47話 弱肉強食

「さあキッドよ、お前をわしのモノにしてやろう」


 キッドの顎を撫でながら、ネロは上目遣いでそう言う。


「……目的はなんなんですか?」

「ふむ?目的?」

「僕をこうやって連れてきた目的ですよ。リンさんが何か意味ありげなことを言おうとしてヤンさんに止められましたけど。『鉄血』は鉄しか生み出せないのに、さっきのアルミ製の飛行機の量産に必須だとかいうし」

「それはのう、鉄がにおいて重要な役割を果たすからじゃ」

「工業革命?」

「鉄は古くより文明の発展において重要な地位を占めておった。鉄の武器を手にした国家は、青銅の武器を用いていた国家を打ち倒した。鉄製の農機具は土地を深く掘り耕し、開墾を手助けした。そして今、工業革命を起こすために『鉄血』の力が必要なのじゃ。工場があちこちに立てば、鉄以外の金属製品も作れるようになる。飛行機の量産につながるというのはそういうことじゃ」

「なるほど、ですがその工業革命ってのを起こすのに『鉄血』の力が必要ってのが不可解です。この広い大華の地、鉄鉱石がまったく採れないってわけではないでしょう」

「鉄鉱石から鉄を精錬するには、多くの薪や燃料が必要となる。木々を切り倒し、排ガスを撒き散らしてしまえばこの大華の美しい自然を壊すことになってしまうじゃろう」

「だから国を挙げての工業化が進められなかったんだよねー」


 リンが追加で補足を入れる。


「じゃが、『鉄血』の力を使えばそれらの問題もなく鉄を生み出すことが出来る。故にお主を連れてきたのじゃ」


 キッドはしばらく考え込んだのち言う。


「待ってください。僕が一日に生み出せる鉄の量は微々たるものです。そもそも僕が『鉄血』の力を行使するには母さんや姉さんの血が……」

「そうじゃな、多くの鉄を生み出すにはフリーダやエルマの力を借りる方が都合が良いのう」


 その時、ネロが口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべる。


「まさか……僕を連れてきたのは……!」

「ああ、フリーダはお主を連れ戻しに必ずやってくるじゃろう。ワシはお主を交換条件に交渉をしようと思っているが、決裂すれば戦闘は必至じゃろうな」

「そんな……!」


 王城でのフリーダとネロとの戦いは、ダミー相手でさえフリーダは深い傷を受けたとキッドは聞いていた。それが本体との戦いともなれば、どれほどの傷を母は負うだろうか。キッドは冷や汗を流す。


「しかしじゃ」


 今度は一転、ネロは穏やかな笑みを浮かべる。


「お主がワシの部下となり、フリーダにお願いしてくれれば話は早い。『人々の暮らしを豊かにするために、鉄を作ってわけてくれ』とな。勿論その量に見合った対価も渡すつもりじゃ。殺しあうより建設的で平和的な提案じゃろう?それにお主やフリーダを拘束するつもりもない。鉄を生み出すために大華帝国に残ってもらう必要はあるが、ここで何不自由ない暮らしをさせてやろう。どうじゃ?」


 平和的な解決策。それはキッドの望むところであった。理屈の上では断る理由などない。ネロの部下となれば、安寧の日々が送れるのだろう。それでも、キッドは感情の面からネロの提案に頷くことが出来なかった。


「工業化が進んだら……発達した軍事力で他の国を侵略しするつもりですか?」

「ちょっとアンタ!ネロ様に向かってそんな口の利き方を……」


 怒りの声を上げるリンを、ネロが制止させて言う。


「いいや?のう。技術力が数世代も差がつけば、他の国は進んで恭順を示すじゃろうて」

「あなたがそうやってヴァーニア王国を支配しようと企んだせいで、多くの悲劇が生まれたんですよ!?父はヴラドに心の隙を突かれ、自分の手で家族を殺めるという絶望を味わった!エリーゼ姉さんも、もしかしたらこの世にいなかったかもしれないんだ!」

「キッド……」

「そのことを、何も……何も思わないんですか!?」

「──思わんな」


 ネロは表情一つ変えずそう言ってのける。


「この世の理は弱肉強食、適者生存。強いものが支配し、環境に適応したものが生き残る。ワシは強者や優れた者には敬意を払う。じゃが弱者に対してはせいぜい食われぬよう適応しておれとしか思わん」

「それは獣の考え方です!人間ならば弱者を慈しもうという考え方をするべきではないんですか!?」

「ご立派なことを言っておるが、人はみな生きる限り直接であれ間接であれ、他者を食い物にして生きておるのだ。お主とて例外ではない。ヴァーニア王国とて、ムーン王国と戦争し犠牲を押し付けたから生き延びたのであろう?ヴァーニア王国は適応した者で、ムーン王国は弱者だったということじゃな。そしてキッド、お主もムーン王国が犠牲となった故の恩恵をしっかりと享受しておる。理の中に入っておるのじゃよ」

「本質がそうだとしても!志さえ捨ててしまうなんて……!」

「やめましょう、キッド。このまま言い合っていても、話はずっと平行線のままだと思います」


 エリーゼが間に入り、キッドを諫める。


「ネロさん、あの夜は父への復讐心があった故に貴方に与しましたが、貴方への恨みを忘れたわけではありません。貴方は『鬼血』で私の命を助けた相手であると同時に、命を奪おうとした相手でもあるのですから」

「そういえばツェペシュ王は死んだのだったな。復讐を成し遂げた気持ちはどうじゃった?」

「……手を下したのは私ではありません。父が死んだと聞いたときに感じたのは……わずかな昂りと悲しみと、そして無気力感でした。あのとき復讐だけが望みだった私は、生きていく目標を失ったのです。……ネロさん。貴方は夢がありますか?」


 唐突な問いに、ネロは疑問の顔を浮かべる。


「急に何じゃ?」

「私には出来ました。もう父のような悲劇を生まない為に、すべての『闇血』を退治すると。アイズさんが道を示してくれたんです。ネロさん、貴方はいったい、どんな夢があってキッドを支配しようとしているのですか」


 エリーゼが真っ直ぐに問いかける。ネロはなにか得心が行ったかのような顔をした後、厳かに答えた。


「夢、か。わしはこれを野望だと思っておったから心当たりがなかったが、これも夢にあたるかの。わしの夢はな──この世全てを支配し、ことじゃ」


 ネロのその言葉に、キッドとエリーゼは唖然とした顔を浮かべる。


「何を、何を言っているんですか?平和の為に戦争を起こそうっていうんですか!?」

「端的に言うならそう言うことになるのぉ。じゃが悪いことでもなかろう?ワシの支配の下、世界が一つになれば決して争いなどおこらぬ。恒久的な平和の実現のためにも。キッド、お前をぜひとも部下にしたいのだがの」


 ネロの言葉に嘘は見られない。きっと本気でこの世界に平和をもたらそうと思っているのだろう。キッドは複雑な感情を押し殺しながら、静かにネロを見て言う。


「……そこまで僕を支配したいのなら、あなたのいう通りにすればどうです?」

「ほう?」


 するとキッドは口の中に隠しておいた針金を噛み、手錠の鍵穴に差し込んでかちゃかちゃと鳴らすと手錠を外した。ヤンが驚き、拘束しようと近づいて来るのをネロが止める。


「いつでも外して逃げられたのに、わしの目の前で外して見せたか」

「僕は逃げも隠れもしません。シンプルな方法で決着をつけませんか?……勝った方が全てを決めるという、弱肉強食の理に沿った極めてシンプルな方法で」

「かかかっ!このわしに、真祖を相手に勝負を挑むか!勇ましいのお!」

「僕が負ければあなたに従います。そして僕が勝てば僕を自由にしてください」

「キッドくん、たとえ錠を外そうと以前私たちが有利な立場にあると分かっているのかい?そんな提案をこちらが飲むとでも……」

「いいや、ヤン。ワシはこの勝負うけるぞ」

「ネロ様!?」

「勝てばわしの部下になる。約束だぞ?」

「ええ、あなたも約束は守ってくださいよ」


 するとアイズがウキウキしながら口を挟んできた。


「その勝負の立会人はこの私が務めよう。二人とも、約束を破ろうとするなら私が黙っちゃいないぞぉ?」

「で?キッド、勝負の内容はどのようにするんじゃ?お主が決めて良いぞ」

「これから一時間、僕があなたに気絶させられたらなら僕の負け、逃げられたなら僕の勝ち、でどうでしょうか」

「ふむ、まあ実力差を鑑みると妥当なルールじゃの。リン、夜明けまであとどれくらいじゃ?」

「一時間とちょっとでしょうか、まるまる使っても日陰に入る時間はあるかと」

「そうか、まあ時間の問題は無視してよかろう。タイムアップが来る前に決着をつければいいのじゃからの。おまけじゃ。わしはその戦い、『毒血』の力を使わずこの身一つで戦ってやる」

「……いいんですか?」

「部下になった後で反逆されても面倒じゃ。お主がどうあがいてもわしには勝てんということを示すために、ここは完膚なきまでに敗北を味わせなくてはと思ってのぉ」


 ネロは挑発的な笑みを浮かべながらそう言った。


「ところでキッド、吸血鬼にならずにネロさんに挑む気ですか?」


 と言ってエリーゼがキッドに近寄って来ると、自分の手のひらを爪で切り裂き、血を溜めるとそれをキッドの口元に寄せる。


「どうぞキッド、私の血で吸血鬼になってください。……元よりこれを前提として勝負を挑んだのでしょう?」

「うん、ありがとうエリーゼ姉さん」

「キッド、『鉄血』の血以外で吸血鬼になっても、他の血の力は使えるの?前に私が貴方を操っていたときには、使っていたのは『毒血』だけだったけれど」

「難しいと思う……他の血の力は『鉄血』を下地として使っていたから、『鉄血』は元より『凍血』や『雷血』も使えないかな。ネロと同じ、『毒血』のみを使って戦うことになるよ」

「キッド君!私の血を使ってもいいぞ!『凍血』だから『毒血』のネロ相手に有利だ!」

「いえ、真祖の血を下手に使うと自己崩壊を起こす恐れがあるのでお気持ちだけ……」

「あ、そう……」


 アイズはシュン、とした後キッドに忠告をする。


「気をつけてくれ、客観的に見ても君とネロとの実力差は圧倒的だ。あそこまでハンデをよこすのは、それでも圧勝できるっていう自信があるからさ」

「分かっています。吸血鬼ですらない、半人半鬼の僕がネロに敵うはずなんかない……その固定観念を、逆に利用してやります」


 キッドはエリーゼの手のひらに溜まった血をすする。するとキッドはみるみる内に吸血鬼化した。背中にエリーゼに似た羽を生やしている。


「では私、アイズが合図を取ろう!勝負はこれから一時間の間に、ネロがキッドくんを倒せたらネロの勝ち!できなければキッドくんの勝ち!」


 キッドとネロは、互いに一定距離を取って相手を見合う。アイズは静かに手を上げ、そして勢いよく下ろしながら叫んだ。


「──始め!」


 アイズの言葉と共に、キッドとネロは互いに動き出した。


 *


 朽ちかけた古城の一室で、黒ローブを纏った一人の男が絵を描いていた。リンゴをキャンパスの向こうに置き、鉛筆で輪郭をスケッチしていた。


「おや、ノーネイム。あいも変わらず絵の練習かい?」


 その背後から、同じく黒ローブを纏った男が話しかけてくる。


「先程までに睨まれていて生きた心地がしなかったのでな。今は自分の趣味に浸らせてもらおう」

「ふーん」


 そう言いながら男は見本のリンゴを取って目の前で食べ始めた。


「……まだ描いていたのだがね」

「一流の芸術家は見本無しで絵を描くそうだよ」


 ノーネイムはため息をつくと、再び作業を始める。そして色を塗るために筆を取ると、動きを止めて男に話しかけた。


「ところで、りんごの色は血の色と同じでよかったかな?」

「普通はそうだね」


 男の答えを聞いた後、ノーネイムは自らの血を流すと、パレットに垂らし、自分の血でリンゴの色を塗り始めた。


「うーわ、ひっどい色」

「むっそうか?……そうだったな。鮮やかな赤色なのは、体の奥を流れる血の方だったな。失敗したよ」

「いや、どのみち同じじゃないかな?だって君が見本にしていたこのリンゴはだったし」

「……」


 ノーネイムは深くため息を吐いて指を鳴らす。すると、絵が描かれていたキャンパスが、塗られていた血を起点として、みるみるうちに崩壊していき、塵すらも残らなくなった。


「ところで、お前は何故ここに居る?吸血鬼化薬を回収した後、大華帝国へ向かったのではなかったか?」

「ん?あれ?確かになぜ僕はここに?吸血鬼化薬を回収した後……」


 そう言って男はポケットを漁るも、吸血鬼化薬は出てこなかった。しばらく考えた後、結論を出す。


「ああ、そういうことか」


 ノーネイムは怪訝な顔で男を見つめる。



 次の瞬間、男の体が消えたようになり、ローブが重力によって形を崩す。実際には消えたのではなく、身長が急激に低くなりローブがストンと下に落ちたのだった。そしてそのローブの中から一人のが顔を表す。


「なんだ……君だったのか、

「ああ、せっかくいられたのに、私はずっと消えたままでよかったのに。どうして彼は自分が自分じゃないと気付いてしまうの?」

「化けた相手が優秀すぎた故の弊害だな。ところで君が彼に化けていたのは、彼の指示か?」

「いいえ、さっきのは私が私の望みでやっていたこと、私が頼まれたのは伝言」

「伝言?」


 すると少女は、再び姿を男に変化させる。


「これから先、大華の地で『闇血』と出会おうと僕は協力をしない、僕には僕の目的がある。目的が違えたなら殺し合いになることを覚悟しておけ」


 そう言って男は少女の姿に戻った。


「……だって」

「ふむそれは困ったな」


 そう言いながらもノーネイムは表情一つ変えずに言う。


「すでにのヴラドが、大華の地に向かっていたというのに」

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