42話 そして仮面は引き剥がされる

 研究所ラボの中、ヤンと雷氷毒のヴラドが向かい合って対峙していた。ヤンの隣で、アンナは不安そうにヤンの横顔を見つめる。そのとき、アンナはあることを思い出して、紅く着色された木彫りのお守りを取り出した。


「そうだ!フリーダさんが力を込めたお守りが……!」

「待った」


 だがヤンがアンナの行動を制止させた。


使

「え?なんで……」

「使い所を誤ればヤツに逃げられてしまうヨ、アンナちゃん、合図を出すから君はまずここから脱出することに専念すべきアル」


 どこでこのお守りのことを知ったのか、アンナは疑問に思ったが、脱出を優先してそのことを考えないようにする。


「作戦タイムは終了かしら?来ないならこちらから」

「今ヨ!」


 ヤンの言葉と共にアンナは走り出す。ヤンを信じ、雷氷毒には目もくれず真っ直ぐに横を通り抜けた。


「そんな無警戒でいいのかしらぁ!?」


 自分の横を通ろうとするアンナに対し、雷氷毒は氷のナイフで斬りかかる。しかし、ヤンが回し蹴りを仕掛けてきたため、すかさず攻撃から防御に切り替えた。氷の刃と、鉄板が仕込まれた靴がぶつかり合う。


「お前こそ!私を無視してていいアルか!?」

「拗ねないで、無視してたわけじゃないのよ、ちょっとあんたの素早さが想定外だった……だけ!」


 雷氷毒はヤンの足を弾くと、後方に逃げ出したアンナの姿を見る。


「逃さないわよ!」


 そう叫ぶと、アンナの眼前に氷の壁が飛び出した。そして雷氷毒は、毒の弾丸を指から飛ばす。


「アンナちゃん!」

「きゃああああああ!!!!」


 アンナが顔を覆おうと、咄嗟に小刀を前に出した瞬間、アンナの腕が小刀に引っ張られるように素早く動き、全ての毒弾を撃ち落とした。毒を浴びて小刀は錆びつき崩れていく。


「な……!?あの小娘のどこにそんな技量が……!?」

「隙をみせたネ!」


 驚愕していた雷氷毒の背後に、一瞬にしてヤンが回り込んでいた。背中にそっと手を当てる。そしてもう片方の手をその上からぶつけて叫んだ。


「──『撃掌底』!」


 ヤンの一撃を浴び、雷氷毒の体が背中から「く」の字に折れ曲がる。そして白目を剥き、その場に倒れ込んでしまった。


「やった!倒した!」

「まだ安心するには早いネ!首を切り落とし、心臓を潰さないと!」


 ヤンが首もとにかかと落としをくらわせる。だが体表面にヒビが入る程度にしかダメージを与えられなかった。


「くそ!こいつ自らの体を凍らせて防御している!アンナちゃん、ここは脱出を優先するヨ!マリア達と合流してからコイツを殺す!心臓は止めといたからしばらくは動けないはず!」


 ヤンはアンナの所まで行き、氷の壁を観察して言う。


「これは……結構分厚いから、何回か拳をぶつけないと壊れないアル。それにしてもアンナちゃんさっきはすごかったヨ、毒の弾を全て叩き落とすなんて、ハンター業に興味ない?」

「いえ、さっきは動けたというか動かされたというか、小刀が、エルマさんが私の体を動かしてくれたんです。かなり無茶だったから脱臼寸前なんですけど……」


 そのとき、ヤンは鏡のようになった氷の壁が、破裂音と共に眩く光ったのを見る。自分の後方でのだ。


「アンナちゃん!危ない!」


 ヤンはアンナに体をぶつけてその場からどかす、そして次の瞬間、高速の飛来物が飛び、氷の壁を、そして


「う……ぐああああああああああ!!!!!!!」


 アンナが飛来物の飛んできた方を見ると、そこには倒れていたはずの雷氷毒が上体を起こし、右手を伸ばしていた。だがその右手は、手の真ん中に穴が開いて銃のようになっており、さらにその銃口からは蒸気が立ち込めていた。


「心室細動……心臓が痙攣を起こして血液を送れなくなることなんだけど、あなたこれの対処法を知ってるかしら?」


 雷氷毒は何事もなかったかのように立ち上がる。体を覆っていた薄い氷がボロボロと剥がれ落ちた。


「答えは、そのあとは心臓マッサージをすれば拍動は自然に再開するわ。マッサージも電気で筋肉を動かせばできるしね。私は『凍血』も『毒血』も使うけど本来は『雷血』なのよ」


 ヤンは激しく呼吸しながら、筋肉に力を込めて止血をする。


「あら、筋肉の力だけで血を止めるなんてとんだビックリ人間だわ。研究欲がもりもり湧いて来ちゃう。解剖するのが楽しみね」


 雷氷毒はゆっくりと近づいてくる。ヤンは腕を失ってふらついた重心をなんとか取ると、アンナに話しかける。


「今の攻撃で氷の壁に穴が空いた。アンナちゃん、ここは私に任せて脱出するネ」

「そんな……そんなこと出来ません!」

「行くんだ!ここで私が倒れても、コイツはマリアが、キッドが、バイアスが、私の仲間が必ず倒してくれる!君は生き残るべきなんだ!」

「ふふふ、仲間、仲間って、ヤン、あなたは


 雷氷毒のその言葉に、ヤンは体をこわばらせる。


「お前……まさかのか?」

「だって、あのはそういうことでしょう?」


 雷氷毒は意地の悪い笑みを浮かべながらヤンに問いかける。


「それを考慮してもう一回言ってみなさいよ。

「私は……わたし……は」

「さあ!さあさあさあ!」


 そのとき、通路の奥から銃声が響く。とっさに雷氷毒が顔を動かすと、弾丸が頬を掠めた。


「そんなのわたしが大声で言ってやるよ!」


 それは金髪で、露出の多い格好をした、女のヴァンパイアハンターだった。


「ヤンはなぁ!私の、キッドの、バイアスの、大事なだ!」


 黄金の弾丸ゴールデン・バレット、マリアが銃を構えてそこに立っていた。


「そしててめーの被ってる仮面は私の同僚の顔だ。まってな、さっさと引き剥がしてその底意地の悪い素顔を晒してやるよ」

「そんなこと言わなくても、すぐにこんな顔引き剥がしてやるわよ。この戦いが終わったら、私はもっと美しい、キッドの顔の皮に切り替えるつもりだから、いや、童顔すぎて私の体格と合わないかしら?アハハハハ!」

「……下衆が」


 マリアが銃弾を放つも、弾は雷氷毒の眼前で氷の壁に阻まれる。


「んー、銃撃戦ねぇ。こんな遮蔽物もなくて狭い通路でやってもつまんないわね。もっと楽しい場所でやりましょ?私、追われるのは嫌いじゃないのよ」


 そして雷氷毒は研究所の奥へと走っていった。途中、巨大な氷柱を床や壁、天井から生み出して追跡を阻む。


「ヤン!大丈夫か?すまない、この研究所が迷路みたいに入り組んでて、来るのが遅れちまった」

「大丈夫ヨ、出血が多くてフラフラするけど」

「アンナちゃん、ヤンと一緒に研究所から脱出してくれ、あの吸血鬼は必ず私が仕留める」

「でもマリアさん、一人で大丈夫なんですか?」

「大丈夫、私は一人じゃないから」


 そのとき、アンナはマリアが血をポタポタと垂らしていることに気がつく、床には一定間隔で血がついていた。


「マリアさん!手を怪我してますよ!止血しないと!」

「大丈夫、これは道標さ」


 マリアは鼻をクンクンと鳴らし、その到来に気づく。


「来たか……!」

「マリアさーーーーーーん!!」


 キッドが吸血鬼となり、羽を生やして飛んできたのだ。キッドは羽を広げてブレーキをかけると、マリア達の前に降り立つ。


「遅れてすみません!急いで飛んできたんですけど……!アンナちゃん!」

「キッド!」


 アンナはキッドに抱きつき、力強く抱きしめた。


「信じてた……!助けに来てくれるって」

「うん……無事でよかった」


 キッドもアンナをギュッと抱きしめ返す。


「はいはーい、お二人さん、まだヴラドを退治出来てないんだから、その辺りでね」

「あっ……」


 アンナは赤面しつつキッドから離れた。


「ヴラド……やはりあの『闇血』が関わっていたのか、それでマリアさん、やつはどこへ?」

「通路の奥に逃げて行きやがった。追おうにも氷柱が邪魔でね」

「なるほど、ここは僕に任せてください」


 キッドは片手から鉄を生み出すと、それを螺旋状に形作っていく。それは巨大なドリルであった。


「はああああああああ!!!」


 キッドはドリルを高速回転させて打ち出す。ドリルは飛んでいき氷柱を粉々に砕いていった。


「よし!さあ、決着をつけにいくぞ!」

「二人とも、やつは右手に人の腕を吹き飛ばすほど威力の高い飛び道具を持ってる。十分に気をつけてネ」

「『マキナ』を右手に埋め込んでいる?……ヤンさん、重要な情報をありがとうございます。マリアさん、やつに、ヴラドに連れ去られたフロストは、ここに囚われているんでしょうか」

「かもね、あの不死身っぷりを見るにまだ生きてると思うよ」

「……っていうことは、今なお苦しんでいるかもしれないってことですよね」


 キッドは通路の奥に向けて一歩足を進める。


「行きましょう。僕は、約束を果たしに行きます!」


 キッドとマリアは雷氷毒を追って進んで行った。


 *


 雷氷毒は研究所の奥、ガラス管の立ち並ぶ実験室へとやってくる。


「これだけ広くて遮蔽物も多ければ、楽しい殺し合いになりそうね」


 その時、雷氷毒は自らが殺したDr.マーカスの死体がことに気がつく。


「誰かが持ち去った?それとも……まあどうでもいいわね」


 雷氷毒は、フロストの囚われているガラス管の前に立って話しかける。


「よかったわね、貴方のお友達、助けに来たわよ……最もそんな姿になった貴方を見て、お友達はなんて思うかしらね」

「……」


 ガラス管の中に入っていたのは、巨大な球状の肉の塊と、そこから飛び出たフロストの上半身であった。返事はなくただ液体の中に漂っている。


「……来たわね、思っていたより早い。氷柱は結構頑丈に作ったはずだけど、私も本気でやらなくっちゃあいけないってことかしら」


 そのとき、実験室に発砲音が響く、雷氷毒は受け止めた。弾丸の表面には霜が浮かんでいる。


「氷に阻まれたなら『炎血弾』ってのは理にかなってるけど、それも雷管が凍らされたら意味ないわよねぇ」


 目の前に立つマリアに対し、雷氷毒はこれみよがしに掴んだ弾丸を振って見せる。


「なら無理やり雷管を点火させればいい話だ!」


 キッドの声が響き、雷氷毒の持つ弾丸の後部に電気を纏った針が突き刺さる。雷管が作動し、雷氷毒は爆音と共に炎に包まれた。だがその直後、炎は電気と共にかき消える。


「そ・も・そ・も!私は『雷血』なのよ!炎なんて電子操作で消せるってのに!」


 だが炎をかき消した直後、キッドが目の前で大太刀を振るう。


「炎は目潰しか!」


 雷氷毒は口から毒液を吐き出し溶かそうとする。だが刀に触れた即座に毒液は凍り付いてしまった。


「『凍刃斬』!」


 とっさに左手を出して攻撃を防ぐ、手首で受けたことにより左手は切り飛ばされた。キッドは攻撃した後、素早く横に飛んでガラス管の後ろに隠れる。


「……やるじゃない。でも『雷血』も『凍血』も同時に使って、あなた大丈夫なのかしら?」


 ザンギスの後の連戦であること、そして今複数の血の力を併用していることから、キッドの体力の消耗が著しい。呼吸も荒くなっていた。


「坊や!ヤツの手を見るんだ!」


 キッドは切り飛ばされた切断面を見て驚愕する。腕からは銅線が伸び、金属製の骨格が露出していた。


「右手だけじゃなく……左手も『マキナ』だったのか!」


 雷氷毒は氷で、失った左手を形成しながら叫ぶ。


「そう、『マキナ』を使えば……私はもっと美しく、強い自分になれる……この右手のもそのひとつ」


 雷氷毒は銃口をキッドに向けた。マリアがそれを見て叫ぶ。


「来るぞ!キッド!」

「ガラス管ごときで防げるもんじゃないわよ!逃げられるかしら!?その消耗した体で!100%生身の体だと辛いわよねぇ!?」


 右手のサーマルガンに電気が流れ始める。マリアが銃弾を撃って止めようとするが氷の壁に阻まれた。


「いい加減ただの鉛玉じゃ通用しないって学習しなさい!」


 サーマルガンは電磁加速砲の一種である。流れた電気が電熱を生み出し、サーマルガンの中の導体をプラズマ化させる。急激に膨らんだプラズマが弾丸を高速で打ち出し、強大な破壊力を生み出すのだ。


 雷氷毒はキッドが恐怖に怯えているだろうと、死に絶望しているだろうと思った。だがキッドは依然、前を向き雷氷毒をしっかりと見据えていた。


(私のサーマルガンを観察している……?この後に及んで?……諦めが悪いだけかしら)


 十分量の電気が流れ準備は整った。


「それではサヨウナラ」


 雷氷毒が弾を打ち出す、その寸前。


「てめぇだったかあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 一人の男が通路から飛び出して来た。そして雷氷毒にむけて放射性同位体アイソトープナイフで斬りかかる。雷氷毒が氷の左手で攻撃を防ぐと、右手の照準がずれ、弾丸はキッドの横を通った。


「……なぜ、なぜここに来た!!」

「あ?誰がてめーの指示になんて従うかよ。こんな面白そうな狩りなのに、俺を仲間外れになんてするんじゃねーよ」


 ザンギスは頭や手に包帯を巻いていた。威勢は良いものの、顔色は悪く不調なのは誰の目にも明らかだった。


「あんの博士がこっそりと吸血鬼の協力を得てるのは薄々気付いてたが、それがまさかお前だったとはなぁ。おい、カスのやつはどうした?」

「殺しといたわ」

「あっ、そう」


 その事実をあっさりと聞き流すと、再びナイフを持ってザンギスは突っ込む。


「ああもう次から次へと、3対1なんてかわいそうと思わないのかしら?」

狩りハントはルール無用だろ」

「まあ私はここから勝ってしまうのだけどね!」


 ザンギスはナイフを、雷氷毒は氷の爪をぶつかり合わせる。


「ねえ殺意の感知ってどうやるのかしら?死ぬ前にその技術を残して置こうとは思わないの?もったいなぁい」

「は!こんなもん走馬灯と一緒だ!相手の表情や動きを見て、って思った時に自然に思い浮かんでくるもんなんだよ!たくさん殺し合って覚えな!」

「あら、残念だわ、わたしには習得出来なさそう。だって私、自分が死ぬかもって感じたことないもの」


 ザンギスと雷氷毒が斬り合っているのを困惑しながらマリアは見つめていた。


「なんなんだアイツ……今は味方ってことでいいのか……?」

「はい、今の彼は僕たちの味方と考えていいでしょう」

「ところで、ヴラドはなんでナイフに対しては氷の壁を使わないんだ?」

「弾丸は点の攻撃で軌道が予測できるけど、ナイフは線の攻撃で軌道もすぐ変化するからでしょうか……あ!」


 キッドは何かを思いつくと、マリアに『鉄血』の力で生み出した銃を渡す。全て鉄製なのでずしりと重く、受け取ったマリアがよろめいた。


「『鉄血弾』専用銃です!これならあの氷の壁を攻略できる!」

「銃はわかるけど……弾まで?弾の火薬はどうやって……そうか、これはスプリング式のエアガンに近い構造で……なるほど、火薬が作れない問題をこう解決したか」


 キッドが自分の作戦を耳打ちすると、マリアは部屋を一面ぐるりと見渡して言う。


「曲芸みたいな技量が必要になるね。これにはザンギスの協力が必須だけど、作戦を伝えようにもヴラドにバレちゃわないか不安だ」

「大丈夫です、彼だけに伝えられる連絡手段がたったひとつだけ」


 *


「はあああああ!!!!」

「オラオラオラァ!!!」


 雷氷毒に対し、キッドとザンギスが協力して切り結んでいた。


「キッド!下がってな!疲れの色が見えてるぜ!」

「あなたこそ!肺を悪くして死ぬ寸前でしょう!」


 雷氷毒は二人の猛攻に対し左手の爪だけでしのいでいる。接近戦ではサーマルガンが使えないためた。だがそれでも雷氷毒は余裕の表情を見せていた。遠くで自分を狙うマリアを見ながら考える。


(『鉄血弾』は気になるけど、エアガンは精度も悪い即席の豆鉄砲、付け焼き刃にもならないわね。キッドは消耗してるし、ザンギスを始末すれば後は私の勝ちも同然だわ)


 雷氷毒はザンギスの持つ放射性同位体ナイフにのみ警戒していた。殺意を読むザンギスに、雷氷毒の攻撃はまったく当たらない。


(こうやって時間稼ぎしかできないのよね〜、でも私は


 そのとき、ザンギスは再び吐血する。


「ゲホッ!クソっ、こんな時に!」

「ザンギス!下がって!後は僕がやる!」

「下がらせないわよ!」


 雷氷毒はザンギスと距離を詰めると氷の爪を腹部に突き刺す。


「ぐああああああああああ!!!!!!!」

「ザンギス!」

「ん〜、いい声!」

「馬鹿が!こうして近づいてきたってことはてめぇも俺のナイフの間合いに……ぐ!?」


 だがナイフ握っていたザンギスの手が、麻痺を引き起こしてナイフを落とした。


「予想してた時間ピッタリ、放射線武器はねぇ、私が考案したものなの、それがどんな影響を及ぼすのか、、仮面の下の顔と、両手がね!」


 雷氷毒は、突き刺した爪をさらに腹部に押し込む。


「が、があああ!!」

「でもそれも今となってはいい体験だったわ……美しく力強い『マキナ』の腕にする機会と、他者を外見でしか判断しない、人のおぞましさってのをよーく知ることが出来たんだもの」

「……はっ、本当に周りのヤツはお前を外見で判断してたのか?たんにテメーが、忌み嫌ってただけじゃねーの」

「…………え?」


 雷氷毒は自分が思い込んでいたことと、まったく別の視点からの意見を聞かされ思考をフリーズさせる。

 

「まったく考えもしなかったって顔だな!」


 ザンギスはその隙を突き、残った手で、胸元に仕込んでおいたを抜き取り、雷氷毒の胸元目掛け突き刺した。


「があああああああああ!!!!!」

「よくよく思い返してみろよぉ〜、嫌われたのは本当に、その研究で顔が醜くなったからなのかぁ?俺も同じクズだからわかるんだよ。自分に落ち度なんかない、全部周りが悪いって考えるよなぁ?」


 雷氷毒の脳内に、封じていた自分の記憶が溢れ出す。


『こんな研究、即刻中止すべきだ!人体実験を行おうなどと、貴様は人道に反している!』

 ……

『なぜだ!なぜ皆私の研究を否定する!そんなに私の名誉が妬ましいのか!?』

 ……

『雷血の真祖デウスの名に置いて命じる、今後放射線武器の研究は禁止だ』

 ……

『クソ!こうなったら私一人でも実験を……うわぁ!な、なんだこの計器の異常な値は!』

 ……


「う、うあああああああああああああああ!!!!!」


 雷氷毒は叫びと共に、サーマルガンをザンギスの胸目掛け、超至近距離で構える。ザンギスの脳裏に、自分の死の光景が浮かんでいた。


「ザンギス!今助けに!」

「来るんじゃねえ!」


 だがザンギスはそういってキッドを制止させ、刺した刀の柄を力強く握りしめ、そのまま捻った。雷氷毒は痛みにもがきながらも、サーマルガンの射撃準備を完了させる。


「このまま……作戦を続けろ」

「ザンギスゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


 轟音と共に、ザンギスの胸は撃ち抜かれた。


 *


 ザンギスは自分の体が宙に浮いていることに気がつく、サーマルガンに撃ち抜かれた衝撃で投げ飛ばされたのだ。


(なにも……なにも感じない……ああ、死ぬのか)


 床に叩きつけられ横を見ると、キッドが泣きそうな顔で自分を見ていることに気がついた。肺に残った空気を絞り出すようにして喋る。


「……はっ、なに泣きそうになってんだよ。死ぬのは……ただの人間のクズだぜ?」

「……でもっ、お前はっ、僕たちのために!」

「……んなもんただの俺の自己満足だ、キッド、やっぱりこの世界って理不尽だよなぁ〜。散々他者をいたぶり殺しまくった俺が、英雄気取りでいい気分になって死んでいくんだ。ははっ、ほんと酷い世界だぜ」

「……英雄気取りなんかじゃない、今この瞬間、お前はまさしく英雄だった」

「……なぁキッド、俺は他人が苦しむ姿を見るのが好きなんだよ、だからお前は、どんな残酷な運命が待っていてたとしても……苦しんで、俺はヴラドが来るのを、地獄で待ってるとする……よ……」


 ザンギスの視界が真っ暗になっていく。その時、脳裏に再びあの戦場じごくが、自分を庇って死んだ男の姿が思い浮かんだ。だがその光景はいつもと違っていた。


(そうだ、『痛ぇ、痛ぇ』って言ってたのに……あの人は、俺が無事なことを確認したら、安らかな笑みを浮かべて死んでいったんだ。……どうして、どうして忘れていたんだろうな)


 非合法イリーガルハンター、ザンギスは安らかな笑みを浮かべ事切れた。


 *


「弾道計算……完了」


 マリアはザンギスを悲しげに見つめた後、銃口をゆっくりと雷氷毒に向ける。


「違う違う違う悪いのはあいつらだ私は悪くないそうだあいつらは私を妬んで攻撃していたんだそうにきまってるだいたい人体実験の何が問題だというんだクソクソクソ私が再び舞い戻ったら奴らを放射線武器の実験体にしてやる」


 雷氷毒は言葉を捲し立て自己正当化を繰り返している。


「剥がしてやるよ、てめーの仮面を!」


 マリアは『鉄血弾』を雷氷毒に向けて乱射する。


「あああああああああああ!!!!!!」


 雷氷毒は発狂したかのような声を上げながらも、的確に氷の壁の防御を行い身を守る。弾丸は跳弾し、あちらこちらに飛んで行った。


「お前たちの負けだ!負けだ!負けだ!私の勝ちだ!勝ちなんだあああああああああ!!!!」


 雷氷毒は突き刺さった刀の痛みに身をよじりながらも、サーマルガンをキッドに向ける。キッドは荒い呼吸で、真っ直ぐ前を見て言う。


「いいや……僕らの勝ちだ」


 そして次の瞬間、『鉄血弾』が、雷氷毒の仮面を引き剥がした。仮面の下には火傷をしたかのような歪な顔が浮かんでいる。


「……え?」

「『鉄血弾』の特性は弾性の変化、お前が防いだと思っていた弾はしながらまだ生きていたんだ。マリアさんの銃の腕と、僕の『鉄血』の力が組み合わさってね。弾丸は再度襲い来るぞ!もっとも、お前にどこから弾丸がやって来るか予測はつくまい!」


 雷氷毒があたりを見渡すと弾丸が音をたてながらあちこちで跳弾を繰り返していた。


「あ、ああ!!顔!顔!皮!顔!」

「ザンギスはマリアさんのお前への殺意を読みとり、そして自分の命を持って、お前を最も弾丸の集中させられる場所に押し留めてくれた!これで終わりだ!ヴラドォォォォォ!!!!」

「うああああああああああ!!!!!!」


 雷氷毒はサーマルガンを発射しようとするが、射出直前にドリルのような形状の『鉄血弾』が突き刺さり、暴発をひき起こす。


「こんのクソどもがあああああああ!!!!!!」


 よろめいた体に、『鉄血弾』が360°の方向から襲いかかり雷氷毒の体を貫いたのだった。


 *


 全身を撃ち抜かれ倒れた雷氷毒を見てマリアは呟くようにいう。


「こいつの本当の望みは、美しい顔じゃなくて、になることだったのかもな、非難されない、否定されない他人に……まあその他人が美しい顔だったら更に良しって感じか」


 マリアは黄金の弾丸ゴールデン・バレットを取り出して更に呟く。


「ザンギスのやつが見事すぎる働きをしてくれたから、これ使わずにカタがついちまったな。まあ使わないに越したことはないけど」


 キッドはザンギスの死を確認すると、鉄で作った花を添えた。そしてマリアのところに舞い戻り言う。


「マリアさん、僕、フロストを助けに行きます」

「……ああ、助けてやんな友達を」


 キッドは部屋の奥の巨大な試験管に近づいて話しかける。


「フロスト!遅れてごめん!助けに来たよ!さあ、一緒に外へ出よう!」


 だがフロストは予想外の言葉を口にした。


「コロシテ」

「……へ?」

「早ク!」


 キッドが自分の後ろを急いで振り向く、するとそこには死んだはずの雷氷毒が立ち上がっていた。


「……『毒血支配術・改式』」

「こいつ!に『毒血支配術』をかけているのか!」


 キッドが刀を構えて止めをさそうとしたとき、突然、フロストの入っていたガラス管が砕け、フロストが触手を伸ばして雷氷毒をその体に取り込んでしまった。


「フロスト!何を!」

「ヤツハ、僕ヲ吸血鬼ニシタ『ブリーズ』ノ血ヲ取リ込ンデル……僕ハ、ソノ繋ガリニ逆ラエナイ」


 雷氷毒を取り込まさせられたフロストの体はますます巨大化し、研究所を突き抜けて外へ出ようとしている。洞窟は今にも崩れそうになっている。


「うおおおお崩れる!」

「マリアさん!脱出しましょう!」


 巨大化したフロストの心臓部へと到達した雷氷毒は、虚な目を見開き、ポツリとつぶやいた。


「さあ、今日を昨日よりもっといい日にしましょう」

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