69話 病の正体

 死体の調査をしようと、墓を掘り返していたヴォルト達の前に、蛇皇五華将じゃおういつかしょうのメイシンが現れた。ヴォルト達と対面したメイシンは、ヴォルトらへの不信感をあらわにしながらゆっくりと歩み寄ってくる。


「その場所、みたところ墓地ですよね?こんな真夜中に、なんの目的でお墓を掘り起こそうとしているんですか?墓荒らし?それとも……」

「待ってくれ、誤解だ。僕たちは……」


 ヴォルトが弁解しようとした瞬間。


「なんてことだ!私たちの悪事が役人にバレてしまった!どうします?ボス!これはもうあいつをやっつけるしかないですよ!」


 とアイズが三下の演技をしながら大声で話し出したのだ。


「はぁ!?急に何を言い出……」

「やはり、悪人でしたか!」

「まてまてまて!」


 騒ぐヴォルトに対し、エリーゼが手をポンとヴォルトの肩に置いて耳元で囁く。


「これは……その、たぶんアイズさんは貴方の力を見てみたいんだと思います」


 ヴォルトがアイズを睨むと、アイズはウインクで返した。


「ウインクしてんじゃねえよ……」


 ヴォルトは大きくため息を吐く。メイシンはレイピアを構え、ヴォルトに向かって突進してきている。


「これからの行動と矛盾しているかもしれないけど!僕は医者で!死体の調査をしにきただけで!悪いことをしにきたわけじゃないんだよおおおおおお!!!!!!」


 ヴォルトは心からの叫びを上げながら、体から放電を始める。眩い電光をみたメイシンは地面を蹴って進行方向を変え、雷撃の中に突っ込まないようにする。


「これは……『雷血』の力!?お前達、吸血鬼だったのか!」

「そうなんだ!だからこんな夜中に活動してても、なんらおかしくはないだろう?」

「まさか……『闇血』じゃないでしょうね?」

「いや、違「はい!そうなんです!」


 またもやアイズが口を挟んできた。ヴォルトは嘘をついた後ペロッと舌を出していたアイズを、殺意の篭った目で睨む。


「『闇血』は!いまここで始末します!」


 メイシンは懐から丸薬を取り出すと、ヴォルトの近くの地面に投げつけた。そして地面にぶつかると、モクモクと煙が発生しヴォルトの体を包んでいく。


「これは……!?」


 そしてヴォルトがその煙を一息吸うと、体が強ばりその場で膝をついてしまう。


「ヴォルトさん!この毒は……!」


 その時、エリーゼの口をアイズが塞いだ。


「むっ、むぐ!?」

「お口チャックだ。エリーゼ君」

「しかし……!」

「彼が私の期待した通りの男なら、この状況も乗り越えてくれるはずさ」


 煙が晴れたのち、メイシンはレイピアを構え、今度こそ突き刺そうと突進してくる。


「その体では、先程のような放電はできないはず!今度こそ終わりだ!」


 その時、ヴォルトは突進してくるメイシンではなく、自分の身に何が起こっているかを考えていた。


(体が思うように動かない……神経毒か?だとすると、これはイオンチャネルによる神経伝達が阻害されたことによる症状か。くそっ、今の体では高電圧は発生させられない……だが!)


 レイピアの先端がヴォルトの眼前に向かってくる。しかし、突き刺さる寸前、ヴォルトの体はバネが跳ねたかのように攻撃を避けるのだった。


「なっ……!?」

(たとえ微弱な電気であっても!神経を働かせるには十分!そして!)


 攻撃を避けてすれ違う瞬間、ヴォルトの手の2本の指が、メイシンのレイピアを持つ手に触れる。


(今ここに、2本の指で接触して生まれたに!全力で電気を流す!)


 その時メイシンの手から、バチンと電気の弾ける音が響いた。


「ぐあっ!」


 電気を浴びて手が痺れ、メイシンはレイピアを落とし地面に転がる。


「はあ、はあ、はあー」


 メイシンが転がっている間にヴォルトは代謝で毒を分解し、身体機能を回復させる。


「……もう毒を分解してしまうとは、吸血鬼の回復能力は流石ですね」

「回復のリソースを神経系に集中させたんだ。体のどこに異常があるのかわかるんでね、医者だから。ところで、まだ茶番を続けるつもりかい?」

「いえ、ここまでにしましょう。気づかれたのなら意味はない」

「え?どういうことですか?」


 エリーゼがポカンとした顔で二人に尋ねる。


「メイシンさんはとっくに分かってたんだよ。僕らが悪人でも『闇血』でもないことに」

「そして先程、私が分かっていることが彼に気付かれたので、この茶番をやめることにしたというわけです」

「気づいていた!?」

「はい。貴方達は『凍血』の真祖、アイズに、ヴァーニア王国のお姫様、エリーゼですよね?」

「元、ですけどね」

「それに、本当の悪人や『闇血』が自分からそうと認めるわけないでしょう?アイズが話し出した時点で気づいてましたよ」

「しかし、なぜそれを分かっていながらヴォルトさんに攻撃を……?」

「勘違いをしたふりをして戦って、彼を打ち負かしておけば、今後有利な立場で付き合えると思ったのでね。後、彼が私の知らない吸血鬼だったので実力を知りたいと思ったんです」

「なるほど、私たちは君の敵ではないが味方でもないからね。しかし初めから気づいていたとすると、私はまったくの道化だなぁ」

「やれやれ、僕は二人の気まぐれに付き合わされたってわけか」


 ヴォルトは伸びをして地面に仰向けになる。そこにメイシンが上から顔を覗かせた。


「どうもメイシンです。さっきの戦い本気じゃなかったでしょう?最初の放電はもっと出力をあげられたはずですよね」

「ヴォルトだ。勘違いなのに流血沙汰になったらマズイと思ってね。それに本気をだしてないのはお互い様だろう?本当に始末する気なら神経毒ではなくもっと殺傷性の強い毒を撒けた筈だ」

「まあまあ、互いに一線を越えてはマズイことになるということで」


 メイシンが手を差し出す。ヴォルトはそれを受け取り立ち上がった。


 *


「皆さんはこの村には死体の調査に来られたのでしたよね?」


 メイシンはヴォルト達と一緒になって墓を掘り返しながらそう話しかける。


「あ、やっぱり話はちゃんと聞いてくれてたんだ。ここから上流の村で、正体不明の神経異常を患った患者が大勢いてね。同じ症状の果てに亡くなったと考えてられるこの村に調査にきたのさ。君は?」

「この村に通じる街道に奇妙な死体が見つかったという報告がありましてね。私も同じくその調査なんです」

「どんな死体だったんだい?死因はおんなじ?」

「全身を余すところなく虫に刺されて、肌が青ざめた死体ですよ。死因も急激な血圧低下によるショック死でしたね。神経異常の痕跡も見られはしましたが」

「虫刺されに血圧低下、ね……血を大量に吸われたか、アレルギーによるアナフィキラシーショックか、はたまたその両方か。いずれにせよ全身を虫に刺されたなんて普通じゃないな」

「『闇血』の仕業……ということかい?」


 二人の話を聞いてアイズが口を開いた。


「その可能性は高いかと」

「そしてこの病気がどこから来てどのように発症するのかを特定できれば、『闇血』の元へと辿り着く筈だ」


 そうこう話しているうちに防腐処理が施された死体が掘り起こされた。そしてヴォルトはバイクから様々な道具を取り出し、メイシンらと共に調査を始めたのだった。


 *


 亡骸がヴォルトの手によって解剖されて行き、とうとう頭部への解剖に至る。頭蓋が開かれ脳が露出した時、ヴォルトは目の色を変えた。


「……なるほど、そう言うことか。分かったぞ!この奇病の正体が!」

「分かったのですか!?」

「ああ、この病の原因、それは……だ!」

「プリオン!?それはいったい……?」

「まずはこの結論に至った経緯を話そうか」


 ヴォルトは亡骸の脳を指差しながら話し始める。


「まずこの脳を見てくれ、脳が海綿スポンジ状になっているだろう?これは典型的なプリオン病の症状なんだ」

「これだけ多くの空洞ができているなら、そりゃ神経異常が引き起こされますね……プリオンというのは、この原因となるものなんですか?」

「ああ。異常プリオン、それは感染する変質したタンパク質なのさ」

「しかし恐ろしいですね。『毒血』の私でも原因がわからなかったなんて……」

「病原菌や毒物は体にとって異物だからね。しかし異常プリオンはもとから体の中にあった正常なプリオンが変質して生じるものなんだ。わからないのも無理はないさ」

「病気の正体はわかった。だが何故村人たちはプリオン病を発症したんだ?」

「そこが未だ不明な点でね。プリオン病の発生原因には理由なく発生するものが殆どなんだ」

「だけど、理由もないのに村の人全員が発症するものなのでしょうか」

「だからそう、考えられるのは外部から異常プリオンを摂取した可能性だ。それならあちこちの村でプリオン病が発生したことに説明がつく」

「村人達になんらかの手段でプリオンを摂取させた奴が、この異常事態の犯人ってわけか」

「ああ、だがどのような手段で摂取させたのか不明だ。それがわかればその犯人の元まで辿り着けるかもしれないが……」

「それなら最有力候補はこの川でしょう。飲水の中にプリオンが混じっている可能性は高い」


 メイシンがそういうと、エリーゼが立ち上がり川の方へ歩いていく。


「調べてきますね。プリオンの臭いは覚えましたから」


 エリーゼは川の岸に着くと四つん這いになって川の臭いを嗅ぎ始める。すると、エリーゼは怪訝な顔をした。


「おかしいです……臭いがしません」

「なんだって?」

「おいおいエリーゼ君。ちゃんと嗅いでる?」

「嗅いでますよ!なんなら、アイズさんが先日、上流の村で出されて苦い顔をしていた健康茶の臭いまでわかります!飲めなくて川にこっそり捨てたんですよね?あれ!」

「うぐぐ!?そこまでわかるのか!?」

「出されたものを捨てるなんて栄光的とやらじゃありませんねー!?」

「分かった分かった!君の実力は認める!しかしどう言うことだろう?川はプリオンで汚染されているはずじゃあ……」


 すると、ヴォルトもゆっくりと川に近づいてくる。そして手元から川にむけて電撃を発した。川の表面が眩く光った後、プカプカと魚が仰向けになって浮かんでくる。


「ここらの村の特産品は魚だったね」


 ヴォルトは川から一匹の魚を掴み取り、その腹を割いた。血と内臓がこぼれ出て生臭い匂いが辺りを包む。


「嗅いでみてくれ」

「ちょっとヴォルトさん、急に何を……」


 エリーゼが嫌々ながら臭いを嗅ぐと、その表情をとたんに変えた。


「プリオンだ……異常プリオンの臭いがします!」

「なんだって!?川からは臭いを嗅ぎとれなかったのに!?」

「考えられるのはおそらく……だ。エリーゼさんが嗅ぎとれないほど低い濃度でも、汚染された微生物を小魚が食い、その小魚を魚が食いを繰り返していくうちにプリオンは高濃度になっていき、人の体に入るときには害をなすようになる」

「ということは、犯人は川にプリオンを流して神経異常を引き起こしていたと確定したんだな!」

「ああ!ここまで出た情報をもとに、必ず犯人を追い詰めてやる!」


 そう意気込むヴォルト達の瞳には、決意の炎が宿っていた。

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