54話 決闘

 盗賊たちのアジトの前で、木の葉がひらりと舞い落ちたのを契機に、ヒュームとネロ、スミスとウルフは動き出した。

 先に仕掛けたのはヒュームである。前腕の側面から婉曲した刃を生み出し、スミスに向かって切り掛かる。スミスは冷静に棒で攻撃を受け、足を踏ん張らせて押し込もうとするヒュームに対抗する。


「そのまま抑えとれーい!」


 ネロはヒュームの背を蹴って空に飛び上がると、手を強く握りしめ血を滲ませる。


「人間なんぞ、これを一息吸えばイチコロじゃ!」


 ネロは毒血の飛沫を空からばらまき、ヒュームとスミスの上に振りかけようとする。


「おいおい!『凍血』の俺がいることを忘れてねえか嬢ちゃん!」


 ウルフは息を深く吸い込むと、冷気を勢いよく吹き付ける。すぐさま飛沫は凝固し始めた。そのとき、スミスはネロが僅かに口角を上げたのを見逃さず、すぐさま後ろに飛びその場から離れる。その直後、マキビシのように鋭い棘をもった血の礫が降り注いだ。


「痛たたたたた!!!」

「危なかったですね」


 ヒュームだけがその攻撃を浴び、痛みに悶えている。ウルフは礫のひとつを拾い上げると感心しながらネロを見つめる。


「なるほど……俺が凍らせるのを見越した攻撃だったか……」

「凍ったら表面に棘を形成する性質を持たせておっての。対策されても問題のない、二段構えの罠を仕込んでおったのよ。たとえ不利な『凍血』相手であっても、知恵と工夫で勝てると言うのをワシが見せてやろう」

「ネロー?カッコよく決めてる所悪いけど、今のところ君の攻撃でダメージ受けたの僕だけなんだけど。あと相手が凍らせてくれなかったら僕も毒にまみれちゃうよね。ねぇ」

「うるさいのぉ。マキビシについてはお主の鉄の皮膚には刺さらんかったのじゃからいいじゃろ」

「た、戦いのパートナー相手になんていう……!」


 スミスとウルフは二人とも呆れ顔になった後、顔を見合わせて一歩踏み出す。


「ぐったぐだなコンビだなぁ!ここは一つ、協力のなんたるかを教えてやろうぜ!スミス!」

「ですね」


 スミスとウルフはヒュームに狙いを定め、歩幅、速度を合わせて進んでいく。ウルフはスミスの持つ棒と同じ長さ、同じ太さの棒を氷で作り出すとスミスの持つ棒と交差させて構えた。


「いくぜ!」


 その直後、ヒュームを挟み込むように棒が両サイドから叩きつけられる。ヒュームは腕の刃で攻撃を防ぐも、二人の力に抑え込まれ手と手の幅を狭めていく。振り払えないと判断したヒュームは、そのままレールを滑るかのように棒を防ぎながらスミスとウルフに突進していく。


「こいつ!自分から俺たちの間合いに!?」


 ウルフが迎撃の構えを見せると、ヒュームは全身に鉄の装甲を纏い始める。地面を踏み抜き、速度をどんどん上げていく。さながら爆速する機関車のようだ。スミスは棒の抑えを離すと横に飛んで避ける。ウルフは判断が遅れたため、肩に僅かに掠ってしまう。鉄の装甲の刃は鋭く、僅かに掠れただけでウルフの肩に深い傷ができた。ヒュームはそのまま突き進み、木々を何本か切り倒して止まった。


「ったく。なんて切れ味だ」


 ウルフは血を凍らせて止血しながら傷を治していく。そのままヒュームの動きを注視して警戒していると、ウルフに対しスミスが大声をあげる。


「ウルフ!危ないですよ!」


 スミスが棒を伸ばしウルフの背後の空間を叩く、コンッという甲高い音とともに、地面に何かが撃ち落とされた。それは表面が黒く変色した木の枝であった。ウルフは後ろを振り向き、物体の放たれた方向を向く。


「チッ、防がれてしもうたわ」


 木々の枝の上で、ネロが羽を広げてこちらを狙っていたのだ。そしてネロの羽は異様な姿をしていた。自らの羽を切り裂き、筋肉の腱を引っ張りだしてさながら弓矢のように扱っている。血が滴っているがネロは一切痛みに動じる様子がない。


「なんとも血の気の引く光景ですが、怖気付いてはいられませんね」


 ネロは近くの木の枝を折り、次の矢を準備し始める。枝に自分の血を塗りたくると、枝の表皮は白煙をあげて黒く炭化し始めた。


「竹槍を炙って硬くするかのように、ワシの血で枝の矢もカチカチよ」


 ネロは弓を引き絞りスミスに狙いを定める。それに対し、スミスは棒を振るうのではなく、長い棒を寸胴のような円柱型に戻し始めた。


「悠長に木を登っていては、あの矢の餌食にしかなりませんからね」


 スミスの行動にネロは訝しむも、ネロのやることは変わらない。腱を限界まで引き絞ると指を離し発射させた。発射の直前、スミスも行動を起こしていた。円柱になった棒を地面に放り投げると、それを縦に踏みつける。「カチッ」という音が鳴った後、スミスは高速で展開された棒に射出されて、ものすごい速さでネロに向かって飛びかかる。木の枝の矢はスミスの頬を掠めるのみにとどまった。


「ぬあっ!?」

「捕まえましたよ!お嬢さん!」


 肩を掴まれたネロは体勢を崩し、スミスと共に枝から落下する。落下しながらネロは眼前のスミスに対し、毒のブレスを吐き出そうと口を開ける。


「させません!」


 口を開けたネロに、スミスは氷球を詰め込み口を塞ぐ。ウルフが生み出した氷棒からその一部を拝借していたのだ。そしてネロとスミスは勢いよく地面に激突した。衝撃でネロは氷を噛み砕き、スミスもバウンドしたのち、背中を木に叩きつける。


「ネロ!」


 ヒュームがネロを心配して声を上げた直後、ウルフが氷の鎧を纏ってヒュームに突進を仕掛ける。不意を突かれたヒュームは大きく吹き飛ばされてしまった。


「は!どこを見てやがる!意趣返しだ、この野郎!」


 ヒュームは立ち上がると、鋭い目でウルフを睨む。ネロとスミスも意識を取り戻しよろよろと立ち上がっていた。

 そのとき、ウルフはヒュームの目をみて背筋を凍らせる。ヒュームの目は、まるで人が変わったかのような冷たい目をしていたのだ。


「お前、やってくれるじゃないか……」


 ヒュームの体から、ギシギシと不快な金属音が鳴り始めた。


 *


 視点はキッドとフェイの戦いに移る。キッドは竹刀を持って跳ぶと、上段からフェイの頭目掛けて叩きつける。それをフェイは横から手で払うように受け流す。バランスを崩したキッドは地面に体を叩きつけるも、そのまま転がって起き上がり、体勢を立て直す。


「……なあお前、なぜ書類を欲しがる?あのスミスってエージェントに雇われたからか?」

「雇われたんじゃありません。ただスミスさんが貴方に書類を奪われて困っているから、取り返す手助けをしているだけだ!」


 キッドは今度は突きを胸元目掛けて仕掛ける。フェイは足を使い、向かってくる竹刀を蹴り上げた。


「ハア!」


 蹴り上げた瞬間を狙い、キッドはフェイの横顔にパンチを繰り出す。だが目前で手を掴まれてしまい、そのまま捻りあげられて地面に叩きつけられてしまった。


「ぐは!」


 肺から全ての空気が抜け、呼吸ができなくなる。キッドの顔の横に、蹴り上げられていた竹刀が落ち地面に突き刺さった。キッドは竹刀を握り、もう一度立ち上がると、フェイに先端を向けて構える。

 フェイはその様子を見て、真剣な表情でキッドに話しかける。


「そもそもお前、あのスミスが何を運んでいたのかわかってこんなことをしているのか?」

「……いいえ、知りません。知る必要もなかったので」

「なら教えてやる。あいつらが運んでいたのは銃・弾薬に大砲、そしてよく分からねえ謎の武器とかだ」

「……」

「言うなれば死の商人だな。おまけに取引相手はあの腐敗官僚、珍のやつだぜ。その武器が誰に向けられたかわかったもんじゃねえ。そんな取引に手を貸すのは、お前にとって正しいことなのか?」

「……なるほど、貴方の言わんとしていることはわかりました。ですが貴方だって、そうやって盗賊のようなことをしているのは正しいことなのですか?」

「……ああ、正しい、少なくとも俺にとっては正しい。珍の野郎に一泡吹かせ、太守の座から引き摺り下ろす!それが俺の正義だ!」

「なら僕にだって、正義、とまではいかないけど、行動するに値する指針はある!僕は困っている人を助けたい、そしてスミスさんは困っていた。だから僕は助けようと思っている!」

「それで、多くの人が不幸になってもか!?」

「僕は!」


 キッドが不意に大きな声をだす。


「……僕は西城の人々が珍さんのせいで困っているのなら、それも助けたいと思っています。だけど、それにはまず、目の前のスミスさんを助けてからじゃないとダメなんです。気持ちに整理がつけられないから」


 キッドの真剣な叫びを聞き、フェイは表情を強張らせる。そして構えを防御的な構えから攻撃的な構えへと変えた。


「……お前にも正義があって俺にも正義がある。だとしたら、決める方法は一つしかねえ」


 フェイは一瞬にしてキッドと距離を詰めると、お腹に掌底を食らわせる。キッドは吹き飛ばされ木に叩きつけられる。


「書類を取り戻したいなら。力で、お前の正義を貫いてみせろ」


 木に叩きつけられたキッドは、落ちる前に木に指を引っ掛けて体を固定する。そのまま体を反転させて木に登り始めた。フェイは上方からの攻撃を警戒して身を守る。木の枝に足をかけたキッドはフェイの位置を確認し、枝から飛び降りて片手で竹刀を振るう。


「動きが見え見えだぜ!」


 落ちてくるキッドに対し、フェイは回し蹴りを仕掛け撃退しようとする。だがぶつかる寸前、キッドの動きが空中で止まり、回し蹴りは空振りになった。


「な!?」


 キッドは空いた手で枝から伸びる蔓を掴んでおり、直前に引っ張って体をずらしたのだ。


「隙あり!」


 キッドはフェイの隙をつき竹刀を叩きつける。フェイはふらついた姿勢のまま、攻撃を手で防御する。まともに攻撃を受けてしまったため、骨に響くような鈍い音がした。


「痛〜〜〜〜〜!」

「今のも防いでしまうのか……」


 キッドはフェイの技量に感嘆しつつ、再びフェイに竹刀を向ける。


「どうした?また木に登らねえのか?」

「その必要はありません。なぜならこの一撃でケリをつけるからです」

「……ほう、実は俺もそろそろ終わらせようと思ってたところだ」


 フェイは両手両足を広げ、まるでこれから抱きしめるかのような姿勢をとる。


(……隙がまったく見えない)


 キッドの額から冷や汗が流れる。どのような攻撃を仕掛けても防がれてしまうだろう。


「でも、いくしかない!」


 キッドは特に何の工夫もなく、まっすぐにフェイに向かっていく。


(一見無策にしか見えない突撃だが……さて、何を仕掛けてくる!)


 キッドがフェイの目の前に来た瞬間、──


「な!?」


 あえて相手の目の前で武器を落とすことで、注意を逸らし、相手の不意をつくというものである。キッドの狙い通り、フェイが落ちた竹刀に目を取られている間に、キッドの右拳がフェイの顎を狙う。だが不意をついたのにもかかわらず、キッドの拳はフェイの掌に阻まれてしまった。


「おっ!?」

「えっ!」


 これにはフェイまで驚きの声を上げた。フェイの高い技量によって、無意識のうちに攻撃を防いでいたのだ。しかし、キッドの攻撃はまだ続いていた。キッドはその場で左足を軸に勢いよく回転する。それと共に、手から離れたはずの竹刀も空中で向きを変えキッドと共に回り始めた。竹刀には蔓が巻き付けられており、キッドは左の手でその蔓を握っていたのだ。


(二段構えだと!?)


 フェイから向かって左方向から竹刀が襲いかかる。これも完全に意識外からの攻撃、──しかし、それにも関わらずフェイは白刃取りで攻撃を受け止めてしまっていた。これが猛々しい盗賊達をまとめる、酒呑盗賊団の長、フェイの実力である。


「危なかったが……これで俺の……勝ちだ!」


 そのまま竹刀に力がこめられ、フェイによって竹刀は砕かれてしまう。これによって、「一本を取られる」というフェイの敗北条件がなくなってしまった。だがしかし、


「そこだああああああああ!!!!」


 白刃取りで両腕を使ったため、ガラ空きになった胴体にキッドは素早く手を伸ばす。そして服の中を漁ると、ひったくるように書類を抜き出し、フェイの後方に去っていく。


「そ……そんなのありかあああああ!!!??」


 そう、キッドの勝利条件はあくまでであり、フェイから一本をとることではなかったのだ。


「取ったどー!」

「ちょ、待てやあああああああああ!!!!」


 歓喜の声と共に、キッドは山の中を駆け抜けていった。

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