそもこれはなんなんだ?鉄鉱脈なんてこんなところにあったか?」

「これは牢だ。とあるヤツを閉じ込めてある」


 フレイとギフトは目をパチクリさせる。


「え?牢?」

「な、なんでそれを掘りかえさせるんです?」

「用があるからさ。この下のやつに」


 すると、フレイが乗っていた鉄の栓がみるみるうちに赤熱化し始める。


「うおおおおおおお!!!!???」

「鉄を叩く音に起きたか。さっさと出てこい……!」


 そして、鉄の栓がドロドロに溶けた後、中から浅黒い肌の男が飛び出した。


「──なんだ?釈放か?」

「ふっ、お前ならいつでも出て来れただろうに」


 ギフトとフレイは出てきた男をみて腰を抜かす。


「え、『炎血』の真祖、アグニ!」

「なんでぇ!?ダミーならこの前倒したはずじゃあ」

「ダミーはな。ワレは正真正銘本当のアグニ。お前たちがダミーを倒す様を見て、いても立ってもいれなくなりこの地にやってきたのよ」

「そしてやってきたコイツを、私が地の底に叩き埋めたんだ」

「そ、そんなことがあったの!?」

「あの時のことについては本当に感謝している。ワレの中の『闘争ウォーリア』の暴走を、お前との戦いで収めることができた。で、今日はなんのようだ?」


 アグニの問いに対し、フリーダは蛇腹剣を生み出し、黒い鎧を身に纏って返事を返す。


「……いいのか?愚直なワレは、それを素直に受け取ってしまうぞ?」


 アグニは心の底から楽しそうな笑みを浮かべる。


「姿通りの意味だ。ちょっとケンカをしようじゃないか……アグニ!」



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