46話 月下の急襲
翼を切られた飛行機はバランスを崩し、グルグルと回転を始める。
「うわわわわわわ!!!ダメだ!姿勢を保てない!墜落する!」
「このさい飛行は続けられなくてもいい!なんとか安全に着地させてくれ!」
「それはそれで無茶を言う!」
リンは計器類を操作してなんとかバランスを保とうとする。回転が弱まり水平になろうとした時、再び『闇血』がバーナーを出して突進して来ているのが見えた。
「また来た!」
「リン!コックピットを開けろ!私を外にだせ!」
ヤンに言われリンがコックピットを開ける。冷たい暴風がキッド達を襲った。ヤンは外に出ると、残った片翼の上に立つ。『闇血』はそれを見ても速度を緩めずヤンごと溶断しようとする。目前まで来た瞬間。
「今だ!」
ヤンが翼を蹴ってその場で飛び上がる。反動で翼が大きく下がり、『闇血』はヤンと翼の間を通り抜けてしまった。落ちてきた来たヤンは風に煽られ、飛行機の尾翼を掴んで復帰する。
「よし!今のうちに緊急着陸するよ!」
リンがレバーを操縦すると、飛行機は急降下したのち、地面スレスレで機首を上げる。地面と何度かぶつかった後、原っぱに不時着した。
「た、助かったぁ」
「いや、まだだ!」
リンはキッドの首根っこを掴むと、コクピットから脱出する。ヤンもリンと共に地面に降り立つ。その直後、飛行機の近くに火球が着弾し大爆発を起こした。飛行機は衝撃に煽られひっくり返ってしまう。
「ああ!!私のリンリン丸・
目の前の光景を見てリンが大声を上げる。
ひっくり返った飛行機の上に、『闇血』の吸血鬼が静止して浮かんでいた。その顔はローブに覆われて見えない。だがキッドは『闇血』から何かを感じとる。
「あのヴラド……僕を見ている?」
「わざわざ火球を外して撃ってきたあたり、狙いはおそらくキッド君だ。リン!キッド君を連れて逃げてくれ!」
「任された!」
リンはキッドを連れて『闇血』から離れていく。背負われたキッドはリンに向けて疑問を投げかける。
「敵は『炎血』を使う『闇血』ですよ!?『雷血』のリンさんもいた方がいいんじゃないですか!?」
「無茶言わないでよ!私は戦闘は苦手なの!あんたを守るので精一杯!それに安心して、ヤンの強さはあんたも良く知ってるでしょ?」
「そうですけど……あの『闇血』は、なんというか、異質な感じがするんです」
ヤンは『闇血』にむけて構えをとる。それに対して『闇血』はバーナーを伸ばして切りかかってきた。上段からの攻撃を、ヤンが横に飛んで避ける。切っ先は地面を擦り、バーナーの熱で地面が溶解する。
(当たったら一撃必殺、致命の刃か)
その後も、何度も斬撃が続き、ヤンはそのたびにすんでのところで避けている。
「だが当たらなければいい話だ!」
その時、ヤンは攻撃の隙間を縫って、低い姿勢で『闇血』の懐に飛び込む。そして『闇血』の両手首を掴んだ。
「捉えたぞ!」
そして『闇血』の頭に頭突きをくらわせる。よろめいた『闇血』に更に追撃しようとしたとき、握っていた手首の感触がみるみるうちになくなっていった。そしてヤンの両手からするりとローブが抜け、手首から先だけが取れて残った。地面を蹴って『闇血』がヤンと距離をとる。
「!?自分から腕を自切した!?」
そのとき、嫌な気配を感じ取ったヤンは、自分の後方に手首を投げる。そして次の瞬間には後方で爆発が生じた。煌々と照らす炎より、ヤンの目の前に自分の影が浮かんでいた。
ヤンは『闇血』を見て再び構え直す。
(気配が変わった……さっきよりもっと鋭く)
そして『闇血』の腕が、金属の軋んだ甲高い音と共に再生する。二人の間に緊張感が流れ、再びぶつかり合おうとした直前。
「──アシッドレイン!」
突然、『闇血』に向かって毒の雨が降りかかる。『闇血』は後ろに飛んで空を見上げる。そこには二人の男女が飛んでいた。
「野営中、急に爆発が見えたから何事かとやってきたら。まさか『闇血』と、そしてキッドに出くわすなんて」
「ピンチの時に助けに入る。いやあとっても『栄光的』だねえ、エリーゼくん」
そこにはキッドの血縁上の姉、エリーゼと『凍血』の真祖アイズが居た。
「変なこと言ってないで、あなたも協力してくれませんか?アイズさん」
「いやあ他人の『栄光』チャンスに割って入るのもどうかと思ってね。それに手伝ってあげてもいいんだけど……」
アイズが手を伸ばすと、『闇血』が一瞬にして氷に閉ざされる。だが次の瞬間、バーナーが放出され氷の牢獄は切り崩されてしまった。
「ほら、『炎血』相手だとこうなっちゃう」
「ああもう!なら下がっててください!」
エリーゼに叱られアイズはしゅん、となる。エリーゼは背中の羽を枝分かれさせ、サソリの尻尾のように変えると、それを何本も動かして『闇血』に攻撃する。『闇血』が腕で攻撃を受け止めると、針の先端から毒が流れ腕が溶けてしまった。『闇血』は分が悪いと踏んだのか、背中から炎を噴射し夜の空に飛び去っていく。
「しまった、逃げられた。……大丈夫ですか?皆さん……そしてキッド」
エリーゼ達は振り返ってキッドの方を見る。エリーゼはキッドを見て不安そうな笑みを浮かべた。以前、キッドを操って自身の復讐に利用しようとしたことに対する後ろめたさがあったからだ。しかし、キッドはエリーゼに満面の笑みを浮かべて答えた。
「ううん、ありがとう……エリーゼ姉さん!」
一方で、突然の来訪者にヤンとリンは困惑の表情を浮かべている。この場に『凍血』の真祖が現れるなどと夢にも思っていなかったからだ。
「やあやあ皆さんこんばんは!今夜皆さんをお助けしたのは私こと、『凍血』の真祖、アイズだ!お見知りおきを!」
そしてアイズは、自慢げな顔で皆の前に降り立ったのだった。
*
「ほんっっっっっとうに申し訳ありませんでしたあああああああああ!!!!」
王城の一室、貸し与えられたフリーダの部屋で、エルマが直角に腰を曲げて謝っている。その背後でマリアやバイアス、アンナも申し訳なさげな顔を浮かべている。
「私というものがありながら!キッドをおめおめとネロの部下に連れ去られてしまいましたあああああ!!!!うわ〜ん、不甲斐ないお姉ちゃんでごめんよキッド〜」
滝のように涙を流すエルマに、フリーダはゆっくりと歩み寄る。
「そう自分を責めないで、連れ去ったのはあのネロの部下だったのでしょう?相手も相当な実力者のはず、仕方のない部分もあるわ」
そう言って、フリーダはエルマの頭を撫でて慰める。
「キッドなら大丈夫よ。あのネロのことだから、キッドを自分の支配下にするつもりね。危害を加えたりはしないと思うわ」
「でも、キッドはきっと、連れ去られて心細い思いをしているはずです。早くなんとかしないと」
「そうね。一刻も早く助けに行かないと」
そう言ってフリーダはマリア達の方を見る。マリア達が何かを言おうとする前に、フリーダが発言をした。
「お願いマリアさん、バイアスさん、キッドを助けるのに、どうかあなた達の力を貸してくれないかしら?ハンターである貴方達の力が必ず必要になると思うから」
「あ、ああ!もちろんだフリーダさん!今私たちの方からそのことを言おうとしてたくらいさ!キッドは必ず連れ戻す!仲間のしでかしたことの責任は取るよ」
「まさか真祖様にさん付でお願いされるとはな……これ以上ない『栄光』だ。もちろん協力させてもらうよ。俺たちをまんまとだし抜きやがって、ヤンのやつに再開したら一発ぶん殴ってやる」
「皆さん……ありがとうございます!」
アンナが歓喜の声をあげ、フリーダ達の心が一つにまとまる。すると、部屋の扉が開き、そこからヴォルトとネールが入ってきた。
「事情は聞きました。私にもそのお手伝いをさせてください」
「キッド君がいないと治療が進まないからね。もちろん協力させてもらうよ。ついでに大華で薬草学も学んでおこうかな」
「ちゃっかりしてるなぁ」
呆れた顔をするエルマを他所に、ヴォルトはフリーダに一枚の設計図を見せて言う。
「さしあたってフリーダさん、作るのを手伝って欲しい『マキナ』があるんだが……」
*
降り立ったアイズに、ヤンが声をかける。
「先程は助けていただき感謝します……ところでなぜ『凍血』の真祖がこんなところに?」
「私たちは『闇血』討伐のために各地を回っていてね。大華の地で『闇血』が暗躍していると聞いてやって来たら、炎上している機体を見つけてやってきたってわけ」
「あやふやな情報であちこち連れ回されるこっちの身にもなって欲しいんですがね……」
エリーゼがため息とともに愚痴を吐く。アイズはキッドの姿を見て声をかけた。
「こんばんはキッドくん!王城以来かな?ところでなんで君はここに?それにその手錠はなんだい?」
「そこに居るヤンさんとリンさんに誘拐されている途中なんです」
「なっ!?」
それを聞いたエリーゼはヤンとリンに毒針の先を向ける。ヤンも再び構えをして向き直る。
「どういうことですか貴方達……説明してもらいますよ?」
「どうもこうもキッドくんの説明通りさ。私たちはネロ様の指示を受けキッドくんを護送している。邪魔立てをするのなら……容赦はしない」
「たいした自信ですね。こちらには『凍血』の真祖もいるんですよ?」
「ええ〜、私も頭数に入れられてるのかい?それに私の威を借るようなマネは、あんまり『栄光』的じゃないなぁ。エリーゼくん、栄光ポイント減点」
「なんですか栄光ポイントって!?それに、困っている人を助けるのは十分栄光的とやらじゃないんですか!?」
「それもそうなんだけど、う〜ん」
すると、キッドが口を挟んできた。
「待ってください!僕のためにアイズさんたちが戦う必要はありません!どうか手を出さないで」
「おお!他人に頼らず自分の力で解決しようとするとは、なんて『栄光』的な発言なんだ……!キッドくんの栄光ポイントがエリーゼくんの栄光ポイントを上回ったので、今回はキッドくんの意見に従うことにします」
「なんですかその判断基準は!?」
そしてアイズはエリーゼの首筋を、冷気を纏った人差し指で突く。するとエリーゼの体がブルブルっと震え上がり、まるで凍ったかのように動かなくなった。
「さ、さぶぶ!にゃにをすりゅんですか!」
寒さにより、呂律の回らない声でエリーゼは抗議する。
「このままだと君だけでも戦いに行きそうだったからね。それに、彼女がきたからね」
その時、キッドは激しいプレッシャーを感じる。キッドだけではなく、ヤン、リン、エリーゼのアイズ以外の全員が冷や汗を垂らしている。
「予定していた場所からは離れているのに……ネロ様直々にやってくるとは」
「ここまでこの任務は重要視されてたってことね……!」
「これが真祖本体の威圧感ですか……!」
「……アレは、大蛇!?」
地響きと共に現れたのは巨大な大蛇であった。たちまちにしてキッド達をその体で囲むと、首をもたげて話しかけてくる。
『くかか、久しぶりじゃのうアイズ。相変わらず栄光、栄光と鳴き声のように言っておるのか?』
「君こそ、骨つき肉を髄まで食べ尽くす癖は治ってないのかい?意地汚く見えるからやめた方がいいと思うよ?それにこの前あったばかりじゃないか」
『意地汚いじゃと!?一度自分のモノにした以上、一から十までそれを使い尽くすのは当然じゃろうが!そしてアイズよ、この前出会ったのはダミーであろう?本体と顔を合わせるのは久しぶりという意味じゃ』
「ああ、そうか。ならこうして顔を合わせるのは『五血大戦』以来だね」
ネロはアイズとの会話を終わらせると、キッドに向けて大蛇の顔を向ける。そして大蛇が大口を開けたかと思うと、口の中から少女が現れる。
「さて、ご苦労だったな。ヤン、リン。よくぞキッドを連れてきてくれた」
その少女はカールのかかった金髪で、皇帝の着るような格式高い衣装を着崩し、肩を出して身に纏っていた。背丈はキッドより少し低いくらいなのに、平伏したくなるようなカリスマを感じさせる。ネロはキッドの前にやってくると、キッドの顎に手を添えてあごを持ち上げながら言った。
「さあキッドよ、お前をわしのモノにしてやろう」
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