70話 蠱毒

 村人達をプリオン病にした異常プリオンは、川から魚を通じて摂取させられたと判明し、ヴォルト達は川に異常プリオンを流した犯人を探し出そうと試みる。


「善は急げだ!早速犯人を討伐しにいこう!川に沿っていけばいいんだろ?」

「待ってくれアイズさん。あなたは川のどっち側を進んでいくつもりですか?」

「上流の方だけど……なにか?」

「いや、毒物はたしかに上流から下流に流れてくるんだが……」

「何か気になることでも?しかし早く向かわないと犯人に逃げられてしまうかもしれませんよ?」

「確かに……そうだね。うん、君たちは早速犯人を探しに向かってくれ」

「よし!いくぞエリーゼ君!」

「はい!」


 そしてアイズとエリーゼは羽を広げ、川の上流に向かって進んでいった。その後メイシンがヴォルトに何を思案しているのか尋ねた。


「どうしたんです?何か気になることでも?」

「ああ、疑問に思うことがあってね。下流の村はプリオン病で全滅していたのに、上流の村ではまだ動けるものが多かった。上流から毒が流されたなら、先に上流の村の人間から重篤化するはずだ。果たして犯人は本当に上流にいるのか?」

「犯人は下流にいる、と?しかし下流からどうやって異常プリオンを上流に流すんです?ただの物質が川の流れに逆らうとでも?」

(そうだ……、普通ならそんなことは起きない。だが逆に考えろ……どうすれば下流から上流に向かって毒を流すことができる?)


 その時、ヴォルトはとある考えにたどり着いた。


「メイシンくん、君が見た奇妙な死体は全身を虫に刺されていたんだったね」

「ええ、この事態の犯人の仕業なんじゃないかって……」


 そしてヴォルトは、先程自分が腹を切り開いた魚に手を伸ばす。


「ここに!答えはある!」


 *


「んー、怪しい影は見当たりませんね」


 空を飛びながらエリーゼは呟く。


「逃げたのか、気配を消しているのか……」

「隠れているなら匂いで分かるはずなんですが……」


 その時、突然地面からツルが生えて来てアイズの足に絡みついた。


「うお?これは──」


 言葉を言い終える間も無く、アイズはツルに引っ張られて頭から地面に叩きつけられる。


「アイズさん!?」


 エリーゼは地面に降り、アイズの元に向かおうとする。すると進行方向を遮るかのように、巨大な花の蕾が地面から生えてくる。その蕾が開花し、中から植物を見にまとった女が現れた。


「蠱蟲を探しに来たやつを始末するつもりで待機していたが、面倒なやつが現れたな」

「貴方は……まさか『闇血』!?」

「なんだって!『闇血』が現れたのかい!?」


 仰向けになっていたアイズが上体を起こす。その直後、巨大なハエトリグサのような植物がアイズに噛みつき飲み込む。そして口を閉じ、閉じた口の隙間から猛火が溢れだした。


「植物を操っているのは毒血支配術……!そしてこの炎は……!操るのは『炎血』と『毒血』か!」


 アイズがハエトリグサの口に飲み込まれたのを確認した炎毒のヴラドは、エリーゼに顔を向けて話し始める。


「幾ら『凍血』の真祖といえども、『炎血』の炎で炙られ続ければ無事には済むまい。女、次はお前だ」

「……はっ、あの人がその程度でへこたれる人ならこっちも苦労はしないんですよ」

「そしてもう一つ残念なお知らせだ。人間どもに異常プリオンをばら撒いたのは私じゃあない。まんまと騙されたな。私からは問題を解決できる情報は何も得られないぞ」


 勝ち誇った笑みを浮かべる炎毒に、エリーゼもまた余裕そうな笑みを浮かべながら応えた。


「だから?私たちにはまだ協力者がいるんですよ。彼らはきっと正しい答えに辿り着いているはず。そして貴方は私たちにとって何の障害にもならない」


 エリーゼは背中の羽を、複数のサソリの尾のように変化させていく。


「いくぞ『闇血』!村人が受けた苦しみを!お前にも思い知らせてやる!!!」


 *


 ヴォルト達のいた村から更に下流、その川のほとりに蠱蟲のヴラドは佇んでいた。


『サテ……異変ニ気付イテ調査ヲシニ来タ奴ラハ、マンマト騙サレ、今頃ハ炎毒様ノダミーニ殺サレテイル最中カ。毒ハ完成シタ、早速炎毒様ノ本体ノ下ニ参ロウ』

「その完成した毒とやら、非常に気になるね」


 何者かの気配を感じて蠱蟲は後ろに振り返る。そこにはヴォルトとメイシンが殺意を剥き出しにして立っていた。


『ドウシテワタシガ下流ニ居ルト気ヅイタ?』

「一つ、上流より下流の方がプリオン病の症状が重かったこと」

『……何故ワカッタ?多少ノ差ハアレド、罹ッタ村人ハ直グニ全滅シ、上流ト下流デ区別ガツケラレナクナル筈ダ』

「ところがだ。さるお方達が村人をコールドスリープさせてくれてたんでね。病気の進行具合に差があると露見しちゃったのさ」

『ダガ、モシ疑問ニ思エテモ確証ガ無ケレバ動ケナイ筈ダ。下流カラ上流ニ毒ヲ流セルトイウ確証ガ』

「それはこれだよ」


 ヴォルトは蠱蟲に腹の開かれた魚を突きつける。


「魚の体内からプリオンを大量に含んだ虫を見つけてね。それもこの段階だと溜まりようのない濃度のだ。お前はこのプリオンを含んだ虫を下流から放出し、上流に向かわせ魚に食わせたんだろう?これならプリオンを下流から上流に向かうことの説明がつく」

「村から出ていこうとした村人を虫に襲わせたのも貴方ですね。当人も虫の姿をしていてわかりやすい」


 メイシンが蠱蟲を嘲るように笑う。


『ナルホド、ソノヨウナ所カラ気付カレテシマウノカ。モット気ヲツケナクテハ。イヤ勉強ニナッタヨ』

「次?次なんてあるはずがないだろう。お前はここでくたばるんだからな」


 ヴォルトが体から放電しながら蠱蟲に殺意をむける。


「ヴォルトさんは向かって右からお願いします。挟み撃ちにしましょう」

「分かった」


 ヴォルトとメイシンは弧を描くように走り、蠱蟲を挟み込もうとする。

 その時、メイシンが突然転んで地面に倒れ伏した。


「……あ?」

『マズハ一人』


 メイシンが自分の足元を見ると、地面から巨大なクワガタムシが顔を覗かせている。そして、

 メイシンの片足が、足首から下を切断されていた。


「……!!!!!」


 メイシンは声にならない悲鳴をあげ、傷口を押さえる。


「メイシン!」


 ヴォルトが駆け寄ろうとすると、大量のスズメバチがヴォルトに向かって突撃してきた。


「うおおおおお!!!」


 ヴォルトは電気のバリアを展開し向かってくるスズメバチを叩き落としていく。


『貴様ラナド、我々ノ敵デハナイ』


 バリアを展開し動けないヴォルトに、蠱蟲は腕をムカデのように変化させ攻撃してくる。


『ミレペーダ!』


 ムカデ状の刃が電気のバリアにも怯まず向かってくる。


(まずい、死──)


 そしてヴォルトの首の首が切り裂かれる──


 、突然飛んできたレイピアがミレペーダを弾いた。


「!?」


 ヴォルトと蠱蟲はレイピアの飛んできた方向を見る。するとそこには、切られた筈の足が生え、羽を生やしたメイシンの姿があった。


「あーあ、こんなところでこれを使う羽目になるなんてね……」

(まさか、これはキッドくんと同じ……!)

『吸血鬼化シテイルダト!?ドウイウコトダ!?』

「鬼化丸薬、皇帝にいただいたものです。そしてこの姿になったら、貴方はもう私の敵じゃあない」

(吸血鬼ハ一人ダケダト侮ッタ!ココハ撤退ヲ……)


 蠱蟲は翅を広げてその場から逃げようとする。


「判断が早いですね、ですが……」


 だが飛ぶことは出来ず、蠱蟲はその場に倒れ動けなくなる。


(コレハ……マサカ毒!?シカシ、近クノ男ニハ何ノ影響モ……)

「おや、周囲の虫どもを駆逐するためだったんですが、貴方にも効くんですね。体まで虫と同じということですか」

「メイシン!これはもしや……」

「ええ、。除虫菊などに含まれる成分です。虫やトカゲとかには有害ですが人体には無害なのでご安心を」

「君が変化しているのは……」

「ええ、『毒血』の吸血鬼です。さて、動けなくさせたし、ヤツが毒で死ぬ前に異常プリオンの詳細について尋問しましょうか」


 メイシンは動けなくなった蠱蟲に向かって歩いていく。


 その頃、蠱蟲は地に伏しながら一人思う。


 *


『毒ノ研究……デスカ?』

「ああ、お前は私や泡沫と違って戦いは得意ではないだろう?この地を静寂にできるのは単純な力だけではない。寧ろ、お前の優れた毒血支配術の方が大量虐殺をするには向いている」

『シカシ、私ニデキルカドウカ……』

「出来るさ。お前が私たちの希望であり、人間どもの絶望だ」


 *


 その時、蠱蟲の翅が言葉を紡ぎはじめた。


『ソウ……ダ。私ハ……炎毒様ノ希望ニ……』

「メイシン!そいつから離れろ!」

『人間ノ……絶望ニイイイイイイ!!!!』


 蠱蟲の体が、風船のように膨張する。そして、高温と高圧のガスが炸裂した。


 *


 メイシンはヴォルトに襟を引っ張られたことにより尻もちをついている。幸いにも蠱蟲の爆発には巻き込まれずに済んだようだ。


「自爆した……のか?」

「そう見たいです。体内で化学物質を作り出し、混ぜ合わせて爆発させたようですね」

「ミイデラゴミムシという昆虫が似たようなこをできると論文で読んだことはあるが……まさかそれを自爆に使うとはね」

「死体相手には尋問もできませんね」

「できうる限りの情報は集めるさ。村人達を助けるためにね」


 ヴォルトとメイシンはバラバラになった蠱蟲の肉体を集めだす。その時、爆風にまぎれてその場からヒラヒラと離れていく蝶の存在に、二人は気づくことはなかった。


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