32話 ワールヴァルト殲滅戦

 死の森ワールヴァルトは鬱蒼とした木々に覆われた深い森である。植物が太陽の光を完全に遮断するため、昼夜問わず中は暗闇に包まれている。そのため吸血鬼たちの拠点となりやすく、昔から吸血鬼とヴァンパイアハンターの血を血で洗う争いが繰り広げられて来た。死の森と呼ばれているのはそのためである。


 そんな恐ろしい森を呑気に進んでいく者たちが3人、いや1人。


「ふんふんふふーん」


 ヴァンパイアハンターのマリアは鼻歌を歌いながら森を進んでいく。


「マ、マリアさん。そんなに緊張感なくて大丈夫ですか?ここ、敵の陣地ですよ?」

「へーきへーき、今のところ吸血鬼の『匂い』はしてないから、私の鼻を信じろ」


 マリアが作戦決行時刻を昼ではなく夜としたのは、バイアスも参加できるようにするためもあるが、マリアの鼻センサーを活用させるためというのもあった。マリア曰く、この木々が光を浴びている際に放出される匂いが鼻センサーを邪魔するのだという。


「で、でもさっき派手に空砲を撃ったし、吸血鬼達に気付かれてるんじゃ」

「向こうから来てくれるならわざわざ探し出さなくて楽でいいじゃん」


 呆れ顔のキッドに、ヤンが肩に手を置いて言う。


「マリアはいつもこんな感じネ。まあ下手にビビるよりはこういうドーンと構えるのがいいヨ、吸血鬼の方がビビるアル」

「そういうものですか……ヤンさんは怖くないんですか?確か武者修行でハンターをやってるそうですけど」

「そこらの吸血鬼如き怖くなんかないヨ。ワタシの主人の方が何万倍も怖いアル。……ガチで」


 の部分だけ低いトーンでヤンは話した。


「ヤンさんは誰かに仕える身だったんですね。もしかしてハンターをしているのは、その方からの任務ですか?修行をして鍛えろー、みたいな」

「いや、ワタシに与えられた任務は人探しと良いを見つけることネ。ハンターは放浪中の資金繰りを兼ねた趣味ヨ」

「……え、ええ?趣味?ヤンさんもちょっと、いや結構へんですね。ところで、人探しと……鉄?」


 するとヤンが急にキッドに顔を近づけて言う。


「そう!良い武器には良い鉄が必要アル!キッド君の和刀もとっても良い鉄で出来てるネ。まあワタシは武器とか使わないんだけど。アッハッハ!」


(人探しと鉄ってことは武器の素材とそれを扱う職人を探しているのかな。ヤンさんが来た東洋には、ネロの治める大華帝国があるけど、もしかしてヤンさんの主人はネロに対抗しようとしてる勢力だったり?それなら応援してあげたいな)


 キッドが考えごとをしながら歩いていると、マリアが不意に立ち止まる。そのためキッドはマリアの背中にぶつかってしまった。


「す、すみませんマリアさん!」


 謝るキッドに、マリアは無言のまま前方を指し示す。ヤンも静かに構えをする。


「敵ネ」


 吸血鬼の男が一人、三人の前に立ちはだかっていた。


「こんにちはハンターの皆さん。私は」


 しかし男が話し終えるより先に、マリアの放った弾丸が男の頭部の上半分を吹き飛ばした。脳を失った男はそのまま地面に倒れ伏す。


「……さ、さすがマリア仕事が早いネ」

「でもちょっと気の毒だった……かも?」

「気の毒なもんか、今の男は本体じゃない」

「え?」


 キッドが男の体を見ると、すでに腐敗が進んでいる死体だった。さっきまで生きていたとしたならあまりにも早すぎる。キッドは一目見てそれの正体を看破した。


「これは……!あの力で死体を動かしていたのか!」

「せえええええいかあああああああい」


 口だけが残った肉体が不気味に言葉を発し始める。


「のこのことハンターたちに姿を現すはずがないでしょう?あなたたちは私の眷族に始末させることにします。あなたたちは獣を狩ったことはありますか?」


 すると森の奥から唸り声と共におびただしい数のが姿を現す。それはオオカミ、シカ、クマといった森の動物たちであった。そのいずれも腐敗や損壊がすすんでおり、毒血支配術で操られていることが見て取れた。


「……ヤンさん、あなたの武術は動物相手にも通じますか?」

「一対一ならまだしも囲まれるとチョット……」

「マリアさん、弾の数は大丈夫ですか?」

「この数相手だと足りなくなるかも……」


 三人は互いに目を見合わせる。そして


「退却ーーーーーーーー!!!!!!!!」


 呼吸を揃えて一目散に逃げだした。


「ハハハハハ!今度があなたたちがハントされる番ですよ!」


 逃げるキッドたちを動物たちが走って追いかける。マリアが何発が弾丸を撃ち込むが、数を減らすことはできない。


「獣ども!忌血の小僧は生きて捕らえなさい!そいつは様への手土産とします!」


 遠くから男の声が響く。それを聞いたキッドは二人に話しかけた。


「どうやら忌血の僕は生かして捕らえるつもりのようです。二人とも、ここは僕が殿しんがりを務めます。後で合流しましょう」

「……それで坊やは平気なのかい?」

「二人が逃げ切ったら僕も逃げます。もし僕が捕まったら二人が助けに来てください」

「わかったヨ!お言葉に甘えて先に逃げるアル!」


 そう言ってヤンは別方向に全速力で走り出した。マリアもキッドに一瞥した後ヤンとも違う方向へ走り出す。


「坊や!必ず生きて帰るよ!みんなで!」


 キッドはそれに笑顔で返す。そしてマリアの姿が見えなくなったのを確認し、胸元からエルマの血の入った瓶を取り出す。蓋を開け中の血を飲み干し、獣達に向かって振り返る。心臓の鼓動が速くなる。キッドの目の白黒が反転し、背から鉄の羽が飛び出る。それは吸血鬼の姿そのものだった。


「『鉄血』の吸血鬼、キッド!参る!」


 そう言って空中に飛んだキッドはすぐに眷族たちの弱点に気が付いた。


「……ん?んん?」


 そう、オオカミ、シカ、クマと、眷族の中に空を飛べる動物が一匹として存在しなかったのである。だがキッドを狙えという命令を忠実に守っているせいか、眷族たちはいつまでもキッドの真下で吠え続けている。


「……」


 キッドはそのまま空中から黙々と攻撃を開始した。



 *


「キッド君、大丈夫カナ?」


 いち早く撤退に成功したヤンは、うんうんと唸りながら同じ場所をグルグル回っている。


「助けに行きたいけどあの数の獣相手には分が悪いし……」


 そう言ってしばらく唸っていたが、突然、手をポンと叩いて言った。


「そうネ!操っている本体を見つけだして倒せば良いアル!ああいった眷族を利用するヤツの本体は、どうせ弱いに違いないヨ!」


「キェヘッヘ、アイツもヒデェ言われようだなぁ。まあ間違ってないぜハンターさんよぉ」


 すると突然ヤンの背後から声がする。ヤンは即座に振り向いて構えた。


「だが俺はアイツと違って強いぜ?ハンターさぁん?」

「……不意打ちしなかったのも、自分が強いという自負からネ?」

「それもあるが……もう一つはそんなのつまらねぇと思ったからだな」


 男もヤンのように武闘家のような軽装をしていた。ヤンに向き合ってファイテングポーズを取ると、両手から炎を噴き出させる。


「戦いを楽しむのが『炎血』だからよぉ」


 それを見たヤンは吸血鬼を向いて一礼をした。


「……なんの真似だ?相手が俺じゃなかったら今の隙に殺されてたぜ?」

「なんだ、礼も知らないアルか?」

だあ?」

「礼に始まり礼に終わるのが武道の道ネ。お前に礼のなんたるかを、叩き込んであげます!」


 *


「クソ!忌血の小僧に逃げられた!これだから動物の眷属は勝手が悪い!このままではフロスト様にどんな仕打ちを受けるか……」


 森の中、死臭と腐敗臭の漂う開けた場所に男はいた。そして男の周りを人型の眷属が囲んでいる。毒血支配術によって操られている吸血鬼の死体だ。


 そして男を、少し離れてヴァンパイアハンター・バイアスが見張っていた。


「マリア達が陽動している間にリーダー格を仕留めようと思っていたが、ハズレか、アイツはリーダーっぽくねぇ。……まあだからといってアイツを仕留めない手はないか、罠も張ったことだしな」


 バイアスは『凍血』の力で氷の槍を作り出すと、男に向かって力を込めて投げ飛ばす、しかし、その攻撃は突然飛び出た眷属が身代わりとなることで防がれてしまった。


「チッ!気づかれてたか!」

「フハハ!よく来てくれたバイアス!お前の『凍血』をフロスト様に献上し、この失態を取り戻そう!」


 バイアスに向かって眷属達が突撃する。バイアスは槍を両手に作り出し、迎え撃つ構えをとる。


「この俺を共喰いできるとでも!?かかってきやがれ!雑魚ども!」


 *


「……はっ!」


 目を覚ましたマリアはさっきまで自分が気絶していたとこに気がつく。両手は氷の手錠で繋がれていた。そして目の前に広がる頭を垂れる吸血鬼の集団、そしてただ一人、その中で堂々と立っている異形の吸血鬼を目にした。異形の吸血鬼は全身が筋肉で覆われており、まるで体から皮膚を引きはがしたようであった。さらに鞭のようにしなり、長い腕を何本も生やしていた。


(そうだ、たしか私は逃げている途中あの異形の吸血鬼と出くわして……そして一瞬で気絶させられたんだ。ああ、情けねー)


 マリアの頭にズキズキと痛みが走る。気絶したのはあの鞭のような腕で頭部を攻撃されたことによるものだろう。それよりマリアが気になったのは、なぜ自分が殺されずに生かされているのか、ということだった。

 突如、異形の吸血鬼のがマリアを捉えた。その男は左目に顔の4分の1を占める大きな目を、右目に細長い目を二つ、縦に並んで持っていた。そして耳の辺りまで割けた口を大きく開いてマリアにむけた。


 ──喰われる


 とマリアが身構えたその時。


「コンニチハ、オ姉サン」


 異形が、その姿に似つかわしくない少年のような声で話しかけてきた。唖然とするマリアに異形は話しを続ける。


「オ姉サン、ブリーズヲ倒シタ人デショ?」

「……そうだと言ったらどうする?復讐でもする気かい?」

「チガウヨ、僕ハオ礼ヲ言イタインダ」

「はあ?お礼?」

「オ姉サンハ、ブリーズノ支配カラ僕タチヲ解放シテクレタンダヨ、アイツハ僕ラニ自由ニ血ヲ吸ワサセナカッタカラ」


(ふうん、ヤツなりにハンターに狙われないよう対策していたということか)


「デモ、モウ僕タチハ自由、人間カライクラ血ヲ吸ッテモ怒ラレナイ」

「!待てお前ら!王都を襲うつもりか!」

「ウン、デモオ姉サンハ恩人ダカラ殺サナイデアゲル」

「へっ、余裕しゃくしゃくだね、私を捕まえた程度でいい気になっちゃって、ハンターは私以外にもこの森に来てるよ。それも格段に強いのがね。アンタらの襲撃はここで終わるのさ」

「ソウダネ、デモ僕ヨリ強イトハ思エナイ。僕ハネ、ブリーズガ死ンダ後タクサン、仲間ダッタハズノ奴ラニ殺サレカケタンダ。子供デ弱ソウダカラカナ。共喰イノ餌トナレッテネ。デモ僕ハ逆ニ共喰イ仕返シテ、強クナッテイッタ。」


「コンナフウニネ」


 その時、異形は頭を下げていた女の吸血鬼へ腕を伸ばして、ギリギリと縛り上げた。


「ヒィ!お、お許しくださいフロスト様!」

「オマエノ友達……恋人ダッタッケ?ヤツニ食事ヲ持ッテコイト命令シタケド、一週間経ッテモ戻ッテコナイ。ドウイウコト?逃ゲタトイウコト?」

「何かの間違いです!彼はきっとすぐに戻って……!」

「モウイイヨ、連帯責任ッテコトデ、オマエガゴ飯ネ」

「いやああああああああああ!!!!!!!!」


 そう言って異形──フロストは大口を開けて女に噛みつき、女の上半身をバリボリと噛み砕いてしまった。まわりの吸血鬼たちは顔をあげずブルブルと恐怖に体を震わせている。


(これが共喰い……体格のわりにガキ臭い喋り方だと思ったら共喰いの影響であんな姿になったのか。そしてこの恐怖政治、支配者がブリーズからコイツに変わっただけじゃないか)

「ソレジャアオ前タチ、コノ森ニ侵入シタハンター達ヲ殲滅シテ来テネ。朝マデニ始末出来ナカッタラ……分カッテルヨネ?」

「は、は!」


 吸血鬼たちは恐怖交じりの返事をして散開していく。


(コイツは思った以上にクレイジーなやつだね……残酷さは無邪気さの裏返しってところか、気を付けてくれよ、坊やたち)


 *


「そろそろ協会のハンター様達の戦いが始まってるところだな」


 マリアの空砲から少し時間がたったころ、ワールヴァルトをザンギス、そしてその数名の仲間が歩いている。非合法イリーガルハンターの集団だ。無論、彼らにハンターと協力しようなどという考えはない。


「お前たちは強いヤツを相手にする必要はねぇ。戦いで弱ったやつで、五体満足のヤツを何人か捕まえる、それをマーカス博士のラボに連れて行けば、お仕事終了だ」


 ザンギスはナイフを抜き、を想像して恍惚とした表情を浮かべながら言った。


「さあ、狩りの時間だ」


 ワールヴァルトに、死の臭いが漂い始めた。

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