63話 冷血の令嬢・ユキノ

 キッドが目覚める数時間前、帆船が『支配ドミネーター』の自爆により大破して少し経った頃、キッド達が流れ着いたのと反対側の岸で、フェイの部下たちは目覚めていた。


「お頭ぁー!お頭どこですかぁ!?」

「きっと対岸に流れ着いたんだ!大河を渡れる船を探せ!」


 部下たちはそう叫びながらあちこちを駆けずり回る。その騒がしさにスミスとウルフも目を覚ました。


「皆さん、今の状況は……」

「おう!あんたも目覚めたか!聞いてくれ!船がぶっ壊れてお頭とはぐれてしまったんだよ!」

「確かに、キッドさんやネロさん、ヒュームさんがいませんね」

「俺たちは合流の為に向こうまで渡ろうと思ってる。あんたたちは?」

「ウルフ、万華京の方向はどちらですか?」


 スミスに尋ねられ、ウルフは星空を見上げて答える。


「方向としては陸のほうだな」

「なら私たちはここで離脱します。フェイさん達と合流したなら、万華京でまた会いましょう」

「そうか。あんた達がいてくれたら心強かったんだがしょうがない。達者でな」

「そうだ、『凍血』の力で氷の船を作ってやろうか?向こう岸には渡れるはずだ」

「本当か!?それは助かるぜ!」


 部下達が歓喜の声を上げた瞬間、


 ジリリリリリリリリリリ!!!!!!


 と、その声をかき消すベルの音がなった。ウルフたちは音の聞こえてきた方向、大河を見渡す。すると水の上に、長い黒髪をたなびかせ、透き通るような白い肌の着物をきた女性が立っていた。足元の大河はその女性が歩くたびに凍りつき、足場を形成している。傍に通信機を抱えており、ベルの音はそこから出ていた。


「『凍血』の……吸血鬼!」

「持っているのはマキナでしょうか?」


 ウルフ達の呟きと同時に、鳴り響いていたベルの音が途切れた。そして女性は受話器に口を当てて話し始める。


「リン、頼まれた通り大河までやってきましたわよ。……え?ネロ様?見当たりませんわね、おっさんしかいませんわ。なに?情報持ってそうなやつを捕らえておけ?えー?わたくし今めっちゃモチベーション下がっているのですけれど、ネロ様といちゃこら出来るって聞いたから急いで来ましたのに……あーはいはい、仕事はちゃんとやりますわよ。として、ね」


 女性はスミス達を一瞥し、ため息を吐いて言う。


「誰が情報持ってるかなんて分かりませんわ。面倒だから、全員逮捕ですわね」


 その直後、女性の足元から一気に氷が広がり、大河全体が凍りついていく。そして女性はフェイの部下達に向かっていった。


「来るぞ!」


 フェイの部下達は武器を構えて臨戦態勢を取る。だがその中に、女性から離れるように走り去る人影が一つ。ウルフだ。スミスの服を掴み、滑るように走っていく。


「ウルフ!いったい何を……!」

「逃げるんだよ!アイツはヤバい!顔を見て気付いた!アイツはからやってきたって逸話を持つ上位吸血鬼エルダーヴァンパイアだ!」


 ユキノは逃げるウルフに目を向ける。


「逃がしませんわよ」


 追おうとした瞬間、ユキノの目の前にフェイの部下達が立ちはだかった。


「おっと嬢ちゃん!」

「アイツらを追うなら……」

「俺たちを倒してからだ!」


 ユキノは鬱陶しそうな顔をすると、両腕で抱えるように、10個の小さな雪だるまを作り出す。それを放り投げると空中で人の形になり、ユキノの姿となって地面に降り立ったのだった。


「ふ、増えた!」


 合計11人のユキノが、氷の手錠を作り出しながら言う。


「なら私も見せてあげますわ」

「吸血鬼最高峰の」

「ダミー作成能力を」


 *


 ウルフとスミスは雑木林の中に逃げ込んでいた。先程いた場所からかなりの距離を取って足を止める。


「はあ……はあ……なんとか逃げられたでしょうか」

「しんがりを務めてくれたアイツらに感謝しねえとな……」


 その時、スミスは背後に気配を感じ、背筋が寒くなる。それは恐怖によるものだけではなかった。実際に冷気が背中を伝っていたのだ。


「わたくし、逃がさないっていいましたよね?」


 ウルフが動こうとするも遅かった。すでにウルフとスミスの足に二人三脚のように氷の錠が取り付けられていたのだ。


「くそ!いつのまに……」

「あの方たちはどうしたんです!?」


 ユキノは答えず、酒の入ったヒョウタンをこれ見よがしに見せつけた後、酒をごくごく飲み始めた。


「ああおいしい」

「……そのお酒作ったの、あの人たちなんですよ。もっと飲みたいなら、あの人たちは殺さない方がいいですよ」

「あらそうですの?でも罪人の処遇はの管轄なのですよね。まあ一応口利きしておきますわ。……で、あなたたちは自分の処遇の方を気にした方がよくって?場合によってはわたくしがここで略式処刑にしてしまう、か・も」

「おーこわい、さすがは冷血の令嬢、ユキノ様だな」

「ウルフ、この方を知っているのですか?」

「ああ、なんてったってユキノ様はあのであのバイアスを抑えて堂々の2位だからな」

「……栄光ランキング?」


 ユキノは話題が自分のことだからなのか、二人の会話を止めず、逆に耳を傾けている。


「『凍血』の真祖、アイズの独断と偏見によって与えられる栄光ポイント、そのポイントを2番目に多く持っているのがこのユキノ様ってわけさ。ちなみに一位はランキングを作ったアイズ様だ」

「ええ……?自分で作って、自分がポイントを付与するランキングで自分を一位に……?」

「ふっふっふっ、あの方らしいと言えばあの方らしいですわよね。だから実質、この私が栄光ランキング1位なのですことよ!」

「……ところで、そのランキングで高順位になると、何がいいことがあるんですか?」

「無い。けど『栄光』を追い求めるのが俺たち『凍血』の吸血鬼だからな。実態がなくてもランクだの順位だのにこだわってしまうのさ」


 ウルフは自嘲気味に言った後、ユキノを見て口角を上げる。


「そして、会話内容が自分を褒め称えるようなものだったとき、目的を忘れて聞き入ってしまうのも『凍血』の悪い癖だ」


 ウルフの氷で繋がれている側の足が、パンパンに膨らんでいた。ユキノがウルフの目的に気づくがもう遅い。


「逃げるぜ!スミス!」


 そう叫び、ウルフは自分の繋がれた側の足を切断する。切断面からドライアイスが大量に飛び出してユキノの視界を覆った。


「吸い込んだ呼気を凍らせて、足にためていたのですわね!」


 ドライアイスの霧が晴れた頃には、スミスとウルフはその場から消え失せていた。


「血痕で辿る……いや、切断面を凍らせてそうですわね。足を切ったから近くにいる可能性は……『凍血』なら氷で義足を作れますわ。そもそも、既に足を再生をさせてるならまったく無駄な推測ですけれど。さて、考えるべきは追い続けるか諦めるかですが……」


 すると、ユキノは再び雪だるまからダミーを何体も作り出す。


「わたくし、逃がさないって言ってしまいましたのよ」


 *


 複数体のユキノのダミーが、スミス達を探して森の中を歩いている。そしてスミスたちはというと、息を殺して草むらの中に隠れていた。


(いつまで探すつもりなんでしょうね)

(ユキノも吸血鬼、日の出の直前になれば安全な隠れ場所に向かうはず。そこまでがタイムリミットだ)


 その時、ユキノのダミーの一人がスミス達の近くに歩いて来た。スミス達は呼吸すらしないようにした音を出さないようにする。その時、ユキノがスミス達の隠れている場所に向かって声をかける。


「そこに隠れているのはわかっていますわ。出てきなさい」


 スミス達に緊張が走る。思わず飛び出そうとした直前、ユキノの前に一人の女が降り立った。


「わたくしを探るなら、もっと丁寧にやったほうがいいですことよ?」

「丁寧に?うるさい。うるさい。うるさい。お前の足音があまりにも耳障りで、集中なんてまったく出来やしない。消えろ」


 現れた女は、植物の葉を服のようにして纏ってあった。イラついたようにボリボリと頭を掻きむしると、髪についた小さな葉っぱがポロポロとこぼれ落ちる。すると、女の足元から木の根が伸びてユキノの体を捕らえた。


「こんなものでわたくしを縛れると?」


 しかし、ユキノが手で根にふれるとすぐに凍りつき砕けてしまう。


「これは化学物質による植物の操作……『毒血』ですわね、貴方。でも生憎、『凍血』のわたくしには貴方なんて敵じゃごさいませんの。仕事の邪魔だからさっさと凍ってくださる?」


 しかし、根が砕けるのを見た女はユキノの話など聞いてないような様子で、激昂して叫びだした。


「ああああああああああ!!!!!貴様ああああああああ!!!!よくも私の大切な木々を傷つけたなあああああああああ!!!!煩わしい生命の分際でえええ!!!!!」

「いやいやいや、貴方が植物を操って攻撃したからそうなったんでしょう!」


 そのとき、女は片手に火球を作り出す。


「むっ!これは──『炎血』の力!?」

「灰になれええええええええ!!!!!」


 女の放った火球が直撃し、ユキノの体は跡形もなく消え去った。


「はあ、はあ、はあ。……まだ、まだ喧騒が消えない。ダミーか、いいだろう。それなら貴様のダミーすべて消し去り、静寂にしてやる」


 女の周囲に、ユキノのダミー全てが集合していた。そしてユキノ本体は、通信機で会話をしながら、木の上から女を見下ろす。


「ええ、ええ『』。そう、ですわ。黒ローブを着ていなかったので気づきませんでしたわね。使っていたのは『毒血』と『炎血』。……ん?いえ問題ありませんわ。私はユキノ、相性差なんて簡単に覆してしまいましてよ」


 ユキノは通信を切って炎毒のヴラドに話しかける。


「ところで、おとといリンのマキナ、飛行機リンリン丸・四号を襲撃したのってあなたかしら?」

「は?なんだそれは、訳のわからないことを抜かすな」

「ふむ、記憶にない?……まあもとより、マトモな返答は期待してございませんわ。蛇皇五華将じゃおういつかしょうとして、大華帝国の人々を脅かしかねない『闇血』には、さっさと退場してもらいましょう」


 そして炎毒の四方八方からユキノが襲いかかる。手に持つのは捕らえるための氷の手錠ではなく、斃すための氷の刀。『闇血』、炎毒のヴラドと蛇皇五華将、ユキノの戦いが始まった。

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