36話 雷氷のヴラド

 混じり合って生まれた刃が、フロストの体を肩から切り裂き、心臓近くにまで深く切り込んだ。フロストは痛みにこらえながら、血混じりの声でキッドに問いただした。


「オマエ……ナンデ


 刀は心臓スレスレで止まっていて、破壊までには至っていない。フロストの言葉を聞いてザンギスが驚きの声を上げた。


「てめえ!?どう言うつもりだ!?交渉が通じる相手じゃねえぞ!さっさと殺せ!殺せー!!やらねえなら、俺が殺る!」

「ザンギス!静かにしてな!」


 マリアに言われて、ザンギスは舌打ちした後口を閉じる。フロストはさらに続けて話しだした。


「ナゼ攻撃ニ殺意ガ見エナイ、マサカ、僕ヲ殺シタクナイナンテ戯事ヲ吐クツモリジャナイダロウネ」


 フロストの問いに、キッドは刀を握ったまま答える。


「答えは簡単だよ。。殺せない者に向ける殺意は無いよ。だから僕は交渉するつもりでこうしているんだ」


 キッドの言葉に対し、フロストは驚愕の表情を浮かべる。


「その様子だと自分でも気付いてなかったみたいだね。君は、もう何をしても死なないんだよ。首を落とそうが心臓を潰そうがね。太陽の光なら灼き殺せるかもだけど」


 キッドが後方に目を向ける。マリアもつられて目を向けると、そこには切り飛ばされたフロストの触腕が、トカゲのしっぽのように今なおのたうちまわっていた。


「なるほど、ヤンが心臓を潰してもフロストが動けるわけだ」


 フロストもそれを見て、自身の不死性を認識した後話出す。


「僕が死ナナイダッテ……?ナラ好都合ジャナイカ。君ノ交渉ニ応ジル必要ハナ……」


 そのとき、キッドが短剣に力を込め、フロストの胸に激痛が走る。


「そうだ、君は死なない、だから君が人々を傷つけないよう、再生のたびに何度でも切り刻み続けるしか無いんだ。


 冷酷さを纏ったキッドの言葉に、フロストは長い間忘れていた恐怖を思い出した。怯えを見せるフロストに対し、キッドは今度は打って変わって温和な口調で話しかける。


「……でも、君が約束してくれれば、もう人を傷つけないって言ってくれれば……そんなことは必要なくなる」


 フロストはしばらく考え込んだあと、ぽつりぽつりと話始める。


「ナンデ……ナンデ君ハ、僕ニココマデスルノ?サッキマダ殺シ合ッテイタ相手ニ」

「……君が、って、って、誘ってくれたからかな」

「!……デモ君ハ!」

「うん、あの時は断ったけど、本当はとっても嬉しかったんだよ。あんなに真正面に友達になろうって言われたのは初めてだったから」


 キッドは短剣に込めていた力を緩め、片方の手をフロストに差し出す。


「だから君がもう人を襲わないって約束してくれるなら、……僕から言うんだ。ねえ、僕と友達に……」


 フロストはゆっくりと触腕を動かし、キッドに向けて伸ばす、そのとき、キッドは短剣を突き刺したまま手放してしまう。それと同時にザンギスが叫ぶ。


!この殺意を発してやがるのは!」


 直後、フロストの真上から細く鋭い氷の針が無数に降り注ぎ、フロストの体を貫いていく。とたんにフロストの体は麻痺したように動けなくなる。まだ動かせるフロストの目が、真上の敵を捉えていた。


「一石二鳥を狙ったつもりだったのに、助けるなんて、余計なことをしてくれるわね」


 木の上に立っていた男は、真っ白な肌、彫刻のような端正な顔立ちを持つ『雷氷のヴラド』であった。


「まさかあなた、本当にその少年と友達になろうと思ってたの?あっはっはっは!あなたみたいな醜い姿の化け物が友達なんて作れるわけないじゃない!」

「黙れ!」


 そう叫んだのはキッドであった。


「友達になるのに姿形なんて関係ない、心さえ通じ合えば、友情は持てるんだ!」

「綺麗事をほざくわねぇ、人は他人を外見でしか判断しないわ、醜い者はね……心を通わせる機会さえ与えてもらえないのよ。それとも『美しき顔を持つ自分が、醜い君の友達になってあげよう』ってことなのかしら?流石は王家の者、ノブリスオブリージュの精神をお持ちで」

「……お前、僕のことを知っているのか?」

「有名よぉ?私たち以外にも複数の属性の血の力を持つ者が現れたって、とても話題になってるわ」

?……!!お前は、まさか『あん血』!?」

「アン……ケツ……?ソウカ……ズット、僕ノ心ニシツコク話シカケテキテイタノハ、オ前カ」


 フロストが口だけを動かして言った。なんとか体を動かそうとするが、肉体が麻痺して動けない。


「無駄よ、氷針の先端に電気を帯電させておいたの、神経が麻痺して動かせないわよ。しっかし、共食いで色んな血を取り込んで『闇血』となる素質は十分のはずなのに、誘いに乗らないなんて『絶望』が足りないのかしらぁ?」


 その時、黙って話を聞いていたザンギスが突然走り出し、弾かれて地面に突き刺さっていた放射能同位体アイソトープナイフを引き抜くと、飛び上がり雷氷に向かって切りかかった。


「あああああああああ!!!!!!!!もう辛抱出来ねえ!!!!!!お前吸血鬼なんだろ!?なら俺と殺し合おうぜ!なぁ!?」


 雷氷は氷の盾を作ると、鬱陶しそうな顔をしながらザンギスの攻撃を防いだ。


「ああもう!アンタに構ってる暇はないのよ!」


 雷氷は指の先から電撃を飛ばしザンギスにぶつける。ザンギスの体は強張り、まっすぐに地面へ落下した。


「ふう、喋ってたら喉が渇いちゃったわぁ。潤さないとね」


 雷氷はローブの中から人の頭ほどもある物体を取り出す。その物体を見たマリアの顔から血の気が急速に引いていく。正確に言うならば、その物体は人の頭そのもの、教会に所属するハンターの頭部だった。


「貴様あああああ!!!!!!!私の仲間に何をしたああああ!!!!!!!」

「貴方達の頑張りのせいで、この森に潜む吸血鬼達はほぼ全滅、でもハンター達はほぼほぼ生き残ってたのよ。これってなんだかバランス悪いじゃない?だからぁ……ミ・ナ・ゴ・ロ・シ、にしたのよ。あ、このハンターは顔が良かったから持ってきたわ。それにしても流石はハンターと実感したわぁ。統率の取れた抵抗をするから手こずっちゃった。まあ、結果はこの通りだけどぉ」


 雷氷はひとしきり喋った後、大口を開けてハンターの頭部にかぶりつこうとする。そのとき、肩を震わせたいたマリアが目にも止まらぬ速さで雷氷に向かって銃撃をした。


「あがっ!?」


 弾丸は頬を貫き、雷氷の顔に風穴を開ける。マリアは雷氷を睨みながら叫んだ。


「……私はヴァンパイアハンター・マリア!このクソ野郎!テメェは私がぶっ殺してやるよ!」


 雷氷はしばし呆然とした後、自分の顔に空いた穴を確認する。そして、突如狂ったように叫び出した。周りには氷の盾が浮かび上がり銃撃を防いでいる。


「あああああああああ!!!!!傷!オレの顔に傷があああああ!!!!!!」


 雷氷は自分の顔をひとしきりかきむしったのち、あごの下からべりべりと


「顔っ、顔っ、顔っ、顔っ、皮っ、……顔?」


 そして、ぶつぶつと不明瞭な言葉をつぶやきながら、持っていたハンターの顔の皮膚をはぎ取り、自分の顔に無造作に張り付けはじめる。キッドたちは、突然の雷氷の異様な行動にあっけにとられてしまっていた。雷氷は、はぎ取った皮の癒着を確認すると、冷静さを取り戻してキッドたちに顔を向けた。その顔は殺されたハンターの顔そのものだった。


「なんなんだ……何者なんだ!?お前は!」


 声を荒げるマリアに対し、雷氷は飄々とした態度で返事を返す。


「自己紹介がまだだったわね。私は『闇血』、雷氷のヴラド。あなたたちに絶望をもたらすもの……なーんて、そう身構えないでよ。アンタたちと本気で事を構える気はないわ。。今日用があるのはこっち」


 そういって雷氷は立っていた木の上から地面に降り立ち、フロストに目線を向ける。


「さーて、醜いゴミは回収、と」


 そういって雷氷はフロストに手を伸ばす。そのとき、


「ウルガァ!」


 頭部の麻痺を回復させたフロストが、雷氷にむかって大口を開け噛みつこうとする。しかし、


「やめてよね、そんな無駄なあがき、美しくないわ」


 指先から発せられた高電圧によってフロストの意識は吹き飛ばされた。


「フロスト!」


 キッドが駆け寄ろうとした瞬間、雷氷が電気をまき散らしキッドたちを近づけさせないようにする。


「無茶しないでよ、お互い戦い続きで疲れてるでしょう?こっちとしても準備が整ってないんだから続きはまた今度……ね?」


 雷氷はキッドたちに投げキッスを飛ばすと、フロストの巨体を軽々と持ち上げて森の闇の中に去っていった。しばらく茫然としていたキッドたちだったが、ザンギスが何かに気が付くと怒号をあげる。


「ああ!あの野郎!俺の獲物を横取りしやがった!待ちやがれ!」


 そういってザンギスも雷氷を追って闇の中に消えていく。


 その場にはキッドとマリアだけが残された。


「まさかあんなヤツがこの森に潜んでいたなんてな……」

「マリアさん……あの、殺されたハンターの人とは知り合いで……?」

「何度か一緒に仕事をしたことがあってね……ほかにもこの作戦に参加していた知り合いがいるはずさ。仕事中に仲間が死ぬなんて、珍しくないことなのに……こればかりは慣れそうにない」

「……それは慣れたりなんてしなくていいことですよ、マリアさん」


 マリアは目元を一度腕で拭うと、キッドの目を見てまっすぐに言った。


「ワガママなことを言ってるとはわかってる、でもキッド、どうかお願いだ。雷氷を退治するのを……仲間の敵討ちを手伝ってほしい。アイツから、仲間の仮面を引っぺがさなくちゃならないんだ」


 マリアの言葉にキッドは深くうなずいて返した。


「僕もマリアさんと同じ気持ちです。僕も……を助けに行かなくちゃいけませんから」


 キッドの力強い言葉にマリアは笑顔を浮かべる。すると遠くから二人の人影が近づいてくるのが見えた。


「キッド~マリア~大丈夫アルか~?」

「おい!戦いはどうなったんだ!」


「……大丈夫です、マリアさん、僕たちには心強い仲間がいるんですから」


 こうして死の森の戦いは終わったのだった。


 作戦名:『ワールヴァルト殲滅戦』終了


 協会側の参加人数…42名 帰還者…4名


 *


 死の森ワールヴァルトの奥深くの洞くつで、Dr.マーカスは赤い液体で満ちた大きなガラス管の中にはいっているを眺めていた。すると背後から雷氷のヴラドが姿を現す。


「……望み通り、私のツテを使って言われたものを用意したよ」


 ガラス管に入っていたのは、氷漬けになった女吸血鬼と、恐怖に顔を歪ませた男の吸血鬼の頭部だった。『毒血』のメアリーと『凍血』のブリーズである。


「片方は北都近くを流れる川に漂着していたのを、もう片方は、協会の死体保存庫から盗んできたらしい」

「なによ?協会のセキュリティってそんなに杜撰ずさんなの?」

の手腕もあるだろうが……『血』を抽出できる胴体ならともかく死亡確認にしか使われない頭部の重要性は低いだろうからな……それで、君はいったいこれをつかって何をしようというのかね?」

「それはもちろん、最高に美しく、絶望をもたらすショーよ」


 雷氷はガラスに手を当て、愛おしいように表面を撫でまわす。悪意に歪んだの顔が、ガラスに反射して映っていた。


「今日はいい日だったわ。明日はもっといい日にしましょう」

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