灼熱の闘志

62話 阿愚尼道場

 夜の大河で、リンはモーターボートを走らせていた。


「さっきの爆発はいったい……決着はついたのか!?」


 リンは『支配ドミネーター』の自爆音を聞き、全速力で『支配ドミネーター』の下へと向かっていた。そのとき、リンの目に肉体が崩壊しかかった大蛇の姿が映った。


「皇帝陛下!」


 リンは大蛇のそばにボートを寄せる。体に手を当てて様子を探ると、大蛇の肉体は既に息絶えていた。


「亡くなっている……まさか負けてしまったのか……?」


 その時、リンは電磁波レーダーで生体反応を感知し、水面に目を向ける。そこには胸に穴をあけ、下半身を失った『支配ドミネーター』が浮かんでおり、そして二つの目でリンを見つめていたのだ。


「生きておられたのですか!今引き上げます!」

「いや、いい。もうもたん」

「えっ、いやしかし……」

「それより、我が大蛇の胎を裂くのだ」

「は、はい!」


 その命令を受け、リンは電気メスで大蛇の腹を切り裂いていく。そして現れたのはリンの背丈ほどもある巨大な卵であった。


「陛下、これはいったい!?」

「単為生殖によって生み出した我がクローンだ。あまりに肉体にダメージを受けすぎたのでな。よって今の肉体を破棄し、に真祖の力を譲渡する」

「陛下は……死を恐れないのですか?」

「新たに生まれる私に記憶はちゃんと受け継がれる。肉体もこれまでよりさらに改良を加えている。『支配ドミネーター』はまったく失われない。なぜ死を恐れる必要がある?安心しろ、リン。次の私はもっと上手くやる」


 そう言い残し『支配ドミネーター』の肉体は塵となって崩れていった。


(自分自身ですら、国家を治める道具としか見ていない……吸血鬼の形を成した統治機構、それが『支配ドミネーター』という存在なんだ……!)


 リンは『支配ドミネーター』への畏怖を覚えながら、皇帝の卵をボートに乗せ去っていくのだった。


 *


「はっ!」


 気絶していたキッドが、ようやく目を覚ました。辺りを見渡すと、そこは道場の修練場のような場所で、自分が布団に寝かされていたことに気づく。外を見るとすでに日が登っていた。


「ここは……」

「ここは阿愚尼アグニ道場だぜ。ようやく起きたかよ、キッド」


 キッドの側で、フェイがあぐらをかいて座っていた。


「あの!『支配ドミネーター』との戦いはどうなりました!?みんなは!」

「落ち着け、ちゃんと順を追って説明する。まず『支配ドミネーター』との戦いだが、俺たちは放射線武器でやつの胸に風穴を開けることに成功した。だが、だ」

「だが……?」

「やつは最後の最後に、俺たちを道連れにしようと吸血鬼の力を使って自爆しやがったんだ。そのせいで船はバラバラ、俺たちは大河に投げ出されたのさ」

「なるほど……ヒューム兄さんやネロさん、スミスさんにウルフさんは?」

「道場奥の扉を開けな」


 フェイに言われキッドは扉を開ける。扉を開けるとさらに扉があり、そしてそれは今開いている扉を閉めないと開かない構造になっていた。二重扉を開けた先には、光の全く入らない部屋があり、光源はロウソクの僅かな明かりだけだった。そしてその部屋に、ヒュームとネロの二人が座布団の上に座っていた。


「兄さん!」

「やあキッド、調子はどうだい?」

「ちなみにわしは最悪じゃ。『支配ドミネーター』のやつめ、自爆してわしに真祖の力を奪われないようにしおった」

「……ということは、『支配ドミネーター』はまだ生きているの?」

「おそらくな。だがしばらくは動けんじゃろう」

「ねえ、そういやウルフさんはどこなの?ここは多分、吸血鬼が昼間隠れておくための部屋だよね?」

「……ウルフにスミス、そしてフェイの部下たちとは離れ離れになってしまったよ」

「え!?」

「船がバラバラになった時にな。岸に流れ着いたのは四人だけじゃ。まあアイツらはあそこでくたばるタマではないから、どこかで合流するじゃろ」

「そうだけど……部下さん達と離れ離れになっちゃって、フェイさん悲しんでないかなって……」

「キッド、俺や部下達への心配なら無用だぜ」


 すると、背後からフェイが現れてキッドに声をかける。両腕に果物や水筒を抱えていた。


「食糧庫から拝借してきた。食っとけ」


 キッド達は放り投げられた果物を受け取る。


「そういや聞きそびれたんだけど、阿愚尼道場って、ここってどこなの?」

「ここは俺たちが元いた大河から山を3つ程超えたさきにある。俺がネロを、ヒュームがお前をここに運んでやったんだからな。感謝しとけよ」

「あっ、そうだったんだ!ありがとうお兄ちゃん!」

「いやいや、お兄ちゃんとして当然のことさ。ところでネロは途中から起きてたけど寝たふりしてたよね?」

「バレていたか」

「あっ!?お前マジかよ!」

「いいじゃろうが、ワシのような美少女を運べたのだから」

「良くねえ!山を3つも越えたんだぞ!」


 キッドが喧嘩しそうになる二人を宥める。フェイは深呼吸してから話を再開した。


「そして大河からここまで案内してくれたのが、俺の恩師で道場の主の、老師アグニだ」

「アグニって……あのアグニなの?」


 その時、部屋の一角に置かれていた布団がめくり上がり、一人の男が現れた。


「──、という言葉がつくということは、お主は別のワレと出会ったことがあるということだな」

「お、お前は、アグニ!……アグニ?」


 キッドは現れた人物を見て困惑の表情を浮かべる。その人物の顔が、記憶のアグニよりずっと年老いていたからだ。


「ワレがアグニであることには変わりない。もっともお前が出会ったアグニとは別人だがな」


 老師アグニが、長い白髭を弄りながらキッドと話していると、フェイが理解の追いついていないと言った顔で話に入ってくる。


「……え?なんだ?キッド、お前も老師アグニと会ったことあるのか?でも別人って……」

「なるほど、老師アグニとやら、貴様は『炎血』の真祖アグニのダミーじゃな」

「ダミー?」

「真祖が生み出したもう一人の自分、わしと『支配ドミネーター』に似た関係にある存在じゃ。もっともなんでそんなに歳をとっているのか分からんがな」

「……ちなみにキミと『支配ドミネーター』の年齢が離れているのは?」

「分からんのか?大人の、より少女ののが強いということじゃ」

「わかるようなわからないような……」

「こっちの方が部下を従えるのに都合が良いということじゃ。もっとも、力で支配する『支配ドミネーター』にとっては、やつのあの姿の方が似合ってるかもしれぬな」

「ということは、老師アグニが老人の姿を取っているのにも理由があるということですか?」


 キッドが尋ねると、老師アグニが答え始めた。


「ああ、ワレが弟子を育成するときに、年老いた姿の方がみなよく言うことを聞いてくれるのでな」

「育……成……?」

「ワレはな、強者の育成を目的として真祖アグニより生み出されたダミーなのだよ」

「……なるほど、そういうことか」


 ヒュームが納得したかのように首を振る。


「いやいや!みんな得心がいったかのような顔してるけど俺わかんないぞ!説明してくれ!真祖アグニってのはなんなんだ!?」

「真祖アグニとはな、『炎血』の真祖にして『闘争』を追い求める脳筋バカじゃ」


 ネロはダミーとはいえ、アグニが目の前にいるにもかかわらずズバズバと言ってのける。老師アグニは気にしないと言った様子で話し出した。


「アグニは闘争を、強い相手を求めている。ダミーを作り出すのはその目的のためだ。生み出すダミーは主に二種類、一つは混乱を起こして強者を炙り出す戦闘型、こっちは年齢も真祖と同じだ。意識を共有して『闘争』欲を満たす役割も持っている。もう一つがワレのような育成型。アグニが満足する強い戦士を育てるのが目的だ。年老いた姿をしているのはこっちの方が師匠っぽいからだ。若いと侮られてしまうのでな」

「……と、言うことはよ〜。老師!俺たちに稽古をつけてくれてたのは、アグニとかいうやつと戦わせるためだったのか!?そりゃないぜ!」


 大声を出すフェイに、老師アグニは耳を塞ぎつつ答える。


「あーうるさいうるさい。たしかにワレはそれを目的として生み出された。だがな、ワレはお前達をアグニの餌食にしようとは思っておらん。それどころかヤツに襲われても返り討ちに出来るくらい強くしてやろうと思っている」

「……本当なんだな。老師」

「ああ、育成型であるワレは真祖と意識が共有されていない。これはヤツが全く未知の強者と戦いたいという欲求からなっていることだが、それゆえダミーであるワレにも独自の欲求が生まれてきたのだ」

「独自の欲求?」

「ああ、アグニより強い戦士を育てたいと言う欲求だ。ワレはダミーだが、真祖に対する忠誠心など一欠片も持ち合わせておらん。それどころか、ワレの育てた戦士にさっさと負けろとすら思っておる。……もっとも、この欲求すらも、戦いを望む真祖アグニに植え付けれたものかも知れんがな」


 老師アグニは自嘲気味に笑ってみせる。すると、キッドは老師アグニの前に歩み寄る。


「……なんだ?」


 そして、キッドは深く頭を下げて頼み込んだ。


「お願いです!僕に稽古をつけていただけないでしょうか!真祖アグニも、『支配ドミネーター』も倒せるくらい強くなってみせます!」


 キッドの行動に、老師アグニは目を丸くする。


「大河で『支配ドミネーター』と戦ってわかりました。僕はまだまだヒューム兄さんやネロさんに及ばないと、だから修行が必要だと思ったんです」

「オイオイオイ!強くなりたいって気持ちはわかるけどよぉ、修行なんて悠長なことやってていいのか?お前とネロには30日の時間制限があるんだろ!?」

「いや、ワシはキッドの意見に賛成じゃ」

「え?いいのか?」

「ああ、ワシの元々の作戦は、放射線武器を用いて『支配ドミネーター』を不意打ちし力を取り戻すというものじゃった。しかし、やつが先制攻撃を仕掛けてきたことによりオジャンになってしまった。故に、今後は作戦を変え、傷ついた『支配ドミネーター』を仕留めるために、ヤツが休息する万華京に乗り込む必要がある」

「すると必然的に『支配ドミネーター』を守る蛇皇五華将じゃおういつかしょうとぶつかることになる。そのために今よりもっと強くなる必要があるということだね」

「……蛇皇五華将と戦うのか?ネロ、お前の元部下なんだろ?説得してなんとかできないのかよ?」

「蛇皇五華将法にはこう書いてある。皇帝が空位の場合は、蛇影院の長が国を治め、そして蛇影院の長となる資格を持つのは『毒血』の真祖の力を持ったものじゃと。故に蛇皇五華将が従うのは今真祖の力を持つ『支配ドミネーター』にだけじゃ」

「人望ねーなー」

「五華将はきちんと法治国家の一員として、法に従って行動しているだけじゃ!わしの人望がないわけではないぞ!決して!」


 ぎゃーぎゃーと言い合う二人をよそに、老師アグニとキッドが話を続ける。


「ふむ、真祖アグニや『支配ドミネーター』を倒せるくらい……と、それでは死の危険がある修行となってしまうが、構わんな?」

「はい、『支配ドミネーター』を倒せなければ持って30日の命ですから」


 老師アグニは笑みを浮かべると、すっくと立ち上がって宣言する。


「よかろう!ではこれより4名を、安全性度外視!死の危険盛り盛りの絶対絶命コースで、みっちり鍛えてやる!」


 アグニの言葉に、キッド、ヒューム、ネロは笑みで返し、フェイは一人、しばらく真顔になってから叫んだ。


「俺まで頭数に入れられてる!?」

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