55話 十字騎士

「は、敗走しただと……!?あれだけの数の兵を集めておいてか!」


 西城の中心にある大きな屋敷の中の一室にて、西城の太守、珍は怒りに顔を紅潮させて部下の兵隊長を怒鳴りつける。


「申し訳ございません。しかし、やつら妙な術を使いまして、持っていた武器の刃物が錆び付いてしまっては戦うこともできず……」

「黙れ黙れ!言い訳など聞きたくないわ!」


 珍は持っていた盃を兵隊長にぶつける。顔面は酒に濡れるも、表情を変えずただ耐えている。そのとき、部屋の中にとある人物が入ってきて珍に声をかけた。


「どうしたんですかそんなに大きな声をだして、怒ると頭の血管が切れちゃいますよ?ただでさえまるまると太って高血圧なんですから」


 その人物は蛇皇五華将じゃおういつかしょうの1人、メイシンであった。中性的な顔に妖艶な笑みを浮かべ、座る珍を見下ろしている。


「メ、メイシン……!……殿」

「貴方がどんなに部下を叱責しようが、責任は貴方にあることをお忘れなく、責任を取るのが責任者の仕事ですからね」

「は、ははは。いやはや耳の痛い話です。そうだメイシン殿、長旅でおつかれでしょう。菓子でも食べて英気を養われてはいかがですかな?」


 そう言って珍は大きめの箱を取り出し、メイシンに差し出す。しかし、メイシンは手の甲で箱を弾き飛ばす。箱の蓋が空いてひっくり返り、中に入っていた紙幣が撒き散らされた。中身は賄賂だった。


「な、な!?」

「……多少腐敗していても、有能であるならば目を瞑りましょう。ですが無能な腐敗役人なんて大華帝国には必要ないんですよ」


 聞き捨てならぬ言葉であった。珍は自分が腐敗役人であることは自他ともに認めていることであるが、監視については手練手管を用いて上手く隠蔽していたし、搾取もフェイ達のような跳ねっ返りは産んでも、民衆による蜂起には至らせない程度にコントロールしていたという自負があった。故に無能だという誹りには耐えられなかったのである。


「無能だと!?その言葉、撤回しろ!がわしに舐めた方をききおって!」


 ごとき、という言葉にメイシンは僅かに顔を歪ませる。


「おやおや、これはすみませんね。大華法では事実でも誹謗中傷にあたるんでしたっけ。でもですよ?兵士達を昼間に攻めさせていれば十分に勝機があったはずなのに、盗賊が野放しになっていることを私に指摘されたくないがために、無理な出兵をさせて敗走させてしまうなんて、無能以外にどう表現すればいいんでしょうか。アホ?バカ?マヌケ?これらはちょっと幼稚すぎてアレですねぇ」


 さながらカウンターパンチように、メイシンの口から矢継ぎ早に毒舌が飛び出していく。


「貴様ああああああ!!!!!」


 珍は頭の血管が切れるほど怒りながらメイシンにつかみかかる。しかし、メイシンにあっさりと躱され、逆に足を引っ掛けられて転ばされてしまった。珍の球のような肉体はゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まった。盃を投げつけられても顔色一つ変えなかった兵隊長ですら、大笑いしそうになるのを必死に堪えている。


「これらのことは中央に報告させてもらいます。よくて罷免、悪くて北方の最前線送りでしょうか。まあ辞令が下るまでに身の回りを整理しておいてくださいよ」


 そう言ってメイシンが部屋から出ていこうとした時、何者かの気配を感じてメイシンは足を止める。珍の方を見ると、珍が壁にぶつかったことにより壁がズレ、隙間が開いているのが見えた。隠し部屋だ。さらにその隠し部屋の扉に、何者かが手をかけているのだ。


「彼を免職するのですか?それは困ります。彼にはまだまだ協力してもらわなければならないことが山ほどあるのですから」


 その言葉と共に現れたのは、西洋の鎧を見に纏ったブランドヘアの少女だった。さらに隠し部屋の中にはフルフェイスの騎士達が大勢待機しているのが見えた。


「こ、こら!隠れていろと言ったはずだ!」

「私たちは貴方の私兵ではありません。よってどのように動くかも我々が判断します」


 メイシンは鎧に刻まれた十字のマークを見て口を開く。


「あなた方は……十字騎士クルセイダー!」

「ち、珍様!何者なのですか、彼らは!」


 兵隊長すらも十字騎士クルセイダーのことは知らなかったのか、困惑の色を浮かべて珍に問いかける。答えたのはメイシンであった。


「教皇より命を受けた。吸血鬼狩り専門の騎士団です。ハンターと違うのは非営利、かつ吸血鬼を殺すためならどんな犠牲も厭わない所でしょうか。やれやれ、狂信者って怖いですよねぇ」

「今この大華帝国は吸血鬼達が支配していると聞き及んでます。それは事実ですか?」


 メイシンの挑発を意に返さず、少女の騎士は問いかける。


「まさかまさか、貴方は我々の皇帝陛下を人間でないとおっしゃるつもりですか?」

「とぼけなくて結構、『ネロ』ではなく『皇帝陛下』と呼称することで隠し通そうとしていたようですが、今この大華帝国を治めているのは『毒血』の真祖、ネロであるというのはすでに確認が取れています」

「……だったらなんです?」

「我々は使命に従い吸血鬼の抹殺をなすのみです」

「……はあ。あなた方は自分らが何をやろうとしているのかちゃんと理解しているのですか?あなた方のやろうとしていることはテロリズムに他ならない。皇帝陛下が殺され国が乱れれば、権力争いでどれほどの血が流れるか。人民にとっては吸血鬼よりもあなた方のほうがよっぽどの巨悪だ」

「清浄なる世界を目指すための致し方ない犠牲です。貴方がそれを邪魔しようというのなら……排除するしかありませんね」

(これだ……彼らがハンターとは完全に異なる点、ハンターの中にも利益度外視でハントをする者や、吸血鬼と刺し違えてまで退治を果たそうとするものはいる。しかし、吸血鬼退治のために他者の犠牲を良しとするものは一人としていない。そして彼らの恐ろしい点は


 メイシンは作り笑いを浮かべると宥めるように言う。


「おおこわいこわい。物騒なのはやめましょう。……所で、珍さんはなんで十字騎士クルセイダーの方達に協力してるんです?」

「き、貴様に答える必要はないわ!」


 もとより答えてもらうつもりなど無かったので、メイシンは1人考えを巡らせる。


(珍はなぜ十字騎士クルセイダーを招き入れた?クーデターを起こしたとて、皇帝に就ける器ではないし、本人もそれを自覚しているはず……)


 その時、メイシンは自分が言った、「国が乱れる」という言葉を思い出し、ハッとなった。


「……なるほどなるほど〜。皇帝陛下が死んで国が乱れれば、各地方都市は軍閥化する。そうなれば一太守から一国一城の主に早変わり、鶏口となるも牛後となるなかれということですか。あははははははははははは!!!!!!!」


 思惑が当てられ珍は冷や汗を流す。メイシンはひとしきり大笑いしてから、笑っていない目で珍を見つめるを


「……ふざけたことやってんじゃねえぞ!この糞豚があああああああ!!!!!」


 そして激昂しながら珍の下顎を思いっきり蹴り上げた。


「げぶうううううう!!!!!」


 珍の体が宙を舞ってから床に激突し、珍は意識を失う。


「珍が殺されるのを防ぎなさい!」


 騎士の少女がそういうと、フルフェイスの部下達が抜刀し、メイシンに向かって剣をふるう。メイシンは身軽な動作でそれをかわすと、屋敷の外へ逃走していった。


「追いますか?」

「その必要はないでしょう。ただし、任務の開始を早める必要はありますね。東サガルマータ会社からの荷物を受け取りしだい、万華京にネロを討ちに行きます」

「珍は1日待てと言っていましたが……」

「それは彼の事情でしょう。彼の地位が保証されそうにない今、それを考慮する必要はありません」

「品物の代金はどうします?」

「踏み倒しましょう。引き渡しを渋ったら実力で奪います」

「しかし、大華帝国はともかく、東サガルマータ会社と敵対するのは……」

七つの大罪セプテムの名を使います。彼らは教皇様によって


 兵隊長に介抱されている珍には目もくれず、少女は隠し部屋へと戻っていった。


 *


 所変わってフェイ達のアジトのある山中、ウルフと対峙していたヒュームの体から、ギシギシと不快な金属音が響き始めた。その音の正体はすぐに判明した。ヒュームの体から鉄が皮膚を突き破って飛び出し、そして飛び出した鉄同士が擦れ合っているのだ。


「おいヒューム!わかっておるのじゃろうな!これは!」


 立ち上がったネロがヒュームに警告を発する。ヒュームの異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。


「わかっているよ……だけど、戦いの最中で?」

「へえ、俺を殺すと?」


 ウルフは強気な姿勢を見せるが、額からは冷や汗が流れている。垂れた汗がウルフの冷気で凍てつき始めるのと同時に、ヒュームも『鉄血』の力でサーベルを作り出す。そしてヒュームはそのサーベルをのだ。


「な、何をやってるんだぁ?お前?」


 ヒュームの特異な行動にウルフは声を裏返らせて問う。ヒュームは問いに答えず無言のまま、腕に突き刺したサーベルを手の方に向けて進めていく。サーベルは骨の間を通って肉と鉄を切り裂きながら、ゆっくりゆっくりと進んでいった。痛みからかサーベルを持つ手には力が込められ、顔は鬼気迫る形相となっている。


(こいつは原理的にはデコピンと同じだ。力を蓄え、敵に向けてそれを解放する。だが解放される力も、こいつの狂気も、デコピンとは比較にならねぇ!)


 サーベルはとうとう手首の真下、手根骨の所までたどり着いた。ウルフは間合いに入らないよう、後退り十分に距離をとる。


(この距離なら、あいつが踏み込んできても後ろに飛んで避けられる)


 その時だ。ウルフの脳裏に自分の胴体がぶった斬られるイメージが鮮明に思い起こされた。


(いや、違う!前後でも左右でもない、逃げるのは──上!)


 そしてヒュームは勢いよく足を踏み出す。サーベルで自分の握り拳を切断しながら、蓄えていた力を解放させる。肉を切らせて骨を断つどころの話ではない。自らの身を斬り裂き、敵の命を絶つ。


「──『斬身絶命』」


 直後、轟音が辺りに響き渡った。サーベルの先端が音速を超え、空気の壁を突き破りソニックブームが発生したのである。辺り一面の木々は切り倒され、次々に倒れていく。


「はあ、はぁ、はぁ」


 ヒュームがサーベルを振るってから数秒後、息を荒げたウルフが地面に降り立った。高く跳躍することにより攻撃を避けていたのだ。ウルフの生存に気づいたヒュームは、ゆらりとサーベルを構える。


「上等……!」


 ウルフも姿勢を低くし、両手を地面につける。冷気を全身に纏い氷の鎧を作り出す。まさに決着の時という瞬間、何者かが走ってくる音がして、ヒュームは咄嗟にサーベルを奮ってしまう。ウルフも意識外の行動に後ろに飛びのいてしまった。

 そして足跡の主が姿を表す。


「スミスさん!書類、取り返してきたよー!」


 音の主はキッドであった。書類を頭の上に掲げて向かって来ている。ヒュームは止めようとするがもう遅い、サーベルはキッドに向かってふるわれ──そして真っ二つにしてしまった。……


「あっ、……あああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 山の中にキッドの絶叫が響き渡る。


「書類がーー!!!大事な書類がーーーー!!」


 そしてヒュームにネロ、スミス、ウルフは突然のキッドの登場に困惑しきっていた。


「うおおおお!!!てめえ!書類を返しやがれーーー!!!」


 すると書類が切られてあたふたしているキッドの背後にフェイが現れて羽交い締めしてしまう。


「返せるものも返せないよ!こんなんなっちゃったんだもん!」

「え!?マジ!?」


 フェイも散らばる切られた書類の束を見て声にならない悲鳴をあげる。すると、ゆっくりとスミスが歩み寄ってきて書類の一部を拾い上げた。スミスは首を傾げて口を開く。


「どれどれ、『敵を欺くにはまず味方から』……これは私たちの求めていた書類ではないですね。書かれているものを見るに、何かの兵法書のようです」

「ええ!?」


 キッドとフェイが同じタイミングで驚きの声を発する。


「おい!なら本物はどこにあるってんだよ!」

「私に聞かれましても……」


 その時、黙って話を聞いていたネロが、堪えられなくなったように笑い始めた。


「かかかかか!かーかっかっか!2人とも揃いも揃ってワシに騙されておるのぉ!」


 みんなの注目を集めてから、ネロは懐をごそごそと漁り始める。


「キッド、求めていたのは……これじゃろ?」


 ネロの懐から出てきたものこそ、キッドとフェイが求め争っていた取引用の書類であった。


「な、なんじゃそりゃああああああああああ!!!!!!!!!」


 辺り一面にキッドとフェイのツッコミが響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る