65話 絶対絶命修練

 キッドが老師アグニと顔を合わせた日の夜。休息を十分に取った後、キッド、ヒューム、ネロ、そしてフェイの四人は老師アグニに先導され、深い山の中走って進んでいた。吸血鬼であるヒュームとネロはまだまだ余裕を見せているが、人間のキッドとフェイは呼吸を荒くしている。


「はぁ、ねぇ、老師さん……!これもう修行が始まってるってこと……!?」

「いいや?今はまだ修練場に向かっている途中だ」

「マジかよ!?修練場ってこっちだったか!?」

「ワレがお前に稽古をつけていたのは人間用の修練場だ。吸血鬼には吸血鬼用の修練場があるのだよ」

「キッド、僕が背負ってあげようか?」

「ヒューム!甘やかすな!それならか弱いわしの方を背負えわしを!」

「は?」

「楽してたら修練にならない気が……」

「さあさあ、夜が明ける前にたどり着かねば吸血鬼のワレらは死んでしまうぞ?」


 数時間ほど走り続け、キッド達は山の頂上にたどり着いた。


「はあ……はあ……やっとたどり着いたぞ!ここか!?」

「いいや?修練場はもっと先だ」

「ええ……まだ動くのかよ……くそ、空気が薄いぜ」

「あの……修練場はどこに……?」

「なんじゃキッド、見えておらんのか?」


 ネロは指で前方の斜め下を指さす。夜目に慣れたキッドが、月明かりに照らされたその場所に気づく。


「こ、これは……!」


 霧深い森が、火口の中に生い茂っていた。


「山の中にも森が!?」

「これは……世に聞くカルデラ地形というやつかな?」

「この霧深い森では昼でも夜のように暗く、吸血鬼でも昼夜修行することができる。修練には打って付けの場だ」

「なるほど、ヴァーニア王国の死の森ワールヴァルトみたいな感じなんだ……」

「ほらお主ら、夜明けが来る前に森に入るぞ」


 ネロに言われ、キッドたちは森の中に進んでいくのだった。


 *


「水飲み場となる湖、木になる果実、そして野生動物、ワレが知る中でここは最高の修練場だ」


 森の中で、老師アグニは誇らしげに修練場の紹介をする。フェイはあくびをしながら聞き、ネロとヒュームは話を聞かずに辺りを見渡していた。ただ一人、キッドだけが真面目に話を聞き、話を元に地面に大まかな地図を描いている。


「この標高の高さによる空気の薄さが、心肺機能の増強を促し……ってお前たち、ちゃんと聞いているか?」

「聞いてます!」

「きいてまあーす」

「それよりアグニ、さっさと修行を始めんか。ワシらには時間がないのじゃぞ?」

「やれやれ、せっかちな奴らだ」


 アグニは4人の方を向いて修行の詳細を話し出す。


「まず始めに言っておこう。力とは長年に及ぶ努力の末に身につくものだ。全くの素人ならともかく、すでに十分な実力を持ったお前たちが一朝一夕で身につく成長など、微々たるものでしかない」

「……え?いやまあそれはわかるんだけどよ。なら今やろうとしてる修行ってなんなんだよ」

「故に、今からやろうとしている修行とは、考え方を変えるために行うものだ。同じ力でも、その使いようによって結果は大きく変化する」

「なるほど、力をつけるためではなく、より良い力の使い方を学ぶための修行ということだね」

「そう、そしてその修行内容というのは……」


 その時、キッドは激しい寒気を覚える。それは『支配ドミネーター』と対面したときの寒さと同じであり、それはまさにそのものであった。そしてその殺意は、からキッドに向けて発せられていた。


「うわああああああああ!!!!!!!」


 キッドは叫びながら横に飛ぶ。そしてキッドがいた場所を、高速で突進する老師アグニが通過した。キッドが老師アグニの方を振り返ると、そこには手刀で切り倒された大木があった。


「な、何を……」

「何をした貴様ああああああああああ!!!!」


 キッドが言うより速く、ヒュームが激昂しながら老師アグニに斬りかかる。老師アグニは2本の指で刃物を掴んで攻撃を防ぐと、涼しげな顔で話し始めた。


「修行内容、それはな、この森でワレを相手に10日間生き残るというものだ」

「……なんだと!?」

「言っただろう?絶対絶命コースと、どのみちワレから生き残ることができなければ『支配ドミネーター』に勝つことはできんのだ。やるからには命懸けで、な」

「上等……!」


 ヒュームに続いてネロやフェイも臨戦態勢を取る。その時、それに待ったをかけるようにキッドが話始めた。


「待って!老師さんと戦っても、イタズラに体力を消費するだけだ!」

「え?どうしてだ!キッド!」


 老師アグニは、キッドの発言に僅かに口角を上げる。


「僕は以前、真祖アグニのダミーと戦ったことがあるんだ。そのとき、彼は首を切っても頭を潰しても死ななかった。育成用とはいえ、老師さんも同じくらいの再生力を持っているはず」

「その通り」


 老師アグニは掴んだ刃物の先に、頭部を思い切り振り下ろす。刃物は脳をかち割るように突き刺さり、驚いたヒュームが手を離すと、刃物は老師アグニの頭に残ったままだった。それなのに老師アグニはなんてことない理由でピンピンしている。


「それどころか再生力に関して言えば、ワレは戦闘用のダミーより上ともいえる。殺すのは不可能と考えていい。さてどうする?」

「……老師さん、あなたはこの修行を考え方を変えるものだと言っていましたね」

「ああ」


 キッドは、今度はヒューム達と目を合わせながら話し始める。


「だから僕たちも考え方を変えるべきだと思うんです。僕らの力は、老師さんを倒すためではなく10日間を生き残るために使うのだと」

「なんじゃキッド、お主このイかれた修行に付き合うつもりか?」

「うへぇー、マジかよ」

「はい、この修行の先に『支配ドミネーター』を倒す道があると思うんです」

「しょうがない。付き合ってやるとするかのう」


 ネロは毒矢を作り出すと、羽の腱の弓を用いて老師アグニに向かって打ち出す。老師アグニは頭に突き刺さった刃物を抜き、その刃物で矢を撃ち落とす。しかし何本か撃ち落とした後、刃物は錆びつき崩れてしまった。


「おっと」


 そう呟いた後、老師アグニの全身に矢が突き刺さる。少しすると、老師アグニの血管が紫色に染まり、目、鼻、耳から血を流しながら吐血する。


「こ、こえええええええ!!!!!」


 老師アグニの異様な姿に、フェイが金切声をあげた。


「やかましい!奴にとってはこんなもの屁でも無いわ!」


 ネロの言葉通り、老師アグニの体を巡る毒はみるみるうちに消えていき、血もまったく流れなくなった。


「解毒完了」


 老師アグニは、今度はフェイに目をつける。フェイに向かって一歩を踏み出そうとした瞬間、体が麻痺し動かなく成り始めた。


「これは……」

「今の毒は、分解すると神経毒に変わる二段構えの毒よ!やれ!ヒューム!」

「僕に命令しないでほしいね」


 その直後、動けなくなった老師アグニの体に、鉄のワイヤーがぐるぐると巻きついて縛りあげる。


「よっしゃー!いくぞキッド!」

「はい!」


 そして倒れた老師アグニを、キッドとフェイは抱えあげ走っていく。


「そしてこのままぁ!湖にドーン!」


 そして老師アグニを水飲み場の湖に投げ捨ててしまった。


「よっしゃあ!この調子で10日間、絶対に生き残ってやるぜ!」


 キッド達の、老師アグニとの命懸けの修行が始まったのだった。

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