56話 酒宴

「おいおいおい!いったいいつ書類をすり替えてやがった!」


 フェイは懐から書類を取り出したネロに疑問をぶつける。


「いつって……宴会してお主が泥酔しておったときじゃよ。チャンスなぞいくらでもあったわ」

「でもその時はネロも泥酔してなかったかい?」

「わしを誰じゃと思っとる。『毒血』の真祖様じゃぞ?アルコールなんぞ即座に分解できるわ」

「力の大部分を『支配ドミネーター』に奪われてるけどね」

「ぐ……まあそれは置いておいて、わしにかかればアジトの本棚にあった兵法書とすり替えるのは造作もなかったという話じゃ」

「まってまってまってーーー!!僕!全然話についていけてないんだけど!」


 ヒューム、ネロ、フェイがやいのやいの言っているところに、キッドも口を突っ込んでくる。


「どうしてヒューム兄さん、ネロさんと、スミスさん、ウルフさんが戦ってたわけ?それでなんで盗賊たちの親玉と仲良くなってるわけ!?」

「どうしてって……わしの溢れ出るカリスマ性でフェイのやつを部下にさせただけじゃが?」

「いやなってねえし!……て、おわぁ!お前はあの時のエージェント!ネロ達の方に来てたのか!」

「今更気づいたんです?」

「あー、なんだ。みんな混乱してるからよ。ちゃんと整理しながら話さねえか?」

「そうじゃの。アジトに戻って酒でも飲みながら、腹を割って話そうではないか」

「……まだお酒飲みたいの!?」


 ネロはウキウキな足取りでアジトに向かい、キッド達もその後に続いていった。


 *


 アジトに着いたキッド達は、酒の樽を中心に囲むように座る。スミスとウルフは洞窟の出口に近い方に座り、意識を取り戻したフェイの部下達は、自分らを気絶させたスミスらを忌々しげに睨んでいた。


「……なーんか歓迎されてないみたいだなぁ、スミス」

「まあ私たちは完全にアウェーですから」

「気にすんな、アイツらは怒っちゃいねえよ。ただ負けたのが悔しくてリベンジの機会を伺ってるだけだ」

「それはそれで怖いのですが……」


 フェイは盃に酒を注ぎ、各人に渡していく。


「坊主には桃のジュースな」

「わーい」

「酒が飲める酒が飲める酒がのめるぞー!」

「ネロ、君もジュースにしといたら?」


 全員に行き渡ったのを確認した後、フェイは盃を片手に話し始める。


「今こうして設けてるのは、自分たちが何を目的にどんな行動をしているのか、腹を割って話そうって場だ。お互い色々ぶちまけるには、こうやって宴の場を催すのが一番いいからな。盃を飲み干してから、隠してるもん洗いざらいぶちまけな!まずは俺から!」


 そしてフェイは盃をグイッと飲み干し、顔を赤らめながら話し始めた。


「俺たちはここいらで珍への賄賂や密輸品を狙って盗賊をやってる『酒呑盗賊団』ってんだ。他にも密造酒を作ったり活動は色々。だけど巷じゃあ俺たちを酒呑義賊だなんて呼んでくれてる。なぜかって?嫌われ者の珍に痛い目を見せてくれるからよ。元々珍への反抗心のあるやつを集めてできた盗賊団だからな。そしてその跳ねっ返りどもを束ねる酒造業者の跡取り息子こそが、酒呑盗賊団の頭領、フェイ様ってわけだ」

「私たちの馬車を襲ったのは荷物が珍さん宛だと勘づいていたからですか?」

「ああ、わざわざ視界の悪い夜に荷物を運ぶなんて公にされたくない荷物に決まってるからな」

「武器弾薬も軍艦に乗せて運んどきゃよかったんじゃねえか?」

「海路だと港に入れる時、役人のチェックが入りますから」

「え!?あの船軍艦だったの!」

「あの時点ではただの帆船さ、スミスの運んできた大砲とかを積んで軍艦になるんだ」

「おいお前ら!今は俺が話す番だっての!スミス達が話す時に聞け!それは!……とにかく、俺たちの最終目標は珍のやつを太守の座から引きずり下ろすことだ。よし、俺の話終わり!スミス、次はお前の番だぜ」


 フェイに促され、スミスも酒を飲み干す。表情はあまり変わらず、淡々と話し始めた。


「私はスミス、東サガルマータ会社のエージェントです。今回は珍さんより注文を受け最新鋭の銃、大砲などの武器弾薬を届けていました。密輸のような形で運んでいたのは、大華帝国では無認可の武器を運んでいたからです」

「……スミスさん、やっぱりあの荷物、密輸品だったんですね」


 キッドが物悲しげな目でスミスを見る。


「はい。犯罪の片棒を担がせるような真似をしてすみません。しかしキッドさんの登場は私にとって渡りに船だったものですから、つい頼ってしまいました」

「いえ、僕も、助けたらお礼とか貰えるかな、とか打算があってしたことですから」

「ははは!正直でいい!善意の行いだとほざくヤツよりずっと信用できる!」


 ウルフも笑いながら酒を飲み干す。


「お?飲んだな。よーし次はお前だ」

「あ、俺か?つってもそんな話すことねえが……俺はウルフ、『凍血』の吸血鬼で、東サガルマータ会社、もといスミスに雇われた傭兵マーセナリーさ。今回は軍艦を西城の港まで運ぶ任務で大華にやってきたのさ」

「あの船ってウルフさんが操舵してたの?」

「昼は人間の水夫が、夜は俺が操舵してたんだ。星を見れば現在位置がわかるしな」

「へえ〜そんなことが出来るんだな」

「吸血鬼は皆できて当たり前じゃが?」

「夜の世界が日常だからね」

「僕も!僕も少しはできます!」

「ああもう!皆揃ってマウントを取りに来るんじゃねぇ!」


 フェイの呟きに、吸血鬼達は隙を見つけたとばかりに自慢をしてくる。


「私たちの目的はシンプルです。珍さんとつつがなく取引を終わらせること。そのために書類を返して欲しいのですが……」

「その事で俺からも提案がある。……がその前に、ネロ、次はお前の番だぜ?結局なんで皇帝であるお前が、こんなところにやってきたのか聞けずじまいだったしな。洗いざらい吐いてもらうぞ」

「洗いざらい話せとは助平なヤツじゃのう。しょうがない、むっつりなフェイのために話してやるとするか」

「誰がむっつり助平だ!」


 そしてネロは盃を飲みほしたかと思うと、真ん中に置いてある樽を抱きかかえ一気に飲み始めたのだ。


「あああ!!何やってんだてめぇ!」

「プハー。さて、何から話せばよいものか」


 恨みがましい目で見つめるフェイをよそに、ネロは自分のことについて話し始めた。


「さて、東サガルマータ会社の二人以外にはもう伝えたことじゃが、ワシはネロ、『毒血』の真祖にして、大華帝国の皇帝……だったのじゃ」

「皇帝だったのですか!それはそれは……で、過去形なのはなんででしょう」


 ネロは罰の悪そうな顔で質問に答える。


「クーデターによって奪われたのじゃよ。真祖としての力も、皇帝の地位も」

「誰にだ?」

「『支配ドミネーター』……『毒血』の血に流れる、支配を求める意思じゃよ」

「……いまいち要領を得ませんね。力を奪われるとはいったい?その『支配ドミネーター』というのはどういった人物なんです?」


 吸血鬼でない、かつ『支配ドミネーター』の姿を見ていないフェイとスミスはいまいち話を理解できてないようであった。


「僕が噛み砕いて言うなら、肉体が分裂して、『支配ドミネーター』というもう一人のネロ。別人格に力と地位を奪われたってことだね」

「分裂って……吸血鬼ってそんなことが起こるのか、にわかには信じがたいが、言葉通りに受け取るしかないんだろうな」

「ワシの目的は『支配ドミネーター』を倒して地位と力を取り返し、我が身に打ち込まれた毒を解毒することじゃ」

「まて、毒?お前毒に侵されているのか?」

「ワシだけではない。そこのキッドもじゃ。解毒の不可能な毒でな。あと一月ほどの命よ」

「おいおい、マジかよ……」


 フェイはネロの言葉を聞くと、そのまま真剣な顔で黙り込んでしまった。


「じゃあ次は僕……」


 そう言いかけたキッドの口を、ヒュームの手が押さえた。


(待つんだキッド、君についての情報をおいそれと話すべきではない。君の特殊な体質が東サガルマータ会社に知られたらどうなるか。捕まえられて、研究対象になるかもしれない)

(スミスさん達はそういうこと……)

(彼らがしなくても、彼らから情報が漏れる可能性はある。そして東サガルマータ会社は金のためならどんなことでもする会社なんだよ)

(でも、みんなが自分のことについて話しているのに僕だけ黙っているのは……)

(フェイやスミスだって、全てのことを洗いざらい話しているとは限らないよ?とにかく、情報は出し惜しむべきだ、いいかい?)

(……うん)


 そしてヒュームは盃を飲み干し語り始める。


「僕はヒューム、『鉄血』の上位吸血鬼エルダーヴァンパイアさ」

「『鉄血』かよ、そりゃ珍しい」


 ウルフは驚いて目を丸くする。


「そうなのか?」

「話に聞いてたくらいで、本人を見るのは今回が初めてなくらいだ」

「フリーダは眷属を増やそうとせんからのう」

「そして僕の隣のこの子はキッド、僕の弟さ」

「弟って……同じ吸血鬼に血を分けられたもの同士を兄弟とみることはあるが、キッドは人間じゃねーか。髪の色も違うし」

「ふっ……わかってねえなあウルフさんよ」


 すると、ウルフのツッコミになぜかフェイが答え始めた。


「二人は義兄弟の誓いを結んでるってことだよ!血縁よりも硬い絆だぜ!くうううう!!まるで演義の主人公みたいじゃねえか!我ら!生まれる時は違えども!死せるときは同じぃいいいい!!!!!」

「こいつめ……完全に酔っておるな」


 一人盛り上がるフェイを、ネロ達は生暖かい目で見つめていた。


「ところで、キッドさんとネロさんはどういった関係で?」

「ええと、それは……」


 スミスからの問いにキッドが言い淀んでいると、ヒュームがネロに目配せをする。するとヒュームの意図を察したネロが語り始めた。


「キッドはわしのしもべよ。小間使い兼、食事としてのな」

「そいつぁ羨ましい。大華帝国の皇帝ともなると普段の食事が『忌血』の血なんだな」

「キッドはわしの巻き添えで毒を受けてしまってのう。なんとかしてやりたいと思っておるのじゃ」


 実の所、『支配ドミネーター』が狙っていたのはキッドであり、ネロはそれを庇った形なのだが。


「そしてこの僕は、キッドが危ないのを知って駆けつけた次第さ」


 兎にも角にも、スミス達はネロの説明で納得したようだった。


 *


 それぞれの目的を話終わり、少し酔いが覚めたフェイが酒宴の終わりを告げる。


「大体わかった。しっかし、まさか今大華帝国でクーデターが起こっているとはな。……だからといって俺に何かできるわけでもねえが」

「いや、そうでもない。西城の太守、珍をその地位から引きずり下ろすつもりなのじゃろう?どんな形であれ、国家運営に混乱を起こせばワシらが『支配ドミネーター』につけ入る隙ができる」


 フェイがそういうものなのか?という顔をする。すると、スミスがフェイに話しかけてきた。


「ところでフェイさん、あなたの提案とはなんですか?珍さんと取引をするなという提案なら受け入れられませんよ」

「ああ、その件についてだがな。俺たちが書類を返す条件は一つ、取引の日時と場所を教えもらうことだ」

「……それだけですか?」

「ああ、お前は無事に取引を終わらせる。俺たちは取引が済んだ後荷物を横取りする。……何も問題はねえだろ?」

「やれやれ、悪いことを考える人ですね。いいでしょう。私も珍さんの横暴さに多少イラついていたところです。取引の後のことなんて知りません」

「はっ、スミス。てめーも悪い顔してるぜ?」


 フェイとスミスは互いに握手を交わす。


「そういうわけだ。ネロ、書類をスミスに返してやってくれ」

「ああ、構わんが……その前に一つ尋ねたいことがある。書類に荷物として載っていたこのってのは何なのじゃ?」

「あ、それ俺も気になってたんだよ」


 キッドは放射線武器という名前を聞いて目の色を変える。


「放射線武器!?それって対吸血鬼用の凶悪な武器だよ!なんでそれを?」

「うーん、それは私も分かりかねます。私は東サガルマータ会社より、この荷物を運べという任務を受けているだけなので」

「吸血鬼用の武器ってことは、珍のやつは吸血鬼を相手にするつもりなのか?まさかアイツもクーデターを……いや、表立って上に逆らうタマはアイツにはねーな」


 すると、ウルフが心当たりがあるといった顔で話し始めた。


「大華帝国に向かう途中、南洋諸島の港で聞いた話だがな。十字騎士クルセイダーの一団が大華帝国に密かに入り込んでいると聞いた。もし、放射線武器を求めている奴らがいるとしたら……」

十字騎士クルセイダー?」


 フェイとキッドが揃って疑問の声を浮かべる。


「神の名の元に吸血鬼を狩る者たちのことさ。人間にとっては英雄だけど、僕たち吸血鬼にとっては天敵と言っていい」

「なるほど、つまり珍と十字騎士クルセイダーが繋がっている可能性があると……」


 その時、盗賊団の一人が洞窟の外から息を荒げて走り込んでくる。


「お頭!大変です!」

「なんだ?どうした!」

「西城の一角、どこかの屋敷で火が上がっているみたいですぜ!」

「なんだと!?火事か!?」


 キッド達も洞窟の外に出ていき、山の上から西城を見やる。そこでは、ひときわ大きな洋館から火の手が上がっていた。そして、その光景をみたスミスは呆然とした声色で言葉を発する。


「東サガルマータ会社、西城支部が……燃えている!?」


 ウルフは親指と人差し指をくっつけ、円を形作るとその中に氷のレンズを生み出す。そうして作られた簡易的な望遠鏡を覗くと、ウルフの目に十字の紋章をつけた騎士達の姿が見えた。


「アイツらは…… 十字騎士クルセイダー!?まさか本当に……!?」


 ウルフの叫びに全員が驚きを示す。西城におけるキッド達の戦いは、最終局面に突入しようとしていた。

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