68話 正体不明の奇病

 夜の闇の中を、松明を持った男が足を引きづりながら歩いていた。一日中歩いていたため疲労が蓄積していたのである。男は絶え絶えな息で、自分を奮い立たせるために言葉を発する。


「早く……早く街に医者を呼びに行かなきゃ……このままじゃ、村のみんなが死んじまう……!」


 そのとき、男は突然立ちくらみを感じ頭を抱えて座り込む。


「うう……早く……早くたどり着かなきゃ……村で体を動かせるのは俺だけなんだ……!これ以上頭がおかしくなる前に……!」


 その時、虫の羽音が男の耳に響いてくる。まるで虫が体の中に入ってくるかのような不快な音に、男が絶叫して走り出すと、その視界が瞬く間に黒く染まった。


「な、なんだ?松明が消えちまったのか!?」


 松明の火が消えたのではない。男の頭がおかしくなったわけでもない。ただ、男の視界を。それも目だけではなく、全身に。


「う、うわあああああああ!!!!!!」


 男は松明を振り回し蚊を払いのけようとする。しかし全身に纏わりついた蚊は離れず、地面に転がってもがいた後、男はピクリとも動かなくなる。そこには血色を失い、痩せこけた死体が残った。

 男から血を吸った蚊は、群れを為してその場から飛び去っていく。終いには大きな川の岸にたどり着いた。


『集マレ』


 弦が擦れて奏でられたかのような音が鳴ると、蚊は一箇所に密集しギュウギュウの球のようになる。そしてその球に、カマキリのような大顎が喰らい付いた。


『一人足リトモ逃ガシハシナイ。コノ実験場カラハ』


 陰謀の裏に『闇血』の影あり、蠱蟲のヴラドが静かに牙を研ぎ澄ませていた。


 *


「まさかまさか!君もキッド君の知り合いだったとは!なんたる奇遇!しかも『炎血』の真祖アグニの討伐に関わっていたとは、とっても栄光的だね!栄光ポイント1000点を贈呈しよう!」

「え、いらない……」


 ヴォルトがアイズのマシンガントークに困惑していると、エリーゼが気を利かせて口を挟んでくる。


「アイズさん。早く本題に入りません?ヴォルトさんが知りたいのは、私たちが何故ここにいるか、そして何故村人達がコールドスリープされているか、でしょう?」

「ああ、そうだね……あれは『支配ドミネーター』が顕現してから四日ほど経った日の夜……」


 そしてアイズはこれまでの経緯を話し始めた。


 *


 私たちはあれから『闇血』の行方を追っていてね。何故かって?もともと私たちは大華帝国に潜む『闇血』退治を目的としていたからさ。それに『闇血』を追えば、キッド君達を連れ去った奴にもたどり着けると思ってね。その際、川沿いのとある村に立ち寄ったんだ。この村じゃないよ。


「見たまえエリーゼ君、村があるぞ。すこし血を頂かせてもらおう」

「待ってください。人の気配が感じられません。……アイズさん、死臭が漂っています」


 エリーゼ君はそこのところ敏感だね。そう、その村の住人は、一人残らず亡くなってしまっていたんだ。


「亡骸に血がまだ残ってますね。血を頂く代わりに、埋葬と死因の検証をさせてもらいましょう」


 真面目で優しいよね。さすがは王国のお姫様。


 姫です。今は一介の女吸血鬼でしかありません。


 ああ、はいはい。それでエリーゼ君が死体の見分をし始めたんだけどさ。なんかおかしいんだよね。


「この死体……おかしいです」

「おかしい?なにが?」

「村人全員が亡くなっていたので、疫病、もしくは毒によるものだと思っていたのですが……」


 彼らが亡くなった死因は、神経系の異常による重度の運動失調からの肺炎や床ずれだったんだ。そこまではわかったんだけど、エリーゼ君曰く、死体からそれを引き起こしたはずの病原体や毒物がいっさい検出されなかったんだって。怖いね。


「まさか、これも『闇血』の仕業なのでしょうか……」

「不可思議なことをなんでもかんでも『闇血』のせいと決めつけるのは良くないよ。エリーゼ君」

「……たしかにそうですね。ではアイズさんはどのように考えていますか?」

「……やっぱり『闇血』が何かしたんじゃないかな」

「ちょっと!?」


 その後私たちはここにいても謎は解けないと思ってね。川上に向かって行ったんだ。もし彼らを死に至らしめた物質が川から流れてきているなら、その原因は川上にあるだろう?その途中、二箇所くらい村を通ったんだけどそこも始めの村と似たような感じで、住民は全滅してしまっていたんだ。


 生きてる人がいたのは、この村だけだったんですよ。


 そして私たちが彼らをコールドスリープさせている理由はもう分かるよね。この村の人々も、神経系の異常の症状が表れていたんだ。


 コールドスリープは、彼らの病状の進行を遅らせるために。


「氷売りの方々、申し訳ございません。見ての通りこの村は患っているものが多く、あなた方の下さったかき氷に対し、この程度のお返ししかできず……」


 村の人々はとても親切でね。患った身に鞭打って私たちを特産の魚料理でもてなしてくれたんだ。とても、とても栄光的だよね。


 え?氷売りってなにかって?私たち、氷売りの業者と偽っていたんです。ほら氷ならこの人のおかげで無限につくれますし、冷たい氷が手に入りにくい所なら良く売れますから。……本当なら薬売りと名乗りたかったのですけれどね。


 しょうがないさ。原因がわからなければそれを治す薬、もとい毒も作れないからね。……でも、私はどうしても彼らを助けてあげたかったんだ。とても栄光的な彼らをね。


「皆、一つ提案があるんだ」


 彼らは私たちを信用して、提案をあっさりと受け入れてくれた。出会って一日も経っていない私たちらを。


 *


「これが、私たちが彼らをコールドスリープさせるに至った経緯だよ」

「しかし、『雷血』の最新医学でも未だにコールドスリープは実現できていないのに、なんの設備もないこの村で何人もの村人を眠らせてしまうとは、『凍血』の真祖の底力には驚きますよ」

「いつもなら賞賛は喜んで受け取るんだけど、今は気が乗らないなぁ。……真祖の力を持ってしても、延命しかできなかったんだからね」

「……アイズさん。あなたはできる限りのことをしましたよ。後は医者である僕の仕事です」


 そういうと、ヴォルトは眠る村人に向き合い始める。


「病原菌や、毒物によるものではない、正体不明の神経異常を引き起こすもの……か」


 ヴォルトはアイズの話を聞き、さっそく神経異常を引き起こすものについての考察を始めていた。


「村人達が発症する前、彼らは何か異常な出来事に遭遇したりしていたかな?」

「いえ、私たちもコールドスリープ前に話を聞いていたのですが、これまで暮らしていて何も異常は無かったそうです」

「ふむ……恐怖体験などによる心因性のものではない、と」

「恐怖だけで人がこんな風に死ぬのかい?」

「僕もこんな事例は聞いたことないけど、心と神経は密接に繋がっているからね……まあ今のは仮説さ、次は外科的な要因によって引き起こされた可能性だけど……」


 ヴォルトはそういうと、コールドスリープで眠る女性の首筋や背骨あたりを触診する。


「針などを刺された様子はなし……。虫刺されすらもないか」

「針ですか?」

「鍼灸とかあるだろ?あれの逆みたいなことはされてないかと思ってね」

「なるほど、虫刺されも調べたのは、村人達が気づかない内に影響を受けた可能性を考慮してのことか」

「ええ、『毒血支配術』で虫とかを操る吸血鬼もいますから」

「いやあ、目敏い。色々な可能性も考慮しているんだねぇ」

「……私の遺体見分がだいぶお粗末だったのではないかと思えてきました……」

「明日の夜、アイズさんたちが巡った村に僕も行って亡骸を調査しにいこうと思ってる。エリーゼさんの見分がどうだったかとかは関係なく、情報があまりにも少なすぎるからね」

「それなら私たちもついていこうか、以前行った時とは違う視点から物事をみれるかもしれない」


 明日の予定を立てた後、ヴォルト達は光を通さない地下室を作って眠りについた。


 *


 次の日の夜。ヴォルトはアイズに案内され、川を下って一つ前の村に着いた。


「しかし奇妙ですよね」

「なにが?」

「上流の村から下流の村に向かうにつれて症状の進み方が重くなっていることですよ。まるで死が川を遡って向かって来ているかのような……」

「確かに……毒が撒かれているなら先に影響を受けるのは上流の村からだしね」

「では原因は毒ではないということかい?」

「まあそう決めつけるのも早計なんですが……」


 そしてヴォルトは村人が埋葬された墓地に着く。墓地には簡易的な位牌として木が立てられていた。


「すまないね。一度埋めた人をもう一度掘り返させる真似をさせて」

「いや、こういうことを想定して亡骸には私とエリーゼ君の二人で保存処理をしておいたんだ。状態は埋めた時のまんまのはずだよ」

「それは助かります」


 ヴォルトがシャベルで土を掘り起こそうとした時、電磁波レーダーが何者かを探知する。振り向くと、ヴォルト達を懐中電灯が照らした。


「誰だ!」

「それはこっちのセリフですよ。墓荒らしですか?それとも犯人は現場に戻るってやつですかね。なんにせよ貴方たちは怪しいことこの上ない」


 ヴォルト達の前に姿を表したのは、レイピアを腰に刺した。黒髪の美少年であった。妖艶な雰囲気をその身に纏っている。


「私は蛇皇五華将じゃおういつかしょうが一人、メイシン。重要参考人として話を聞かせてもらいますよ」


 かくして、ヴォルト達はメイシンからの不信感マックスで相対することになったのであった。

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