72話 死んでも生き残れ

「はあ……はあ……」


 闇に閉ざされた森の中を、キッドは駆けている。片手にイノシシの腿のついた足を握っていた。


「血の匂いが呼び寄せてしまったのか……老師アグニを!」


 そう叫ぶキッドの頬を火炎の弾丸が掠めた。キッドはイノシシの肉を諦めて放り投げ、キッドも横に飛ぶ。すると先程までキッドがいた場所を猛火が包んだ。


「殺意の捉え方も洗練されてきたな。ここでの修行がだいぶ役だっているようで嬉しいよ」


 森の奥から老師アグニの声が響く。修行は七日目に到達し、それに伴い老師アグニの襲撃も熾烈を化していった。


「さあさあ残り96時間だ!しっかり生き残ってくれよ!我の育成理論が正しかったとお前達が証明してくれ!」


 木々の上で高らかに叫ぶ老師アグニの首に、ナイフが飛んできて深々と刺さる。老師アグニは刺さったナイフを引き抜きながら呟く。


「他の3人が我との戦いを避けようとする中で、お前だけが積極的に我に戦いを挑んできていたな。ヒューム」

「僕はお兄ちゃんだからね、キッドを傷つけさせるわけにはいかないのさ。さぁ、僕の相手をしてもらうよ」

「過保護だな。それでは修行にならんだろう」

「極論、キッドが強くならなくたって別にいいのさ。僕がキッド君を守れればいいんだからね」


 そしてヒュームは老師アグニに向けて刃を振り下ろす。


「最終日までバラバラになってろ!」


 生き残るための戦いは最終局面へと突入する。


 *


 次の日、昼の修練場、湖の中央、木々がなく太陽の光が降り注ぐ場所に一艘の船が浮かんでいた。そして船の上には一人の男が寝転がっていた。


「昼間の間はここで休めるってのは人間様の特権だな」


 酒呑盗賊団の長、フェイは修行が始まってからずっと、昼間に船の上で過ごしていた。その時、フェイの目に湖のほとりで手を振るキッドの姿が見えた。


「どうしたーキッド?お前も船の上で休むか?」


 キッドはほとりから何かを叫んでいるようだがフェイの耳には届かない。


「なんだー?聞こえねーぞ?」

「老師……!投げ……!……逃!」

「んん……?何言ってんだ……?」


 フェイがキッドの方に船を寄せる。その直後、水蒸気爆発が後方で起こり船がひっくり返った。


「なっなんだぁ!?」


 キッドがほとりから投げた蔦の縄に捕まりながら、フェイは岸まで泳いでいく。


「老師アグニが火球を投げてきたんだ。修行が最終盤になったかららしい。もはや修行場に安息の地はないよ」

「クッソマジかよ……なら!」


 フェイは今度は木に登り、深い葉をかき分け木の上に登る。太陽が燦々とフェイの身を照らしていた。


「寝転んで休むことはできないが、まあ安全だろう……」


 その時、フェイは火球が森から空に向けて打ち出されているのを見た。その火球は上から下に降ってくるだろう。


「まさか……いや俺の位置なんてそうそうわかんねえだろ……?いやでも……」


 不安を感じたフェイは木々の上から飛び降りる。その直後、轟音と熱波が下のフェイ達にまで届いた。


「クッソ……木が全部燃えちまえばいいのに……」

「ここの木々は水分量が多いからなかなか燃えないんじゃないかな?」

「なら全部切ってやるよぉ!」

「それ前にやろうとしたら老師アグニが襲ってきたからなぁ。木も硬くてなかなか切れないし」

「……いや、イライラして言った世迷い言だから、真面目に返されると、その、困る。それにそんなことしたらヒュームとネロの昼間の隠れ場所までなくなるしな」


 フェイはストレッチをしっかり行うとキッドに向かっていう。


「さっき火球が出てきた場所から、老師アグニの現在位置がおおよそ分かった。戦闘を避けるためにさっさと離れようぜ」

「そうだ、カエル捕まえたけど食べる?炙っておいたよ」

「え、カエル?いや……お前食うのか?」

「木になる果物だけじゃパワーが出ないよ。お肉をしっかり取らないと」

「……考え方を変える修行って、こういうことかぁ……」


 フェイはキッドからカエルを受け取ると、カエルに勢いよく噛みついた。


「これくらい平気で出来る覚悟でやらなきゃってことだな」

「絶対に生き残ろうね」

「ああ。──死んでも生き残ってやる」


 *


「この修行の目的は考え方の変革、すなわち勝利の捉え方を見つめ直すことであった。最終的な勝利を生存とするならば、その途中の逃走や戦闘の回避は敗北でもなんでもない。そのあたりの考え方がフェイとキッドはまだ未熟だったのだが……」


 森の中を歩きながら、老師アグニは一人語っている。


「ネロよ。お前はそのあたりちゃんと出来ていたのに、よくこの修行に参加したな。キッドを守る目的のヒュームはともかく。お前は適当なところで山を降りるかと思っていたよ。周りに調子を合わせておくタイプにも思えんが……?」


 すると、木の枝にももたれかかっていたネロが果実を片手に話し始める。


「それはもちろん、ワシの最終的な勝利のためじゃよ」

「最終的な勝利?ほう、それは気になるな。我とヒュームが争っていた跡を追って移動しているのも関係しているのかな?」

「……何やら察しがついてそうじゃのう。脳筋のくせに」


 ネロは懐から二つの小瓶を取り出す。そこにはそれぞれ血が入っていた。


「こっちはヒューム、こっちはお主の血じゃ」

「我らが争い合った際に流れ出た血か、それを集めて何を……いや、どうせろくでもないことだろう?」

「ああ、お主の最終的な勝利とやらの言葉を借りるならば、ワシとキッドたちのと最終的な勝利条件は異なる。キッド達にとっては『支配ドミネーター』を倒すことが最終目的じゃろうが、ワシは違う」

「違う、とは?」

「ワシは部下に命じて、キッドを誘拐同然で連れて来させての、フリーダは今頃怒り心頭じゃろうな」

「ほう、それはそれは……」


 老師アグニは心底面白そうだ、という顔で笑みを浮かべる。


「『支配ドミネーター』だけでなく、フリーダまでも打ち倒すつもりか、はてさて我の血をどのように使うつもりなのか、楽しみだ。追加でさらに我の血をくれてやろうか?」

「もういらんわ。ヒュームと比べてお主の流血量が多すぎるせいで、集めた『鉄血』に『炎血』が始末じゃからの」

「混ざった?」

「ヒュームの血から『炎血』の成分が検出されたのじゃよ。はあ、混ざった血では上手くいかんかもしれんのう」


 それを聞いて老師アグニは一瞬怪訝な顔をするが、そういうこともあるかとそれ以上気にすることはなかった。


 *


 修行はとうとう、残り30分を切った。キッド、フェイ、ヒューム、ネロの4人は集合し、それぞれが4隅を注視して警戒にあたる。武器を構えているキッドに、フェイが声をかけてきた。


「ようキッド、まさかお前がここまで生き残るとはな……」

「僕が死ねば僕の血で解毒薬を作るネロさんも死んでしまいますからね。そう簡単には死ねませんよ」

「正直に言うと、この修行で死ぬなら俺かお前のどちらかだと思っていた。そして二人とも死ぬなら、先に死ぬのはお前だとな」

「まあ、そうでしょうね。この中では僕が一番戦いの経験が少ない」

「でもお前は成長したよ。この十日間で目を見張るほどにな。この修行は間違いなくお前を強くさせた。俺が保証する」

「かかっ、フェイ如きに保証されても嬉しくなかろうて!」

「ああん!?」

「二人とも、ケンカはいいけど方陣を崩さないでよね」


 ヒュームがそう言った瞬間、キッドが何かを察知する。


「気をつけて!殺意を感じた!」

「やはりか!このまま何もなしで終わりってタマじゃあないよなぁアグニ先生!」

「狙いはキッドかな?」

「全員狙いかもしれんぞ」


 全員が警戒を強めるなか、フェイが一人話し出す。


「みんな聞いてくれ。知っての通り俺は以前老師アグニに師事してもらっててな。アイツの考え方とかは俺が一番よく知ってる」

「彼がどう仕掛けてくるかわかるのかい?」

「ああ、アイツ口では戦いではなく育てるのが好きとか言ってたがよ。アイツ絶対戦うの大好きだぜ。なんせ俺の修行の時には、いかに相手を欺くか、裏をかくかに心血を注いでいたんだからな」

「まどろっこしいのう。さっさと奴が仕掛けてくる手を言……」


 その次の瞬間、ヒュームはフェイに足で蹴り飛ばされ、キッドとネロは手で背中を押される。


「なっ……!」

「悪いな、皆」


 次の瞬間、地面から老師アグニが飛び出しキッド達の目の前に姿を表す。そして一番近くのフェイに目を向けた。


「さすがだな、我の動きを予想してくるとは……」


 そしてフェイの胸に手を添える。


「さらばだ。我の愛弟子よ──『撃掌底』」


 音もなく、フェイの体が吹き飛んだ。木にぶつかるとそのままずり落ち、そして体はピクリとも動かない。


「あ、ああ……」

「心臓の音が……聞こえない……」

「……死とは、こんなにも呆気ないものだったか?」


 老師アグニはフェイの体を眺めた後、キッド達の方に向き直る。


「生き残ったのはお前達か、最終日まで生き残ったことをまずは賞賛しよう。お前達の成長見事だったよ。さて、少し早いが修行をここで終わらせるとしよう」

「……何を言ってるんですか?」

「ん?」


 キッドは憤怒の形相を浮かべながら武器を老師アグニに向ける。


「まだ修行は終わっていない。……ですよね」

「……ああ、そうだね。キッド」


 ヒュームも血から武器を作り出す。老師アグニはニィッと笑みを浮かべると二人に構えを向けた。


「ああ、そうだろうな。仲間を殺されて、はい終わり、では気が済むまい。来い、お前達の無念を全て受け止め……」


 次の瞬間、老師アグニの体がメチャクチャに刻まれる。急速に再生させて体が千切れないようにするも、大量の血があたりに撒き散らされた。


(速い……!二人のコンビネーションに手も足も出ない……!このままでは強靭な再生力を誇るこの体でも殺されてしまうかもしれん!……面白い!)


 キッドとヒュームの二人の刃が全身を切り刻み、老師アグニを追い込んでいく。だが老師アグニは刻まれるながらも二人に反撃を加えていった。


「楽しい!楽しいなぁ!」

「ああああああああああああ!!!!」

「うおおおおおおおおおお!!!!!」


 激しい攻防の末、キッドとヒュームの二人の叫びが重なり、二つの刃が老師アグニの首を切り飛ばそうとした瞬間。

 その二つの刃が寸前で止まる。


「時間終了……だぜ」


 そして目の前の光景に、キッド、ヒューム、そして老師アグニさえも目を疑った。


……お前なぜ生きている」

「キッドに宣言しちまったんでな。って」


 フェイがキッドとヒュームの刃を掴んで止めていた。


「あれ!フェイさん生きてる!」

「心臓が止まっていたはずじゃあ……」


 すると、くかかっという笑みと共にネロが話し始めた。


「アグニ!まんまと騙されおったのう!」

「……どういうことだ?」

「フェイのやつに頼まれてな。事前に衝撃に際して仮死化させる薬を仕込んでおったのよ」

「フェイさん!いつのまにかそんなことを!」

「アグニの性格的に誰か一人は始末しにくるんじゃないかと思ってな。だが一度死んじまえばもう殺されることはねえ」

「だが一歩間違えれば本当に死ぬ可能性があったはずだ。よくそんな真似ができたね」

「生き残るには死ぬ覚悟が必要なのさ」


 そうフェイがカッコよく決めていると、老師アグニは豪快に笑い始めた。


「はっはっはっはっは!まさかお前が我を謀るとは!成長したなあ我の愛弟子よ!」

「あんま嬉しくねえなその称号」

「何にせよ。全員生還で修行終了ということでいいのかの?」

「ああ、勿論だ」


 老師アグニは深呼吸をすると、大声で高らかに宣言する。


「合格だ!絶体絶命コースを終了とする!」

「いええええええええい!!!」


 そしてキッド、フェイ、フュームの3人は肩を組んで喜び、ネロは遠巻きに呆れたような顔でそれを眺めていた。



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