33話 ハンティングタイム
「ハンター共が来たぞ!殺して血をすすれ!」
「久しぶりの血だぁ!獲物を全部狩りつくせ!」
「なんなんだ!?こいつらの凶暴さは!」
「こいつらは飢餓状態になっている!捨て身で攻撃を仕掛けてくるぞ!気を付けろ!」
その争いを木の陰から数人の男たちが覗いている。協会に所属していない
「まだだ……待機しろぉ。俺の見立てなら、ハンターどもは態勢を立て直そうとこれから後退を始めるはずだ。そして吸血鬼たちは逃がさまいとそれを追うだろう、なんせ奴らはお腹ペコペコだからな。腹を裂いてやりゃあ酷く縮こまった胃が見れるはずだぜ。俺たちはハンターを追いかける吸血鬼を後ろから襲う。凶暴化してはいるが、飢餓状態の奴らだ。力も再生力も弱まってる、狩りにしちゃあ簡単な獲物さ」
そのとき、ザンギスの言ったとおりにハンター達は後退をし始めた。
「一旦下がれ!持久戦に持ち込むぞ!体力切れを待つんだ!」
武器を振るって牽制しながら撤退するハンター達、それを追う吸血鬼、そしてザンギスは舌なめずりをして仲間に言い放つ。
「さあ散れ散れ!お楽しみの始まりだ!博士にくれてやる分だけ確保したら、残りはお前らの好きにしていい!」
「ヒェーハハハ!」
下卑た笑いと共に、彼らは狩りを開始した。
*
場面はヤンの戦いへと移り変わる。
「オラァ!」
『炎血』の吸血鬼が、炎を纏った拳をヤンめがけて打ち込む。ヤンはスレスレで攻撃をかわすと、胴に拳を打ち込んで反撃する。だが吸血鬼は効いたようなそぶりを見せなかった。
「良いパンチだぁ。だが悲しいかな、吸血鬼と人間ではな……肉体の作りが段違いなんだよぉ!」
吸血鬼が、ヤンの胴を勢いよく蹴り飛ばす。
「ぐぁ!」
ヤンは空中にふき飛ばされ、木に衝突し地面に転がる。吸血鬼がすかさず踏み付けの追撃を行い、ヤンはそれを転がって回避する。避けた後、即座に立ちあがり態勢を立て直す。
「ふ、俺の攻撃を食らって生きていた人間はお前が初めてだ」
「死ぬわけないでショ、あんなへなちょこキックで」
「口だけは達者だな。まさか『礼』っていうのは強がりのことをさすのかぁ?」
吸血鬼の言葉に、ヤンは静かにその場で一礼して返す。戦いの場であまりにも無防備なその所作に、吸血鬼は頭に血を昇らせる。
「舐め腐りやがって!今度は前みたいに見逃してやったりはしねぇぞ!」
吸血鬼が拳を繰り出したその時、ヤンは礼の構えから目にもとまらぬ速さで手刀を繰り出し、吸血鬼の手を切り飛ばした。
「な!?」
「どんなときも礼節をわきまえ、心穏やかに保つこと、これこそが『礼』の神髄ネ」
「に、人間ごときが武器も使わずに俺の体を!」
「吸血鬼も人間も体の基本的なつくりは同じ、ワタシにとって吸血鬼なんてちょっと頑丈な人間でしかないヨ」
「この俺を、人間と同じというのか!?」
ヤンの言葉に吸血鬼は怒りをあらわにする。すると突然、周りの木々が勢いよく燃え始めた。それと同時に吸血鬼は羽を生やしてその場から飛び立つ。
「……事前に周りの木々に血を塗っていたみたいネ」
「人間と同じだと抜かしたな!だがこれが人間にできるか!?は、武闘家を気取りやがって!ろくな装備もないてめえに、この状況を乗り越えられるか!?炎に焼かれて死ぬがいい!」
すると、ヤンは静かに近くの背の高い木に手を添える。そして呼吸を整えた後、「ハッ!」と大声をあげて掌底を食らわせた。衝撃とともに、木は音をたてて倒れはじめ、ヤンは倒れる木の背に乗り吸血鬼にむかって走り出した。木の先端まで到達した後、吸血鬼に向かって飛ぶ。
「なっ、なんだと!?こいつ、空中にいる俺を!」
「くらえ──『竜爪撃』!」
ヤンの拳が空気を切り裂きながら、吸血鬼の頭部を捉えた。
空中で吸血鬼を撃墜した後、ヤンは木の枝を伝って地面に降り立つ、目の前には首の折れ曲がった吸血鬼が倒れていた。後方で燃えていた炎はすでに消えている。
「火は消えてるようネ、いやぁ森林火災にならなくてよかった」
そういってヤンが後ろに振り返ったとき、
「──バカが!死んだふりに騙されやがって!」
突然吸血鬼が起き上がり、口から炎のブレスをヤンに向かって吐き出したのだ。火球がヤンの体を覆いつくす。
「ひゃはは!俺の勝ち──あ?」
その時、吸血鬼は目の前の光景を疑った。炎がヤンの目の前でかき消されていたからだ。ヤンは火球が自分にぶつかる寸前、勢いよく振り向いて、交差させた腕を前方へ向けた、そして、腕を中心から渦を作るように広げ、空気の流れを作り出し、炎を受け流したのだ。
「お前の考えなんてまるわかりヨ、後ろを向いたのは、お前に完全なるトドメを指すための前準備ネ!」
ヤンはそのまま吸血との距離をつめ、吸血鬼の心臓付近に両手で掌底を食らわせる。
「これまでにお前にくらわせた数々の攻撃で、お前の肉体を完全に把握した。骨格を、拍動を、経脈を、ゆえに、この一撃で必ずお前の命を絶つことができる!くらえ!奥義──『滅殺破掌』!」
「ば、馬鹿なあああああああああああ!!!!!!!!!!」
ヤンの攻撃を受けた吸血鬼の肉体がみるみる内に膨張し、そして、上半身が勢いよくはじけ飛んだ。
「ワタシの経験から言わせてもらうと、闘争ではなく勝利に執着した『炎血』に、強いヤツはいないネ」
ヤンは、吸血鬼に向かって静かに一礼した。
「さて、他のみんなと合流しないと──ん?」
ヤンは木にぶら下がる一匹の蝙蝠に目を向ける。そしてポケットから耳栓のようなものを取り出すと片耳に入れて聞き入る。しばらくしたら蝙蝠は飛び去って行ってしまった。そしてヤンは一人つぶやく。
「──了解しました。命にかけても彼を守り切り、あなたのもとへ連れてまいります。我が主よ」
そしてヤンは耳栓を取りはずし森の中を進み始める。そしてヤンを、遠くの木の枝の上から監視していた人物がいた。その人物は男とも女ともとれる相貌をしており、肌は死人のように青白かった。それは『
「あれは蝙蝠の超音波を用いた伝令ね。あの耳栓を使わないと内容は聞き取れないってところかしら。それにしてもあのハンター、どちらかというと吸血鬼たちが用いる連絡手段を使っているなんて、ただのバイアスの連れだとしか思ってなかったけど……気になるわね。でもまあ今は私の仕事に集中しましょ。」
そういってヴラドは枝の上から後方に倒れて落ちる。そして次の瞬間には影も形もなく消え去っていた。
*
バイアスは四方をゾンビの吸血鬼に囲まれていた。しかしそんな状況下でもバイアスは余裕そうな表情を見せている。
「毒血支配術で死体を操ってるんならよぉ~」
そして自分に向かってとびかかってくるゾンビに、氷でできた槍を振るう。
「凍らせて毒を働かせなくすれば無力化は簡単じゃねーか!」
その言葉通り、バイアスの一撃を食らったゾンビたちは、まるで糸が切れたかのように動かなくなった。だがゾンビを操る毒血の男も余裕の表情を崩さない。
「ああ、さすがに
「ペラペラとよくそんな上手に口を動かせるもんだ。その体だって死体を操って喋らせてるんだろ?本体はゾンビに扮して隠れてる」
バイアスのその言葉を聞いた男はとたんに表情を硬くする。
「……よく気づいたな」
「木を隠すなら森の中、それに挑発的な喋り方、狙ってくださいってのが丸見えなんだよ。死臭もプンプンしてるしな」
「……まあいい。どうせお前には私の本体は見つけられない。そして共喰いによって強化された私の毒血支配術に圧殺されるがいい!」
吸血鬼のゾンビたちが群れとなって再びバイアスへ襲い掛かる。
「ハ!また凍らせて無力化させ……んな!?」
その時、群れの後方にいた『炎血』の吸血鬼のゾンビが、前方の吸血鬼に向かって火を噴き出した。炎にまとわれるゾンビたちだが、そんなことを意にも介さず前進を続ける。
「さあ!凍らせてみろ!痛みも熱さも感じない軍団相手をなぁ!」
「……じょ、上等だオラァ!」
動揺の色を見せるバイアス、だがすぐに冷静さを取り戻し、前方の地面に血を飛ばす。
「馬鹿が!氷などきかんと……」
そのとき、突然ゾンビたちの立っている地面が隆起した。地面の下から氷の柱が飛び出し、勾配の急な坂を形成する。それによってゾンビの進行は阻まれてしまった。
「特大の霜柱だ!踏み潰して遊ぶと楽しいぞ!踏み潰せたらの話だがな!」
「くっ!こんなものに構うな!前のやつを踏みつけて進め!」
指示を出していた吸血鬼の一匹だけが羽を広げて坂を飛び越える。
「全員分の羽を動かすにはもっと共喰いをして力を得ねば……ん?」
そのとき、吸血鬼は坂の向こうに、全力疾走して逃げるバイアスを見た。『凍血』の力で地面を凍らせ滑るように走っている。
「三十六計逃げるに如かず!そのまま火葬されてろ!ははははははは!!!!!!」
しかし吸血鬼はそれをみて笑みを浮かべる。
「くくく……どうやらゾンビ達が燃え尽きるのを待っているようだが、この炎で燃えているのは皮膚など体の表面だけ、お前の体力が尽きるのが先よ……!」
坂を乗り越えゾンビ達はバイアスを追う。そしてしばらく追いかけっこが続いたのち、ゾンビたちは開けた場所にでた。それは森の中を流れる大きな川であった。そして川の真ん中にバイアスは立っていた。
吸血鬼は一瞬川をみてギョッとしたが、すぐにあることに気づき、大笑いをし始めた。
「はーはははは!どうやら川の水を使って火を消そうと思っていたようだが、残念だったな!その川、水がほとんど流れていないぞ!チョロチョロとまるでションベンのようだ!」
だがバイアスは取り乱すこともなく、吸血鬼に問いを投げかけた。
「なあ、この川、なんでこんなに水量が少ないと思う?普段お前たちも飲み水として使ってる川だろう?そのときはこんな量だったか?」
「そんなこと知るか。川が枯れたとしてもどうでもいいことだ。フロスト様がヴァーニア王国を襲い国を支配する。こんな森の川など不要だ」
「じゃあ俺が答えを言ってやろう。誰かさんが上流に氷のダムを作って川をせきとめてしまったからさ、そしてそのダムはついさっき決壊したみたいだぜ」
バイアスがそう言った直後、川の上流から轟音が響いてきた。そして音のする方へ眼を向けると濁流が津波のように襲い掛かってきていた。
「な、なんだとおおおおお!!!!!!!!!????」
「さあ、サーフィンの始まりだ!」
バイアスは氷でサーフボードを作り出すと、軽やかに濁流に飛び乗った。ゾンビはもろとも濁流にのみ込まれてしまっている。
(これしきのことで!どうせヤツには俺の本体は見つけられやしないんだ!濁流が収まってから殺してやる!)
バイアスは水上から水に沈むゾンビたちを見る。どのゾンビを見ても苦しんでいるものは見られない。だが一体、様子のおかしいゾンビを見つける。体格の大きいゾンビだ。
「おかしいなぁ。なんで呼吸もしないゾンビから息が漏れてんだ?それも腹から」
ゾンビの損傷した腹から空気が漏れ出ていた。バイアスはその不自然な個所を見逃さない。
「つまり、てめえが隠れてるのはそこだあああああああああああ!!!!!!」
バイアスがそのゾンビを氷の槍で突き刺す。そしてそれを引き上げると中から隠れていた吸血鬼が露わになった。吸血鬼の体はすでに凍り付いてしまっている。
「ぐがが……」
「共喰いで力を強めた割にはあっけなかったな。この分だとフロスト様とやらも大したことはなさそうだ」
「ぐふっ、そうやって侮っていろ。フロスト様はお前如きがかなう相手ではない」
「ああ?ブリーズの生んだ吸血鬼同士でいくら共喰いしようが、ブリーズ以上になれるわけねえだろ」
「くくく、フロスト様が共喰いしたのが『凍血』の吸血鬼だけだとでも?」
「!?それは吸血鬼にとって禁忌のはずだ!無知なガキでもなけりゃそんな真似するはずが……おいまさか!」
「そのまさかさ、フロスト様は子供なのだよ。禁忌をためらいもなく実行なされたのはそのためだ。だが私は彼に頭を垂れることになんの不満もなかった。あの方の強さは本物だからだ。私に大量のゾンビを見ただろう?あの死体の大半はフロスト様の共喰いの餌食となったものだ!あの方ならばいつしか真祖アイズにも届きうるだろう!お前もその礎となるがいい!あーはっはっは!」
吸血鬼は完全に凍り付き、そして砕け散った。吸血鬼の話を聞いていたバイアスの額から、一滴の冷や汗が垂れる。
「……どうやら敵は俺たちが想像しているよりはるかに厄介な相手みたいだぜ。マリア、ヤン、キッド」
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