71話 力の本質
炎毒のヴラドに、エリーゼはサソリの尾と化した羽で攻撃しようとする。しかし、炎毒が操る木の根に阻まれてしまった。
「村人たちが受けた苦しみを思い知らせてやる、だと?ふざけるな!あれでも生ぬるいくらいだ!切り倒された木々や、踏みつけられた花たちの苦しみは、あんなものではすまされはしない!」
「へえ、お花たちがそう言ったのかしら、お花の声が聴こえるなんて、メルヘンチックでとっても素敵だわ」
「それが残念なことにまだ一度も彼らの声を聞けていないんだ。お前たち人間の命の雑音が煩わしすぎるせいでな!しかし、この地をもっと静寂にすれば、私にも植物達の声が聴こえるようになるだろう!」
「イカれてますわね!」
その時、地面から花がニョキニョキと生え、開花から種子の形成をとてつもない早さで行っていく。
「カタバミという植物をしっているか?この植物は種を弾丸のように飛ばす。そして毒血支配術でその威力を強化すれば……わかるな?」
炎毒が指を鳴らすと同時に、マシンガンのようにエリーゼに高速の弾丸が放たれる。
「くっ!」
エリーゼは地面を蹴って走り、弾が直撃しないようにするも、皮膚を掠めた弾丸が傷を作り、血を流れ出させる。
(弾を避けられる速さで逃げ続けていたら、体力を急激に消耗するはず。限界になったところを、私自らの手で確実に始末してやる)
だが、エリーゼは炎毒が予測していた時間よりも遥かに長く回避を続けていた。
(何故だ……?何故奴はこんなにも長く、そして速く逃げ続けられる。捕らえた『凍血』の真祖も未だに焼け死なないし、この
痺れを切らした炎毒は、カタバミを大量に地面から生やす。
「こうなればカタバミの一斉射撃による面制圧だ!逃がれられはせんぞ!」
その時、炎毒はカタバミの射線がエリーゼではなく自分に向けられていたことに気づく。
「しまっ──」
そして大量の弾丸が炎毒に向けて浴びせられた。
「逃げ続けている間に、貴方の放っていた化学物質を解析させてもらいました。そして植物たちのコントロールを奪うのもまあ難しいことではなかったですね」
弾丸を浴びた炎毒の体から、大量の血が流れ出てくる。
「貴様……なぜ解析ができるほど逃げ続けることができた……
「赤身魚を食べて中ったことはありますか?」
「……は?」
「私はあります……昔、エルグラント海洋連合に外遊に行った時、マグロを食べました。おいしかった……でもそのマグロはちょっと古くなっていて、吸血鬼になって気づいたことですが、おそらくヒスチジンがヒスタミンに変わっていたのでしょう」
「急にどうした?頭がイカレたか?」
「でもマグロのような回遊魚がずっと泳ぎ続けられるのはそのヒスチジンのおかげなのです。筋肉に大量の乳酸が溜まっても、ヒスチジンが緩衝材として働き、筋肉の酸性化を中和してくれます」
「……ああそういうことね。『毒血』の力でヒスチジンを合成し疲労しないようにしたということか」
エリーゼが話している間に、炎毒の体に突き刺さったカタバミの種が発芽し、傷を縫い、欠損を埋め肉体を回復させていた。
「トドメをさして来なかったのを見ると、ヒスチジンがあっても体はもう限界だったようだな。説明をしている内に回復しようとでも思っていたようだが、私の方が早い。私の勝ちだ」
「いえ、私の勝ちです。あの時カタバミで狙ったのは貴方だけではありません」
エリーゼの言葉を聞いた炎毒は何かに気づき、アイズを捕らえていたハエトリグサの方を見る。そのハエトリグサは茎を撃ち抜かれ、口の中の炎も燻る程度になってしまっていた。
「さっさと出てきてくださいよ。強いくらいしか取り柄がないんですから」
「させるかあああああああ!!!!!!」
炎毒は焦燥感のこもった叫び声を上げ、火球を作り出しハエトリグサの口に向かってぶつける。ハエトリグサは木っ端微塵になり、その中には何も残っていなかった。
「間に合ったぞ!」
そう叫んで振り返った炎毒の目に、信じられないものが写る。体に煤のついたアイズが、一瞬にしてエリーゼの隣に立っていたのだ。
「何故……だ?」
「うわぁ!急に出て来ないで下さいよ!何をしたんですか?」
「『
アイズはウザったらしいほどのドヤ顔をエリーゼに向ける。
「さて、取っておいたデザートを奪うようで悪いけど、私にトドメを刺させてもらおうかな」
「いいからさっさと倒してください」
アイズはそう言って人差し指を立て、指の上に何かを集結し始める。
(落ち着け、たとえ真祖であっても『凍血』の攻撃なら『炎血』の力でかきけせ……)
その時、炎毒は再び信じられないものを見る。アイズの人差し指の上に周囲に散らばっていた炎が凝集されていたのだ。
「何をやっているんだ……?お前は『凍血』の真祖で『炎血』の使い手じゃないだろう……?」
「あー、勘違いされやすいんだけど、氷を生み出したり辺りを冷却したりするのは、結果であって本質じゃないんだ」
「……どういうことだ?」
「氷は水分を凝縮させた結果、冷えるのは熱を周囲から奪い集めた結果だ。エントロピーの操作、熱力学第二法則への叛逆こそが『凍血』の力の本質なんだよ」
アイズは指の上で集めた火球を矢のように形作っていく。
「だからこのように、熱は奪わず、火炎の乱雑さだけを操作すれば、『凍血』の私が『炎血』の使い手に早変わり」
「クソが!『
何かを行おうとした炎毒の胸を、高速の火の矢が貫く。
「があああああああ!!!!!!!」
植物で補われていた炎毒の肉体は、瞬く間に灰となって焼失した。
「危ない危ない、さしもの私の『炎血』の領域内ではエントロピー操作を行えないからね」
「対抗策を瞬時に考えついて来るとは、恐ろしい相手でしたね」
その時、アイズは川の下流側からバイクに乗ってやって来るヴォルトとメイシンの姿を見た。
「彼らも何かを成し遂げた。と言った顔をしているね。合流しようか」
*
「やっぱり事件の犯人は下流側にいたんだね」
4人は合流して、村人達がコールドスリープされている村で自分達が出会った『闇血』について話し合っていた。
「まってくださいアイズさん。やっぱりってなんですか。内心下流にいそうだなって思いながら上流に向かったんですか」
「いや、なんかあからさまに罠っぽい所に行った方が栄光的かなって」
「はあー……コイツはまったく」
「コイツ!?でもいいじゃないか『闇血』を倒すっていう私たち本来の目的とはズレてないんだから」
「まあお二人が下流に行っていたら私たちは上流に向かってましたよ。ところでアイズさんって高い所とか好きそうですね」
「あっわかる?前に世界最高峰と呼ばれるサガルマータに登ったことがあってさ」
「天然なのか分かっててとぼけているのか……」
メイシンの毒舌を受け流しながらアイズは話を続ける。
「それで、プリオン病を治すヒントとかは見つかったんですか?」
「プリオン病には残念ながら根本的な治療法が見つかってないんだ。でも虫のような『闇血』の死体から進行を緩和する物質が見つかった。体内で作ったプリオンが自分の毒にならないようにするためだろうね」
「なら、ここから先は『毒血』を持つ私の出番ですね。私たちはしばらくここに留まって村人達の治療にあたろうと思います」
「私は万華京に戻って今回の出来事を報告しようかも」
「ヴォルトくんは?」
アイズに尋ねられヴォルトは答えを返す。
「僕はとある目的があってね。エリーゼさん、申し訳ないが治療をやってもらってもいいかな」
「はい、わかりました!」
ヴォルトが村から出るためにバイクに跨がろうとすると、メイシンがやってきてヴォルトに声をかける。
「ヴォルトさんは、何の目的でこの大華に?」
「治したい人がいてね。東洋医学に治すヒントがあると思ったんだ」
「なるほど……目的はそれだけ、ですか?」
「……ああ、それだけだよ」
「ふ〜ん」
メイシンが何かを察して話を続ける。
「あっそうだ。ヴォルトさんが魚を捕まえるために川に電気を流したやつ、アレ大華帝国の法に触れる行いだったんですね。もちろん人々を助けるためのことだったので罪に問うつもりはありませんが、調書を取るために御同行を願えますか?」
「……悪いね」
「……困りましたね。貴方を捕まえなくてはならなくなりました」
「どちらにしても僕を捕らえておくつもりだったんだろう?」
「ええ、今の大華帝国内をうろちょろされては困りますのでね!」
ヴォルトはバイクを走らせ、メイシンは鬼化丸薬を懐から取り出そうとする。その時、メイシンの手を何者かが掴んだ。
「誰だ!」
メイシンが肘打ちを喰らわせる。その肘の先にはアイズの顔があった。
「いひゃい」
「なんのつもりですか?」
「喧嘩はダメだよ〜?二人ともこの事件解決に尽力した仲間同士じゃないか」
「……それならヴォルトさんのマキナを止めるという方法もありましたよね?」
「まあぶっちゃけると『
メイシンは諦めたようにため息をはく。
「わかりました。ここは私が引き下がります。今回はどうもありがとうございました」
そしてメイシンはもう一度アイズに肘打ちを食らわせ、村から立ち去っていった。
*
大華帝国のとある山、光を通さない木々に包まれた森をあるく人間が一人。その人間の前には巨大なイノシシが、自分より一回り小さいイノシシの内臓に喰らいつく光景があった。
巨大なイノシシはその人間の存在に気づくと、殺意を剥き出しにし、弾丸のような速さで突進してくる。
その人物は懐にあった刀を取り出すと、構えることなくだらんと刀を垂らした。巨大なイノシシはもう目前にまで迫っている。その時、言葉が一言呟かれた。
「いただきます」
人間と巨大なイノシシがすれ違った瞬間。イノシシは首から血を噴水のように放出して地面に倒れた。そしてその人間は首元に抱きつき、噴き出た血を啜り始める。
「修行が始まって、もう一週間目に突入か」
口元の血を拭いながら、その人間──キッドは呟いた。
「残り96時間。必ず生き残らなくちゃ」
老師アグニの絶体絶命修練も終盤に差し掛かっていた。
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