64話 灰は灰に
炎毒のヴラドに向かって、四方八方から
「お堅い人ですこと!」
ユキノはそのまま木の根を凍りつかせて鎧を砕き始める。しかし、鎧が砕け散った時、その中に炎毒の姿はなかった。
「いない……?いったいどこに!」
そう叫ぶ一体のユキノの背中を、槍のように鋭い木の根が貫いた。貫かれた肉体は雪の結晶と化して霧散する。
「ちっ、こいつもダミーか……」
地面の下から声が発せられた後、そこから巨大な花の蕾が現れる。開花したその中は炎毒が入っていた。次の瞬間、今度は大量のつららが十字砲火のように炎毒に射出されるが、炎毒は体から生えた蔓を鞭のように振り回し叩き落としていく。
「土の中を移動していらっしゃったのですわね。それなら!」
ユキノが地面を踏みつけると、パキパキと地面が凍りつく音が響き、霜柱があちこちに現れる。炎毒は踵で地面をコツコツと叩き、地面が硬くなっていることを確認した。
「これなら用意に潜れませんわね」
その頃、草むらに隠れていたスミスとウルフは寒さに身を震わせていた。
(さぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ)
(ウルフ、あなた『凍血』なのに寒いのダメなんです?)
(自分が凍えさせるのと他人に凍えさせるられるのとではわけが違うんだよ)
炎毒は、鬱陶しそうなため息を吐いた後、片手に火球を作り出す。
「お前……私がさっき『炎血』の力を使っていたのを忘れたのか?」
そして火球を地面にぶつけると凍っていた地面は瞬く間に解氷していった。しかし、ユキノはそれを待っていたかとばかりに笑みを漏らす。氷が蒸発して生まれた霧が、あたりを包み込み炎毒の視界を遮っていたのだ。
(まずい……先程のようなつららの十時砲火を叩き落とすことが出来なくなる……!)
炎毒は再び自分の体に木の根を纏わせ、地面に潜り込んでいく。
「そう。そうしますわよね。私もそれがベターな行動だと思いますわ」
まるで炎毒の行動を予期していたかのように、ユキノは言葉を紡ぐ。
「ですがその行動は、私があなたを追い込んだ結果ですのよ」
その直後、地面に潜っていた炎毒の背につららが突き刺さる。
「がっ!?」
逃れようとその場から移動した瞬間、今度は太ももにつららが突き刺さった。
「こっ、これはいったいなんだ!?」
地面の上では、長いつららが何本も、それも広範囲にわたって空中に形成され、絶え間なく地面に射出されていた。
「どこに逃げたか分からなくても、ダミー全員で広範囲をカバーすれば、あなたを追い詰めるのは容易でしてよ?」
つららは隙間なく地面に突き刺さり、あたりは静寂に包まれた。
「……しかし、これでは相手がくたばったか確認のしようがありませんわね。地面を掘り起こすのは面倒ですし……」
その時、ユキノの背後で爆発が生じる。ユキノが振り向くと、地面にクレーターのようなものが生じており、そこには根を剥き出しにして倒れた木と、あちこちに傷を負いながらも地面に立つ炎毒の姿があった。
「そんな!いったいどうやってあの攻撃を逃れて……はっ!そうですわ!木の真下にはつららを刺さないから……!」
炎毒は焦点の定まらない目で当たりを見渡す。そして倒れた木や抉れた地面を見て狂ったように叫び出した。
「あああああああああああ!!!!!!!よくも私の愛する植物達を!こんな目に合わせてくれたなあああああああああ!!!!!!!!」
「何をおっしゃるのかしら?傷つけたのはあなた自身でしょう?」
「うるさい!うるさい!うるさい!煩わしいことを言うな!今すぐ貴様の口を封じ、静寂にしてやるぞぉ!」
それと同時に、炎毒を中心として火炎が周囲に放出され、雑木林に火の手が回っていく。
「ああ……こんなに燃えている……だけど安心しろ。お前達の仇は私がとってやるからな……」
「イカれてますわね!あなた!」
炎毒は火のついた根や蔓を振り回して、ユキノのダミーを次々に霧散させていく。
「なんていう火力!今までは火力をセーブさせていましたのね!」
「お前のせいだ。お前が火をつけた。お前が傷つけた。全て全て、お前が悪い!だからお前が灰になれぇ!」
炎毒は自分が身に纏う植物に火をつけ、渦巻く炎とともにユキノに突進する。
「本体は!マキナを身につけている貴様だな!?」
炎毒はあちこちに火を撒き散らしながら、ユキノの本体目掛けて突進してくる。火炎がユキノに襲い掛かろうとした寸前、落雷と共に火炎は霧散した。
「なんだ!?何が起こった!」
炎毒は轟音に顔を歪ませながら、目の前に見知らぬ人物が現れたのに気づく。
「おいおい、出てきてよかったのか?」
「ここでユキノさんにあの吸血鬼を倒してもらわなきゃあ、私たち全員焼け死んでしまうでしょう?」
現れたのは、草むらに隠れていたスミスとウルフであった。スミスの棒には『雷血』のカートリッジがセットされている。
「あなた方は!……どうもありがとうございます。でもわかっていまして?あの『闇血』を倒したら次はあなた方ですわよ?」
「くたばるよりかは逮捕されたほうがまだマシって判断だよ」
「そうですか、では……」
ユキノは小声で二人に耳打ちをする。そして二人から離れながら通信機に話しかけ始めた。
「あっリン?今のうちに謝っておきたいことがございまして……」
炎毒はユキノを追いかけようとするが、目の前にスミスとウルフが立ちはだかって追うことができない。
「誰だか知らんが、お前たちから黙らされたいようだな」
「生憎、一セールスマンとして閉じる口は持っていないので」
炎毒は表情一つ変えず、炎を纏った蔓をスミスに振るう。スミスは棒を自由自在に動かしそれを打ち落とす。ウルフが側面から氷を指弾で打ち出すと、炎の壁を作ってそれを防いだ。
「鬱陶しい奴らだ。さっさと灰になれぇ!」
炎毒は手を上に掲げると、巨大な火球を作り出す。それを見て、ウルフも巨大な氷塊を作り始めた。
「気軽にポンポン火球を生み出しやがるなぁ。氷塊は作るのに集中力がいるってのによぉ」
炎毒は掲げた手を振り下ろし、火球をスミス達にぶつける。それから守るようにウルフが氷塊を直撃させると、辺りは再び霧に覆われた。
(奴の仲間?が近くにいる以上、奴は飛び道具ではなく近接攻撃を仕掛けてくるはずだ。ならば狙うべきは木の根による防御ではなく、近づいてきた奴へのカウンター!)
炎毒は自分の周りに草を生やし、目を閉じて集中する。
(草が感じる振動は二人分の足音……一人足りないが、木々を伝ってきているのか、それとも飛んでいるのか……)
その時、
ジリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!
と甲高いベルの音が響き渡った。炎毒は顔をしかめさせながら、音の方向に手刀を向ける。
「マキナを持っていたのが仇になったな!」
炎毒の炎を纏った手刀は、正確に通信機を破壊する。しかし、そこにユキノの姿はなかった。
「なっ……!?」
「リンにお願いしておきましたの。次にワンコールかかってきて切れたら、即座に私にかけ直してくださいませ。とね」
炎毒の背後から、ユキノの冷たい声が響く。
「わたくし、
氷の刃が、炎毒の首を切り飛ばした。
*
地面に残る灰の塊を見て、スミス、ウルフ、ユキノの3人は首を傾げていた。
「こいつの首が飛んだと同時に、全身が燃え出したのはどういうことなんだ?普通なら、さっきまで雑木林を覆ってた炎みたいに、力を使う奴が死んだら火も消えるはずだろ?」
「考えられるのは二つですわ。一つは『闇血』にありがちな、死んでから取り込んだ血が暴走するパターン」
「ですがそれにしては……」
「ええ、完全燃焼。ほぼほぼ灰になっています。まるで死体を残したくなかったかのような」
「……となると」
「もう一つのパターン。こいつもダミーだったってことか」
「その可能性は高いと思われますわ。『闇血』が身に纏う黒いローブも着ていませんでしたし」
「なんでこんな雑木林にいたのか、目的が気になりますがそういうのは私たちの管轄外ですね」
「はい。『闇血』を気にするのは私たち蛇皇五華将の役目、それでお二方、逮捕される準備はよろしくって?今なら大幅に減刑してもらえるよう、便宜を図ってあげますわよ」
「いえいえ、私たちは逮捕されませんよ」
「……ほ〜う?」
「理由は一つ、アンタが『闇血』との戦いで消耗していること」
「もう一つはそろそろ日の出が近いということです。私たちと戦って、それから屋内に逃げ込む時間はおそらくないでしょう?」
ユキノは項垂れた後、ため息を吐いていう。
「……ええ。そうですわね。貴方達を捕まえる体力もモチベーションも残ってませんわ。壊れたマキナをリンに直してもらわなくちゃいけませんし……。はあ、事前に謝っといたとはいけお説教が長くなりそうですわね」
そう言ってユキノは二人に背を向ける。
「ではお二方、今度会ったら必ず逮捕しますので」
そう言ってユキノは二人の前から姿を消した。
「さて、俺はどうやって太陽から隠れようか」
「倒れた木をくり抜いてそこに隠れたらどうです?私も転がして運んでいけますし」
「居心地がすっげえわるくなりそうだなぁ……」
不満げに言いながらも、ウルフは作業を始めるのだった。
*
「……くそっ、くそっくそが!」
色とりどりの花が咲く花畑の中に、黒ローブをきた女が座っていた。女が憤怒の形相を浮かべていると、花畑にやってきたコオロギが音を鳴らして人の声のようなものを作り出す。
『ドウナサレマシタ?炎毒サマ』
「……蠱蟲か。いや、蛇皇五華将相手に正面切って戦うのは悪手だったと再認識しただけだ。現状を報告しろ」
『私ハ例ノ毒ヲ実験シテイル最中デス。ソレト、泡沫ハ碌ニ連絡ヲシナイダロウカラ、前持ッテ聞イテオキマシタ』
「そうか、では聞かせろ」
『「俺っちはぁ、何やれば上手くいくかよく分かってないんでぇ、とりあえず一つの町の人間皆殺しにしてきまーす!」……ト』
「……そうか。まあ奴の自由にさせておけ」
『デハ』
そう言ってコオロギは草むらの中に消えていった。
「権謀術数を用いるのが、『闇血』らしいというもの。この大華帝国に死の花を咲かせてやる。人も、吸血鬼も、煩わしい命を全て刈り取る大華をな」
そう呟く炎毒の背後には、禍々しい色をした巨大な蕾が佇んでいた。
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