66話 隠密

「隠密より定期連絡」


 ヴァーニア王国の王都、そこにある王城の地下で、メイド服を着た隠密が通信機に向かって話しかけていた。


『リンだ。、現状を報告してくれ』


 通信機からは、蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、リンの返答が聞こえてくる。


「は!現在、フリーダの一味は王城の地下にて蒸気機関車を建造しております。完成はもう間も無くかと」

『なるほど、蒸気機関車で大華帝国までやってくるつもりなのか。機関車の性能にもよるけど、こちらには7〜10日で到着するかもね』

「お言葉ですがリン様、線路も敷設されていないのにそんなに早く到着するとは思えないのですが……」

『くのう、相手は鉄血の真祖だぞ?その気になれば線路を敷くことだって可能だろう。なんなら空中に線路を引いてしまうだろうさ』

「なるほど……そうなれば移動能力はもはや飛行機と同じ、山だろうが谷だろうが乗り越えて進んでいってしまう」

『ああ……だからフリーダ達の進軍を妨害するには……』

「機関車の完成前に決着をつける。それしかありませんね」

『ああ、だが無理はするんじゃないぞ。お前は私がユキノから預かった身、お前にもしものことがあったら、ユキノに合わせる顔がない』

「ご安心を、主君のために命を捨てるなんていう殊勝な心は持っておりませんので。どんな手を使ってでも生き残ってみせますよ」

『ふっ、それでいい。絶対生きて帰ってくるんだ。そうだ、こちらの状況についてなんだが……』

「リン様、それは開示して問題ない情報ですか?私、生き残りたいがために相手にペラペラ喋ってしまいますよ?」

『むしろ伝えて欲しいくらいの情報さ。今、キッド達は行方をくらましている。私たちの手の中にない。フリーダ達にキッドが今どんな状況か問われても、答えられない状況だ』

「そのように至った経緯は……」

『内緒』

「了解しました。では今度の定期連絡に……すみません人が来ました切ります」


 小声かつ早口で捲し立てて、くのうは通信を切る。それから少しした後、通路の奥から走り寄ってくる音が聞こえる。


「うおおおおおお!!!!!トイレええええええ!!!!!」


 走ってきたのはヴァンパイアハンターのマリアであった。くのうの姿を見るや否や、必死な形相で声をかけてくる。


「あっ!メイドさん!トイレってどこだっけ!?」

「この先を右にギュインって行ってグーンってなってクルってしたらすぐですよ」

「あーあそこか!ありがと!」


 何故か今ので通じたようだ。


「ところでマリアさん。トイレなんて直接的な呼び方はちょっと避けた方がいいと思いますよ。女の子なんですから、そこはお花摘みに行くとか」

「女の子、かあ。ヴァンパイアハンターやってるとそういうの忘れちゃうなあ。買うだけ買って一度も袖を通してないドレスが山ほどあるよ。今もあの部屋の中で女の子らしからぬことやってるしね」

「まあ、どんなことをしているのでしょうか。気になりますね」

「それはもう少ししてからのお楽しみ。ところでさぁ。私、今どんな匂いしてる?自分だと慣れちゃって分かんなくてさ」

「……すごい臭いとだけ」

「マジか!?」

「香水などを使われてはどうですか?」

「香水かぁ……なるほど、いいね!サンキュー!」


 その時、マリアのお腹がゴロゴロと鳴る。


「うおおおお波が来た!それじゃ!」


 マリアは再び必死な形相で通路を走っていった。


(──探られていたな)


 くのうは神妙な面持ちで走っていくマリアの背中を見つめる。


(もし私が、工房で作られている蒸気機関車に言及してしまったり、彼女の臭いを油臭いなどと言ってしまったら、何故立ち入り禁止である工房内のことを知っているのかと捕らえられていただろう)


 くのうは懐から小さなカバンを取り出しながら呟く。


「ここらが引き際ですね。蒸気機関車に破壊工作をしてから、すみやかヴァーニア王国から去りましょう……リン様より授かった、この『科学忍具』を用いて!」


 *


 昼間のとある時間帯。吸血鬼達は眠り、人間達は休憩のため、工房内に誰もいない時間が存在する。くのうはこれまでの諜報活動によってその時間帯を完璧に把握していた。


「さて……」


 くのうは工房の扉の前に立っていた。部屋に誰もいない間は鍵がかけられており、侵入することはできない。ところが、くのうはカバンから細長い金属棒を取り出すと自信満々に言う。


「『科学忍具』、否禁愚通流ピッキングツール!これさえあれば解錠など簡単!」


 そして手早い動きで解錠し、工房の中に侵入する。そこでくのうが見たのは、蒸気機関車の先頭の動力部分であった。


「もうここまで完成していたのですね……間に合ってよかった」


 くのうは機関車に忍び込むと、カバンから小袋を何個も取り出すと、隠れて見えない裏の部分に設置していく。


「『科学忍具』の一つ!輝魅斗テルミット爆弾!」


 中に入っているのはアルミと酸化鉄の粉末混合物、そして黄リンと硫黄。機関車が動き出した時、部品同士の擦れ合いによって袋内の黄リンと硫黄が接触し発火、粉末混合物が燃えテルミット反応を起こすことにより、部品を溶接、または融解させ故障を引き起こすという代物であった。


 爆弾を設置し終わったくのうは、工房に痕跡を残さないようそそくさと部屋から出ていこうとする。その時、室内にお香が焚かれていることに気づいた。


「これは……マリアさんが私のアドバイスを聞いて焚いていたのでしょうか。ふふっ、愉快な方でしたね。もっとも今後、二度と会うことはないでしょうが……」


 くのうは工房から出て扉をしめ、再び鍵をかける。工房内には、爆弾以外、彼女の痕跡が残ることはなかった。


 *


 王都の大通りをくのうは悠々と歩いていた。通行人は、買い出しに出たメイドだと思って彼女のことを気にも止めない。


(やれることは完璧に行った。あとは商人のキャラバンに参加して大華帝国に帰るだけ)


 少し浮かれ気味に歩くくのう。そのとき、くのうに話しかける人間が一人。


「あの……お城のメイドさん……ですよね」


 話しかけてきたのは、『忌血の英雄』の一人、ネールであった。


 *


「なるほど、いまだ眠ったままのお兄様のために、お香を焚いてあげたいと」

「はい、マリアさんから、あなたならお香に詳しいんじゃないかと聞いて」


 くのうとネールは二人並んで王都の裏通りを歩いていた。くのうは歩きながらネールを観察する。


(私が隠密だときづいた……?いや、武器をもっていないから敵意はないはず)

「あっ、ここが言っていたグングン行ってヒューンってしてからストンすると着く店ですか」


 そして二人はお香の店の前にたどり着く。


「それでは、私はこれで」

「すみません。お香を選ぶところまで付き合ってもらってもいいですか?」

「そうしたいのはやまやまなのですが、生憎メイドの仕事がありますので」

「あらそうだったんですか……それは申し訳ありませんでしたね。てっきり、


 ネールがその言葉を言い終えるまえに、くのうは駆け出していた。


(バレた!バレていた!しかしいったい何故……工房に私だと特定できる痕跡は残していなかったはず……)


 その時、くのうの前方に小袋がいくつも落ちてくる。その小袋は地面に落ちると、火柱を起こして燃え始めた。


「これは……私の仕掛けていた輝魅斗テルミット爆弾!」

「爆弾は全てアンナちゃんが回収したよ。『自分が隠密ならここにしかけます』ってね」


 くのうの目の前に立つのは、ライフルを手に持ったヴァンパイアハンター・マリアであった。


「なんでバレたかって?たしかにあんたは工房に痕跡を残してなかった。でもアンタ自身に工房に行ったという痕跡が残ってたのさ」

「……まさかあのお香が!?」

「正解、私は鼻が効いてね」

「……たまたま同じお香だったとか、言い訳したりしらばっくれるつもりはありません。隠密は疑われた時点で終わりですから」

「なら」

「ですが、捕まるつもりもありません!」


 マリアの目の前に、メイド服が視界を隠すように飛んできた。マリアが鎮圧用の『雷血』弾を撃って服を吹き飛ばすも、そこにくのうの姿はなかった。


「マリアさん!上です!」


 ネールの叫びを聞いてマリアが上を見ると、くのうは忍者装束を身に纏い、壁を伝って建物の上に登っていた。そして脇目も降らず逃走を始める。


「身軽なやっちゃ!」

「ここは私が!」


 ネールもくのうと全く同じように建物に登ってくのうを追う。


「さすがは『忌血の英雄』、身体能力が段違いだね!私は大通りの方から追うよ!」


 建物の上を、くのうとネールはパルクールのように進む。徐々に距離が縮まっていくなか、くのうは後方に短筒を投げつける。


「『科学忍具』の一つ、素弾紅蓮寝重怒スタングレネード!」


 直後、ネールの目の前で強烈な光が発せられ、ネールは目を眩ませてしまう。


「くっ!」


 目が眩んだネールを見て、くのうは勝利を確信する。しかし、ネールは目が眩んでもなお、くのうを追って屋根の上を進んでいた。


「なっ!?目が見えないのに怖くないのですか!?」

「吸血鬼退治はいつだって視界の悪い夜に行われていた。目が見えない程度で動けなくなるとでも!?」

「くっ!」


 その時、くのうの頬を弾丸が掠めた。


「追いついたぞ!」


 通りから、マリアがライフルを構えながら追ってきていたのだ。銃弾で逃げる範囲を制限されながら、追いかけっこは続く。だがくのうには奥の手があった。


「おい!なんだあれは!?」


 マリアが指さした方向に、巨大なコウモリが羽を広げて飛んでいた。そしてそのコウモリはくのうと並走しようと距離詰めていたのだ。


「まさかアイツ、コウモリに捕まって逃げる気か!?させるか!」

「人には聞こえない超音波の指笛で、呼んでいたのですよ!」


 マリアが発砲するも、コウモリは身を捻って躱し全く当たりそうにない。そしてとうとう、くのうはコウモリに肩を掴まれ空に飛んで行ってしまった。


「……逃げられた」


 ネールはその場で膝をつく。そのまま仰向けに倒れようとした瞬間、マリアから怒号が響いた。


「諦めるな!私の弾丸で、ヤツをこっちに追い込むことができた!受け取りにいきな!ネールちゃんの武器だ!」


 ネールがマリアの声を聞いて下を見る。するとそこには、『滅鬼の鉄剣ダインスレイ・ヴラド』を引きずって進むアンナの姿があった。握る手から血が刀身に向かって流れ出している。


「ネールさん!これを!」

「……はい!」


 ネールはアンナの目の前に飛び降りると『滅鬼の鉄剣ダインスレイ・ヴラド』を受け取る。今度はネールの手から血が流れ出し、二人の血が合わさって魔剣は紅く胎動し始めた。


「『鉄血解放アイアンブラッド・オーバードライブ』!」


 ネールが魔剣を空に向かって振るう。吹き飛んだ血は空中でドラゴンの顔に変化し、大顎を開いてくのうにかぶりつかんとする。


「な、なにいいいいいい!!!!!!?」


 そしてそのまま、ドラゴンはコウモリごとくのうを飲み込んでしまう。その後、ドラゴンの顔は地に落ち、歯の隙間からは落ちた衝撃で気絶したくのうとコウモリの姿が見えた。


 *


 大華帝国の首都、万華京の中心には皇帝の王宮があった。しかし、そこに住むものは誰もいない。形式上の皇帝は空位であったためだ。そのため国家の運営は、王宮の地下に存在する蛇影院で行われていた。


 その蛇影院の一室で、リンは顔を俯かせて座っていた。その顔からは喪失感がうかがえる。


「リン、そろそろ時間だぞ」


 部屋の扉を開けて入ってきたのは同じ蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、ヤンである。ヤンはリンの顔をみて何かを察して話しだす。


「定期連絡は……?」

「……こなかったよ」

「……そうか、ならそれも含めて話さないといけないな……」


 ヤンはリンの手を引くようにして部屋から連れ出す。


蛇皇五華将じゃおういつかしょう全員が集結する。五華将合議で」

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