仮面の下に悪意を纏いて
37話 謀略
「……なるほど、
王宮の、フリーダに貸与された一室にフリーダとキッドはいた。死の森でのフロストとの闘い、そして雷氷のヴラドとの邂逅のことをキッドから聞いたフリーダは、顎に手を寄せて思案している。
「協会で、雷氷のヴラドの討伐計画が立てられたんだ。そして僕もその作戦に参加しようと思ってる」
「それはマリアさん達のためかしら?」
「うん、マリアさんや、バイアスさん、ヤンさんのためでもあるけど……雷氷のヴラドに、フロストが連れ去られてしまったからでもあるんだ。僕は彼からまだ返事を貰ってないから」
それなら私も一緒に、そう言いかけたところでフリーダは口をつぐむ。キッドは自分の力で仲間や友を助けたいと思っているはずだ。それに自分が手を貸してはキッドのためにはならない。フリーダは言いたい言葉をぐっと堪えて、穏和な笑顔で話す。
「頑張ってねキッド、どうしても危なくなったら、ちゃんとお母さんに頼るのよ」
「うん!ところでエルマ姉さんとアンナちゃんは?」
「なにか蚤の市に品を出すって二人で物品を整理してるわ。そうだ、ヴォルトがキッドの血の研究がしたいって呼んでたわ、行ってあげなさい」
「わかった。……ニールさん、意識を取り戻してくれるといいね」
「……待ちましょう、今できるのはそれだけよ」
キッドは扉を開けてニールの眠る客室へと向かった。
*
「うーん何がいいかなー」
王宮の地下倉庫で、様々な鉄製品が並べられ、それをエルマとアンナの二人が唸りながら選別していた。いずれも『鉄血』の力で作られたものである。
「出店スペースが限られてますから、なるべく良いものだけをもっていきたいんですよね。あと包丁とか需要の高いものだとなお良しなんですが」
「これなんてどうだ!私が作った包丁だぞ!」
エルマが持ち出したのは刃がとても大きく、かなり無骨な包丁だった。
「うーん……それはもはや牛刀のレベルになっちゃっててあまり需要は無いかなと……あ、これすごい!」
アンナが目についた包丁を手に取る。柄は細かな装飾に彩られ、刃は透き通るよう。それは一種の美術品と言えるほど美しい物だった。
「なんて綺麗な包丁……とっても高値が付きそう……もしかしてこれはフリーダさんが作ったものですか?」
「そうだよ、でもそれはちょっと辞めといた方がいいかな」
「え?もしかして何が曰く付きの包丁とか……?」
「切れ味がヤバすぎてまな板まで切れるんだよ、それ」
「ああ……」
アンナは納得の声を上げて慎重に包丁を床に置く、そして端にポツンと置いてあった包丁を目に入れる。見た目には普通すぎる包丁だった。
「これは……これはいい包丁ですよ!柄は握りやすくて、刃の長さもちょうどいい。これはエルマさんとフリーダさんどっちが作ったんですか?」
アンナに尋ねられたエルマが、その包丁に目をやる。するとエルマは目を見開いた後、伏し目がちにつぶやいた。
「それは……ヒュームが作った包丁だよ。……私の弟のね」
「え!?弟さんがいたんですか!?もしかしてその方も……」
「ああ、『鉄血』の吸血鬼だったのさ。私と二人でフリーダ様に仕えてた。真面目で要領のいい弟でね。私とは正反対」
「今は……」
「今何してるのか知らないよ。100年程前に急に姿を見せなくなったからね。私のイビリが嫌になっちゃったのかな、はは」
エルマはすっくと立ち上がると、早足で倉庫から出て行こうとする。
「ちょっと用事すませてくる。アンナちゃんは良いの選んどいて、大儲けしたら美味しいものでも食べようか」
部屋から出たエルマら壁にもたれかかり、天井を仰いで一人呟いた。
「ヒューム……お前は今、どこで何をしている?まだあの子の呪縛に捕らわれ続けているのか?」
*
キッドはヴォルトの待つ部屋に入る、するとそこには、今なお目を覚まさないニールと、兄に寄り添うネールの姿があった。ネールは眠れていないのか、目に隈を浮かべている。
「やあ……キッド、私の代わりに吸血鬼討伐作戦に参加してくれたんですよね。どうもありがとう」
「いえ、気にしないでください。参加したのは僕の意思です。それより、ネールさん、あんまり眠れていないんじゃないですか?すごい隈ですよ?」
「……兄のことを思うと、どうしても寝付けなくて。……夢に見るんです。私がよぼよぼのおばあちゃんになっても、兄は目覚めなくて、そしてもう一度会話を交わすことができないまま、死んでいく」
「……ネールさん」
「いっそ、私も吸血鬼になっちゃえば、ずっと兄の目覚めを待てるのかな……」
「ネ、ネールさん!」
「試してみるかい?一般人が血を与えられて無事に吸血鬼になる確率は約30%、忌血の君ならもっと高くなるよ」
二人の話を聞いていたヴォルトが会話に割り込んでくる。ネールはしばらく考え込んだのち、自嘲気味に笑って話し出した。
「いえ、やめておきます。兄が目覚めて、私が死んでいた。なんてことになったら笑い話にもなりませんから」
「賢明だね。吸血鬼ってのは、なればなんでもかんでも解決できる万能な存在なわけじゃないんだ」
「ネールさん、ちょっと疲れてるんだよ。一度しっかり休息をとったほうがいいよ」
「……そうします」
ネールがゆっくりと立ち上がった瞬間、ネールの首元めがけて電流が飛ぶ。
「きゃあ!」
ネールが叫んだ直後、焼け焦げた蚊がひょろひょろと地面に落下する。
「驚かせてすまない。蚊が今にも噛みつこうとしていたからね。ったく、他の動物から血を奪おうだなんて、ろくでもない生物だよ」
「……キッド、ここ笑うところ?」
呆れるネールに、キッドは苦笑いで返した。
───
「クソ!失敗だわ!」
薄暗い
「失敗した?それは蚊を用いた『忌血』取得作戦のことかね?凍死していた吸血鬼から抽出した『毒血』がまだなじんでいないんだろうさ。雷氷……いや、雷氷毒のヴラド」
「いいえ!私の『毒血支配術』は完璧だったわ!何者かに蚊を殺されたのよ!羽音は立てないように操作していたのに……電磁波センサーを持つヴォルトが近くにいたわね……」
雷氷毒の首元は『毒血』を取り込んだ直後なのか、紫色の痣が浮かんでいる。マーカスはため息を吐くと雷氷毒にむかって言う。
「まあいいさ、私のやり方で『忌血』の血液を取得する。知っているかね?今度開催される蚤の市に例の忌血の少女が店を出すらしい、私たちは吸血鬼からの保護という名目で、その少女から血をいただく。ザンギスとその仲間にやらせるつもりだ、君がフロストを回収したから、やつはなんの仕事も果たせていないからな」
「名目だの建前だの、人間はいろんなしがらみに囚われて面倒ね」
「お前たちと違って人間は社会に生きる存在だからな。犯罪者となって追われる身になるのは困る」
「……ん?ちょっと待って、私の記憶が確かならその忌血の少女は『鉄血勢力』が守っているはずだけど?人間のキッドに誘拐だって騒がれたら、あなた憲兵に捕まるわよ」
「言っただろう?人間は社会に生きる存在だと、そして……キッド君も人間だ」
「……あなた、とんでもない悪人ねぇ」
マーカスは表情を変えずぽつりとつぶやく。
「『今日はいい日だった』……だったか?」
雷氷はマーカスの顔をじっと見て笑みを浮かべる。
「『明日はもっといい日にしましょう』」
*
「……では雷氷のヴラド討伐作戦にはマリア君とバイアス君とヤン君、そしてキッド君だけで行くと?」
「ああ、下手に人員を増やしてもヤツの犠牲になるだけだからね。協会も多くのハンターを失って人を出せないだろうし」
「……すまない」
王都のハンター協会支部で局長とマリアが雷氷討伐作戦について話し合っている。バイアスはソファに座ってくつろいでいるがヤンの姿は見当たらない。バイアスがソファから仰向けになって会話に入ってくる。
「戦力が足りないなら
「バイアスあんた吸血鬼でしょ、あいつらキレてた時代のネールちゃんより融通が利かないんだから、雷氷を倒した後はあんたが標的になるよ」
「は!あんな奴らくらい、簡単に逃げ切ってみせらぁ」
「ところでヤン君とキッド君はまだなのかね、予定していた集合時間に近づいているのだが」
「ヤンはたまにどっかいって居ない時がある。まあしばらくしたら来んだろ」
「坊やが来ないのは不思議だねぇ。遅刻するような子じゃないのに」
局長はしばらく思案したのち、机の棚から小箱を取り出す。
「では先にマリア君にこれを渡しておこう。人員を出せない代わりの協会からの支援だ」
小箱の中にあったのは、黄金色の弾丸であった。
「こ、これは
「違う!これはちゃんと理由があって金で作られているのだ!」
局長はコホンと咳払いしたのち、弾の説明を始める。
「それは『全属性弾』と呼ばれるものだ。ニール君の『五血の盾』のように、血の力は組み合わせることで相乗効果を起こし、爆発的に強くなる。その弾には『鉄血』、『毒血』、『凍血』、『炎血』、『雷血』、すべての血が含まれている。だが五つも血を組み合わせると非常に不安定でね。普通の鉛だと、腐食によってちょっと形が変わるだけで暴発してしまうんだ。それを防ぐため金で弾丸を作った。金はほとんど腐食しないからね。まさに金の力を使った武器というわけさ」
「これが……これが私の
「……聞いているのかねマリアくん?」
「サンキューな局長!へへ……キッドが来たら自慢してやろう」
そのとき、足音と共にヤンがものすごい勢いで部屋に入ってくる。
「大変アル大変アル!」
そう大声で話しながらヤンは肩で息をする。
「どうした!何があった!」
「キッドが……キッドが憲兵に捕まったアル!」
ヤンの言葉を聞き、その場にいた全員に衝撃が走った。
「罪状は!?」
「まだわからないネ……でもわたしの知る限り、キッド君は今日一日何も悪い事なんてしてないヨ!」
「私のツテを使って憲兵に詳細を聞く!君たちはこの場に待機していてくれ!」
局長は急いで部屋から出ていく、後にはハンター達3人が残った。
「まずいことになったな……キッドの母さんに知られてみろ。この王都が滅びるぞ」
「さすがにそこまではしないでしょ……憲兵所が消失するくらいじゃない?」
「どちらにせよ十二分に恐ろしいヨ!」
マリアはあごに手を当てて考える。
(仮に坊やが過去、なんらかの罪を犯していたとして、今日この日に逮捕するだろうか?タイミングが良すぎる)
「……きなくさいね、陰謀のにおいがするよ」
*
「おい聞いたか?忌血のガキが捕まったらしいぜ」
「どーせしょうもない罪でだろ?治安維持統括は筋金入りの忌血嫌いだからな」
「まあなんにせよ、忌血がこの王都から出て言ってくれるなら俺たち憲兵防衛隊の仕事も楽になるってもんだ。ヤツラが化物を呼び寄せているんだからな」
憲兵庁舎の一室で、二人の憲兵が世間話をしている。すると、そこにゆらっと端正な顔立ちの青年が現れる。憲兵たちは青年を見て顔をこわばらせた。
「仕事が楽になる?部屋でくつろいでだらだら喋っているより、さらに楽な仕事があるのですか?」
「ぼ、防衛隊統括!」
「見回りの仕事はどうしたんです?今夜は蚤の市があるので人が溢れかえります。化物にとってはこれほど狙いやすい獲物もないでしょう」
「で、でも忌血がいなくなれば化物は来なくなるんじゃ」
「既に化物が来ているとしたら?忌血というご馳走を取り上げられた怪物の矛先は、溢れかえる人々に向かいます。むしろ忌血がおらず、狙いの予測がつかない今の状況こそ警戒すべきなのです。わかったならさっさと見回りに向かいなさい!」
「は、はいぃ!」
統括と呼ばれた青年は、胸元から血のついた布を取り出してマジマジと見た後戻し、今度はポケットから古銭を取り出してつぶやいた。
「血をいただいたお礼は古銭で返しましたが、この街を守ってくれたお礼はまだしていませんでしたね……今こそ恩を返しますよ。キッドさん」
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