67話 五華将合議

 大華帝国の首都、万華京の蛇影院には、蛇皇五華将じゃおういつかしょう達が話し合いを行うための部屋がある。そしてその部屋の扉が開かれ、ヤンとリンの二人が足を踏み入れた。


「遅えぞ!ヤン、リン!」


 入ってきた二人に声をかけたのは、逆立ちで腕立て伏せを行っている黒い肌の男であった。男は少し伸びた髪を後ろ手に縛り、上半身には何も身につけず自らの筋肉を誇示していた。


「お前が来るのを筋トレしながら待ってたら、こんなにも汗をかいちまったぜ」

「それは、お前の都合だろう……合議の前に何をやってるんだ……なんならもっと遅れて、気の済むまでやらせた方がよかったか?」


 マンサと呼ばれた男はニカッと笑う。そこから覗かせる歯は、全て金歯に差し代わっていた。


「ははは!俺はいいんだが、ユキノとメイシンはなんて言うかな?」


 マンサは逆立ちの体勢から飛び上がって一回転し、部屋の中心に位置する円卓にすわる。すでに席についていたユキノとメイシンが鬱陶しげな目線をマンサに送っていた。


「暑い、暑苦しい。溶けてしまいそうですわ。メイシンがこの部屋にいなければ部屋を凍りつかせてしまうところでしたわよ」

「……マンサさん。いくら私にチラチラと視線を向けても、一緒に筋トレはやりませんから」

「……二人とも、遅れてすまない。本当にすまない」


 ヤンとリンは深々と頭を下げて謝罪した。ユキノとメイシンの二人にむけて。


「そうだ、ユキノ、通信機の修理済ませておいたよ。いくら敵を倒すためとはいえ乱暴な使い方はやめてほしいね」


 ユキノはリンから通信機を受け取ると、マジマジと見ながらいう。


「……思っているのですけれど、この通信機って必要ですの?意識を共有した私のダミーをそれぞれにつければ十分では?」

「はぁ……ユキノ、あんたのダミー一人でどれだけの働きができると思う?通信機が無かった時代ならともかく、今の時代にダミーを連絡役だけに使うのは無駄遣いがすぎるわ」

「えー、でもー」

「察してあげてくださいよリンさん。ユキノさんは連絡役になって、各地の名所に観光に行きたいんですよ」

「ギクッ」


 メイシンの言葉にユキノは思わず言葉を漏らす。


「……ユキノ。あなたが通信機の代わりになるということは、マンサの近くに四六時中ダミーをつかせておくということになるんだぞ?」

「……通信機万歳」


 ユキノはヤンに諭されて通信機を懐に入れた。


「さて」


 五華将全員が席に着く。マンサが口火を切って話し始めた。


「さて……まず話し合う内容だが……」


 マンサはテーブルの上に置いてあった生卵の山から一つを取ると、人差し指の上で回し始めた。


「卵になった皇帝、お前達あれをどうする?」

「どう……とは?」

皇帝ドミネーターは前皇帝ネロと、『鉄血』の真祖の息子キッドを始末しに行った結果、相討ちに近い形となり向こうは消息不明、『支配ドミネーター』は卵の形になった。今なら誰にでも皇帝を殺せる」


 マンサは卵を割ると、中の生卵を飲み干す。


「マンサ……貴様、クーデターでも起こすつもりか?」

「違うさ、ただ俺たち蛇皇五華将の意思を統一させておこうと思ってな。ネロと『支配ドミネーター』……お前達はどちらを選ぶ?」

「選ぶだと……?そんなの決まっているだろう!」

「決まってる?それはどっちだ?長年仕えてきたネロか?それとも『真祖』の力を持ち資格のある『支配ドミネーター』か?幸運にも俺たちにはどちらかを選ぶ権利が与えられている。卵を壊してネロに皇帝になってもらうか、このまま卵の孵化を待つのか。いっちゃあなんだが、俺は金で雇われたビジネスライクな関係だ。ネロだろうが『支配ドミネーター』だろうが金さえ貰えればどっちでもいいんだ」


 しばしの間沈黙が五華将を包む。するとユキノが手を挙げて発言し出した。


「……わたくしはこのまま、『支配ドミネーター』に皇帝になってもらうべきだと思いますわ。今この大華帝国には『闇血』の勢力が入り込んでいます。対抗するためには、真祖の力をもつ『支配ドミネーター』の力が不可欠かと」

「私もユキノさんの意見に賛成です。『闇血』だけでなく十字騎士クルセイダーも皇帝の命を狙ってやってきていました。政治を安定させるためには強大な力をもつ『支配ドミネーター』に皇帝になってもらいたいと思います」

「メイシン……あんたはそれでいいの?昔あんたを救ってくれたのは……!」

「……ネロ様なら私に対し、私情を捨てた国家への奉仕者になることを望むはず。私は蛇皇五華将としての役目を果たします」

「リン、お前の気持ちはよくわかる。だが俺たちは大華帝国の民草を守る身、時には非情な決断が必要なんだ」


 ヤンに言われ、リンは黙って下を向いた。


「決まったようだな」


 マンサは立ち上がり、そう宣言する。


「俺たちの皇帝は『支配ドミネーター』、ただ一人とする。そして、遺恨を立つために前皇帝とその仲間は俺が始末をつけよう。関係の深かったお前たちには荷が重いだろうからな」

「待てよマンサ。前皇帝は30日で死ぬ毒におかされている。残り三週間の命だ。わざわざお前が手を下す必要は……」

「そうか?『支配ドミネーター』が毒を植え付けてからたったの2日で、前皇帝達は『支配ドミネーター』の心臓を貫くに至ったぞ?時間を与えるのは危険だ。それともそうして『支配ドミネーター』が斃れることに期待しているのか?」

「……」

「まあ気持ちはわからんでもないが、一度『支配ドミネーター』を皇帝と決めたからにはその身を全力で守らなくっちゃな。ユキノ、お前が大河で捕まえたあの連中、使わせてもらうぜ」

「酒呑盗賊団の方々を?何に使いますの?古典的なやりかたである、処刑を行うと大々的に発表しておびきよせるとか?」

「それではあからさまに罠だと警戒されてしまいませんか?それに、酒呑盗賊団は西城の一件で悪徳太守を打ち負かした義賊として各地で英雄視されています。下手に処刑なんてしてしまえば暴動のきっかけになりますよ」


 マンサはニカッと金歯をむき出しにして笑う。


「それには俺にいい考えがある。前皇帝とその仲間への対処は俺に任せて、お前たちは『闇血』と十字騎士クルセイダーへの対策に専念しな」


 その後、さまざまな話し合いが行われ五華将合議は終了した。そして決定事項を記した書類の中に、このような一文が載せられていた。


『酒呑盗賊団を特殊勾留者として万災マンサ鉱山に移送する』


 *


 合議がなされた日の夜、大華帝国のとある村に一つの二輪駆動マキナが到着した。そのマキナに乗っていた男は、ヘルメットを脱ぎ言葉を漏らす。


「なんだ?この村は……人の気配が全くしない……だが賊に荒らされたような様子もないし……疫病が流行ったため人々がこの地を去った、とかだろうか」


 男は懐中電灯に電気を流し、あたりを灯りで照らしながら探っていく。そして手に持ったマキナに歩きながら話しかけた。


「ヴォルトよりアンナちゃんへ片道連絡、たった今大華帝国にたどり着いたよ。たどり着いた村が不穏な状態になっていたから調査するつもりだ。以上」


 医者にして『雷血』の吸血鬼、ヴォルトはアンナの持つ鉱石ラジオに向けてメッセージを送った。その時、ヴォルトの電磁波レーダーが動く何かを捉えた。


(……誰かいる。敵かもしれない。身を隠さなくては……)


 ヴォルトは警戒しながら、近くの家の中に足を踏み入れる。その時、ヴォルトは家の中にあった布団が膨らんでいるのを見て身を一瞬硬直させた。


(人!?いや、生体反応が感じられない……死体か?)


 ヴォルトは毛布をそっと取り払う。するとそこには、冷気を帯びて眠るように横たわる女性の姿があった。


「これは……まさかコールドスリープ!?何故彼女はこのような状態になっているんだ!?」


 ヴォルトは自分が叫んでしまったことに気づき、咄嗟に口を手で塞ぐももう遅かった。足音はゆっくりと家に近づいてくる。ヴォルトが戦闘態勢をとりながら待ち構えると、目の前にドレスを纏った少女が現れた。


「マキナに乗ってやって来たので『雷血』だとは分かっていましたが……コールドスリープだと気づける医学知識も持っていられるとは、僥倖ですね」

「貴方は……エリーゼ王女!?」


 自分の名を呼ばれてエリーゼは目を丸くする。


「私を知っているのですか?」

「ええ、僕はヴァーニア王国からやってきたので……」

「何をしに来たのですか?」


 答えて良いものかと逡巡しながらも、ヴォルトは答えることに決めた。


「実はここにはキッドという少年を探しにですね……」

「キッド!?貴方はキッドの知り合いなのですか!?」


 ヴォルトは突然、両肩をエリーゼに捕まれぐわんぐわんと揺らされる。


「え、ええ……彼が赤子の頃に診察したり……後、北都での『炎血』の真祖討伐には僕も協力したんですよ」

「それはそれは!ヴァーニア王国の英雄ではないですか!ぜひ表彰をさせてください!」

「いえ、結構……それより、貴方はキッドくんとはどういう関係で?」

「はい、実はキッドは私の腹違いの弟で……」


 ヴォルトはエリーゼから王家の複雑な事情と、この地でのキッドの現況を聞いた。


「なるほど……ネロから『支配ドミネーター』が現れてキッドくんを襲い、そして『闇血』が二人を攫っていったと……」

「はい、それからは未だに行方知らずのままで……」

「キッドくん回りの現状はわかりました。で、このコールドスリープをされている人はどういうことなんです?」

「そこからは私が説明しよう!」


 突然、家の扉が開かれて一人の男が入ってくる。


「……さては、ずっと聞き耳たてて待機していましたね」

「ここぞ!という時に現れないと『栄光』的じゃあないからね!」


 早く説明をしたいといった様子の『凍血』の真祖アイズが、ヴォルトの目の前に姿を表した。

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