6章 毒血帝国《ヴェノムエンパイア》

ドミネーター

45話 略取

「──ちゃん、アンナちゃん!大丈夫かい!?しっかりするんだ!」


 マリアの声かけにより、アンナは意識を取り戻す。目の前にはマリアとバイアス、そしてエルマが立っていた。


「──!キッド君は!?ヤンさんは!?」

「落ち着いてアンナちゃん、ここには君と、大太刀となんか長い棒デウス・エクス・マキナしか残ってなかった。何があったか話してくれるかい?」


 アンナは自分とヤンでキッドを探しだし、救助をしたこと、そしてヤンが背後に立ち、自分が意識を失ったことを説明する。


「……まさかヤンがキッドを連れ去ったってことなのか?」

「理由がわからん」

「あ、あの。そういやヤンさんがこんな入れ墨をしてたんです」


 アンナは地面に、五つの花弁を持つ華とそれに纏わり付く蛇の絵を描く。それをみてマリアとバイアスは顔色を変えた。


「これは……『蛇皇五華将じゃおういつかしょう』のマーク!?ヤンは『毒血』の真祖ネロの部下だったのか!」

「『蛇皇五華将じゃおういつかしょう』!?」

「ネロの手足として仕える、大華帝国の五人の将のことさ、まあ蛇に手足はないんだが。人間、吸血鬼を問わず優秀なヤツが将となる。だが、まさかヤンがそれだったとはな」

「思えばヴラドの問いに答え淀んでいたのも、後ろめたいところがあったからなのかもね」

「そういえばキッドが捕まったときも、情報を持ってきたのはヤンだったな。どっから持ってきてたのかと思ったが、大華帝国の仲間がいたからか?」

「間違いなく、ヤンはその仲間と一緒に大華帝国へキッドを連れて行くつもりだ!追うぞバイアス!今飛んでいけば間に合う!」

「地面に馬の足跡がある!マリアの馬に乗って逃げて行ったのか!」

「待った二人とも!」


 足跡を追おうとする二人をマリアが制止する。


「その足跡……何が違和感がある」


 マリアが足跡を少し辿ると、その深さなどをじっくり観察する。


「なんだ?何かあるのか?早く行かないとキッドが……」

「途中から足跡の深さが変わっている」

「それはつまり……重さが変わったってこと?」

「それだけじゃない。走り方も変わっているんだ。途中までは手綱で指示された走りをしているけど、それからはただ闇雲に走っている」


 マリアは試しに指笛を鳴らして馬を呼び寄せてみる。すると森の奥から蹄の音が響き、馬のシルエットが浮かんできた。そして戻ってきたエルマの馬の上には。それを見てエルマとバイアスは驚きの顔を浮かべる。


「マリアさん!ありました!木の枝の中に折れた枝があります!」


 アンナがそう言って上を指差す。そこには枝の折れたり、たわんだりした後が点々と残されていた。


「馬の足跡はブラフだった!途中まで馬にのり、そこから木々に飛び乗って別方向に逃げて行ったんだ!」


 マリアはアンナと共に戻ってきた馬にのり、エルマ達は羽を広げ、ヤンを追って道なき道を進んで行った。


 *


 ヤンを追って進んで行ったマリア達は、森を抜け開けた草原にでる。


「視界が開けた!ヤンはどこに……な!?」


 その時、マリア達は信じられないようなものを見た。


 草原に、が佇んでいたのだ。プロペラが回転し、けたたましい音を鳴らしている。そしてその飛行機の中にヤンとキッド、そして操縦席にはシニョンが印象的な少女が乗っていた。


 ※シニョン お団子のような髪型の名称


「なんだアレ……鳥か?」

「いや、アレは──『雷血』のマキナだ!」

「そしてあの女がヤンの仲間か!」


 ヤン達の方もマリア達に気づいたようだ。ヤンに、メガネをかけた背の低い女性が話しかける。


「ありゃまあ、ヤンちゃんが偽装工作仕掛けたって聞いたのにもう見つかっちゃった。優秀な仲間を持ってるね〜」

「リン!早く飛行機をだせ!追いつかれてしまうぞ!彼らを侮るんじゃない!」

「侮るわけないでしょ。なんてったって、慎重なあんたが背中を任せてた相手なんだから、充電がまだだっただけ!さぁ飛ぶよ!」


 リンと呼ばれた少女がレバーを引くと、電気が流れプロペラが高速回転を始めた。

 飛行機に向かってエルマとバイアスが剣と槍を投げて攻撃をする。だが飛行機は急発進して攻撃を避け、そのまま空の彼方へと飛んでいってしまった。


「そんな……キッド、キッドーーーー!!!!」


 夜の空にアンナの叫びがこだました。


 *


「う……うん?」


 眠っていたキッドが目を覚ます。自分がどうやら何らかの乗り物の中にいることに気づくと、起き上がってあたりを見渡した。


「──な!?」


 そしてキッドは驚きの声をあげる。眼下に雲が広がり、地平線が浮かんでいる。自分は空の上にいるのだ。


「目覚めたかい?キッド君」


 声のする方を向くと、ヤンが飛行機を操縦していた。今の状況を聞こうとしたとき、自分の腕に手錠がかけられている事に気づく。


「……どういうつもりですか?」

「この『マキナ』、飛行機というんだがね。今は大華帝国に向かって進んでいる。今日の深夜にはたどり着くだろう」

「大華帝国……?答えになってませんよ、ヤンさん、貴方の目的はいったいなんなんですか!」


 ヤンは振り向かず、操縦を続けながらいう。


「前に言ったはずさ、私の主人から与えられた任務は、人探しと良い鉄を見つけることだと」

「……その主人は、探している人というのは」

「もう察しがついたようだね。私の主人は『毒血』の真祖にして大華帝国を治めるもの、様さ、そして探している人というのはキッド君、君だよ」

「……鉄というのはそのまま『鉄血』のことを指していたんですね。驚きましたよ、発言に嘘偽りなしとは」

「私は正直者だからね」

「都合の悪いことは黙っていただけでしょう」

「いう必要がなかったからね」

「貴方は!」


 キッドが怒りと共に両足で床を叩く、その時、足元から電撃が走りキッドの体が痺れる。


「うぎゃあ!?」


 さらに下から声が響いてきた。


「うるさい!人が寝てるのに起こすな!」


 床を見ると、そこには棺桶に似たケースがあり、そして「就眠中、起こすな」という文字が書いてあった。


「あっ、ごめんなさい」

「その中に入っているのは私と同じ、蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、リンさ。この飛行機も彼女がせっせと一人で作ったんだ」

「そうなんだよ!アルミニウムをかき集めてさぁ!アルミナから精錬するときに電気ドカ食いするからチョー大変!でもアンタが来てくれたからもうこれからそんな心配はいらないね」

「アルミニウム……?そういやこの『マキナ』は鉄じゃないですね。でも僕が作れるのは鉄だけですけど……?」

「ああ、それはどういうことかというとね」

「まった、リン。それ以上はまだ喋るべきじゃない」

「?」


 疑問符を浮かべるキッドに、ヤンが話しかける。


「単刀直入に言おう。キッド君、ネロ様に仕えないか?」

「……はい?」

「君は私も認める実力者だ。個人的な意見だが君は蛇皇五華将じゃおういつかしょうの地位でもおかしくないとおもっている。きっと手厚く遇してくれるだろう」

「待ってください!本気で言っているんですか!?ネロはフリーダ母さんの因縁の敵で!以前はヴァーニア王国を支配しようとした。僕にとっては憎っくき相手なんですよ!そんな人に仕えるわけないでしょう!」

「……キッド君はそのように認識しているか、まあしょうがないだろうな。だがネロ様に直接会い、話をすればその考えもきっと変わるはずだ。大華に着き次第、ネロ様と会う予定になっている。何を話し何を伝えたいかしっかりと考えておいてくれ、ネロ様はそれらの問いに真摯に答えをくださるだろう」


 そう言って会話は打ち切られた。キッドは機体の窓から外の眺めを見つめる。眼下には雄大な世界が広がっていた。


(脱出……は無理か、手は手錠で縛られているし、姉さんや母さんの血もないから吸血鬼化できない)

「くれぐれも逃げようと暴れないでくれよ。私はリンと違ってこれの操縦は慣れてないからね。この高さから落ちたらみんなあの世行きだ。太陽が出ているからリンも飛べないしね」


 心を読まれたかのような発言に、キッドは驚く。時間は過ぎていき、次第に日は沈んでいった。


 *


 深夜、仮眠をしていたキッドが目を覚ました。パイロットが交代しており、リンが操縦席に座っている。隣にヤンが座っており、目を瞑っている。寝ているのかもしれないが、実は起きているのかもしれない。窓から眼下を望むと、焚き火の灯りが小さく見えた。誰かがこんなところで野営をしているようだ。


「助けを求めようってしても無駄だよー?プロペラの音で気づかれてたとしても、下から見たこの飛行機は、こっちから見た焚き火くらいの大きさにしか見えないからね」

「……いえ、別に助けを求めようとは思ってませんでしたが」

「ほんとかなー?灯りひとつさえあれば、光の明滅で信号を伝えられるからねぇ。トン、トン、ツーってな感じで」

「へぇ、そんな情報伝達方法があったんですね。勉強になります」


 会話が途切れ、無言の時間が続く。気まずくなったキッドが再び口を開いた。


「すみませんリンさん」

「なーにー?」

「ネロさんってどういう人なんですか?」

「おっ、もしかして仕える気になった?」

「いえ、そうではないんですが……僕はネロという人を、前のヴァーニア王国での出来事や、母さんからの言葉でしか知りません。ですから、ヤンさんやリンさんがそこまで忠誠を示すネロという人を、リンさんの視点から知りたくなっただけです」


 リンはキッドの言葉に感心を示すと、指を口に当てながら話し始めた。


「う〜ん、一言でいうと、他人が自分の思い通りにならないと気が済まない人、かな?」

「……なんだかとっても横暴な人に聞こえるんですが?」

「あはは、また端的に言うとそうなんだけど、でも実際はね、その人が、なんだ。人材コレクターとでもいうのかな?宝の持ち腐れみたいになっている状況が嫌なんだって。私は以前、国営の工場にいてね。こんな低い背格好だから子供みたいだと侮られてて、自分の設計した『マキナ』をなかなか作らせてもらえなかったんだ。でもネロ様は設計図を一目見て、それを作るようみんなに指示してくれたんだ。そこから実績を立てられる機会を何度も下さって、失敗や挫折もあったけど、今じゃこうして五華将の地位にいる。ネロ様はきっとアンタが実力を発揮できる役割を与えてくれるよ」


 リンの言葉を聞き、キッドは深く考えこみながら空を見上げた。空には満天の星々が浮かんでいる。吸血鬼達は星を見るのが好きだ。夜を生きる吸血鬼達の暮らしのそばには、常に星と月があった。

 キッドも昔、夜更かしをしてフリーダ達と天体観測した時のことを思い出す。


「見ろキッド、アレが北極星だ。あの星は常に真上にある。水兵はあの星を基準に自分の今の位置を知るそうだ」

「フリーダ様!私、キッドの顔に似た星座を見つけましたよ!ほらキッド、アレがキッド座、その隣はエルマ座、そして一等星で描かれているのがフリーダ座だ!」

「……相変わらずこじつけみたいな星座の作り方だな」

「ねぇ、姉さん座の隣にあるアレは何座なの?」


 キッドがある星の一群を指差す、するとエルマが悲しい目で言った。


「ああ、あれは──」


 そこから先は、キッドもおぼろげにしか覚えていない。


座だ」


 ヒュームとは、誰のことなのだろう。


 *


 突然、機体が警告音を発し出した。甲高い音にキッドは飛び上がる。


「どうしたリン、何があった」


 ヤンは全く動じず、冷静に質問をした。


「レーダーに高速で飛来する反応あり!なんだこの速度!?」


 キッドは窓から機体の後方を見る。背後から高速で何かが近づいていた。それは黒いローブを見に纏い。背中から羽のように炎を噴射させていた。


「あれは──『闇血』!?それも『炎血』持ちだよ!炎を噴射して加速してる!」


 すると黒ローブの両袖から炎が吹き出し、それがガスバーナーのように変化する。そして加速して飛行機と距離を詰めてきた。

 そして、次の瞬間、飛行機の片翼はX状に溶断されてしまった。バランスを崩した飛行機は墜落を始める。


「落ちるぞおおおおおお!!!!」


 自由落下状態になりキッドの体は浮かびあがる。

 かくして、キッドの大華帝国での物語は、波乱と共に始まったのだった。



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