43話 絶対零度

 雷氷毒のヴラドがフロストを操り、その体躯をみるみるうちに巨大化させていく。研究所の入っていた洞窟は今にも崩落しそうになっていた。


「マリアさん!急いで脱出するよ!」


 キッドはマリアのお腹をかかえると、羽を広げて通路へ飛んでいく。飛ぶ間際に触手がキッドを捕まえようと伸びてきた。マリアは『鉄血弾』を全弾触手に向け撃ちつくし銃を捨てる。弾丸はの触手を貫くが、直ぐに再生されてしまった。


「ちっ、あの再生力は健在かよ!」


 だが、なんとか触手の届かない入り組んだ通路に入ることが出来た。キッドは自分が来た道を逆に辿りながら出口まで向かっていく。だがひび割れはどんどん自分たちのところまでやって来ている。その時、マリアが前を見て声を上げる。


「キッド!出口だ!」

「でも……ダメだ!鉄の羽じゃ間に合わない!」


 洞窟が決壊し、瓦礫がキッド達の上に降り注ぐ。キッドがマリアの盾になろうとしたそのとき──


 が洞窟内に生え、亀裂を覆い崩落を防いだのだった。そして聞き慣れた声が響く。


「──キッド!おつかれ!アンナちゃん達はバイアスが保護してるぜ」

「エルマ姉さん!」


 洞窟の出口でエルマが腕を組んで待っていた。エルマを見てキッドは声をあげる。


「──姉さん!どいてどいてどいて!加速しすぎて急には止まれないから!そこにいるとぶつかっちゃう!」

「──へ?」


 キッドもなんとか羽を広げてブレーキをかけたものの、そこそこのスピードでエルマと頭をぶつけてしまった。


「ぎゃふん!」


 洞窟の外でキッド、エルマ、マリアの三人が地面に転がる。


「何やってんだお前ら……」


 バイアスは呆れた様子でキッド達を眺めていた。


 *


 キッドはマリアと共に、研究所内での顛末を説明する。


「そうか……あのザンギスがなぁ」

「ヴラドはフロストと共に瓦礫の下アルか?」

「と、とりあえずヤンさんはお医者さんに診て貰わないと!私を庇って腕を失ったんですから……」

「なぁに、腕の一本くらい人の命に比べたら安いもんヨ」

「でも……!」


 その時、マリアが鼻をピクっとならすと、洞窟のある山のほうを見て叫ぶ。


「この匂いは!まさか、嘘だろ!?」


 マリアは軽やかに木を登っていく、マリアを見てキッド、エルマ、バイアスも羽を広げ木々の上に飛んで行った。ヤンはいつでもアンナを逃がせるよう、アンナをマリアの馬に乗せる。


「マリアさん!一体何が!?」

「山の山腹を見ろ!」


 マリアに言われるまま山の方を見たキッドは、そこに映る光景を見て絶句する。


「あの瓦礫の山に……潰されたんじゃなかったのか!?」


 そこには、穴を掘って山から抜け出していたヴラド・フロストが、天を仰いで立っていた。身長は15mを越え、怪獣ともいうべき存在となっている。フロストの中で雷氷毒のヴラドは呟く。


「ふふふ……『鉄血』の真祖が出てきたときに使おうと思ってたヴラド・フロストだけど、まさかあんな有象無象相手に使う羽目になるなんてね……こうなった以上、私の命は『毒血支配術・改式』の効力が続くまで……だが!完全に死ぬ前に!お前達も!この国の人間どもも!みんな道連れにしてやるよおおおおお!!!!!」


 その叫びと共に、ヴラド・フロストも叫び声を上げその体を中心として『凍血領域フローズン・エリア』が広がっていく。その速度はあまりにも速く、瞬く間に死の森ワールヴァルトを覆い、更に先に広がっていった。森に雪が降り始める。


「さ、寒!」

「おいおいおい!この速度で広がっていくってことは、夜明け前にこのヴァーニア王国全体を覆っちまうぞ!」

「この国が雪に閉ざされてしまうんですか!?」

「そんなもんじゃねえ。どれだけ早く見積もっても夜明けまで後六時間、今の気温が27℃くらいだとして、一時間に-50℃気温が下がっていくとする。夜明け前に絶対零度に到達しちまうんだ!この国のあらゆる命は、凍て付き死滅する!」

「なっ……!」

「更に悪い知らせだぜ、領域の中心にあるここ、死の森に至っては一時間も立たずに絶対零度に到達する。実質的なタイムリミットは10分程度だと思っとけ」


 バイアスの絶望的な言葉にキッドは焦燥感を募らせる。


「なら急いでヤツを倒さないと!」

「なら任せとけ!ここは私ら上位吸血鬼エルダーヴァンパイアの火力をぶつけるときだ!バイアス!」

「わーかってる!命令すんじゃねえ!」


 エルマとバイアスはそれぞれ巨大な大剣と氷槍を作り出す。そして力を込めてヴラド・フロストの頭部に投げつけた。


「ガアアアアアアアアア!!!!」


 剣と槍はヴラド・フロストの目に突き刺さる。ヴラド・フロストは目を押さえて悶え、叫び声を上げる。


「っしゃあ!目を潰してやったぜ!」


 エルマがそういった直後、ヴラド・フロストの胴体のあちこちに切れ込みが走ったかと思うと、そこから目がギョロリと睨んだ。


「……あんま役に立たなかったな」


 ヴラド・フロストの多くの目がキッド達を睨み、体表面から氷柱が射出される。エルマが分厚い鉄の壁を作り、キッド達の身を守った。


「やはりあの再生力が厄介だね。ただでさえ硬い氷の鎧に覆われてるってのに!」

「あいつを倒すには、鎧ごと肉体を吹き飛ばす超高火力が必要だな」


 そのとき、ヴラド・フロストの右手が変化し始め銃砲のようになる。そして周りの空気を吸い始めたのだ。危険を察知したエルマは周りに向かって叫ぶ。


「散開しろ!ヤバイのがくるぞ!」


 キッド達はその場から離れる。するとさっきまでいた場所を弾丸のような氷塊が貫いていた。エルマの鉄の壁はぐちゃぐちゃにひしゃげている。


「ありがとうキッド、あなたの見せてくれたエアガンをヒントに、私もフロストの肉体を使ってこんなものを作れたわ」


 フロストの体内で雷氷毒のヴラドは笑みを浮かべる。


「さらに、この体はこんなこともできる!従え眷属ども!生まれ出でる小枝アウェイキング・クローン!」

「アアアアアアアアアアア!!!!!」


 その言葉とともに、ヴラド・フロストの細胞が増殖を始める。体の表面から目のない等身大のフロストが数多く生え始めた。羽を伸ばしキッド達に襲いかかる。


「ああもうワラワラと!」


 クローン・フロストを撃ち落としつつ、マリアは愚痴をこぼす。一体一体は再生力も弱くたいした力は持っていない。しかしその物量に、キッド達は徐々に体力を削がれていく。


「『鎧貫破』!」


 そのころ、木々の下でも戦いが起こっていた。襲ってくるクローン・フロストから、ヤンはアンナを守りつつ戦っている。片腕を失っているのにヤンの動きのキレは前とまったく遜色がない。


「アンナちゃん!凍えてないかい!?馬に抱きついて体温を保つネ!」


 ヤンがアンナの様子を見に振り向くと、アンナが馬の上で血を流し、お守りに血を吸わせていた。相当多くの血を吸わせたようでアンナの顔は青ざめてしまっている。


「アンナちゃん!?何をしてるアル!?」

「フリーダさんの力を借りるのは……ヴラドの逃げられない今……ですよね?安心してください、どのくらいまでなら大丈夫かちゃんと分かってます」

「でも、どんどん気温が下がっている今じゃ、その出血量は危険ヨ!」

「みんな死力を尽くして戦っているんです。私だけ守られているわけにはいきません!」


 そのとき、木々の上からクローン・フロストがアンナに向かって襲いかかる。アンナはお守りを上に掲げる。


「フリーダさん!私たちに、力を!」


 その時、襲ってきたクローン・フロストに鉄の槍が突き刺さる。槍が体内にまで侵入すると、クローン・フロストの体がみるみるうちに膨張し、辺りに槍を何本も撒き散らして爆散した。

 飛び立った槍は別のクローン・フロストに突き刺さり、同様にしてクローンを爆散させる。この連鎖が繰り返され、クローン・フロストはたった一本の槍によって瞬く間に数を減らしていった。


「──ありがとうアンナちゃん、私をこの場に顕現させられるほどの血を与えてくれて、でもあんまり無理しちゃダメよ?」


 そこには、くろがねの鎧を身に纏ったフリーダが立っていた。雷氷毒のヴラドはフリーダの突き刺すようなプレッシャーを感じると、冷や汗を垂らしながら笑みを無理に作って言う。


「まさかこの場にダミーが現れるなんてね。でもこのヴラド・フロストはもともとお前を相手にするのを想定して生み出されている!ここでお前も氷漬けになるのよ!」


 ヴラド・フロストが、フリーダを狙って右腕の銃口を向けた直後、その体に無数の鉄槍が襲い掛かった。槍はさらに内部で増殖し、ヴラド・フロストの肉体をズタズタにする。


「ガアアアアアアアアア!!!!」

「お前の眷属は全滅したようだな。その結果、残ったは槍の行き先は全て本体のお前に向けられた。まだ倒れないのなら、そのまま苦痛を味わい続けろ!」


 痛みにもがく雷氷毒の頭に声が響く。


『トッテモ痛ソウダネ。神経接続ヲ僕ニ返シタホウガイインジャナイ?』

「黙れ!お前は私にコントロールされていればいいのよ!」


 フロストに嘲笑われた雷氷毒は、怒りに顔を歪ませる。そして口から血を流しながら呟いた。


「『毒血支配術』──暴走解放バーサーク

『キ、キサマ!』

「もう夜明けまで耐えられなくてもいい。この国の奴らを皆殺しにできないのは残念だけど、お前の大切な家族だけは、確実に殺してやる!『絶望』を味わえ!フリーダアアアアアアアアアアア!!!!」


 ヴラド・フロストの体が暴走を始めた。背中から腕が何本も生え、頭部の目が再生する。それに呼応して気温の降下速度はさらに上昇した。キッド達に冷たい雨が降り始めた。バイアスはそれを浴びて驚愕の声を漏らす。


「なんてことだ……!」

「おい!バイアスこっちにこい!」


 エルマは自分の『鉄血領域スティール・エリア』を作り出すと、バイアス達を呼び寄せて入れる。領域内に入った雨は、瞬時に気化して音をたてる。フリーダだけが外にでて、巨大な大剣を振り回してヴラド・フロストと切り結んでいる。


「温かい……これは?」

「この領域内には私の微細な鉄粉が充満してる。空気と反応して、カイロみたいにポカポカ温かくなるのさ。……もっともこれもいつまで持つかわからないけどね」


 エルマの言葉を聞いたキッドは、意を決して胸元からフリーダの血瓶を取り出す。それをみてマリアは不安そうな声を上げる。


「おいキッド!……耐えられるのか?ザンギスと戦ってヴラドと戦って、疲労が蓄積してるだろ!」

「それでも、僕は行かなきゃいけないんです。物理的な攻撃が中心の母さんでは、無限の再生力を持ったアイツを殺しきれない。それに……僕はフロストの友達なんです。ヴラドから彼を救うのは、僕じゃなくちゃいけない」


 キッドの言葉を聞き、マリアは一つの弾丸を手渡した。


「『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』、五つの血の力を組み合わせた特別な弾さ。これならヤツを倒せるかもしれない」

「ありがとうございます。これをヴラドにぶつけることが出来れば、確実に息の根を止められるはず」

「だがよぉ、ヴラドのやつがどこにいるかわかるのか?さっき槍をぶつけて頭部にいないってのは確認できたが」

「わかります。ヤツが潜んでいるのはフロストの心臓です」

「言い切るね。根拠はなんだい?」

「フロストは『凍血』の吸血鬼です。それを『毒血支配術』で支配するには、凍らされるたびに毒を送って神経系を操らなければならない。そしてそれを行える最良の場所は、全身に血液を送れる中心部、心臓なんです」

「なるほど、だがあの巨体の心臓の位置を正確に把握できるのか?デカいから適当に撃っても当たるかもしれんが」

「それも考えがあります」


 キッドはマリアから弾を受け取ると、フリーダの血とアンナの血を一気に飲み干す。そしてアンナに向き直って言った。


「それじゃあ、いってくるよ」


 そしてキッドは羽を広げ、凍てつく空へと羽ばたいていく。外に出たキッドを見てフリーダが驚きの声を上げる。


「キッド!何をしているの!?鉄酸化反応による体温調節は、今の貴方じゃ無理よ!」

「お母さんごめんなさい!それでも僕は戦わなくちゃいけないんだ!」


 キッドはヴラド・フロストが正面に見える位置にやってきた。極低温の大気で肌に霜ができ、吸った空気が肺を凍らせる。キッドのやることはただ一つ、『黄金の弾丸』をヴラドにぶつけるだけだ。


暴走解放バーサークによって氷の鎧も再生力も格段に増しているはず、それを貫いてヴラド本体に『黄金の弾丸』をぶつけるには、今僕の出せる最大威力の一撃じゃなきゃダメだ)


 キッドは雷氷毒の見せたサーマルガンを思い浮かべる。


(ヤツの見せた電気を用いた銃、参考になるのはアレだ。あの破壊力を利用すれば)


 キッドは『雷血』の力を発動させる。周囲を豪雷が取り巻きキッドは手を掲げて呟く。


「『デウス・エクス・マキナ』、起動」


 キッドの手の中で棒状の『マキナ』が作られる。『マキナ』は更に音声を発し始めた。


『使用者の攻撃意思を確認、電磁投射砲レールガンモードに切り替わります』


 その言葉と共に、『デウス・エクス・マキナ』は杖のような形から瞬く間にライフルのような形状に切り替わる。


『攻撃対象の位置を確認。地磁気から現在座標を特定。自転による弾道のズレを修正』


 キッドには喋っている内容がよくわからなかったが、『デウス・エクス・マキナ』の動くままに任せ、ヴラド・フロストに狙いを定める。

 そしてキッドの『デウス・エクス・マキナ』を見た雷氷毒は目を血走らせ、歯軋りをして叫んだ。


「レールガンだと!?デウスのジジイ!これみよがしに見せつけやがって!サーマルガンしか実用化出来なかった私を馬鹿にしているのか!どこまで私のコンプレックスを刺激すれば気が済むんだ!貴様はあああああああ!!!!!」


 ヴラド・フロストはキッドに向けて銃砲の照準を合わせようとする。だが次の瞬間、空中から鎖が飛び出し、ヴラド・フロストの全身に巻きつく。ヴラド・フロストのパワーをもってしても、みじろぎ一つすらできない。


「な、なんだこれは!?なぜ動けん!アンカーもなく、ただ巻きついているだけの鎖だぞ!?」


 両手を胸元で交差させたフリーダが静かに呟く。


「『縛られぬ鎖フリーダムチェイン』、その鎖は空間に対して固定され、自由自在に相手を縛る。大人しくしていろ、死ぬまでな」


 キッドの持つレールガンに電力が供給されていく。『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』が装填され、ヴラドに向けて狙いが定まる。


(ヴラド、やつは心臓にいる。そしてその心臓へはあるを狙えば届く!)


 キッドはヴラド・フロストの胸に、薄っすらと残る刀傷を見つける。キッドはフロストの胸に合金の短剣を突き刺した。その短剣は雷氷毒が取り出そうとしたが、最後まで抜けず、巨大化してもなおその傷跡は残り続けていたのだ。


 キッドのレールガンが正確に心臓を狙っていることに雷氷毒は気づく。


「しょうがないわねフロスト!頭部のコントロールをだけ返してあげるわ!そうじゃないと迫真さが出ないもの!」


 そして雷氷毒はヴラド・フロストの口を動かして話し始める。


『オネガイキッド!殺サナイデ!心臓ヲ壊サレタラ不死身ノ僕デモ死ンジャウ!僕タチ友達デショ!?君ハ友達ヲ殺スノ!?』


 そう言ってフロストの声で命乞いをし始めた。もちろんこんなものが通用するとは思っていない。だが少しでも動揺させ、時間を稼げれば勝機を掴める。

 ──そう思っていた。だがキッドは照準を全くずらさずレールガンに電気を送り続ける。


「……ごめんよフロスト、僕には君を救えない。僕に力がないから、君を殺す形でしかヴラドの支配から救ってあげられないんだ」


 悲しげな目をして見つめるキッドを、フロストの目が真っ直ぐに見つめ返す。しかしその直後、フロストの口から暴風が吐き出されキッドに襲いかかる。


「凍れ!凍りつけえええええ!!!!!」


 雷氷毒のヴラドは必死の形相で叫ぶ。暴風雪は更に勢いを増し、キッドの全身に霜がまとわりつく。それを見て雷氷毒は勝ちを確信し笑みを浮かべた。

 ──だがその直後、キッドにまとわりついていた霜が一瞬にして消え去った。


「……母……さん?」

「こんなに無茶をして……死んでしまうかもしれないのよ?」


 キッドの体をフリーダが抱きしめていた。キッドの体から霜が消えた代わりに、フリーダの体が凍り付いていく。


「母さん、僕の代わりに……」

「安心して、この体はダミーだから、でも貴方の命はたった一つなのよ。……それでも行くのね」

「うん、ヴラドを……倒すために!」


 フリーダはキッドに自身の熱をあたえた後、自らの体を自壊させる。そして金属粉塵に変化すると、キッドの体、そして『デウス・エクス・マキナ』に纏わり付き形状を変化させる。


『電磁鋼板形成、電力消費を5分の1に。最大出力で発射可能』


 銃、サーマルガンの理論上の最大速度は気体の膨張速度に依存する。つまりその最大速度以上の威力では撃てないのだ。しかし、レールガンは電磁誘導を利用し、理論上亜高速まで加速させられることができる。──そして、キッドの用いるレールガンは雷氷毒のサーマルガンの威力を遥かに上回っていた。


 キッドのレールガンは、フリーダの力によって更に強力になっている。キッドは狙いをすまし、静かに引き金を引いた。



「がああああああああああああ!!!!!」


 キッドの打ち出したレールガンは、ヴラド・フロストの氷の鎧をいとも簡単に打ち砕き心臓へ到達する。そして到達した『黄金の弾丸ゴールデン・バレット』は、雷氷毒の胴体を貫き、体内で眩く光り始める。


「こ、この光は……太陽の光と同じ……!?そうか……5つの血を組み合わせた力の先にあるものとは……!ハハハハハ!!!ハーハッハッハ!!」


 光と共に、雷氷毒のヴラドの体は崩れ去っていった。雷氷毒の死によって『凍血領域フローズン・エリア』は解除される。


「やった……倒した……」


 キッドはふらつき、『デウス・エクス・マキナ』を地に落とす。そしてついにはバランスを崩し本人も落下し始めた。その時、


『キッド!』


 フロストが手を伸ばし、落ちるキッドを受け止めた。だが心臓を撃ち抜かれた影響で、フロストの体も崩壊を始めている。


「……ごめんね。助けるって言ったのに」

『……バカダネ、僕ハ君ト殺シ合ッタンダヨ?ソレナノニ命ヲカケテ、僕ヲ助ケヨウトスルナンテ、ネエ、友達ニナロウヨッテ言ッタノ、アレ嘘ナンダヨ。君ヲ懐柔シヨウトシテデタ言葉、本心ジャナイ』

「別にいいさ、僕が嬉しいって感じたのは事実なんだから。それにね、フロスト。僕は君を、って思ったんだ。どこかで道を間違った自分だって。母さんや姉さんたちが居なかったら、きっと僕は君みたいになってたから」

『ダカラ助ケヨウトシタッテ?』

「それも理由の一つってだけ。……ねえ、『炎血』の人たちの間ではこういう言葉があるらしいよ?……殺し合ったら後は友達」

『……ハハ!ナニソレ!』


 キッドを手に持ったまま、フロストは地に膝をつきゆっくりとキッドを地面に寝かせる。


『……アリガトウ、キッド。僕ノ


 そして、フロストの巨大化した体は雪のようになり、死の森の中に広がっていった。


 *


「ヤンさん!早く早く!」


 アンナとヤンはマリアの馬に乗って森の中を駆けていた。ヤンは片腕だけなのに自由自在に馬を操っている。


「キッド君が落ちたとこ!たぶんこのへんのはず!」


 エルマは一人で、マリアとバイアス、アンナとヤンは二人組で、手分けして落ちたキッドを探していた。そしてアンナが地面に突き刺さっている『デウス・エクス・マキナ』に気がつき、その近くのキッドが目に入る。


「ヤンさん!止まって!」


 馬が止まるやいなや、アンナは馬から降りてキッドの元へ走る。ヤンも遅れてアンナを追った。


「アンナちゃん!キッド君は……!」


 追いついたヤンが言葉を発する。そしてヤンに対し、アンナは絶望の表情を浮かべて振り返った。


「キッドの……キッドの心臓が動いていないの」


 ヤンは絶句してその場に立ちすくむ。そして二人の様子を、枝にぶら下がる蝙蝠がジッと見つめていた。

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